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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
ロームズ医学大学開校

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114/222

ソウタ指揮官の悲劇(1)

 12月22日午前10時、イツキは学生寮の工事現場に居た。


「領主様、夕べの差し入れの極旨スープ、ありがとうごぜえやした。領主様の手作りだそうで、みんな喜んでました。ちいとばっか遅れてますが、皆張り切って仕事してますんで、任せてくだせえ。ミノスの職人の底力をおみせしやす」


学生寮と職員領を建てている親方が、イツキにお礼を言いながら、学生寮の中を案内してくれる。

 あとは備え付けの家具の設置を残すのみ……というところまで出来上がっている学生寮を見て、イツキは満足そうに頷く。

 家具類も予め寸法通りに加工されてロームズに到着しており、今日の午後から組み立てて、随時設置されるようだった。


「おはようございますロームズ辺境伯様。入学式のことで、少しお時間をいただいても宜しいでしょうか?」


グレーの長い髪をフワッと括り、知的な青い瞳を輝かせ、整った顔立ちの伯爵家の令嬢が、貴族らしからぬラフな服装で話し掛けてきた。その美人は、教育部からロームズに応援で出向して来たアンジュラ22歳だった。


「おはようアンジュラさん。準備の方は順調ですか?何もかもお任せして申し訳ないです。うちの屋敷の住み心地はどうでしょう?」


「ロームズ辺境伯様、屋敷の皆さんは大変よくしてくださいます。準備はほぼ順調ですが、入学式にお呼びする来賓のリストを頂いておりません……招待状は発送済みで……間違いないでしょうか?」


アンジュラは、少し不安気にイツキの顔を見て質問する。


「・・・えーっと、完全に忘れてました」


イツキはハッと目を見開き、ポリポリと頭をかく。完全に忘れていたのだ。


「カルート国の皇太子様と国務大臣、産業大臣には招待状をお渡ししているけど……レガート国の方を忘れてました。・・・本来なら王様や秘書官様に御臨席頂くべきでしょうが・・・暫く動くことは出来ないでしょう」


イツキはミノス領主のことが解決するまでは、国の重鎮は動けないだろうと判断し、ちょっと……いや、大いにほっとした。


「ええっ!ほ、本当にそれで宜しいのですか?」

「アンジュラさん、ホランド教育大臣とラシード人事部部長は、来られる予定だよね?」

「はい、その予定です。10日頃にはロームズ入りされると聞いております」

「もしかしたら、国務費担当大臣のメイデン伯爵も来られるかもしれない。ご子息が中級学校に入学される可能性がある」


 本来なら大失態である。しかし、ロームズ領は僻地であり、来るだけでも大金が掛かる。数人の大臣に招待状を送ったとしても、上手に断られる可能性の方が高い。

 ましてや、国王様が出席ともなれば、3ヶ月くらい前から準備が必要だ。

 それに、王様も秘書官も、開校式や入学式に関して何も言ってなかった。


「あ~っ、宿泊場所はどうしよう……うちの屋敷で足りるかなあ……」


イツキは冷や汗をたらりとかきながら、直ぐに家令のオールズに確認しなければならないと、アンジュラを連れ屋敷に戻ることにした。

 今日の馬車の御者は警備隊のエイコム24歳である。ロームズ領がギラ新教徒に乗っ取られる少し前からロームズに赴任している。

 イツキが女装していた神母のキアに恋して、ハキ神国のオリ王子と戦ったロームズ辺境伯に憧れ、キアとロームズ辺境伯が同一人物だと知った今は、【領主様をお守りする会】を結成し、尊敬と固い忠義の心を持ってお仕えしている。

 精悍な顔立ちのハンサムで、領民の女性から熱い視線を向けられているが、残念なことに何故か興味がなかった。


 屋敷に戻り家令の執務室に行くと、今更ですか?という顔をした家令のオールズは、入学式の前後3日間、現在ロームズ辺境伯屋敷で寝泊まりしている者は、研究室棟に移る予定であると説明してくれた。

