フィリップ戸惑う
1月20日、医学・薬学概論の講義を終えたイツキは、医療開発部で車椅子の検討会をしていた。
「前回の試作品より、操作は簡単になっていると思いますが……どうですかソウタ兄さん?まだ重いですか?」
イツキは試作品2号に座っているソウタ元指揮官に声を掛けながら、椅子の左右に取り付けた車輪の具合を確かめる。
「いや、前回に比べると軽い。直接ポムで固めた車輪を押すより、もうひとつの車輪を回せばいいから手も汚れない。まあ、あとは足を置く位置がなぁ……もう少し大きい方が安定する。でも、これなら誰かに押して貰わなくても移動できる」
ソウタは自分で車椅子を移動させながら、嬉しそうに追加の希望を言う。
「まあ、医療開発部の2人も、マーベリック教授も優秀ですから当然ですね」
「領主様、僕まで製作に巻き込まなくてもいいじゃないですか!」
ここのところ毎晩9時過ぎまで手伝わされたマーベリックは、人使いの荒いイツキに文句を言う。
「マーベリック教授、何を言っているんです?この車椅子はこれからロームズ医学大学の主力商品として、大陸中に売り出すんですよ。ソウタ兄さんの症例発表の時に、車椅子も宣伝してください。収益は3等分し、医学大学・レガート国・大学病院の建設費になるんです。売り上げによってマーベリック教授のボーナスもあります。これは医者としての務めです」
イツキはマーベリックに利益の分配とか、ボーナスという言葉で誤魔化しながら、医者なら患者のために役立つ物を開発するのは当然だと言う。
「嫌なら薬学部のムッター教授のように肥料作りをしたり、内科医のデローム教授のように往診に行きますか?」
人使いの荒いイツキは、他の教授にも容赦なく仕事を割り振っていた。
領主であり教授であるイツキ自信が、山に薬草採取に出掛けたり、医療器具を開発したりして忙しくしているので、これ以上は文句が言えないマーベリックである。
「コウヤさん、クレタ先輩、僕は明日の早朝ラミルに戻ります。引き続き車椅子の改良と、これ、新しく作って欲しい物の図面です。春休みまでに試作品をお願いします」
イツキはそう言いながら、また新しい物を作れと図面を渡す。しかも5品目も描かれていた。完全に鬼である。
泣きそうなコウヤの顔を見たイツキは、シュノー部長に追加要員を出すよう申請しておくからと、いつもの如く黒く微笑んだ。
「ソウタ教官、しっかりと大学警備員の指導をお願いしますね。それからこれは、先日ハモンドと一緒に提出して頂いた、防衛訓練の計画書ですが、訂正箇所に付箋をしておきました。来月からロームズ国境軍と一緒に訓練を開始してください」
車椅子で動けるようになり、ご機嫌だったソウタに、にっこりといい笑顔で計画書を渡した。足の指が少しだけ動くようになったばかりの師匠にも、全く容赦なかった。
午後3時、イツキは久し振りにピーターの作った美味しいケーキを食べながら、フィリップにお茶を淹れて貰っていた。
「フィリップ、これを渡しておく」
イツキはお茶を淹れ終え、椅子に座ったフィリップの前のテーブルの上に、重厚感溢れる黒革のファイルを置いた。
「これは何でしょうかイツキ様?」
黒革の表面に刻印されたカルート王家の紋章を見て、フィリップは顔を曇らせた。
そして、ファイルを開いて中を見た。
*** 爵位授与証 及び 司令官着任証 ***
同盟国レガート国ロームズ領の伯爵である、フィリップ・アルバ・ロームズを、カルート国の伯爵に任命する。
【ロム】の伯爵位を授け、これより、フィリップ・ロム・カラギと名乗ることを許すものなり。
レガート国ロームズ領の隣であるカラギの管理領主とし、カラギの管理監督を任せるものである。
伯爵位の授与と共に、フィリップ・ロム・カラギは、カルート国の情報部司令官の任に就くものとする。
赴任後の人選は、カラギ司令官に一任する。
情報部は、国王の直轄部であり、情報部の総司令官は皇太子シルバである。
情報部は、他の部署や他の大臣からの、一切の干渉を受けない。
1099年1月2日 カルート国王 ラグバス・カルート・ダヤ
『なんでまた……こんなロームズなんて大仰な偽名まで付けて……私と離れようとなさるのか……』
フィリップはファイルをパタリとたたみ、は~っと深く息を吐いた。
そんなフィリップが口を開く前に、イツキは茶色の革にロームズ辺境伯家の紋章が刻印されたファイルを差し出した。
フィリップは、イツキの真意を探るように、じっと視線をイツキの瞳に向ける。
そして渡されたもう一つのファイルを開いて、これ以上見開けないくらいに大きく瞳を開いて固まった。
*** 爵位授与証 ***
ラミルのフィリップ・イバ・マグダス伯爵を、ロームズ辺境伯領の伯爵に任命する。
【アルバ】の伯爵位を授け、フィリップ・アルバ・ロームズと名乗ること認める。
なお、ロームズ領主であるキアフ・ルバ・イツキ・ロームズ辺境伯は、フィリップ伯爵を、次期ロームズ辺境伯家の後継者と決定し、ロームズの家名を与えるものである。
領主であるロームズ辺境伯を補佐し、ロームズ領民のために責務を果たせ。
1098年12月15日 ロームズ領主 キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ
フィリップの受けた衝撃は大きかった。
次期ロームズ辺境伯の後継者・・・?
