卒業式のあとで
感動の卒業式の後、イツキは卒業していく3年生達に囲まれた。
少しでも話をしようと詰め寄る者、握手をして欲しいと頼む者、中には抱き付こうとして、親衛隊副隊長のモンサンに何処かへ引き摺られて行く者もいた。
収拾がつかないので、握手と挨拶だけにすると親衛隊長のクレタが仕切り始める。
また、感謝を込めてプレゼントを渡す3年生も居た。
イツキと出会ったことで、大きく運命が開けた発明部の3人(国費留学2人、実費留学1人)、槍の団体戦に出場したガイガー先輩達、春大会で入賞しアタックインで準優勝した文学部の先輩達、ポルムゴールで優勝した選抜選手の先輩達、そして、イツキ親衛隊の先輩達・・・皆「ありがとう」の言葉と共にイツキと握手をする。
発明部の3人に至っては、号泣しながらなかなか離れようとしない。
そんな様子を見ていた卒業生の親達は、当然のことながらほぼ貴族である。この機会にロームズ辺境伯であるイツキに挨拶をしようと狙っているが、全く近付ける状態ではなかった。
自分の息子達が、嬉しそうに「ありがとうイツキ君」と感謝している様を見れば、ロームズ辺境伯の人柄も自然と伝わってくる。
親達は新しい領主であるロームズ辺境伯が、自分の息子と同じ上級学校に在籍する学生だと知った時、驚きと不安と疑問を感じていたいた。
何故学生ごときが・・・?と。
それは自分の息子のレベルと、同じレベルの学生を想像していたからである。
しかし、レガート軍本部や警備隊本部、王宮に勤務していた親達は、ロームズ辺境伯を直接見たりしていたし、その異才振りは噂を聞いて知っていた。
その噂の内容は、軍本部では【災害級の来訪者】、レガート城では【数字の魔術師】とか【最小領地の最強領主】、警備隊本部では【悪を許さぬ黒き戦鬼】などと呼ばれており、今ではイツキの地位に文句を言う者は少ない。
それでも中央では働かず、自分の領地の管理だけをしている地方の貴族や、自分の領地を殆ど出ることなく働いている貴族は、イツキの異才振りを知らない。
イツキを知る者は近付こうとせず、イツキを知らない者は興味本意や己の利のために、挨拶くらいは……と軽く考えていた。
3年生の挨拶が親衛隊を残すのみになり、イツキは自分を支えてくれた親衛隊の3年生の、1人1人と握手し声を掛けられていく。どの顔も名残惜しそうだが、全員笑顔でイツキの前に整列している。
3年生の後には、イツキを守るように1・2年の親衛隊員が並んでいる。
「クレタ隊長、モンサン副隊長、そして親衛隊の皆さん。僕を支えてくださりありがとうございました。皆さんの励ましの言葉に勇気付けられ、これまで頑張ってこれました。巣立たれる先輩方には本当に感謝しています。歩む道は違っても、皆さんならきっと、僕の信頼する先輩であり続けていただけると信じています」
そう言ってイツキは、極上の笑顔で優しく微笑んだ。
いつも「ぎゃーっ!」と叫ぶ先輩は、イツキの笑顔も見納めなのだと、叫ぶ代わりに号泣していた。
親衛隊との挨拶が終わり3年生達が移動を始めると、今がチャンスとばかりに親達が、イツキの方に向かってギラギラした瞳で移動を開始する。
それと同時にイツキの側に来て、後ろから堂々と声を掛けた人物が居た。
「イツキ君、これから帰るんだろう?送っていくよ」と。
イツキが振り返ると、そこには自分の親衛隊との挨拶を終えたインカ先輩と、カイ領主であるラシード侯爵が立っていた。明らかにイツキを守る為の行動である。
「お久し振りですラシード侯爵様。ありがとうございます。それではお願いしてもよろしいでしょうか?」
イツキは嬉しそうにそう言うと、自分の方に向かってくる父母達に向かって軽く会釈をして、『ごきげんよう』と心の中で呟き、にっこりと笑っておいた。
