届いた知らせ
サイリスのハビテから、ロームズ辺境伯はブルーノア教会の保護対象者であると聞いた事務長のティーラは、賢い頭でその意味を考える。
しかも、教会が守るのはロームズ辺境伯と屋敷の両方だと言う。
「ハビテ様は、僕を赤ん坊の時から9歳まで育ててくれた、父親も同様の存在なんです。元々僕は教会の養い子で、神父として活動しています。現在はレガート国とも深い関わりがありますが、基本的に僕はリーバ様の指示に従っています。そのことは、王様も秘書官様もご存知です。クレタ先輩とエンター先輩、そしてヨシノリ先輩もそのことを知っています」
イツキはそう言いながらクレタとエンターの方に視線を向ける。2人の先輩は、その通りだと言うように深く頷く。
ティーラは息子のクレタが、青い神服のことを質問してきたことを思い出した。そして自分はその青い神服の神父様に御会いしたと・・・
まさかそれはイツキ君のことなの・・・?と考え、ティーラの鼓動は早くなる。
「ティーラさん、私はイツキ様を守る役目を神より与えられた者です。ですから、これからも度々この屋敷を訪れるでしょう。ロームズ領に戻られる時も必ずお供します」
フィリップは美しい金色の瞳を輝かせながらの、自分の役目を誇らし気に告げる。
秘書官補佐という重要なポストに就いているフィリップ様が守る……しかも神様より与えられた役目……間違いない。
ティーラは確信した。そして立ち上がると少し下がり、イツキに向かって正式な礼をとった。本当は平伏したいところだが、イツキ君はそれを望まないだろうと思い頭を深く下げた。
「事務長、僕はギラ新教と戦っています。領主よりも教会の活動を優先させるでしょう。ですから、事務長にはご苦労をお掛けすることも多いと思います」
「それは全く問題ありません。イツキ様をお支え出来ることは、私の喜びとなりますから。サイリス様、秘書官補佐様、どうぞよろしくお願いいたします」
ティーラは心からそう思った。まさか自分がお仕えする御主人様が、青い神服をお召しになる神父様であったとは、……自分の全てを懸けてお仕えせねばと、頭を下げながらイツキ、ハビテ、フィリップ、そして神に誓った。
午後3時、ロームズ辺境伯邸の警備の為、事務長とモーリスのハーベーは屋敷の外と中を確認していた。
表の円形花壇の前で、門を取り付けるかどうかの相談をしていると、大通りからロームズ辺境伯邸に向かって、王宮の馬車が侵入してきた。
何事だろうかと2人に緊張が走る。直ぐ近くにある王宮から馬車が来るということは、余程の緊急事態か高位の人物の来訪を意味していたのだ。
2人は玄関前に並んで、馬車から降りてくる人物を出迎える。
馬車から最初に降りてきたのは、驚いたことにイツキの従者になったパルだった。そして次に降りてきたのは指揮官のヨムと、先日までロームズに一緒に行っていた治安部隊のルドだった。
リビングの大きな窓から馬車の到着を見ていたフィリップが、迎えに出ていく。
「どうしたヨム?」
「ここでは話せない。イツキ君は居るか?」
「ああ、今、中にサイリス様が来られている」
フィリップは顔色の良くないヨムとルドを見て、悪い知らせだと分かると直ぐに屋敷の中へと案内する。
パルを伴ってやって来たヨムを見て、イツキはマサキ公爵邸で何か起こったのだと瞬時に理解した。パルの服には血が付着していたのだ。
「サイリス様、治安部隊指揮官のヨムです。緊急の案件で参りました。お邪魔してよろしいでしょうか?」
ヨムはリビングのドアの前で正式な礼をとりながら、挨拶し用件を伝える。ルドもパルも驚きながら正式な礼をとり深く頭を下げた。本来ならサイリス様に御目に掛かる機会など無い2人である。