 出来る苦労人の家令は、侯爵家で働いていた経験がある。3日間の宿泊や食事の段取りまで、完璧に近い状況で段取りしていた。


「それでは、正確な出席者は当日でないと分からないので、でき得る対策と準備をしておきます。オールズ様、どうぞよろしくお願いいたします」


アンジュラは少しはにかむようにオールズに微笑みながら頭を下げた。どこか抜けている領主様をフォローしなければと、アンジュラはもう一度自分に活をいれた。


「ねえオールズ、オールズはだれか意中の女性が居るの?」

「はあ?ご主人様、私にそんな暇があるとお思いですか?大学が開校したら、半日でいいのでのんびりしてみたいです」


この忙しい時に、いったい何を質問しているんですか!と、オールズは少しお冠である。

 しかしイツキは「そうなんだ良かった」と、嬉しそうに笑ってオールズを見た。

 苦労人の家令は、主であるイツキに【愛の天使様】とか【結婚の救世主様】という別名があることを知らなかった。




 午後2時、イツキはロームズ教会の執務室に顔を出していた。

 先頃正式にロームズ正教会として格上げされた教会には、ハビル正教会のファリス(高位神父)だったシーバス様が赴任されていた。


「これはイツキ様、いえ領主様、お帰りなさいませ。教会の聖獣を私も見ましたが、昨年の戦争でハキ神国軍を撤退させた魔獣が、ブルーノア教会の聖獣だと知られてしまうのではないですか?」


「シーバス様、それは大丈夫です。誰もビッグバラディスなんて見たことないのですから、それは別の魔獣であって、うちの聖獣ではないと言い張ればいいのです。同じビッグバラディスだという証拠は何処にもありません」


イツキは全然心配ないですと笑いながら言う。

 そして、ロームズ辺境伯がビッグバラディスを操ると知れば、2度とロームズ領に戦争を仕掛けてこないでしょうと付け加える。


「ロームズは、ハキ神国軍の鬼門、絶対に関わってはいけない場所であり、神に愛された町を攻めると天罰が下ると兵に恐れられているとか……なんとも大袈裟ですよね」


イツキは冗談半分で楽しそうに、昨日聞いたハキ神国軍の迷信なのだと言う。


「成る程、抑止力としての情報公開であり、カルート国やダルーン王国にも手を出させない、最強兵器みたいなものですな」


ファリスのシーバスは、リース(聖人)様の考え方の根本に、ロームズ領の防衛費の問題があるのだろうと思っている。

 そして、ブルーノア教会の聖獣と堂々と公言することで、ギラ新教を牽制する……いや、喧嘩を売っているのかも知れない。そんなことをふと考えたシーバスは、イツキに問うような視線を向ける。


「僕の過去を調べれば、レガート国の軍学校辺りから情報が出るでしょう。僕は軍学校で軍用犬の訓練教官とハヤマ(通信鳥)の育成をしていたので、敵は動物や魔獣を操る【印】の持ち主だと僕のことを思うでしょう。だから辺境であるロームズの領主をしているのだと。僕がミノス正教会に居たことまで知られても、その当時のファリスはエダリオ様です。大陸中にハヤマを広めた人物であることは、あまりにも有名です。僕はその弟子くらいが理想でしょう?」


全てを計算して行っている訳ではないが、きっとギラ新教の大師ならそう考えるだろうとイツキは言う。そして、そう思わせておくことが理想なのだと。

 魔獣を操る【印】の持ち主くらいでは、リースだと疑われることはない。

 ただ、ビッグバラディスは厄介だ!くらいには思って欲しいとイツキは期待する。


 シーバスは、ロームズ教会は正教会になったので、【教会の離れ】と新しい宿舎が、来月から建設されることになったと報告する。

 正教会には必ず、教会関係者や保護対象者や訳ありの貴族等を宿泊させる【教会の離れ】が必要となる。また正教会ともなれば、ファリス(高位神父)の下にモーリス(中位神父)や一般神父が常駐する決まりがある。

