イツキ、領主会議に出席する(1)
いつものように、イツキの祈りの途中で皆は涙を流し始めた。
しかしその涙は喜びの涙であり、跡取りを授かることが出来た、感謝の涙であった。
「それではイエンを私の腕に」と言って、イツキはイエンを抱いたカピラ夫人に向かって手を差し出した。
洗礼式用の白い服に着替えたイエンは泣き出すこともなく、イツキに抱かれると、母親似のつぶらなグレーの瞳を見開き、懸命に何かを見ようとしていた。少し薄い父親似の金髪は癖毛で、口をもぐもぐさせ本当に可愛い。
「それでは、イエンの進むべき道を、神様よりお告げいただきましょう」
イツキはイエンの顔をじっと見詰めてから、未来を視ようとして目を閉じる。
するとイツキの脳裏に、剣を抜き戦うイエンの姿が視えた。
戦っているのは盗賊のような出で立ちの男達で、共に戦っていたのはイツキのクラスメートであるホリーだった。イエンが守っていたのは貧しい服装の母娘で、特徴のあるカラフルな家並みから察するに、ヤマノ領内のようである。
「将来イエンは、領内の貧富の差をなくすため努力し、自ら先頭に立ち戦う領主になる。悪を許さず貧しい者に手を差し伸べる優しさから、貴族と対立するだろう。親である者は、イエンの道を塞がぬよう貴族の管理を怠るな」
祈りの時の透き通る高い声から、別人のような低い声でイエンの進む道を説く。
イツキはゆっくりと目を開けると、嬉しそうに優しく微笑み、イエンの額にキスをして祝福を与えた。
「イエンの洗礼名をハーロンとする。シーリスであられたハーロン様は、大陸戦争後、混乱する557年にシーリスとなられ、多くの難民達の命を救い、住む場所を与えられた。貧しき者を導き生活の糧となる仕事を与え、希望の光となられた。ハーロンの名に恥じぬよう善き領主になることを期待する」
「ありがたき幸せ。善き領主となるよう、親としての責務を果たします」
エルトとカピラはひざまずき、リース様であるイツキに深く頭を下げ、息子イエンが祝福を与えたられたことに心から感謝する。
本来洗礼名は、モーリスやファリスの名を与えられることが多く、高位の貴族でもサイリスの名を与えられれば名誉なことだった。
洗礼名が三聖であるシーリスの名を与えられる場合は、将来多くの人を助けたり命を救ったり、神の僕としての役割を持って生まれたことを示していた。
イツキは、ポム弾は今の出来で製造を進めてオッケイだと告げ、見本の2つで、屋敷の警備の人はしっかり練習して欲しいと頼んでおいた。
「それではまた明日」とヤマノ侯爵夫妻に挨拶して、イツキはファリスの執務室に向かった。
「了解しました。エンター伯爵は私が責任を持って、本教会にお連れいたします」
ファリスのグラープさんに、明後日エルビスを本教会まで送って欲しいと頼み、リーバ様宛の手紙を託けた。
◇ ◇ ◇
屋敷に戻ったイツキは、明日の準備と段取りを、遅れて戻ってきたパル、事務長のティーラ、ハモンド、レクスと打合せする。
「それではイツキ様の従者としてレクスさん、受付に私とハモンドさんとパル君という配置でよろしいですね?」
「そうだねティーラさん。レクスは子爵家の次男だし、王宮で勤務しているからラミルに住む貴族とは面識がある」
イツキはそう言いながら、明日着る予定のやたらとキラキラした正装を見て、嫌そうな顔をしてため息をついた。
「いいですかイツキ様、舐められたら終わりです。いくら貧乏な領主でも、貧乏そうにしていては付け込まれます。如何に優雅に、如何に堂々と、そして余裕のある態度で接してください。それから、格下の貴族に対し、謙遜するような言動は慎んでください」
ティーラは事務長というより、社交界デビューする自分の息子を諭すように、きっちりと言い聞かしていく。
先日マサキ公爵家家令のギレムからも、「ロームズ辺境伯様は領主としての立場に対して、自覚が足らないような気がします」と心配されてしまった。
元々貴族ではなかった上に、本人が地位に執着がない。格上とか格下とか家柄とかに無関心。困ったことに欲もない。ハーッ……どうしたものか……とティーラは頭が痛い。
「ティーラさん、イツキ先生には寄親が2人も居て、1人はあのキシ公爵様です。余程の恐れ知らずでなければ、悪意で近付くことは出来ないと思います」
貴族の子息として育ち、王宮勤務をしているレクスは、誰よりもキシ公爵の持つ力を知っていた。【王の目】という貴族の不正を正す仕事をしているキシ公爵の秘蔵っ子に、ケンカを売る者など居ないだろう……たぶん居ないと思う。居たら緊めるしかない!
