微笑みの領主就任式(5)
王妃カスミラの陰謀は、予言の紅星1 言い伝えの石板 15話目の セバク・ドリル で書いています。
2人の無礼者が王宮警備隊に連行された後、イツキは何事も無かったかのようにニッコリと微笑み、最後に残った子爵の2人と無事に挨拶を終えた。
まだ頑張れそうだが、少し休憩をするとレクスに告げていると、一番厄介な……独身女性やご婦人方が列を作り始めていた。
イツキは迷わずグラスを右に避けた。
「ロームズ辺境伯、これ以上は医者として認められない。顔色も悪いし休憩しなさい」
秘書官と同じテーブルでイツキの様子を見ていたパル院長が、イツキの正面に来て大きめな声で宣告する。
すると心配した領主や大臣達がやって来て、2階で暫く休みなさいと言ってくれた。
凄く残念そうにしている独身女性(ほぼ年上)の方を見ることもなく、イツキはレクスとパル院長に両脇を抱えられて、2階の控え室に上がっていく。
ちょうど時刻は午後6時になり、パーティー会場には夕食が運ばれてきた。
レガート国では、200人を越えるパーティーの時は、左右のテーブルに料理が並べられ、各自が好きな料理を皿に取り、好きな席に座って食事をする形式がとられていた。
独身女性たちは、婚約者の決まっていないヨム指揮官や秘書官を狙って席を移動する。ぼんやりしていたエンターやインカまで、その標的になっていく。
秘書官は、イツキの様子を見に行きたいのだが、次々に話し掛けられ自由が利かない。国王は、カスミラ王妃がベッタリとくっついているので、動きが取れなかった。
ロームズ辺境伯を心配していた参列者たちも、豪華な食事を食べ始めると、次第にパーティーを楽しみ始めていく。
そんな中、リバード王子は、さっぱりとした料理を選び皿に載せていく。そして目立たないようにパーティー会場を抜け、そっと2階の控え室に向かった。
リバード王子は控え室のドアを軽くノックして、静かに部屋の中に入っていく。
そこには、眠っているのか、意識を失っているのか分からないイツキが、長椅子に横になり、パル院長の診察を受けていた。
「パル院長、イツキ先輩は、ロームズ辺境伯様は大丈夫なのですか?」
リバード王子は心配そうにイツキを見て、よく知っているパル院長に質問する。
「リバード王子……本当は、起きているのが奇跡的だったのです。今直ぐにでも入院が必要なのに……フーッ……でも、病気ではありませんので、養生していれば治ります。これは極度の過労ですから」
パル院長はそう答えて、イツキのために運んできたと思われる皿を見て微笑む。
「イツキ先輩が目覚められて、食事が出来そうだっら、これを・・・」
リバード王子は少し恥ずかしそうに、持っていた皿をテーブルの上に置いた。そして、何か出来ることがあれば教えてくださいとお願いした。
「ありがとうございますリバード王子、今は何よりも休むことが大事です。……それでは1つお願いしましょう。秘書官に、午後8時になっても目覚めなければ、病院に連れて帰るので、後のことをお願いしますと伝えて頂きたいのですが、よろしいですか?」
「はい承知しました。必ず秘書官にお伝えいたします」
リバード王子はそう返事をすると、名残惜しそうにイツキを見て「早くよくなってくださいねイツキ先輩」と祈るようにイツキに声を掛け、パーティー会場に戻っていった。
入れ替わるようにして控え室に入ってきたのは、受付が一段落したティーラとパルとハモンドである。
なんでもパーティー会場から受付控え室に、エンターとインカの2人が避難?して来たので、お祝品と返礼品の見張りを頼み、イツキの様子を見にこれたらしい。
「パル院長、イツキ様は……また御能力を使われたのでしょうか?」
