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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
入学試験と旅立ち

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100/222

イツキとエルビス

長い会話文が多いので、いつもと書き方が違います。

 ティーラの執務室で食後のお茶を飲みながら、渋いロマンスグレーで、名門公爵家の家令たる風格と貫禄を漂わせながら、ギレムがしみじみと言った。


「ロームズ辺境伯様の人柄がよく分かる挨拶でした。普通、いきなり領主になったら威張りたがったり、高圧的になったりするのでしょうが、ロームズ辺境伯様は、どちらかというと謙虚過ぎかもしれませんな」


「ホホホ、そうなんです。主は他者に対して優し過ぎるところがございます。ですから、私は却って心配になってしまいます。ギレム様、新米の領主を支えるのが女の私で良いのかと不安ですが、どうぞこれからも、宜しくご指導くださいませ」


事務長のティーラは、心からギレムに向かって頭を下げた。同じ領主の家令だが、家の格は大きく違うのだ。


「ティーラさん、マサキ公爵家は、ロームズ辺境伯様に大きな借りがあります。その借りはとても御返し出来るものではありません。どうぞ遠慮なく頼ってください」


ギレムは、イツキがマサキ公爵家長男タスクの命を救い、そしてその従者と御者の葬儀で、神父様として奇跡を起こしたことを知っている。本当は平伏して御礼を言いたい思いのギレムなのだ。


「それでは、返礼品はイツキ様が開発されたペンと、家紋入りのペアグラスで宜しいでしょうか?」


ランカー商会のアトスは、マサキ公爵家の家令にすっかり緊張しながらも、商売人として顔が繋げられたことをイツキに感謝しながら確認する。


「ああ、家紋入りのこのペンだけでも充分だと思うが、大きさ的には、添えにグラスがあれば全く問題ない。むしろ返礼品の方が高額かもしれない……いや、きっとそうだろう。お祝いの品を持参しなかった貴族や大臣には、グラスだけで充分だ。絶対にペンは渡してはいけない。そこは重要なところだ!ところでランカー商会は、3日でグラスが用意できるかな?」


突然100近い数の返礼品を用意するのは、どこの商会でも不可能に近い。家令のギレムは心配そうにアトスに訊ねた。


「はい、来月辺りには必要かと思いまして準備はしてあります。本来なら150は必要だと聞いておりましたので、100ならなんとか……しかし、用意していたのはペアグラスではなく、高級絹のスカーフです」


アトスは用意していたスカーフを鞄の中から取り出し、テーブルの上に広げて置いた。


「ロームズ領は、織物が特産品なので、主が皆様に知っていただく良い機会になればと用意していたのですが……」


やはり普通の物の方が無難だったと、ティーラは自分が判断を誤ったのだと後悔する。


「なんと素晴らしい!これは、グラスよりも高級ですよね。このスカーフだけで充分でしょう。でも、ペンを大々的に売り出す予定なら、大臣と侯爵家以上の貴族で、祝いの品を持参した者にだけ、ペンを渡す……いや、う~ん……すまないが、うちの主の意見を聞きたいので、ペンとスカーフを持って帰ってもいいだろうか?」


 というやり取りがあり、取り合えず数は確保してあると確認したギレムは、明日の午前、決定事項をランカー商会とティーラに知らせると約束し帰っていった。

 見送りに出たイツキは、そのペンとスカーフはギレムさんが使ってくださいと、天使の微笑みで感謝を込めて言った。



 楽しいパーティーも、午後5時にはお開きになり、締め括りの挨拶をしたのは、イツキ親衛隊副隊長のモンサンだった。

 ごく普通の平民であるモンサンにとって、領主屋敷に呼ばれることも、こんな凄いメンバーとパーティーをすることも、夢のようなことだった。軍学校時代の恩師であるイツキと、これからもロームズで関わっていける喜びも相俟って、途中から涙で話せなくなり、結局締め括ったのはクレタだった。