「それからイツキ様、マサキ公爵様が家令のギレムさんを、お祝品の鑑定に寄越してくださるそうです。返礼品もペンかスカーフかグラスかを、お祝品の鑑定をして列席者名簿に記入してくださることになりました。マサキ公爵様に御礼をしておいてください」
「それは至れり尽くせりですね。う~ん、お礼はペン10本くらいでいいかなぁ……」
イツキは貴族の付き合いが正直よく分からない。そして、自分の発明したペンの価値もよく分かっていなかった。
「5本でよろしいかと・・・イツキ様、これからは誰彼なく発明品を差し上げることはお控えください。売り物ですから。うちは貧乏なんですから」
ティーラはちょっと語気を強めて、貧乏なのに欲のない主に注意した。
とうとう19日が来てしまった。
見送りに出た管理人のドッター夫婦が、孫同然のイツキの晴れ姿を見て号泣したので、イツキはため息も吐けず「行ってきます」と笑顔で馬車に乗り込んだ。
午前中は領主会議である。
今日の議題は、特産品生産の進捗状況についてと、ギラ新教についてになるだろうとイツキは予想する。
午前8時半に、イツキは王宮西棟3階の会議室に到着した。
服装は正装ほどではないが、いつもの学生服に比べたら、間違いなく貴族様に見える豪華な服である。
会議は9時からだが、新参者であり年少のイツキは、誰よりも早く到着しておかねばならない。
午前9時、全領主が集まり領主会議が始まった。
冒頭エントン秘書官が、今回のギラ新教徒襲撃事件について説明する。
「ギラ新教はキシ領の占領でもするつもりだったのか?」(ミノス領主)
「しかし、犯人は全員処刑されたのだろう?主犯の男も国外に逃げたようだし、キシ公爵は多大な被害を被られましたが、とりあえずは安心というところでしょうか」
どこか他人事のように話すのは、ミノス領主とホン領主である。隣の領地が襲われたというのに余裕の態度だ。
「僕は犯人の取り調べを直接しましたが、キシ領の次はホン領、その次はミノス領を襲うと言っていました。キシ公爵様が全員を捕らえたからこれで済みましたが、もしもキシ公爵様が殺されていたら、今頃はホン領もミノス領も同じ目に遭っていたでしょう」
イツキは緊張感のない2人の領主に、無表情なまま言い放つ。
ギラ新教徒が暗躍していたヤマノ領、カイ領、マサキ領の領主は、イツキの話に静かに頷き、今回の同時襲撃を決して他人事だとは考えていなかった。
「今回の襲撃で、フィリップとソウタを失った。治安部隊は壊滅的打撃を受け、指揮官補佐であるイツキ君は医学大学の為にその任を降りた。やっと成人したばかりの、しかも領主に、そう何度も血塗れの戦いをさせる訳にもいかぬ。どうだろうヘーデル侯爵(ミノス領主)、ネイヤー公爵(ホン領主)、治安部隊を率いてみては?14歳のイツキ君でさえ戦ってきたのです。もちろんマキ公爵でも構いません」
キシ公爵アルダスは、国の為に働くわけでもなく、自領のことしか考えていない領主達に嫌味を言う。これだけの犠牲を払った後であれば、アルダスに対し、誰も意見を返せる者など居ない。
また、今回イツキが警備隊本部で指揮を執り、襲撃犯と死闘を繰り広げ、全身血塗れで奮闘した事実が、いつの間にか王都ラミルでは、知らぬ者など居ないくらい有名な話になっており、当然領主達もその噂を聞かされていた。
噂を流したのは、ヨム指揮官の命を受けた、警備隊本部の制服組の皆さんである。もちろん大喜びで話を広めたことは言うまでもない。