「ああ構わないよ。私の用件は終わったので失礼しよう。イツキ君、いや、ロームズ辺境伯、何かあれば警備を強化するので言ってくれ」
サイリスのハビテはそう言い残し、ハーベー神父に後を任せて軍の馬車でラミル正教会に帰っていった。
その場にいたクレタ、エンターは部屋を出ていこうとしたが、何故かヨムはそのまま居ても良いと言った。
「それで、マサキ公爵邸で何があったんだヨム?そして何故此処に来た?」
「昼頃、マサキ公爵邸に2人の暗殺者が侵入し、門番を殺し長男タスク様の従者にケガを負わせた。1人は警備隊に引き渡されたが1人は逃げた。いち早く侵入者に気付いたのがパル君だ。そしてパル君は主犯らしき人物を目撃している」
フィリップの厳しい口調の問い掛けに、ヨムは一瞬怯むが自分も仕事で来ているんだよ!という視線をフィリップに向けて話す。
そこからは、パルがその時の状況を詳細にイツキ達に話していく。
「俺が見た貴族風の奴は、17・18歳くらいの男でした」
パルは目撃した男の年齢から、上級学校の学生だったかもしれないと言う。
「成る程……パルは逃げた犯人に、主犯が、雇い主が別に居ると言ってしまったんだな。それでパルの安全を考えて指揮官が送ってくださったということですね」
「そうだイツキ君。だが他の用件もある。犯人はギラ新教徒だったマサキ領の元貴族だと思われる。親は全員捕らえたが子息2人に逃げられた。・・・実はカイ領のサイシスの子息ニコルも逃げた」
「「「「なんだって!」」」」
イツキ、パル、クレタ、エンターは、思わず叫んで顔を見合わせた。
「ニコルは夏休みになって学校を出た直後、王都ラミルで何者かに連れ去られた。治安部隊の目の前でだ。兄達は捕まったのに、ニコルを助ける者が居るとしたら……」
「上級学校の学生か、その関係者の可能性があるということですね」
言い澱むヨムに代わり、イツキが話を続ける。
「重要なのは、今回犯人は誰を狙ったのかだ。あの時間屋敷に居たのはヨシノリ君だ。犯人は何度も屋敷の様子を探っていた。その上で侵入したのであれば、狙われたのはヨシノリ君ということになる。生き延びたギラ新教徒が領主に復讐するとして、その矛先が子息に向かうのであれば、カイ領のインカ君も危険だ。だが、ロームズでサイシスを捕らえさせた領主はイツキ君だ。ニコルも復讐する側に回れば、その標的はイツキ君になる可能性の方が高い」
ヨムは心配そうにイツキを見て、ロームズ辺境伯邸に来た本当の目的を告げた。
「だから気を付けろと言いに来たと?逃げた子供達の行方の手掛かりは無いということだな?」
フィリップはヨムを責めるように問い質し、不機嫌な顔でお茶を飲み干すと、ふーっと息を吐き腕を組んだ。
「フィリップさんヨム師匠、それよりも心配なことがあります。今までギラ新教徒は、其々の領地で活動してきました。ですが今後は、レガート国内で大きな組織を作り、指示を出す者が誕生するかもしれません。大師ドリルはいつもレガート国に居る訳ではありません。困った時に助けてくれる者が居ると分かれば、その者の指示に従うでしょう。取り合えず座ってください」
イツキはヨム、ルド・パルに座るように言い、今回の襲撃と逃げた子息達の裏に、必ず手を貸している者が居る筈だと思った。逃げた者を追うのは必要なことだが、隠れる場所を提供する者が居るのであれば、今後のギラ新教徒の取り締まりは厳しくなるだろう。
「では、領地の垣根を越えた活動を始めると言うことですかイツキ君?」
治安部隊に所属してるルドは、困ったことになったと表情を曇らせる。
「そうであるなら、リーダーが誕生したと考える方がいいでしょう。敵は治安部隊や王の目の動きを監視し、傭兵や殺し屋を使って反撃してくるかもしれません。レガート国内のギラ新教徒の全てを操るつもりなら、必ず王都ラミルに居るはずです」