ロームズを名乗る伯爵……?
「フィリップ、領主の命を受けよ!」
イツキは立ち上がり、フィリップの手から茶色のファイルを取り上げると、主命を受けよと強い口調で言った。
「…………」
フィリップは何故?どうして?と混乱したまま、ふらつきながら立ち上がると、震えながらイツキの前にひざまずいた。
イツキは爵位授与証を読み上げ、ひざまずいたフィリップにファイルを下した。
「フィリップ、僕は本来どこの国にも属していない。だから、いつこのロームズから居なくなるか分からない。僕に命令を下せるのは神とリーバ様だけだから。……僕にとってロームズは、とても大事な町だ。そんな大事なロームズを、フィリップ以外の誰にも託せない。名前なんて……大した意味を持たない。教会関係者は、フィリップを僕の従者だと思っているけど、そうじゃない。きっとフィリップが死んだら僕も生きてはいないだろう。だからフィリップ、決して死ぬな!僕の半身であるお前には、僕の代わりに、僕がすべきことを手伝って貰いたい」
イツキは金色と銀色の混じったオーラに包まれながら、静かにゆっくりと、そして直接フィリップの頭の中に話し掛ける。
フィリップはこれ迄イツキから感じられたどの神気とも違う、穏やかで包み込むような気に戸惑う。
そして、イツキから【半身】という言葉を聞いた途端、急に胸が熱くなり息が苦しくなった。
これは痛みなのか・・・苦しみなのか?……いや違う、これは悦びなんだ。
悦びの痛みだと分かったフィリップは、熱い涙が溢れだし、ロームズという名前や、ロームズの後継者なんていうことは、どうでもよくなっていた。
フィリップは自分が、我が主の【半身】だと言われたことが嬉しくて、神様に感謝し平伏した。イツキ様を守る者として、神様が自分を選んでくださったのだ。だからこそ……今の至福があるのだと、有り難くて有り難くて……泣きながら額を床に着けた。
10分後、涙を拭いたフィリップは、カルート国ですべきことの説明を受けていた。
「先ずは、シルバ皇太子の側近の4人を鍛える。全員を情報部に入れ、徹底的に鍛えてくれ。それから、市場で出会ったユリス商会のセルト(男爵家次男)を、ラミルのランカー商会で勉強させろ。他にも使えそうな者が居たら、どんどん起用して、軍や警備隊からも優秀な人材を引き抜け。僕が卒業する迄に、カルート国の立て直しの土台を作れ。ドグさんとガルロさんもカルート国に派遣する」
「はい分かりました。全力で情報部を作り上げます」
フィリップは姿勢を正し、軍礼をとった。
「ああそれから、4月15日には帰ってくる予定だ。ロームズで待っていてくれ」
「はい、この屋敷で待っています。必ず」
フィリップは嬉しそうに元気よく返事をした。
それからイツキは連絡方法や、ソウタ兄さんのことや、ハキル学長との連携等、大体のことをフィリップと打合せし、夕食会でロームズの伯爵になったことを皆に発表しようと言った。
イツキとの打ち合わせを終えたフィリップは、ロームズ辺境伯屋敷の自分の部屋に戻り、茶色のファイルを再び開いた。
12月15日……王様から頂いた【イバ】の伯爵位を返還する前日の日付だ。これからラミルに帰って王様に届け出るとして、領主の決めた爵位に文句は言われないだろうが、ロームズかぁ……後継者なんて……イツキ様は何を考えられているのだろう?
私を領主にするということは、イツキ様・・・貴方は必ず生きているということですね。……私は【半身】なのですから、貴方がこの世に居なければ、当然私も居ないことになる。
貴方がリースとしての責務を果たすことに専念なさるために、私がロームズの領主を代行する。そう考えていいのですよね。
フィリップは独り呟きながら、旅立つ準備を始める。
その夜は、ロームズ辺境伯屋敷に引っ越してきていた、フィリップ、ソウタ、ドグ、ガルロを含めた屋敷の住人と一緒に、明日旅立つイツキを囲んで楽しく夕食会をした。
フィリップに伯爵位を授けたことを伝えると、ソウタ兄さんが「俺は死人のままなのかー!」と文句を言ったので、「馬に乗れるようになったら子爵位を授けましょう」とイツキは答えた。
ソウタ兄さんはグヌヌと唸った後で、「今に見ていろ!」と、イツキにリハビリを頑張ると誓った……?
翌朝、イツキはラミルに、フィリップ、ドグ、ガルロは、カルート国の王都ヘサに向け旅立った。
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