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予言の紅星6 疾風の時  作者: 杵築しゅん
怒濤の後期スタート
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イツキ、ランカー商会へ行く

いよいよシリーズ6作品目に突入しました。

いつも忙しいイツキが、より忙しく頑張ります。新たな仲間を加え、領主としての仕事も増えます。

そんなイツキを、どうぞこれからも応援よろしくお願いいたします

 午後2時、マキ領の中心地は今日も観光客で賑わっていた。

 レガート国には10の領地があり、その中でもマキ領は北海に面したリゾート地と、ハクバ火山に近い温泉地が有名で、国内最大の観光都市であった。

 また、火山の近くで産出される宝石類も、国内一の産出量を誇っており、大金持ちから一般庶民まで1度は行ってみたいと思うと街だった。


 そんなマキ領の中心にあるランカー商会の前で、イツキは巨大な看板に目を奪われていた。他店の倍はあろうかという緑色の巨大看板には、ランカー商会という名前の他に《売れる物なら何でも買いますご相談ください》と赤い字で書いてあった。


「なんか斬新というか逞しいというか……流石トロイの実家だけあるなあ」


イツキはその看板を見上げて、ポカンと口を開けていた。


「でもライバルのホン領は、もっと凄いですよイツキ君。俺は【王の目】のマキ支部に顔を出してきます。宿は一杯でしたから、支部で泊まるかランカー商会に泊めて貰いましょう。夕方寄ります」


イツキの従者であり、レガート国では大臣よりも偉い秘書官の補佐であり、貴族の不正を暴く【王の目】を率いる冷徹な男と言われている美丈夫な男フィリップ32歳は、そう言ってイツキに手を振った。

 残されたイツキは「ヨシッ!」と声に出し、自分に気合いを入れて店の戸を開けた。


「すみません。商会長さんはいらっしゃいますか?」

「はい?会長ですか?面会のお約束をされておりましたでしょうか?」

「いいえ、約束はしていないんです」

「本日は面会希望者が多く中々時間が取れません。如何されますか?」


珍しい黒い瞳に黒い髪、整った顔の美少年、そして身形は貴族のようでもあるが、とても金持ちには見えない。こんな14・15の子供が会長に何の用だろうかと訝しがりながらも、対応した商人は一応笑顔で接客する。


「そうですか……それならご子息のトロイ君に会いたいのですが。上級学校のルームメートのイツキが来たと伝えてください」


「トロイ坊っちゃんのご学友でしたか。失礼しました。少しお待ちください」


店の番頭らしき40歳くらいの男性は、丁寧に頭を下げて店の奥に下がっていった。

 店内は主に右側が食料品で、マキ領の名産品である海草などの乾物や豆類が置いてあり、左側には日用品の食器や金物が置いてあった。ここはどうやら一般客用の店ではなく、小売業というより問屋に近い感じの雰囲気だった。


 それらの日用品の中に、高級そうなワイングラスがあるのを見付けて、イツキは恐る恐る値段を確認した。10脚金貨2枚……軍学校の1月分の給料だ……思わず手が震えるが、ここは領主として褒美に使う物だから、涙を呑んで買わねばならない。フーッ……

 イツキがワイングラスの前で百面相をしていると、バタバタと走る足音が次第に近付いてきた。


「ワーッ!本当にイツキ君だ!ど、どうしたの?観光?それと、体は大丈夫?」


凄く嬉しそうな声でトロイが声を掛けてきた。5月の夏大会の途中から6月末まで学校を病欠していたので、体の調子を心配してくれる優しいクラスメートでありルームメートだった。


「なあトロイ、ランカー商会は貴族の屋敷にも商品を納入してるの?」

「勿論さ!えっ、今日はお客様なのか?」

「うん、まあ……ところでトロイは絵やデザインが得意だよね?貴族の家紋とか描いたことある?」

「当たり前だよ。銀食器やタオル、家具、文具に至るまで、どんな注文だってこなすのが俺の自慢だ。まあ兄の方が器用だから細工は兄の仕事だけどな」


トロイは自分の胸をドンと叩き、学校の授業中には見せたことがない耀く瞳で、色々と説明してくれる。


「あのさ、家紋入りのグラスを作ろうと思うんだけど、簡単なデザインしか出来てなくて、バイト代を弾むから仕上げを頼めないかと思って」


「勿論いいとも。いつまで?学校に帰ってからでもいい?」


「いや、今から直ぐに……それで出来上がったら、その家紋をワイングラスに彫って、8月中にラミルの屋敷に届けて欲しいんだ。他にも必要ならグラス以外にも頼みたい」


「はい?」


店先で話していても埒が明かないので、トロイはイツキを店の奥に連れていく。

 そしてイツキを4畳程の個室に案内すると、ちょっと待っててと言って何処かへ行ってしまった。

 数分後現れたのはトロイの兄だった。年齢は20歳くらいだろか、トロイと同じ金色の瞳が誠実そうな人柄を表していた。


「お待たせしました。トロイの兄のアトスで御座います。弟がお世話になっています。本日はワイングラスに家紋を彫っての納入をご希望だとか……現在ワイングラスは店頭に置いてあります、1番高級な物しか在庫がございません。半額くらいの物でしたら、取り寄せに半月程が必要になります」