 そして、教会警備隊も配属され、手伝いの女性も雇われることになる。





 午後3時、イツキは国境に近い街道に出て、エイコムと一緒に馬車の御者台に座り、ある馬車が来るのを待っていた。


「領主様、誰が来られるのですか?」


「フィリップさんだよエイコム。それと、ケガをしたレガート軍のソウタ指揮官と、ドグさんとガルロさんだ。エイコムはソウタ指揮官とは面識が無かったな?」


「ひええっ!ソウタ指揮官ですか?ギニ司令官の懐刀にして策士だと有名な?……も、勿論面識などありません」


思わぬ大物の名前を聞き、エイコムは一気に緊張する。

 エイコムは警備隊の所属なので、ソウタ指揮官の名前は知っていても会ったことなどなかった。残りの3人とは顔見知りである。


「ソウタ指揮官は、今月軍本部でギラ新教徒に後ろから刺されて生死をさ迷い、命は助かったが腰から下が動かなくなった。レガート国内では……ソウタ指揮官は死亡したことになっている」


「はい?死亡したことになってる・・・??それにしてもギラ新教徒の奴、後ろから刺すなんて卑怯にも程があるだろう」


エイコムはギラ新教徒に強い憎しみを持っており、顔をしかめて拳を握る。

 ロームズ領の悲劇は、ギラ新教徒であるレガート国の貴族が引き起こしたものであり、エイコムも害を受けた当事者だった。

 待っている間、イツキは軍と警備隊の極秘情報を含めた事実をエイコムに話した。


「キシ領を襲撃……しかも放火とフィ、フィリップ様のご両親を暗殺するなんて!レガート国内の全警備隊員を敵に回す悪逆非道な行い。許せない!しかも警備隊本部も襲撃するとは!」


「そこでだ、エイコム、君にはソウタ指揮官のリハビリ担当者になって貰いたい」

「はい?」


イツキはいつもの笑顔でエイコムにお願いと言う名の命令をする。

 この顔は、この笑顔は、俺を騙そうとしている……いやいや、丸め込もうとしている時の笑顔だ!騙されてはいけない……とエイコムは気を引き締める。


「あら、エイコムさん、警備隊の仕事は、住民の為にベストを尽くすのではなかったのかしら?ソウタ指揮官は既に軍を辞め、生きる希望も失っている可哀想なおじ……お兄さんなの。あれだけモテモテだったのに・・・私は、もう1度ソウタ兄さんに、軍の指揮官に戻って欲しいの。きっと歩けると信じています。エイコムさんもそう思うでしょう?」


イツキはちょっぴり貴族っぽいコートを着ている。勿論男物だがコート故に男を強調しておらず、神母キアの声と表情で……おまけに身長差で上目遣いになってお願いする。仕上げに手まで握ってくる用意周到さだ。


「お、俺は騙されないぞ。そんな可愛い声で、可愛い顔でお願いされても、領主様は男なんだ!卑怯ですよ」


エイコムは思わず御者台から逃げ出しそうになりながら、握られた手を引っ込めた。

 するとキアの振りをしていた領主様は、悲しそうな表情で下を向いて黙ってしまった。

 あれ、もしかしたら泣いているのかな・・・

 そう言えば、ソウタ指揮官は領主様の剣の師匠だった。

 ・・・困った。……どうしよう……と、数分の静寂にエイコムは戸惑ってしまう。


「すまないエイコム。僕の力不足のせいなんだ。キシ領が襲われた時点で、キシ組が襲われると予想できたのに、僕はアルダス様とフィリップさんが襲撃されることばかり危惧して、ソウタ指揮官を守れなかった」


「でも、それは領主様の責任じゃないですよ。警備隊本部の襲撃だって、上級学校から駆け付けたんでしょう?だって領主様は学生だし、軍本部には司令官や大佐だって居るじゃないですか!」


「そうだね……だけど……だけど僕はソウタ指揮官も守りたかった。……起こってしまったことは元には戻らない。でも、これから僕は、必ずソウタ指揮官を元に戻して見せる。今ロームズには名医が集まっている。だから、僕は心を鬼にして、どんなに痛くても容赦なく、ソウタ指揮官に訓練をしてもらう。苦しくても逃げ出したくなっても逃がしません。最高の医学と最高の意思があれば、奇跡は起こると僕は心から信じている」


イツキは熱く語りながら、本当に涙を零した。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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