「「・・・・・・」」
少々過激とも思えるイツキの推論だが、もしもそれが現実のものとなれば、これまでのように領地毎に証拠を集めて、一気に捕縛する遣り方は通用しなくなる。
「じゃあ、国内に居るギラ新教徒が、協力し合い団結し、リーダーの指示を受け動き始めると……そういうことだろうかイツキ君?」
「はい、そうですクレタ先輩」
「そして組織として纏まった奴等が、ヨシノリやインカや……そしてイツキ君の命を狙う危険性があるということなのか?」
「可能性は有ると思いますエンター先輩。でも、学生である我々の安全度は高いと思います。学内であれば、学生や教師にだけ注意すればいいのですから。それよりも……僕は、キシ公爵様や、フィリップさん、2人の師匠の方が危険だと思います。敵にとって邪魔なのは【治安部隊】と【王の目】ですから」
そう言いながらイツキは、フィリップとヨムに視線を向ける。むしろ心配すべきは貴殿方ですよと指摘しながら、段々不安になってくるイツキである。
もしもトップに居る4人に何かあれば、戦いは大きく形勢が変わる可能性がある。
「分かったイツキ君。治安部隊を増員し、我々がキシ組を必ず守るよ。だから、明日の朝早く全員で学校に戻ってくれ。安全を考えれば、今から直ぐにでも戻って欲しいところだ」
ルドはイツキに【キシ組】を守ると約束しながら、イツキの身の安全を優先して欲しいと頼んでみる。ルドにとってイツキは、他のどの領主の子息よりも大切な存在である。
領主としての仕事が残っているイツキは、今日は無理だとルドに告げると、明日の午前中には何がなんでも自分が学校に送っていくとフィリップが言い出した。
そして念の為、今夜はフィリップもロームズ辺境伯邸に泊まることに……強引に決定した。他にも警備を増やそうかとハーベー神父も心配するが、イツキはやんわりとお断りした。
結局ヨム指揮官は、イツキが話した内容を、そのままエントン秘書官とギニ司令官に報告すると言って帰っていった。
それから程無く、ヤンとナスカがリンダと一緒に買い物から帰ってきた。
2人はリビングにフィリップ秘書官補佐が居るのに驚いたが、マサキ公爵邸での話を聞き、イツキにも危険が及ぶ可能性があると知り納得した。
ヤンは学校の準備をする為と、今回の件(イツキが領主になったこと、ギラ新教の動き等)を軍学校の主任教官である父親のレポルに伝える為に、自宅に戻っていった。
ナスカも荷物をインカ先輩の屋敷に置いていたので、ラシード侯爵邸に戻っていった。当然今夜はラシード侯爵の屋敷も、警備隊が厳重な警備をすることになっている。
クレタも学校の準備をするため、母親のティーラと一緒に帰っていった。
エンターの家は徒歩10分以内の所に在るので、ちょっと帰って、ぱぱっと準備してロームズ辺境伯邸にお泊まりである。
今夜は従者になったパルとエンターが、ボディーガードという名目で、イツキのキングサイズのベッドで眠ることになった。
夕食時間、心配してやって来た秘書官のエントンも含めた5人(イツキ、パル、エンター、フィリップ、エントン)は、これからのレガート国やギラ新教のこと、上級学校での安全性等を話し合った。夕食後は、学校以外の場所でもイツキを守る為の対策等を、領主の仕事で忙しいイツキの居ぬ間に熱く熱く語り合った。
全員、イツキを守るために何でも遣る気のメンバーばかりだった。
不気味な足音が近付く気配を感じながらも、明日から上級学校の学生に戻らなければならないイツキである。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。