イツキ、学校に戻る
1月21日夕方、イツキはギニ司令官の領地ソボエに到着した。
「お帰りなさいませロームズ辺境伯様。お陰さまで、ソボエに逃げてきたミノス領の貴族を捕らえることが出来ました」
ギニ司令官の屋敷の家令ボイヤーは、深々と頭を下げて礼を言った。
「それで、ギニ司令官の首尾の方はどうだったのでしょうか?」
「はい、お陰さまでソボエで捕らえた貴族以外は、無事ミノスで捕らえたようです。現在領主代行として、秘書官様がミノスに行っておられます」
イツキはボイヤーの説明を聞き、次の領主はまだ決まっていないと知った。
ふと、頭の中にエルビス(エンター先輩)の顔が思い浮かぶ。
父親が殺されていなければ、エルビスは領主の息子だった……そうか、秘書官はエルビスをミノスの領主にするために、足元を固めに行ったのだな。
「しかし、王命であったとしても、エルビスは断るだろう」
イツキは用意された来客用の豪華な部屋で独り呟いた。
翌朝、イツキはギニ司令官の屋敷の馬車で、ラミルまで送って貰うことになった。なんでも、溜まった書類をギニ司令官に片付けさせる為に、ボイヤーさんはラミルに行かねばならないらしく、カバン一杯の書類を馬車に積み込んでいた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、イツキは自分の屋敷に到着し、久し振りにリンダの作った美味しい料理に顔をほころばせながら、事務長であるティーラから留守中の状況を聞いていた。
「年末に、マサキ、キシ、カイ、ヤマノのご領主様から、お見舞いの品が届きました。それから新年の感謝祭に、マキ、カワノ、ホンのご領主様から贈り物が届きました。皆様何故か、イツキ様の正装用の式服でした。……それから感謝祭の休日に、ランカー商会が強盗に襲われました」
「えっ?強盗ですか?」
「はいイツキ様。しかし、ランカー商会の店内には、殆ど商品を置いていなかったようで、ほぼ被害はなかったとのことです。戸口を壊されたようですが。・・・年末に、ロームズ辺境伯が作っているペンを、自分の商会でも取り扱いたいと、国内の2つの商会とミリダ国とイントラ連合国の商人が商談に来たようです。きっぱりと断ったそうですが、不安になったランカーさんは、商品を他の隠れ屋に移しておいたそうです」
ティーラはランカーから聞いた話をしながら、強引に取引を迫った商会もいたようですと付け加えた。
「成る程。ランカー商会がロームズ辺境伯御用達の商会だと分かっていて、喧嘩を売ったと……そういうことですね。ふーん。それで、現在の警備体制はどうなっているのでしょう?」
イツキは口角を少し上げ、なんだか楽しそうにティーラに質問する。
「はい、商業ギルドに依頼を出し、24時間体制で警備員を配置しています」
「お見舞金として金貨10枚を届けてください。この件は僕が調べます」
イツキは事務長にそう指示を出すと、直ぐにでも学校に戻りたかったが、ラミル正教会に行くことにした。
◇ ◇ ◇
「お帰りなさいませイツキ様。ランカー商会の件でしょうか?」
イツキがサイリスの執務室でハビテと話をしていると、人懐っこそうな焦げ茶の瞳をした、一見何処にでも居そうな男が入室してきた。
「さすが情報部隊の副隊長ですねダルトンさん。それで、何か分かったことがありますか?」
「はい。首謀者はミリダ国のバラムド商会の会長と思われます。その傘下にあるホン領の貴族の商会が、ゴロツキを雇って盗みに入ったようです」
それからダルトンは、ミリダ国のバラムド商会の表の商売と、裏の商売についての説明を始めた。
「バラムド商会は、表向きミリダ国の先進技術で作られた製品を他国に販売しています。しかし裏の商売として、他国の優れた商品を逸早く見付け、販売の独占契約を無理矢理結ばせたり、盗んだりして暴利を得ています。裏の商売は、必ず他の商会や、金を貸し付けている貴族にやらせていることから、ギラ新教との関わりがあると考えて間違いないと思います」
ダルトンははっきりとギラ新教の名を出し、この件は情報部に任せて欲しいと願い出た。
「分かりました。僕はこれから学校に戻るので、何か分かったらハヤマで知らせてください。急ぎの案件なら直ぐに戻ってきます。それからキシ公爵が、【王の目】か新しい治安部隊に、ホン領のギラ新教徒を探らせています。こちらの動きを怪しまれないよう、事前にその商会を調べると知らせておいてください」
出来れば教会の動きは気取られたくないが、怪しまれると面倒だからと、イツキはハビテに連絡を頼んだ。
◇ ◇ ◇
午後3時前、イツキは久し振りにラミル上級学校の正門を潜った。
もちろん、派手な屋敷の馬車でだが、最近はもう慣れたというか諦めて、何処に行くにも馬車を使っている。
