カルート国の商業ギルド(1)
午後2時、王都ヘサの中心地に在るヘサ商業ギルドには、新年感謝祭の休みが明け、ボチボチと商人達が訪れていた。
カルート国の本部であるそれは、3階建ての煉瓦造りで、それなりに立派な建物ではあるが、入口付近はゴミが散らばっており掃除された気配もない。
商業ギルドと言えば、その国の顔のようなものである。国の産業が栄えていれば、活気が溢れているはずなのだが……
「なんか寂れてるなぁ……いつもこんな感じだが、本当に俺達商人登録するんですか王……シラン?」
ドブルク18歳は、シルバ皇太子とは同級生だが、戦争などで1年休学したシルバより早く、昨年末に上級学校を首席で卒業していた。銀髪を肩まで伸ばし瞳も銀色で知的な顔立ち。剣が得意だが知能派である。
「おいドブルク。今、名前を間違いそうになっただろう?」
皇太子の従者であるシーペンス18歳は、グレーの瞳で睨みながら、側近のドブルクを緊張感が足らないぞと叱る。国務大臣を父に持つ伯爵家の長男であるシーペンスは、真面目で几帳面な性格だった。
「フフ、2回間違えたら全員の登録料を払ってもらうんで僕はいいけど、名前を間違えるって、大切な人が殺されても構わないってことだよね」
イツキはフフって笑ってるけど、声は低いし瞳は黒さを増していた。
「いいですか、今日の試験は全員で商人登録し、買い物しながら市井の情勢を探ることです。商人に活気がなければ国は栄えません。シラン(シルバ皇太子の偽名)の側近を名乗るのなら、身を守ることは当然のことですが、ただそれだけなら武術が優れていれば、誰にだって出来ることです。側近とは、国民の暮らしぶりはもとより、商業、工業、物流からギラ新教の活動に至るまで、主の目となり耳となり、情報を伝える役目を負っている者のことを言います。4人いれば、最低でも4つの仕事が出来るはずです」
商業ギルドの前に在る大きな噴水横のベンチに座り、イツキは商業ギルドの様子を探りながら教える。
本来なら自分達より年下の、しかも他国の領主に文句を言われる筋合いはない。しかもかなり偉そうに語っている。
しかし昨夜、イツキが皇太子と話をした時、シルバ皇太子の側近4人は、その役割をまるで果たしていないと分かった。
そこでフィリップは、この機会に側近の果たす役割や、仕事内容をきちんと教えた方がいいと提案した。
指摘を受けたシルバ皇太子は、集合した従者と3人の側近に向かって「ロームズ辺境伯が合格点を出した者だけを、従者と側近にする!」と、心を鬼にして宣言した。
今のカルート王は、国王として名君とは言い難く、臣下に操られ裏切られてきた。
そのせいかシルバ皇太子も側近達も、正しい側近の在り方を誰からも指導されておらず、優秀なシルバ皇太子であっても、上手く使うことが出来ていなかった。
レガート国には、秘書官やキシ公爵のような優秀な指導者が居る。しかしカルート国には、その指導者が居なかったのである。
「さあ、試験の開始です。これから試験は半年間続きます。今日の試験に合格できなければ、次の試験を受ける資格はありません。明日から側近を外れてもらいます」
イツキは黒く微笑むと、作戦通りに行くぞと言って店の中に入っていく。
ドアを開けると、入って直ぐの正面に数枚の掲示板が置いてあり、その前で数人の商人達が騒いでいた。
掲示板は左から順に、小麦や塩や砂糖や肉等の食料品に関する価格表、その隣の掲示板には、綿、絹、毛皮等の衣料品関係、その隣は燃料鉱石や木材関連、最後の掲示板には、紙、インク、薬、荷馬車や辻馬車のなど多種に渡る価格が記入してあった。
イツキ達7人は、掲示板を見てウーンと唸る。
全ての価格が、12月29日までの価格より2割程度値上がりしていたのである。
そしてその理由として、商業ギルドの手数料が1割、市場の維持費として1割を徴収すると書かれていた。
分かりやすく言えば、売る側の店主は正規の価格より2割高く売り、2割を商業ギルドに手数料として納めるのである。
100エバーの商品を120エバーで売り、20エバーは商業ギルドが受け取ることになる。
「これは笑えるな……こうもあからさまなことが出来るということは、国や国王は、何も手を打たないと思っているんだろう」
フィリップは皆の後ろで、他の客や職員には聞こえない声で囁く。
「いったん店を出ましょう」
イツキはそう言うと、何故か全員を引き連れて店を出ていく。そしてまた商業ギルド前の広場にある噴水の前まで戻った。
「それでは最初のテストです。先程の掲示板を見て、1か月後に起こりうる状況を全て言ってください」
今度はにっこりと微笑み、イツキはシルバ皇太子を含めた全員に課題を出す。
答える順番はじゃんけんで決め、発表の内容が不可であれば、何度も解答させるという鬼教官振りで、当然その対策や対処法も考えさせる。
1時間後、再び全員で商業ギルドに入ると、今度は受付カウンターに行き、登録希望だと告げる。
「すみません、全員登録をお願いします。登録料は値上がりしてませんよね?」
受付で声を掛けたエーベル19歳は、侯爵家の次男でありシルバ皇太子の従兄弟である。短く揃えた赤髪に焦げ茶の瞳、体術が得意なガッチリ体型で、顔は……何故か童顔なので16歳くらいに見える。
「申し訳ありませんが、登録料は銀貨1枚(1万円)から銀貨2枚になりました」
美人の受付嬢が、申し訳なさそうに応えながら、登録用紙を人数分渡してくれた。
