微笑みの領主就任式(4)
いよいよ参列者のロームズ辺境伯への挨拶が始まった。
「初めましてロームズ辺境伯、マキ領のファンガス侯爵です。孫のネロスがまさか校長表彰を受けるとは……世話になったようで感謝する」
「こちらこそ、ネロス先輩にはお世話になりました。これからも宜しくお願いします」
イツキはマキ領の古参であるネロス先輩の祖父と、最初に挨拶をし、にっこりと極上の笑顔で微笑んだ。
こういう正式なパーティーの時は、基本爵位の高い順に挨拶をしていく。だから爵位の低い子爵は、高位の者が挨拶をする様子を窺いながら列に並ぶことになる。
ただ今日のパーティーは、いつもと大きく違う点があった。
地方の貴族が挨拶しようとすると、何故かその貴族の領地の領主が、然り気無く?イツキの斜め後ろに立ち、睨みを効かせていたのだ。
領主の睨みには【要らんことを言うな!】とか【さっさと終わらせろ!】という意味が含まれており、その意味を理解出来ず、無礼なことでも口走ろうものなら、「○○○伯爵ちょっと」と領主に呼ばれ、何処かへ鬼の形相で連れ去られていくのであった。
挨拶を始めて20分が経過した頃、そんな領主の睨みが効かない、王都ラミルに住む貴族が、ロームズ辺境伯に対し、空気の読めない発言をした。
その空気を読めない男は、王都ラミルの伯爵で、6代前の国王が子爵から伯爵に陞爵し、良い意味で名門、悪く言えば国のためには働かず、貴族手当の金貨4枚で生活している、お荷物貴族だった。
だから彼は王宮の情報には疎く、領主達の信じられない祝辞を、新しい領主を持ち上げる為の虚言……または恩を売るための作戦なのだろうと勝手に解釈していた。
「ロームズ辺境伯様は、色々な才能をお持ちのようだが、どれか1つ、この私にもご伝授頂けないだろうか?そうだな、武器作りがいいかもしれない。ああ、私はラミルのレイトラス伯爵だ。領地持ちではないが、名門だから名前くらいは聞いたことがあるだろう。レガート式ボーガンとは……また大きく出たものだが、私の目は・・・」
イツキをよく知る貴族たちに睨まれていることに気付かず、レイトラス伯爵42歳が、俺はあれが虚言だと気付いているぞという顔をして話していると、途中で誰かが強引に割り込んできた。
「これはレイトマス伯爵、挨拶の途中すまない。ロームズ辺境伯様にご報告があってな。ロームズ辺境伯様、例の件は全て段取り出来ました。そういえば今、武器作りがなんとか……と聞こえた気がするが、まさか軍の機密事項を聞き出そうとした訳ではあるまいな?」
わざと名前を間違え、お前など御呼びでないと堂々と割り込んだのは、司令官になって侯爵に陞爵されたギニ司令官だった。
ギニ司令官は、ミノス領主のヘーデル侯爵を屋敷に軟禁し、ミノス領の大掃除の段取りをつけて、遅れて就任パーティーに駆け付けてきた。そしてタイミングを見計らって登場したのである。
鬼の司令官と呼ばれ恐れられているギニ司令官の登場に、流石の厚顔無恥なレイトラス伯爵も、1歩下がらざるを得ない。そしてタイミングが悪かったので、また後で出直そうと考える残念なレイトラスだった。
そして40分が経過した頃、貴族たちとの挨拶を「よろしくお願いしますね」と微笑みでかわしていたイツキの元に、国務費担当大臣のメイデン伯爵42歳が挨拶に来た。
メイデン国務費担当大臣は、ラミルに住む伯爵で、その領地はエントン秘書官のお隣で、王都から馬車で1時間くらいの場所に在った。
「メイデン伯爵、子供さんとは会えましたか?母を亡くした男の子はどうなったのでしょう?」
イツキは挨拶を受けた後、メイデン伯爵を手招きすると、耳元で囁くように訊ねた。
メイデン伯爵は目を見開き固まり、何故それを貴方が知っているのですか?……と、イツキの顔を複雑な表情で見る。
あれはイツキがルナ湖の畔で【子宝だけ】を採取し、ドゴル不死鳥に持ち込んだ後、誰に売るべきか揉めていた店長に、イツキが選定すると決めた時のことだった。
イツキは【子宝だけ】を売る人物を特定している最中、頭の中に泣いている子供の様子が視えた。そしてその子は大きくなって、自分と共に旅をしていた。