3人は素早く歩き出すと、スタスタと馬車乗り場へと向かう。
せっかく邪魔な学生が去り、話し掛けるチャンスだったのにと残念がる貴族達だが、流石にカイ領主に向かって文句を言える者など居なかった。
領主の馬車は教員室棟の前に停まっており、ラシード侯爵は見送りに来た校長や教頭に挨拶をして、さっさと馬車に乗り込んだ。
「やっぱり大変なことになるところだった……だから言っただろうイツキ君、絶対にお近付きになろうと貴族が寄ってくるって」(インカ先輩)
「はい、何だか視線が怖かったです。はぁ……助かった」
「イツキ君・・・明日は逃げられないよ。大丈夫かい?」(ラシード侯爵)
インカ先輩の事前の手回しで危機を回避したイツキだが、明日の就任式では全ての客と挨拶や話をすることになる。
考えただけでも逃げ出したいイツキだが、こうして力になってくださる領主だっている。そう思うと明日は逃げる訳にはいかない。
「ハハハ……なんとか頑張ります。せっかくの機会ですから、怪しい貴族を探る気持ちで対応します」
イツキはそう答えると、明日の就任式という名のパーティーでの心構えを、ラシード侯爵からいろいろ伝授してもらう。
◇ ◇ ◇
午後2時、イツキはヤマノ侯爵の長男誕生の御祝いの品を持って、ラミルにあるヤマノ侯爵邸に到着した。
ちょっぴりふっくらとした侯爵夫人のカピラ20歳と、母親のリベール46歳が玄関で出迎えてくれた。
本来寄親でもあるヤマノ侯爵家の皆さんが、格下であるイツキを玄関まで出迎えること自体、他の貴族が見たらおかしく思うだろうが、ヤマノ侯爵家にとってイツキは恩人である。大恩人と言っても過言ではない。
そんな不可思議な光景を、ルビン坊っちゃんの父であるシンバス子爵は首を捻りながら見て、イツキと挨拶を交わした。
「イエン君のお誕生おめでとうございます。母子ともにお元気だとエルト様よりうかがい、安堵いたしました」
イツキはそう言いながら、カピラ夫人に御祝いの品を渡す。
隣に居た家令のルーファス53歳が直ぐに受け取り直し、イツキに向かって深々と頭を下げた。どこの家令も出来る人ばかりだと、イツキはしみじみ思いながら「こんにちはルーファスさん」と声を掛けた。
「イツキ様、いえ、ロームズ辺境伯様、主は急用で王宮に行っておりますが、間もなく戻って来ると思いますので、先に特産品の検品をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん構いません。その前にイエン君の顔を見させてください」
イツキはルーファスの話を了承し、ニコニコしながらイエンとの面会を頼んだ。
案内された広く豪華なリビングに入ると、室内は暖房が効いていて暖かい。
部屋の中央にはベビーベッドが置いてあり、生まれたばかりのイエンはスヤスヤと眠っていた。
イツキは眠っているイエンの顔をじっと見て、天使のように可愛い寝顔に癒される。
「カピラ様、イエン君の洗礼式は終えられましたか?」
「いいえまだですイツキ様。20日の午前中、ヤマノに帰る前にラミル正教会で行う予定です」
カピラは嬉しそうに答えて、ラミル正教会に行くのは初めてなのですと付け加えた。
それからイツキは別の部屋で、出来上がったばかりのポム弾2つを、シンバス子爵から受け取り検品を始めた。
「見た感じでは良い出来だと思いますが、威力を試さないと答えは出ません。これから僕が試し撃ちをするので、シンバス子爵はよく見ていてください」
イツキは必要な道具を家令のルーファスに頼み、暫くしてヤマノ侯爵邸の庭に出る。
庭の大きな木の下に置いてあるベンチに向かうと、イツキは使用人が使っている古い木の食器や、欠けたり割れたりして使えなくなった陶器の壺やカップを置いていく。
