到着する人々(1)
1月1日朝、イツキが寝室の窓を開けると、ロームズの町は晴天に恵まれ、新年を祝うのに相応しい青空が広がっていた。
ちょっぴり頭が痛いが、これが二日酔いというやつなのかな?などと思いながら、朝食の準備をするために1階に降りていくと、リビングでは酔っぱらい達が眠っており、部屋の中はかなり酒臭かった。
イツキは無情にもリビングの窓を全開にし、真冬の清々しい(冷たい)空気で部屋の浄化を始める。
「さ、寒い!」(警備隊エイコム)
「ギャー!凍えて死ぬ」(デローム教授)
「何するんですか領主様!寒いじゃないですか」(事務官ビンツ)
文句を言いながら3人は、かぶっていた毛布に急いでくるまる。
「これから来客があります。さっさと自分の部屋に行って寝てください。朝食は11時までに済ませること。それ以降は用意できません。さあさあ、早く起きてください」
ぐっすりと眠っているマーベリック教授とドグさんを無理やり起こし、自分達の部屋で寝ろ!と、強制的にリビングから追い出すイツキだった。
他の者の姿はなかったので、きっと自分の部屋で寝ているはずである。
やれやれと言いながら、イツキはキッチンで朝食の準備を始める。二日酔いにも大丈夫な簡単な薬膳スープを作りパンを切ると、自分のためにハーブティーを淹れる。
時刻は午前8時半、イツキが軽く朝食を済ませた頃に、まあまあ元気なフィリップとノーテス教授がキッチンにやって来た。
イツキが2人にスープを注いでいると、来客を告げるベルが鳴った。
「おはようございます。昨日到着予定と聞いていたので心配しましたが、大丈夫でしたか?何かありました?」
領主自らが出迎えに出て来たのを驚いているアトスに、イツキは笑顔で挨拶し、アトスが連れていた商会の者達と荷馬車に視線を向ける。
「これはロームズ辺境伯様おはようございます。それがいろいろありまして……」
見るからに疲れてますという感じのランカー商会のアトス21歳(トロイの兄)は、後ろを振り返りながら溜め息をついた。
イツキはアトスと連れの3人を中に招き入れ、大切な荷物は屋敷の警備をしている2人に、全て会議室に運び込むよう指示する。そして4人をキッチンに連れていく。
「僕が作ったスープです。よかったらどうぞ」
「これは有り難い。実は昨日の昼から何も食べず、夜通し荷馬車を走らせていたので、体が凍えてしまって……」
アトスも連れの3人も、涙ぐみながらスープを受け取り礼を言う。
空腹を満たしたところで、イツキは4人をリビングに案内し、フィリップにガルロさんと家令のオールズを起こすよう頼む。
「眠たいでしょうが、事情をお訊きしてから部屋に案内しますので、もう少し我慢してくださいね。今日は職員が休みで世話をしてくれるメイドさんも居なくて……」
イツキはそう言いながら、疲れをとる作用のあるハーブティーを淹れて出す。
そこにまだ眠そうなオールズと、元気でお腹が空いたと言うガルロが降りてきた。
ガルロは急いでスープを注ぎ、パンをトレイに載せてリビングに来て、オールズは何も食べれそうにないと言いながら、水をカップに注いでソファーに座った。
フィリップ、オールズ、ガルロと一緒に、イツキはアトスから何があったのか事情を聴いた。
12月20日、ランカー商会のアトスは、カルート国第2の都市サナに到着し、カルート国内でも商売が出来るよう商業ギルドで登録をした。
商業ギルドで登録すると、カルート国内で買い物をする時、ギルド証を見せれば公正な値段で売って貰える。また、困ったことが起きれば助けて貰える。
他国の商人ということで、レガート国の2倍の登録料を取られたが、それは仕方ないのかと思い金を払った。
ロームズまでの道案内やホテルの手配をして貰う為、商業ギルドが推薦する案内人をつけることにし、これまた法外な料金で、ギルド職員が案内をすることになった。
王都ヘサまでは順調に進み、ヘサで商品の買付をしようとすると、案内人の男がその都度割り込み、買値の3パーセントの手数料を寄越せと言ってきた。
アトスがそれを断ると、あからさまな嫌がらせを始めた。
そこでアトスは案内人を変えて貰うため、商業ギルドヘサ支部に行った。すると、案内人の当然の権利を守れないのなら、案内人は紹介できないと断られた。
ヘサの宿で他の商人に商業ギルドのことを尋ねてみると、カルート国の商人にはそんな要求はしないと言われた。理不尽だが、恐らくレガート国の商人だからだろうとアトスは考えることにした。
結局商業ギルドヘサ支部は、アトスがロームズへ向かうということで、別の案内人をつけてくれた。特別待遇だと言いながら、やはり職員が案内することになった。
そしてポブの町に泊まり朝起きたら、案内人とお金が無くなっていた・・・
仕入れは殆ど済んでいたし、お金は2つに分けていたので、全額盗まれた訳ではなかったが、被害を訴え出たポブの町の商業ギルドでは、お前の気のせいだと言われ、取り合って貰えなかった。
しかしポブの商業ギルドの中に、ヘサ支部で雇った案内人が居たのを目撃した。
誰のことも信用できなくなったアトス達は、自力でロームズの少し手前の町ビルドまで行き、宿の手配をしようとしたら、荷馬車3台以上の商団は、商業ギルドの紹介がないと宿泊させられないと断られた。
宿の店主の言うことには、5月にカルート国の商業ギルドの会長が突然亡くなり、新しい会長になってから、理不尽な会費を徴収されたり、他国の商人への嫌がらせや、決まりを守らなければ酷い扱いを受けたり、商業ギルドから登録を取り消されたりするようになった。