 イツキの馬車に4人が乗り、他の12人はチャーターした馬車で上級学校に戻った。





「明日はいよいよ試験結果の発表だな。ヤンの成績も楽しみだけど、イツキ君の成績はもっとワクワクするな」


昼食を食べ過ぎてお腹一杯のはずなのに、イツキ組のいつものテーブルで、普通に夕食を食べながらエンター部長はニヤニヤしてそう言った。


「明日の発表を見て驚くなよ!俺の本気を皆に見せてやる」


ヤンは口から食べ物をこぼしながら自慢気に言う。

 今夜のイツキ組のテーブルは、いつもよりテンションが高かった。

 このメンバーでこうやって食事をするのも、あと2日しかない。

 明日16日は成績発表で、17日の昼は3年生による謝恩会と、夜は在校生による追い出し会が行われ、18日は卒業式である。

 そんな想いはみな同じで、どこのテーブルもクラスや学年を越えて、部活や選択クラスの仲間と、熱く語り合ったり思い出話に花が咲く。


 イツキは食後のトレイを片付けながら、エンター部長にそっと耳打ちした。


「エルビス、大事な話がある。2人だけで話したい。午後10時に僕の部屋に来てくれ」

「分かった」


エンターも小さな声で答えて、何事もなかったかのように、インカ隊長や他の3年生と一緒に風呂に向かった。



 午後10時、約束通りエンターはイツキの部屋のドアをノックした。

「どうぞ」とイツキの声がしたので、エンターは少し緊張しながらイツキの部屋へ入っていく。これ迄こういう形で(皆に秘密で1人だけ)イツキに呼び出されたことなどなかったので、特別なことでも起こったのかと心配したりもする。


「どうぞエンター先輩。僕の大好きな女の子がくれたお茶です」


イツキはいつもと変わらぬ笑顔で、エンターの前にお茶を置いた。

 そして応接セットの対面に座ったイツキは、先日インカ隊長が襲撃された時の状況を教えて欲しいと頼んだ。


「俺とナスカが馬車を降りると、突然2人の男が剣を抜いて襲ってきた。イツキ君の指示通り備えておいて良かったよ。俺もナスカも、襲撃されたら殺す気で戦うと決めていたので、一切の手加減なしで戦った。屋敷の警備員も応戦してくれて、犯人の2人を斬ったところでインカが馬車から降りてきて、その直後に矢が飛んできた。インカは本能的に矢をかわし軽傷で済んだが、俺は逃げようとしていたニコルと目が合った」


エンターは、2人きりで話したいことって、先日の襲撃のことだったのかと首を捻る。


「そうですか……先輩とニコルの家とは、余程の悪縁があるようです」


イツキはフーッとゆっくり深く息を吐くと、これから少し長い話をしますと言って、ニコルの父親、サイシスの話を始めた。


「昨日、キシ公爵からある報告を受けました。

 それは、ロームズを乗っ取り、多くの人を殺したカイ領の元伯爵サイシスが死んだという報告でした。

 サイシスは僕に捕らえられた後、ラミルに連行され刑を言い渡されました。

 刑の内容は、ソンヤ村の【命の泉】の水を飲み、神の神判を受けた後、アサギ火山の鉱山で死ぬまで働き続けるというものでした。


 この刑を受けた者は他にも3人いました。その内2人は、同じくロームズでサイシスと共に国を売ったヒブロとロイスで、もう1人のロッド・ヘイン・ドーターは、過去の罪で同じ刑罰を受けました。

 サイシスとドーターは、10月には【命の泉】の神罰が下り始め、先日苦しみ抜いて死んだそうです。

 結局ニコルは軍の牢に入っているところを、ギラ新教の殺し屋に殺されました。


 僕が先輩にこの話をするのは、先輩に真実を告げるためです。


 1085年、ギラ新教徒だったカイ領の貴族サイシスとドーターは、偽王派であった為、爵位を没収されそうになった。貴族こそが全てであるギラ新教徒の2人は、次期ミノス領の領主となる予定だったある伯爵が邪魔になった。

 そこで2人は、貴族の地位の決定権を持っていたその伯爵を、盗賊の仕業に見せ掛けて殺し、混乱していた内政のどさくさに紛れて、伯爵と子爵の貴族位を守った。


 領主となるはずだった伯爵の屋敷が強盗に襲われた時、クローゼットに隠れていた息子だけが生き残り、その子はバルファー王によって隠された」



「な、なんの話だイツキ君・・・」


じっと話を聞いていたエンターは、その話の中で殺された伯爵は、自分の父親であると直ぐに分かった。そして、忘れていた幼い日の恐怖の記憶が蘇り、椅子に座ったままガタガタと全身が震え始める。