10メートルくらい離れた場所にある木の枝にも、イツキは木製の古い食器を置いた。
屋敷の警備を担当している者やルーファスも庭に出てきて、イツキは何をするのだろうと、興味津々で見学している。
イツキはベンチから約10メートル離れた場所に立つと、落ちていた小石を拾い、素早くポム弾にセットし撃つ。
するとベンチの上に置いてあった木のコップに当たり、コーンと音をたててベンチの後ろに飛んでいった。
続いてイツキは親指くらいの大きさの石を拾うと、先程撃ったコップの隣の木のコップに狙いを定めて、迷いなくポム弾を撃った。
パーンと音がして、今度はコップが割れて飛び散った。
皆が目をパチパチさせて驚いているところへ、ヤマノ侯爵エルトと警備隊長が乗った馬車が戻ってきた。
皆がエルトを迎える中、イツキはニコニコと笑ながら、今、試したばかりのポム弾をエルトに手渡しながら、「お帰りなさい」と声を掛けた。
「エルト様、ポム弾の仕上がりを試していたところです。ご一緒に試してみてください。きっと楽しいですよ」
イツキの笑顔に逆らえないエルトは、言われるがままにイツキに連れられ、ベンチから10メートルくらい離れた場所に立たされる。
イツキは「それでは見本を見せますね」と言って、もう1つの見本を手に取ると、小石を拾いベンチの上に置いてあった木の椀に当て、後ろに飛ばした。
続いて少し大きめの石を拾うと、15メートルくらい先の木の枝の上に置かれた木のコップ目掛けてポム弾を撃つ。
今度はパンッ!と大きな音がして、コップは真っ二つに割れて下に落ちた。
「「な、なんだそれはー!!」」と、エルトと警備隊長が同時に叫んだ。
それから暫く、ヤマノ侯爵家の皆さん(女性を除く)は、シンバス子爵も含めてポム弾に夢中になった。
当面練習用の的は、1枚の板に矢の的のような三重丸を数個書くことを薦め、割らない程度の大きさの石を使って練習し、初めは7メートルくらいから撃ち、徐々に15メートルくらいまで離れても命中させるよう訓練する方法を教えた。
30分くらい練習した時点では、家令のルーファス52歳が1番命中率が高かった。
練習?に励むヤマノ侯爵家の使用人の皆さんを庭に残し、まだまだ練習?したそうな領主エルトと家令のルーファスを連れて、イツキは再び屋敷の中に戻っていく。
イツキは目を覚ましたイエンを抱くと、エルトとカピラとリベールに向かって、これから自分が洗礼式を行うと言い出した。
3人はどうしたら良いのか迷ったが、リース様の申し出を心から喜び、直ぐに承知してラミル正教会に向かった。
教会に到着すると、サイリスのハビテは、明日の領主任命式の打合せのため王宮に出掛けており留守だった。
イツキは、ファリスのグラープに事情を話し、大聖堂ではなく礼拝堂でヤマノ侯爵家の洗礼式を行うと告げた。
エルトとカピラがイエンを連れて1番前の席に座り、直ぐ後ろにリベール、少し離れた席に家令のルーファスと警備隊長が座った。
昼間とは言え、12月の礼拝堂の中は寒く、皆の吐く息は白い。しかし、清みきったその空間は、千年の歴史を持つ独特の荘厳さがあり、そこに居るだけで体も心も清められていくような気がした。
「皆さん、これよりエルト、カピラ夫妻の長男イエンの洗礼式を行います。先ずは子を授けてくださった神に感謝の祈りを捧げ、イエンが将来進むべき道を神に伺い、名を授けます」
イツキは神父の服は着ていないが、後ろにファリスとモーリスを従え、聖杯に水を注いでいく。
そして姿勢を正すと、透き通る声で感謝の祈りを捧げ始める。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