ビルドの他の宿で、ロームズへ向かう商人を、普通の値段で宿泊させていたと知った商業ギルドが、その宿の登録を抹消した。なので、宿泊するなら商業ギルドで手数料を払って、倍の料金で宿泊することになると説明された。
またお金を盗られてはいけないので、アトス達はビルドに泊まらず、ロームズまで夜駆けをしてやって来たのだと、それはそれは悔しそうに語った。
「領主様、これはどうやら組織的な犯罪のようです。援軍を送りハビルの街を奪還したレガート国に、よくもそんなことが出来るものだ!」
ガルロは怒りの表情で、テーブルをドン!と叩いて文句を言う。
「これから職員や学生達が、続々と到着して来るのに、法外な料金を取られたりしないでしょうか?」
家令のオールズは心配そうにイツキに尋ねる。
「大学の職員や学生の宿泊や馬車の手配は、シルバ皇太子から直接命令が出ているはずだが……どうだろう……」
フィリップはたぶん大丈夫だろうがと言いながらも、アトスの話を聞き不安になる。
「どうやらギラ新教が商業ギルドを乗っ取ったようですね。面白い。ロームズ領にケンカを売るとは……。そうであるなら、シルバ皇太子の命令も現場には届かないでしょう」
イツキは無表情で話を聞いていたが、眉をピクリと上げてニヤリと黒く微笑むと、何かのスイッチを入れた。
「えっ!ギラ新教なのかイツキ君?」
ガルロは驚いて立ち上がるが、イツキの黒い微笑みを見て直ぐに座り直す。
『これは只では済まないな』と、フィリップとガルロはイツキの顔を見て思う。そして、これから始められる事態を、喜んでいいのか止めた方がいいのかと迷う。
「分かりましたアトスさん。2度と同じことが起こらぬよう、手を打ちましょう。大変な目に遭われましたね。どうぞ皆さんゆっくりと休んでください」
イツキはそう言ってにっこりと笑った。そしてオールズに部屋へ案内するよう指示を出すと、イツキはキッチンに向かう。
「今日は天気もいから、ちょっとモンタンに乗って、シルバ皇太子のところに遊びに行ってみようかなぁ。ヘサ正教会にも寄った方がいいかな……でも今日は忙しいだろうな……さあ、お弁当を作らなきゃ」
イツキは嬉しそうにパンを切りながら、鼻唄混じりでサンドイッチを作り始める。
「イツキ様、モンタンで行かれるのですか?それでは一緒に行けませんが?」
フィリップは1人で行動しようとするイツキに、呆れるやら腹が立つやら……守る役割の自分はどうすればいいのでしょうかと、イツキの方を向いて文句を言う。
「大丈夫だよ。ヘサまでだったら近いから5時間掛からない。それに……きっとフィリップなら一緒に乗れるから」
「はい?一緒に・・・?」
呆然と立っているフィリップの肩を、ガルロはポンポンと叩き、「ドンマイ!モンタンは優しいから大丈夫さ」と、無責任に慰める。
イツキは外に出て、相棒であるハヤマのミムを呼び、モンタンの元へと飛ばした。
午前11時、イツキは教会に行き、ブルーノア教会の旗を借りることにした。
教会に到着すると、感謝祭の祈りに来ていたロームズの領民や、ウエノ村の住民、そしてカラギ町の住民に大歓迎されたので、少しだけ領主の顔で挨拶し、これから教会の聖獣に乗って出掛けるので、驚かないようにと注意をしておいた。
「これがあれば、誰も攻撃してこないでしょう。それに、1度行っておけば、これからもモンタンで行けるし、カルート軍をハキ神国軍から守った聖獣を、攻撃してくるような恩知らずな兵はいないと思います」
イツキは教会の旗を手に持って、にこにこと笑っているが、瞳は全く笑っておらず、かなり怒っているのだとフィリップとガルロだけは気付いていた。
ちょうど正午の鐘が鳴った時、ミムがモンタンを連れて戻ってきた。
「僕は、売られたケンカは買う主義です。それに、商業ギルドを掌握されれば、カルート国の未来はありません。今助けなければ、いつ助けると言うのでしょう。シルバ皇太子はまだ若いし、国内はまだ混乱しています。ロームズの為にも戦ってきます」
いかにも最もらしい口上を述べるイツキだが、見送りに出た屋敷の者達は、二日酔いでほとんど頭が回っていなかった。なので、誰もイツキを止めようとはしない。何事が起こったのか、説明さえされておらず、まあ……止めようもなかった。
ただ、数人の者は『売られたケンカは買うんだ……』とか『シルバ皇太子はまだ若いって、あなたの方が年下ですよね』とか『何処と戦争するんですか?』とか、口には出さないけど突っ込みを入れていた。
「は~っ」と特大の溜め息をつきながら、フィリップはモンタンの頬を撫でている。
イツキを1人では行かせたくないけど、モンタンに乗るのも勇気が要る。それにイツキの大丈夫は、当てにならないと身に染みていた。
「さあフィリップさん。僕の後ろに座ってください。安定飛行に入るまでは、後ろから僕をしっかりと抱き締めておいてくださいね」
イツキは極上の微笑みでフィリップに囁いた。フィリップは再び小さく溜め息を吐いた。
午後5時、カルート国の王都ヘサの上空を、モンタンは悠々と飛んでいた。
今日は感謝祭である。商店も食堂も閉まっている。人々は自宅で家族とゆっくりと過ごしている。
当然カルート城で働く王宮警備隊も、最小人数しか居なかった。
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