到着後直ぐに、イツキは校長と教頭と面会した。
「お帰りイツキ君。医学大学は無事に開校出来たかな?」
「はい校長。なんとか工事も間に合い、教授として担当する講義を終え、先程戻ってきました」
イツキも校長も笑顔で近況を報告し合う。
「イツキ君、帰ってきた早々申し訳ないが……その……ポート先生の後任が見付からず、薬草学の授業が止まっている。今年から医療コースを選択する学生が倍増したのに、教師が見付からないんだ。学生のイツキ君に頼むべきことではないと、重々承知の上でのお願いなのだが……」
教頭は額の汗をハンカチで拭きながら、申し訳なさそうに言葉を選び話を切り出した。
「分かりました。後任が決まるまで、僕が授業を行います。それで、何時からでしょうか?」
「すまない……今日これからなんだが……」
教頭はチラリと時計を確認し、深々と頭を下げる。
折しも4時限目の終了を告げる鐘が鳴った。
「その代わり、条件を出しても良いでしょうか?」
「条件?それは何だろうか?」
校長は不安気な表情で、教頭と顔を見合わせてからイツキを見る。
「はい、医療コースの学生は、基本的に3年間学んで認定試験を受ける者が多いのですが、2年コースと3年コースに学生を分けたいと思います。特に薬草学は、2年間で全ての課程を終えます。既に充分理解している者が、3年目に同じ講義を受けます。それは時間の無駄だと思うんです。医学大学を受験するなら、もっと効率の良い学び方をすべきです。近々にも教育大臣に申請を出し、全上級学校の医療コースの教育改革を行いたいと思います」
イツキの言い出したことは、あまりにも大きなことだった。
それは全上級学校を巻き込み、上級学校の長い歴史を変えることにもなる。
しかし、目の前に居るのは、目指す医学大学の創設者にして教授でもある。他の誰でもなく、今この国で最も医療教育に発言権がある……というか、誰も彼の要望を断れるとは思えない……と、校長と教頭は考える。
「分かった。正式に国が承認したら発表するとして、授業内容はイツキ君に任せるよ。その……2年コースについても前向きに善処しよう」
「ありがとうございます校長。それでは特別教室棟に向かいます」
イツキはにっこりと微笑むと、校長室を出ていった。
「もういっそのこと、イツキ君には教授として働いて貰った方が……」
「いやいや教頭、彼は医学大学の現役教授だ。相応の給料が出せないし、そんなことをしたら、他の学校の校長から恨まれ、受験が不平等になる」
教師の代わりが簡単に務まり、いや、普通の教師より高度な授業が出来る学生が居る……それは喜ばしいことなのだが、何だか複雑な気持ちになる2人だった。
イツキが教員室棟を出ると、ちょうど5時限目の開始を告げる鐘が鳴った。
学生は全員教室内に居るので、イツキは途中、誰とも出会うこともなかった。
医療コースの教室では、今日の薬草学も自習だろうと、48人の学生が、諦め顔で不満を漏らしていた。
「せっかくレガート国立医学大学が出来たのに、教師が居なくちゃ合格出来ないよな」
「3年生はいいよなぁ、もう2年も勉強しているんだし、薬草学の授業は一通り終わってるんだろう?」
1年生の2人は、退屈そうに教科書を捲りながら、小さな声で文句を言う。
「去年のロームズ医学大学の合格者は、医学部が奨学生のデニス先輩とヨーテス先輩の2人。薬学部がロームズ辺境伯枠のパルテノン先輩とエイブリン先輩だったよな」
「それと、特別医学部にクレタ先輩が入った。クレタ先輩は、あの技術開発部に合格し、医療開発課の仕事の為に、特別医学部に自力で合格したらしい」
「スゲーよな。さすが首席。さすがイツキ親衛隊隊長。デニス先輩は剣術部だけど、他は植物部と化学部の先輩だ。は~ぁ憧れるけど俺の頭じゃぁな……」
植物部と化学部の3年生は、優秀な先輩方を思い出しながら溜め息をつく。
「先輩、しっかりしてください。もう直ぐイツキ親衛隊の選抜ですよ!せっかく化学部のクレタ先輩と、植物部のパルテノン先輩が作り上げた親衛隊を、剣術部とかポルムゴール部の奴等に渡していいんですか?植物部として意地を見せてください」
2年生のイースターは、植物部の先輩に頑張れと発破をかける。
「イースター、お前は執行部だし北寮だから余裕だよな」
「何言ってるんですか!俺は寝る間を惜しんで勉強してるから北寮なんです!」
2年生になって文官コースから医療コースに変更したイースターは、覇気のない植物部の先輩に文句を言う。
そんな緊張感のない医療コースの教室の戸を、誰かがガラガラと音をたて開き入ってきた。
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