「ええっ!倍の値段?じゃあ、他の町で登録しようぜ」
サバブ22歳は高い演技力をイツキに買われて、突っ込み役に抜擢された。子爵家の次男でグレーの髪にグレーの瞳で、まあ普通の顔?弓が得意で結構マッチョ体型である。
「いえ、今日からどこの商業ギルドも銀貨2枚です」
再び申し訳なさそうに受付嬢は付け加える。
仕方ないなと言いながら、申込み用紙に必要事項を記入し、身分証を添えて受付に提出する。イツキ以外の身分証は、今日のためにシルバ皇太子が用意した偽物である。
イツキ達はそれぞれ銀貨2枚を取り出し、受付で支払っていく。
出来上がりに30分待つとのことで、全員ギルド内を見て回ることにした。
1階にはカウンターと掲示板と、特殊な商品を展示する棚が設置されていた。
特殊な商品とは、他国の珍しい商品であったり、高い技術の小型工業製品だったり、美術品や宝石類である。高級品はガラスケースの中に展示されていた。
カルート国は、大陸で1番工業の発展が遅れている。
工業を発展させる為の資金を、国も領主も出していないし、ミリダ王立先進学院や工業学院への入学者も少ない。
教育は貴族や金持ちの商人が受けるものであり、庶民は中級学校に行くことすら難しい。
貴族の特権意識が強いこの国では、産業を発展させるという思想は無い。身分こそが大事なのだ。だからこそ、ギラ新教に付け込まれたのである。
特殊な商品と言っても、レガート国民が見たら時代遅れの物ばかりで、この国の貴族も商人も、他国の状況をまるで見ていないかのようだった。
「これは……留学制度が必要だな。頭の固い大人ではなく、上級学校か中級学校から意識を変えないとダメだろう」
フィリップは呆れたように呟くが、他国を見たことがない従者や側近達には、どういう意味なのか分からない。
「恥ずかしい限りです。もしもそれが叶うのなら、この者達を……」
シルバ皇太子はフィリップの話の意味が理解できるので、俯きながら呟き、それ以上会話を続けることはなかった。
ロームズ辺境伯杯を観戦するためレガート国を訪問したシルバ皇太子は、大国レガートの見るもの全てに驚き、そして自国との違いに愕然とした。
分かってはいる。でも、元々苦しい国の予算に、戦争で使った軍事費が財政を圧迫しており、悔しいが何も出来ないと……シルバ皇太子は唇を噛んだ。
2階に上がると、そこには商談するための小さなブースがたくさんあり、1時間小銀貨3枚(3,000円)と書かれていた。
当然昨年までは無料であり、注文した飲み物だけ有料だった。
「腐ってます!これでは商談もできない」
真面目なシーペンスは、怒りを滲ませ低く呟く。
「このくらいで腹を立てていては、君は試験に落ちるぞ!」
イツキは厳しい口調でシーペンスを叱る。正義感が強いのは悪いことではない。だが、いちいち表情に出してしまう従者など要らない。
3階は事務所になっていて、一般人の立ち入りは禁止されていた。
1階に戻ると、買い物に行く準備を兼ねて、掲示板の価格を全員で書き写していく。
「お待たせしました。登録証が出来ました。それと、申し訳ありませんが、レガート国の方は、登録料金が2倍となっておりますので、追加で銀貨2枚が必要です」
受付嬢は、本当に申し訳ないという顔をして、イツキに追加料金を請求する。
「おいビエラ、このガキは子爵だ。貴族は倍の料金をとれと言っただろう!」
上司のような男が、どこのチンピラ?って感じで受付嬢を大声で叱咤する。
「しかしそれでは……」
「うるさい!お前はクビになりたいのか?会長が決められたことだ」
男の大声というか、女性職員に対するあるまじき暴言を聞き、来店客が顔をしかめる。でも、他の職員も客も心配そうにしているが、関わらないように視線を逸らす。側近達は拳を握って耐える。
「登録だけで銀貨8枚(8万円)なんて、僕には払えそうにないから、登録しなくてもいいや。それに、客をガキと呼ぶような礼儀知らずが居るんじゃ、大事なレガート国の商品を売ることは出来ないな」
「なんだと!お前は買付ではなく、レガート国の商品を売りに来たのか?」
男はニヤリと笑うと、悪人顔をしてイツキに質問してきた。
「あんたに答える必要はないね!さあ帰ろう」
イツキは男を無視し、全員に帰ろうと顎で合図し、店を出ていこうとする。
「待ちな!荷馬車を2台以上持ち込んでカルート国で商売したら、ギルドに売り上げの3割を納める決まりだ。おい!誰かこのガキを見張……商売するのを手伝ってやれ。いや、ギルドに加入してないから4割は貰わねえとな」
受付のお姉さんが青い顔をして男を見るが、男は当たり前だという顔で、奥に居る部下を大声で呼ぶ。
「ねえ、あんたさあ、本当にギルドの職員なの?身分証を見せてくれる?」
突っ込み役のサバブが、予定通りの質問をする。
「はあ?身分証を見せろだぁ?俺はヘサ商業ギルドの所長だぞ!つべこべ言うなら警備隊に突き出すぞコラァ!」
「ねえ自称ギルドの所長を名乗るおじさん。なんの罪で警備隊に突き出すの?それに……今の話を聞いたから、僕は商品全てを、レガート国のロームズ辺境伯領で売ることにするよ。レガート国の商業ギルドは、商品取引に訳の分からない手数料なんて要求しないからね、フフ」
イツキは全くビビる様子もなく、男を見下すように笑いながら言った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今月中は、更新が遅れがちになると思います。




