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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ医学大学開校

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117/222

それぞれの準備(2) 

 12月23日、王都ラミルの食料品市場に、ある姉弟が調味料の購入に訪れていた。


「姉さん、胡椒は2種類必要なんだ。おじさん、こっちの安い方を5キロと高い方を2キロお願い。安物だと師匠に叱られる」


人懐っこそうな茶色い瞳で商品を吟味するピータ18歳は、たくさん並んだ香辛料の中から、2種類の胡椒を指差し店主に購入量を告げる。

 茶色の髪をきっちり短く切り揃えているのは、彼に料理を教え込んでくれた師匠の教えの影響である。ピータの師匠は軍学校の元料理長で、軍学校に赴任する前は王宮の料理人だった凄い人である。


「ピータ、そんなに高い胡椒を買うの?医学大学の学生食堂でしょう?」


弟と同じ茶色の長い髪をポニーテールにして、焦げ茶の瞳を見開きながら、リリカ21歳は実家の食堂で使う2倍の値段の胡椒を買おうとする弟に驚く。


「姉さん、俺言ってなかったっけ?昼は学食だけど、夜はイツキ様のお屋敷の食事を作るんだよ。貴族様も泊まられるから、質の良い調味料が必要なんだ」


ピータは別の香辛料を手に取り、香りや品質をチェックしながら答える。


「ピータさん、そろそろ荷車が一杯になります。胡椒を買ったら一旦軍本部まで戻りましょう」


ピータの料理の弟子であるドロップ17歳が、荷車の荷物を確認しながら声を掛ける。

 ドロップは少し前まで、ピータと同じ下位兵の訓練施設の食堂で働いていたが、今回ピータに誘われて軍を辞め、ロームズ領に一緒に行くことにした。


「ピータ、学生寮は50人くらいだったよな?医学大学の食堂の食器は何人分要るんだっけ?100人だっけ?」


食器類を購入する担当のエンディ23歳は、ピータ姉弟とは幼馴染みで、ピータの兄ヨーウン23歳の親友だった。

 エンディは、勤めていたラミルのレストランが閉店し、仕事が無くなって困っていたところを、ピータに誘われてロームズ領に一緒に行くことになった。


「エンディさん、来年は100人くらいですが、最終的には400人くらいになります。でも、食堂は200人収容だと聞いてます。寮は50人ですが、まだこれから建物が増えるらしいです」


ピータはメモを取り出し数字を確認しながら答える。


「まじかー!じゃあ最低でも250は要るな。食器は店の方で運んで貰おう。とてもじゃないが荷車じゃ無理だ。荷馬車で軍本部まで配達して貰うぞ」


「それでいいです。あぁおじさん、今日の買い物は軍本部じゃなくて、ロームズ辺境伯屋敷に伝票を回しといて。支払いは事務長のティーラさんが担当だよ」


ピータは伝票にサインしながら請求先を教える。いつもは軍本部で買い物に来るので、店主は軍本部専用の請求書に記入しそうになっていた。


「これ全部ロームズ辺境伯屋敷に請求するのか?・・・そうか、医学大学ってロームズ領に建ったんだよな。それじゃあピータは、ロームズ領に勤めるのか?」


「ああそうだよ。領主のイツキ様と縁があってね。ロームズ領は貧乏だから、軍の請求より少し安くしてくれると助かるなぁ……」


馴染みの店主に向かって、ピータは手を合わせてお願いする。


「おお任せときな!うちの息子は警備隊本部で働いてるんだが、いつもロームズ辺境伯様のことを自慢してる。ロームズ辺境伯様は、制服組の憧れらしい。剣も滅法強いって話だし、この前の警備隊本部襲撃の時の活躍話を、俺は10回以上聞かされてる」


香辛料屋の店主は、俺もロームズ辺境伯様のファンだよと言って、値引きに応じてくれた。他の店でも同様に、ロームズ辺境伯屋敷に請求してくれと頼むと、快く値引きしてくれた。

 流石イツキ様だと、ピータは自分のことのように嬉しくなる。

 ピータは、イツキが初めて作った友達であり、ピータの家族とも知り合いだった。


「それにしても、あの小さかったイツキちゃんが領主様なんて、今でも信じられないわ。確かにお祈りは素晴らしかったけど……知り合いが領主様なんて夢みたいね」


初めて自分の家(食堂)に、弟のピータがイツキを連れて来た日を思い出しながら、リリカは今でもどこか信じられない気持ちだった。





 11月にイツキが大学教授の選考のためロームズ領に帰った時、家令のオールズから、学生食堂や寮の食事は誰が作るのかと聴かれた。

 もちろん、そんなことまで頭が回っていなかったイツキは、何とかするとオールズに約束しラミルに帰った。

 11月17日にラミルの屋敷に戻って直ぐ、イツキはピータに宛て手紙を書いた。そして、軍勤務のハモンドにピータの勤務地を探してもらい、手紙を直接届けさせていた。

 軍学校出身でイツキの教え子であるハモンドは、ピータのことはよく知っている。


 ピータはその時、ラミル郊外にある新人兵の訓練施設で調理長として働いていた。

 18歳と若いながらも食堂を任され、中位兵から上位兵に出世していた。

 そして、突然自分を訪ねてきたハモンドを見て、ピータは驚いた。

 異例の出世をしていたハモンドの制服には、中尉のバッジがついており、いったい何事だろうかと目をパチパチさせてしまう。


「久し振りだねピータ。イツキ先生から手紙を預かってきたよ」


恐らく行方不明になっていたイツキの消息を知らないと思われるピータに、ハモンドは微笑みながら手紙を渡した。


「えっ!イツキ先生が帰ってこられたんですか?いつ?軍学校に戻られたのですか?」


イツキとは特に仲が良かったピータは、目に涙を浮かべてハモンドに質問する。


「そうだよ。いろいろ訳あって、イツキ先生は今、ラミル上級学校の学生をされている。そして、我々の上官でもあり、領主様でもある」


嬉しそうなピータの顔を見て、イツキ先生の安否を凄く心配していたであろうピータの気持ちが分かるだけに、思わず自分まで貰い泣きしそうになりながら、ハモンドは預かった手紙をピータに渡した。