イツキは店長にブルーノア教会の封印紋をした手紙を渡し、子供の居ないある貴族に届けるよう頼んでいた。その相手がメイデン伯爵だったのである。
「ハルト君を、ロームズ中級学校に入学させませんか?3年後には必ずラミル上級学校に入学させます」
何も答えず返事も出来ないメイデン伯爵に、イツキはもう1度手招きして提案した。
メイデン伯爵様
貴方には実の子が居ます。ですから、その子を救い育てなさい。
【子宝だけ】に頼ることなく、父親としての責務を果すことから始めなさい。
息子の名はハルト。もうすぐ11歳になります。
先日母親が亡くなり、彼はみなしごになりました。今月末まで住む家はありますが、来月になるとどうなるか分かりません。
亡くなった母親の名前はリサベル・エシャード。11年前までメイデン伯爵家で働く侍女でした。
彼女は夫人に不貞を咎められ、屋敷を追い出されました。そしてその後、彼女は身籠っていたことに気付きました。
彼女は実家に帰りましたが、父親も分からぬ子を産んだ女として、大変苦労したようです。
頼りの両親も間もなく他界し、苦労に苦労を重ねたリサベルは、最後まで父親の名前を明かしませんでした。
神は償う者を御許しになるでしょう。
しかし、そうでないのなら、ハルトは教会で引き取り、私の元で教育します。
ブルーノア教会の神父より
メイデン伯爵は届いた手紙の内容を思い出していた。
確か手紙の差出人は神父様になっていたと。
メイデン伯爵は手紙を受け取ると、直ぐに侍女リサベルの実家を調べ、妻の反対を押しきりハルトを探しに行った。そして何日も食べず弱って倒れていたハルトを発見し、自分にそっくりな顔のハルトを見て神に感謝した。
全ては妻の実家と揉めたくないからと、愛していたリサベルを犠牲にし、優柔不断な行動をとってしまった自分が招いた結果である。
メイデン伯爵は心から悔い反省し、亡くなったリサベルに謝罪し、ハルトに全てを打ち明け連れて帰った。現在は妻と別居中である。
ハルトを連れ帰ったメイデン伯爵は、急いでドゴル不死鳥に行き、誰が手紙を届けさせたのか聴いた。だが、それは絶対に教えられないと言われてしまった。
確かに手紙を送った人物が領主であるロームズ辺境伯なら、不死鳥は名前を明かすことはないだろう。
待てよ……ロームズ辺境伯は、自分は教会の養い子で今年貴族になったばかりだと言っていた。しかも貧乏だから冒険者としてお金を稼いだと言っていた。
教会の養い子で冒険者……間違いない!手紙をくれたのはロームズ辺境伯だと、メイデン伯爵は確信した。
『でも、どうして?何故ロームズ辺境伯がハルトのことを知っていたのだろう?』
訊ねたいことはたくさんあるが、ただ微笑んでいるロームズ辺境伯の顔の周りに、ぼんやりと金色の光のオーラが見えた気がして、メイデン伯爵は全てを理解した。
「ありがとうございますロームズ辺境伯様。現在ハルトは屋敷に居ます。本人が望めば、ロームズ領の中級学校に入学させます。・・・神に感謝申し上げます」
メイデン伯爵は再び礼をとると、神と神父としてのロームズ辺境伯の力に感謝し、涙を流しながら深く深く頭を下げた。
もちろん、イツキの正体に気付いた訳ではない。でも、ブルーノア教会の封印紋を使えるのは、ファリス以上の神父様である。領主である者が、ブルーノア教会の神父だと名乗っているのだ……それが嘘であるはずがなかった。
◇ ◇
その頃、受付の控え室に事務長ティーラ達の様子を見に行ったエンターは、従者であるパルに頼まれて、お祝品の仕訳を手伝っていた。
先ず、頂いたお祝品をハモンドが開封し、品物にくれた人の名札を貼る。
次に、マサキ公爵家の家令ギレムさんがその品物を鑑定し、A~Cまでの札を貼る。
その次にパルが、お祝品をA~Cの順に並べていく。
助っ人のエンターは、並べられたお祝品のランクを、名簿に記入していく。
仕上げにティーラが、BとCランクのお祝品を持ってきた参列者と、お祝品を持参しなかったDの参列者の名前を、メッセージカードに記入していく。
ちなみに、ハモンドが貼る名札は、事前に名簿を見てハモンドが作っていた。