 その時の恐怖の記憶を、エンターは自ら封印するように生きてきたのだ。


「大丈夫もう怖くない。悪い奴は僕がやっつけた。全部終わったんだエルビス」


イツキはそう言いながら立ち上がると、エンターの正面に立ち、恐怖でガタガタ震えている4歳のエルビス(エンター)を抱き締める。

 癒しの能力【金色のオーラ】を強く放ち、大丈夫、もう怖くないと、何度も何度も繰り返し言いながら、イツキは抱き締めたまま、エルビスの背中や頭を温かい手で優しく撫でていく。


 6分くらい経っただろうか、17歳のエンターがポロポロと大粒の涙を溢しながら、イツキの胸で泣いていた。

 時折、我慢できずううぅっと声が漏れてしまう。

 あの時のことを封印することで、自分の身体(精神)を守ってきたエルビスは、初めて父親の死を受け入れ泣いた。

 いや、泣くことが出来たのだった。


 イツキはエンターの隣に座り直すと、まだ泣いているエンターの手をそっと握って、話の続きを語り始めた。



「僕には大好きな女の子がいる。

 その子は僕が2歳の時、疫病で死にかけていた僕を助けてくれた。その子も同じ疫病にかかり死にかけていたけど、神様が与えてくれた【印】の力で助けられた。

 僕達は助かったけど、その子の母親は疫病で死んでしまった。遠い異国のハキ神国で、先に亡くなった夫と、行方不明の息子と赤子の娘を思いながら旅立ってしまった。


 亡くなった母親の名前はサクラ。……残された娘の名前はメルダという」


「サクラ……?サクラだって!」と、エンターは驚いたように涙に濡れた瞳を見開く。

 王様や秘書官から、母親とお腹の子は亡くなったと聞いていたエンターは、身内は誰も居ないと思って生きてきた。



「僕の大好きなメルダちゃんは、右手の甲に緑色のハート型の【印】を持って生まれてきた。

 だからブルーノア教会は、メルダちゃんを大事に大事に本教会で育ててきた。


 本来なら、母親のサクラさんが亡くなった時に、メルダちゃんの故郷であるレガート国に連絡すべきだったのだが、メルダちゃんの父親は強盗に襲われ謎の死を遂げており、兄である少年は行方不明だった。

 貴重な【印】を持って生まれてきたメルダちゃんを守るために、ブルーノア教会は父親の死の真相を長いこと探ってきた。


 そして僕は、その真相をロームズで突き止め、キシ公爵様はドーターを捕らえた」


 イツキは立ち上がると、暖炉に追加の燃料鉱石を入れに行く。オレンジ色の淡い炎が強くなり、部屋の中が少し明るくなった。

 エンターは自分の手を見て、イツキの温もりが消えてしまったことを少し残念に思いながら、聞かされている話の内容を理解しようとイツキの方に視線を向ける。



「エルビス、メルダちゃんは君と同じ緑色の瞳と、ゆるいカールのかかった金髪だよ。本名は、メルダ・バヌ・エンター。そして、僕と同じ運命を持つリース(聖女)だ」


イツキはオレンジ色の炎に照らされながら、親友であり戦友であり、不思議な縁で繋がっているエルビスに、最高のプレゼントを贈った。


「俺に、この俺に妹が居たのか?それも聖女様……?」


いつの間にかエンターの涙は止まっていたが、今度は驚きと喜びと感動で立ち上がり、信じられないという顔をしてイツキを見る。


「僕の就任式が終わった翌日、ハキ神国の本教会へ向かえエルビス。妹のメルダちゃんとリーバ(天聖)様が待っている。ラミル正教会のファリス(高位神父)様が本教会に報告に帰る。その馬車に一緒に乗って行け」


イツキはようやくこの日を迎えられて本当に嬉しかった。

 イツキの黒く輝く瞳からも大粒の涙が零れ、エンターも再び涙が溢れてきた。

 今度は喜びの涙を流しながら、エルビスは感謝を込めてイツキを抱き締めた。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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