「事務長……いや、今回は【禁忌の祈り】を唱えたようだ」
「「「禁忌の祈り・・・」」」
ティーラ、ハモンド、パルは、それ以上言葉が続けられない。
パル院長は、あと2時間しても目覚めなければ、ラミル正教会病院に連れて帰ると3人に伝える。
「俺が付き添うから、最後まで受付を頼む。パル君、明日の朝屋敷の馬車で迎えに来てくれ。イツキ先生が目覚められなければ、君は事情を校長に説明し、修了式後はイツキ先生の荷物を馬車で屋敷まで運べ。明後日には必ずロームズ領に旅立たれる」
「はいレクスさん。そうします。イツキ様をよろしくお願いします」
自分が付き添うことが出来ないパルは少し残念そうな顔をしたが、先ずは自分に与えられた仕事をやり遂げることが大事だと自分に言い聞かせる。
就任パーティーは午後9時にお開きとなる予定である。
結局午後8時になってもイツキは目覚めず、病院に戻ることになった。
「皆様、歓談中のところご報告がございます。ロームズ辺境伯様は、ラミル正教会病院の院長の判断により、入院されることが決まりました。御祝いに駆け付けてくださった皆様への非礼を、心からお詫びしたいと申し出られましたが、立ち上がることさえ出来ず、王様との協議の結果、たった今病院に向かわれました」
賑やかにパーティーを楽しんでいる参列者に向かい、ヨム指揮官はよく通る声で報告する。
パーティーの主役が途中で退席するなど、異例中の異例……しかも国事である。当然会場内は「失礼な」とか「礼儀を知らないのか」と声が上がり、ざわざわし始める。
「ロームズ辺境伯の過労は私の責任だ。知らない者も居るようだが、レーガート国立ロームズ医学大学は、ロームズ辺境伯が半分資金を負担している。そして運営は全て丸投げした。教授の選定から学校や職員寮等の建設、職員採用、入学試験に至るまで丸投げした。上級学校の学生をしながら、馬車で10日は掛かる辺境の地を統治するだけでも大変なのに、国王として配慮が足らなかった。なのでこれ以降、ロームズ辺境伯の途中退席を責める者あらば、この私に文句を言ってこい!」
バルファー王は、イツキが領主になったことを快く思わない貴族が多いことに気付き、自分の認識の甘さを反省する。そしてイツキへの悪口に我慢が出来なくなり、はっきりと自分の責任だと断言した。
国王のこれまた異例の説明の後、ヨム指揮官は2枚パネルを会場内に持ち込んだ。そしてパネルを料理が並べられているテーブルの間に置いていく。
その2枚のパネルには【ロームズ領主選定の条件】と書かれた、大判の紙が貼られていた。
*** ロームズ領主選定の条件 ***
1、伯爵又は伯爵家の子息以上の貴族であること
2、ロームズに建設中の医学大学の運営が出来る者
3、ハキ神国からロームズの住民を守れる者
4、中級学校を建設出来る者
5、カルート語が堪能であること
6、年齢制限はないが、防衛重視の観点から軍関係者、又は軍経験者が望ましい
7、医学大学の運営費を半分負担し、教職員を集めること
8、医学大学の建設費を半分負担出来る者
9、防衛費を半分負担出来る者
上記の条件で領主に成れる者を、領主の推薦と立候補により募った。そして6月20日、全候補者を集め領主選定会議は行われた
選定者は、国王、王妃、側室、王子、領主、秘書官以下の部長級以上の官僚、立候補者を含めた55名。
総投票数55、最高得票数49票で、ヤマノ領の伯爵キアフ・ヤエス・イツキをロームズ領の領主と決定した。
《 注意事項 》ラミルに住む伯爵以上の貴族に、この条件をクリア出来る貴族は居ないと判断したのは、国王様である。
「・・・・・」
何事だろうかとパネルの前に集まり始めた参列者は、貼り出されていた領主選定条件を読んで言葉を失う。