「上級学校の学生?……上官?……ええっと……りょ、領主?」


何がなんだか分からないピータは、「まあ座れ」と上官であるハモンドに促されて、食堂の椅子に座る。そして、震える手で手紙を開いていく。



*** 親愛なる友ピータへ ***


 ずっと心配を掛けさせてごめんね。

 僕は今年の1月からラミルに戻り、上級学校の学生をしています。

 真っ先にピータに所在を知らせなくてはと思っていたけど、僕は今、治安部隊の仕事を兼ねて上級学校で生活しています。

 任務が忙しくて……って言い訳をしたら、友達として失格だね。

 会って話したいことが沢山あるけど、僕は当分自由な時間が取れそうにありません。

 今の状況は、ハモンドから聞いてください。


 今日はピータにお願いがあって手紙を書きました。

 来年の1月に、ロームズ領に医学大学が開校します。

 初年度の学生の数は55人、教授や職員の数も50人くらいです。

 次の年の新入生は100人を越える予定です。

 

 ロームズ医学大学は僕の夢であり希望であり、医師や薬剤師や看護師を育てることは、ブルーノア教会の神父としての役割でもあります。

 大事な医学大学の学生や職員には、美味しい食事を食べさせたいと思います。

 どんなに勉強が辛くても、ピータの作った食事やデザートを食べたら、きっと元気が出るでしょう。

 

 どうかお願いです。医学大学の学食の料理長を引き受けてください。

 もっと我が儘をきいてくれるなら、ロームズ辺境伯屋敷の、夕食もお願いします。

 ロームズ辺境伯屋敷には、国外の貴族の学生や、数人の学生、職員が暮らす予定です。時々来賓や国賓も宿泊したりしますが、贅沢な料理は必要ありません。

 ピータの料理なら、僕は自信をもってお客様にも御出しできます。


 他にも学生寮の料理を任せる人が必要です。

 人選はピータに任せるので、4人~6人くらいの調理人(お姉さんや軍関係者でも大丈夫)を連れて、ロームズに来てください。

 そして、僕の料理人になってください。


 お給料やその他の条件は、ラミルのロームズ辺境伯邸の事務長のティーラさんと、話し合って決めてください。

 レガート軍を辞めることになってしまいますが、どうか僕を助けてください。

 急なお願いですが、医学大学の学食と学生寮に必要な食器類、調理器具、香辛料等をラミルで購入し、1月5日迄にロームズ領に来てください。


 無理な時は遠慮しないで断ってください。

 

 ロームズ領までは、勤務でロームズに向かうレガート軍の一行に同行してください。

 ロームズで待っています。


 ピータの料理が大好きな、キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ より



 ピータは最初の一行目で涙が零れた。

 親愛なる友……という文字が、ピータは嬉しくて嬉しくて……ブワッと溢れてくる涙で、2行目の文字が見えなくなった。

 涙を何度も何度も拭きながら、ピータは手紙を読み進めていく。

 途中、イツキ様・・・と呟いたり、いえいえ無理です!とか、僕なんかじゃ……とか、そんな大事なお客様まで……と呟いていたが、【僕の料理人になってください】という一文を見て、とうとう声を出して泣き始めた。


「ピータ、ゆっくりでいい。ゆっくりと読んで、困っているイツキ先生を助けてあげて欲しい。イツキ先生は、何度も無茶をして、何度も倒れられた。死にかけたことだってある。イツキ先生を守れるのは、イツキ先生()信じている人間なんだ」


ハモンドはイツキの手紙を覗き込んで一読し、ピータの肩に手を置くと、ウンウンと頷きながら貰い涙を拭く。


「ハモンド中尉、イツキ先生は、本当にロームズの領主様に成られたのですか?」


手紙を3回読み直したピータは、涙を拭いてハモンドに質問する。

 ハモンドは、現在ロームズ辺境伯屋敷で仕事をしていることや、イツキが治安部隊指揮官補佐であること、ロームズの戦争で、どれだけイツキが活躍したか等の話をする。

 当然、イツキの無茶振りも話しながら、ロームズ領は田舎だけど住民は優しく、みな領主様が大好きなのだと話した。


「俺はまだ修行中です。とても国賓の方々に料理をお出しすることは出来ません。昨年軍学校の料理長を引退されたパルドさんも一緒なら、俺はロームズに行ってみたいです。どうかパルド師匠を説得させてください」


 自分の腕を信じて貰えることは有り難いのだが、偉いお客様にきちんとした料理が出せなければ、イツキ先生に恥をかかせてしまう。それが何より怖いピータである。

 その信頼に応えるには、貴族のコース料理を学ばなければならない。

 普通のお客さんのちょっと贅沢なコース料理であれば、実家の食堂で学んでいるのだが、国賓となるとそれではダメだとピータは知っている。


「分かった。これから一緒に料理長に会いに行こう。確か、ラミルに家があったよな?」

「はい。ここからだと、馬車で1時間くらいです」


ピータはそう言うと、部下に夕食の段取りを指示し、急いで出掛ける支度を始めた。


 半年間だけという約束で師匠パルドを説得し、イツキの料理人として恥ずかしくないよう、命を懸けて頑張ると誓うピータだった。  

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次話の更新は、3月1日(金)の予定です。

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