「キシ公爵様、私は軍や警備隊には疎い領主です。指揮を執るなど隊員達を死なせるようなものですが、他のかたちで、例えば治安部隊の人員を育成するための場所、宿舎、武器の購入、諸々にかかる経費の負担をさせていただきたいと思います。我が領は、ギラ新教徒によって大きな痛手を被りましたが、今なら逆賊から没収した屋敷や領土が好きに使えます」
ヤマノ侯爵エルトは、ずっと考えていたことを勇気を出して提案してみる。中央で仕事をすることも真剣に考えたが、それよりも、ギラ新教と戦うイツキの手助けになることの方が良いのではと考え直し、既に王都ラミルに近い領地を用意していた。
「これは有り難い申し出、ヤマノ侯爵、お言葉に甘えさせていただきましょう。我が国において、治安部隊の再編は最重要事項です。よろしいですよね。王様、秘書官、ギニ司令官?」
キシ公爵は、イツキがリースであると知っているヤマノ侯爵が、イツキを後ろから支えるつもりなのだと理解して、嫌だとは言わせない勢いで、王と秘書官と司令官に了解を得ようとする。
それによって、他の領主達も何もしない訳にはいかなくなる。
「もちろん了承しよう。ヤマノ侯爵、頼んだぞ」
「はっ、王様、若輩者ですが、国の為、力を尽くします」
バルファー王は直ぐに了承し、エルトに治安部隊の育成の手伝いを頼んだ。
「真っ先に狙われそうなホン領やミノス領には、治安部隊の活動拠点を置かれることをお勧めします。実はホン領の貴族に、怪しい動きありと報告が来ています」
治安部隊を表向き辞めるイツキは、ここぞとばかりに脅しをかけ、領主として自領の貴族に目を光らせるよう仕向けておく。
「な、何だって!それは本当かねイツキ君?」
「はい、残念ながら……しかし、私は治安部隊から退きましたので、これからは領主様自ら、治安部隊と密に連携されるのが宜しいかと……」
ホン領主は驚きながら、大声でイツキに真偽を確かめようとする。イツキは自分の身(領地)は自分で護れと冷たいとも思える言い方で答えた。
今日のイツキは、これまでのイツキとは違っていた。
正式に領主に成ったこともあるが、国のトップ3人が平和ボケしていた現実を思うと、優しく指導をしている場合ではないと態度を変えたのである。
ギラ新教に関わることだけは、年少だろうが新米領主だろうが関係ない。イツキはその道のプロであり、それだけのことをしてきた。だから、はっきりと言う。
「奴等はまだ、レガート国内で活動を続けていくのか?」
「マキ公爵様、はっきりと申し上げます。ギラ新教はレガート国を狙ってる訳ではなく、ランドル大陸全てを手中に収め、全ての人を支配することを目的としています。ハキ神国とダルーン王国は、ほぼ奴等の手中にあると思われます。カルート国の乗っ取りは成功しなかったので、次は隣国ミリダの番でしょう」
イツキの発言は、次第に辛辣になっていく。本当のことだから当然である。
ミリダ国の名前が出たところで、バルファー王は眉をしかめる。バルファー王の姉エルファは、ミリダ国の王妃であり、同盟国でもある。
当然ミリダ国に何かあれば、レガート国は援軍を送ることになるのだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークが少し増えて、スキップしました。
花粉症と確定申告の季節が・・・ふう・・・更新が遅れがちになると思われます。