そして、自分には絶対無理だ……と、常識的な思考の持ち主は項垂れる。
少し前まで「あんな子供が何故領主に」とか「キシ公爵の力だろう」とか、いろいろと悪意を込めた妬みや、やっかみを言っていたラミルに住む貴族や地方の貴族は、自分の方が領主に相応しいと思っていた。
しかし、自分は領主候補の推薦者にも選ばれていなかった。確かに、自分にはこの条件をのめるだけの才覚はないと思い知る。
「ああ、ちなみにこの条件を知っても、最後まで立候補した貴族は2人居た。イツキ君は立候補ではなく推薦だったが、投票の結果イツキ君に決定した。そして、立候補した2人はギラ新教徒だと判明し、会議途中に逮捕された」
パネルの前で呆然としている参列者にそう説明したのは、王妃の父親である国務大臣だった。
秘書官の次に力を持つ国務大臣の話を聞き、文句を言っていた貴族は【ギラ新教徒】というキーワードに固まる。
「先程ロームズ辺境伯に暴言を吐いていた2人は、場を弁えず横柄な態度を取り、領主に対し暴言を吐いた。まるでギラ新教徒のようだった。ロームズ辺境伯が、そうでないことを祈ると言っていたのは、彼が少し前まで治安部隊指揮官補佐だったからだ」
今度は秘書官が脅しをかける。お前達はギラ新教徒ではないよなと。
「まあ、イツキ君でなくても、貧乏と過労で倒れるわな。領主就任式が決定したのは14日だった。突然の決定に苦労しただろう。俺でさえ祝いの品を用意する暇も無かったんだ。返礼品は用意できたのだろうか?」
返礼品が用意してあると知っているギニ司令官が、同情したように呟く。
秘書官やギニ司令官が、無礼な参列者に睨みを効かせていた頃、王妃カスミラは、14歳になったばかりの王子サイモスを、皇太子にするための活動に余念が無かった。
気に入らないロームズ辺境伯が居なくなり、王妃にとってパーティー会場は、王子の為の活動の絶好の場になった。
「まあ体の弱い領主でも、サイモスならば上手く使えるでしょう。歳も近いですし。そうでしょうサイモス?」
「はい母上。私も来年は成人です。それなりに能力があれば、国の為に役立って貰いましょう」
王妃はマキ公爵のテーブルにやって来て、息子は優秀なのだと自慢し、王子のサイモスは、当然自分が次期国王に成ると確信したように話をする。
「サイモス王子は、上級学校に行かれるのでしょうか?」
「いいえマキ公爵。サイモスには優秀な家庭教師がおりますから、学校は必要ありませんわ。それに、大事なのは皆さま方とのお付き合いだと思っておりますの」
王妃カスミラは意味あり気に微笑み、来年はサイモス王子と一緒に、マキ領の温泉に行く予定だと告げた。
同じように王妃は、サイモス王子を連れ領主達のテーブルを回る。何故かキシ公爵とヤマノ侯爵を除いて。
『あんな子供が領主だなんて……王様に媚を売るとは許せないわ!黒い髪・・・あの女も黒い髪だったと聞いた。だから王様は……』
自分が酷く冷たい憎しみに満ちた表情をしていると気付かず、王妃カスミラは王様の昔の婚約者に嫉妬する。
そして、殺せと自分が命じた女のことを、久し振りに思い出しカスミラは気分が悪くなった。
『もう死んだ。あの女も子供も・・・王妃になったのはこの私。崇高なる神は、私を御選びになられた。サイモスが皇太子になったら、忌々しいリバードは必ず殺さなければ。これは神が決められたことなのだから……』
今度は勝ち誇ったような顔でニヤリと笑い、機嫌を直してラミルに住む伯爵以上の貴族のテーブルに向かう。
もしこの場にイツキが居たら、王妃カスミラの全身が、黒いオーラに包まれていたことに気付いたことだろう。
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