そして、ティーラが名前を記入しているメッセージカードには、ロームズ領の場所が描かれていた。招待客の殆どがロームズ領の場所を知らないので、簡単な地図とイツキの名前入りのカードを用意していた。
返礼品Aの参列者には、シルクのスカーフとイツキが発明したペンの両方を渡す。
Bの参列者には、家紋入りのシルクのスカーフかペンを選んで貰う。
Cの参列者には、木箱に家紋と日付を入れたペアグラス。
Dの参列者には、皿の裏に家紋を書き加えた大皿1枚。
ペアグラス50組は、マサキ公爵家御用達の商会に発注し、皿50枚はランカー商会が用意した。どちらも職人が徹夜で作業し、昨夜ギリギリで納品された。
グラスも皿も同じ大きさの形や色で揃えられなかったが、ティーラいわく、比べる貴族は殆どが居ないし、後で何か言われたら、ロームズ辺境伯自ら選ばれた物だと答えることにした。
急に決まった領主就任式に、返礼品が用意出来ただけでも称賛に値すると、出来る家令のギレムさんが言っていた。
戻ってこないエンターを心配してやって来たインカは、大中小の名前入りのメッセージカードを、返礼品の箱に貼っていく。メッセージカードは、大が皿、中がグラス、小がスカーフとなっている。
中身が何か分からないCとDの参列者たちは、箱が大きいので文句を言うものは居ないだろう。
パーティー開始50分、ようやく返礼品の鑑定が終わったので、出来る家令のギレムさんは屋敷に帰り、エンターとエンターの従者として参列しているインカは、イツキにそのことを報告にいく。
◇ ◇
会場内は和やかに歓談が続いていた。
久し振りの高位の貴族の集まりである。ここぞとばかりに親交を深めようと、皆積極的にテーブルを回り挨拶をする。年頃(15歳~18歳)の息子や娘を持つ貴族は、良縁を結ぼうと活動する。
今日の主役はロームズ辺境伯だが、ロームズ領という貧乏な僻地には、あまり魅力や旨味を感じない貴族たちにとって、別の活動の方が優先されていた。
イツキは地方の貴族の挨拶や、王都ラミルに住む伯爵家以上の参列者との挨拶を終え、最後に残った子爵家の挨拶を受けていた。
「失礼します、ラミルのエンター伯爵です」と言って、エンターは子爵達の挨拶に割り込み、受付の様子を伝える。
顔色は変わらず青いままだが、握手の振りをして握った手は、氷のように冷たかった。
エンターはイツキの隣で立っているレクスに、もう無理だと首を振って知らせる。しかしイツキは、心配するエンターとレクスに、もう少し、あと10分は頑張りますと言って微笑んだ。
子爵の挨拶も残すところあと3人になった時、その無礼者は現れた。
「ロームズ辺境伯、貴方はラミル上級学校の学生だと聞いたが、ラミル上級学校は、いつからこんな嘘つきを入学させるようになったんだぁ?医師資格?君は領主までも騙していることが恥ずかしくないのか!」
ラミルの子爵ブンダグ45歳が、先程失礼な態度をとったレイトラス伯爵と一緒にやって来て、信じられないことを言った。かなりお酒も呑んでいるようだが、慶事である領主の就任パーティーで、その主役に向かって発言すべき内容ではなかった。
後ろに並んでいた2人の子爵は凍り付き、レクスと近くで様子を窺っていた秘書官は顔色を変えた。
「武器を発明する学生などいる訳がない。領主達のリップサービスも、この私には通用しないぞ。年長者を敬う気持ちがあれば、学生の分際で領主を受けるはずがない」
とうとう思っていたことを口に出してしまったレイトラス伯爵は、まるで勝ち誇ったようにイツキを睨んで吠えてしまった。
大きな声だったので皆の注目が集まってしまう。そしてロームズ辺境伯は何と返事を返すのだろうかと、ニヤニヤ顔で期待する者、腹をたてる者の2つに分かれた。
「年長者ですか・・・僕はお2人が【祈りの3番】を唱えられることを祈ります」
イツキがそう返事を返した途端、秘書官とヨム指揮官が、王宮警備隊の隊員に合図した。するとブンダグ子爵とレイトラス伯爵は、「なっ!」と言葉にならない声を出し、あっという間に連行されていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