トロイの兄アトスは、物腰の柔らかい決して儲け主義の商人ではなさそうだった。


「えっと、今ある物でいいです。20脚くらい必要ですがいいですか?それから、こちらのお店はマキ公爵様に、何か家紋入りの物を納入されていますか?」


「いえいえ、ランカー商会が納入しているのは、マキ領の侯爵家や地方の伯爵家が上位のお客様になります。領主様には殆ど身内の商人が付いておりますので」


 へーっそうなんだと、他人事のように感心しながらイツキはどんどん質問していく。

 その内容は、侯爵家ではどんな物に家紋を彫っているのでしょう?とか、貴族の付き合いで必要になる物とか、ワイングラスは全部1脚ずつ箱に入れて欲しいけど大丈夫か?とか、この際だから知らないことは訊いてしまおうと思うとイツキだった。


 一方対応していたアトスは、弟から領地の無い子爵様だと聞いていたので、そんなに高い買い物をして大丈夫かな……と心配しながらイツキの質問に答えていた。


「お待たせイツキ君!こんな感じでどう?でもこれって何に使うの?ワイングラスは伯爵家、剣は侯爵家以上の家紋に使われるけど、これって両方入ってるよね?子爵家は片方にだけワイングラスか、ビールグラスの絵を入れるんだけど……」


トロイは首を捻りながら、不思議そうな顔をして聴いてきた。そして出来上がった家紋のデザインをテーブルの上に置いた。


「わあカッコいいね!やっぱりトロイに頼んで良かったよ。はぁ~、これで間に合いそうだ。あれ、待てよ・・・家令のオールズが、領主会議で就任記念品を配れって言ってなかったっけ・・・?」


途中からブツブツと独り言のように呟いたと思ったら、アトスに向かって「お兄さん、僕を助けてください」と言って、イツキはアトスの手を両手で握った。

 そこへ、冷たいお茶を持ったお店の女性が入ってきた。混乱している頭を静めようと、イツキはお茶を飲み、正直に自分の身分を打ち明けるしかないと覚悟を決める。


「なあトロイ、外国……ではなく、カルート国の中にあるレガート国の飛び地ロームズで、卒業したら店を出さないか?いや、それでは遅いか……お兄さん、トロイが卒業するまでロームズに店を出して貰えませんか?商品は主に文具ですが、学校に納入するので安定した収入が見込めると思います」


イツキは頭の中であれこれと考える。そうだ、医学大学が出来れば文具店が必要だし、ロームズの店では対応できない商品が沢山あるぞと頭を抱える。

 側で聞いていた兄弟は、イツキの話が段々見えなくなってきて首を捻る。

 そこへ、話を終えた商会長がやって来た。


「お待たせしました。息子がお世話になっていますキアフ・ラビグ・イツキ様。会長のランカーでございます。息子から子爵家当主の友達が出来たと聞き、家族一同喜んでおりました。しかも早速ご贔屓頂けるようで、ありがとうございます」


ランカーさんはザ・商人ですという感じの人だった。人当たりが良さそうだけど、商品や人を観る目は厳しそうだ。笑顔の下で色々なことを考えていそうで、イツキは自分はどう映っているのかなと考えたりする。 


「はじめましてイツキです。本日お伺いしたのは、ある商品をランカー商会の名前で、王都ラミルにあるドゴル不死鳥に卸して欲しいいう用件と、この度陞爵しまして、他の貴族の方に挨拶の品として配る物と、褒美として下すワイングラスと、その他、自分に必要な物を教えて頂きたいのと・・・えー、飛び地のロームズへの出店依頼です」


イツキは頭を整理しながら一気に用件を伝えた。


「ちょっとお待ちください。・・・今陞爵と仰いましたか?」

「はい、そうです」

「えぇ~っ!イツキ君伯爵様になったの?いつ?いったい何時?」

「伯爵になったのは4月・・・かな」

「何処の?キシ領の伯爵様になったのか?」

「いや、ヤマノ領だよ」

「ちょっと待とうかイツキ君、ヤマノって、あのヤマノ?」


あ~っ……やっぱりこういう反応になるよなとイツキは微妙な表情で、ヤマノ侯爵から頂いた爵位授与証を鞄の中から取り出してテーブルに置く。


「そ、それでは、伯爵様として挨拶品やお持ち物をご用意されるのですね?」


「いいえランカーさん、先月また陞爵されてしまい・・・本当に困っているんです。僕は元々貴族の生まれではないので、貴族のしきたりや、お付き合いの仕方を知りません。基礎の基礎から教えてください。友達のトロイを見込んで、こうして王宮にも寄らず急いでマキ領まで来たんです」


 あまりにも信じられない話に、一瞬虚言なのかと思いそうになるが、目の前の少年は本当に困っているようだ。それにトロイが自慢していた天才子爵……伯爵様だ。


「ふーっ……お、お茶でも飲もう。イツキ君、お代わり注ぐね」


流石トロイ、相変わらずの心配りだとイツキは感心しながら、とにかく早くポム弾の話をしなければならないので、先日バルファー王から下された任命書を鞄から取り出し、本題へと話を進めることにする。

 

*** 任 命 書 ***

 キシ公爵領のキアフ・ラビグ・イツキ子爵であり、ヤマノ侯爵領のキアフ・ヤエス・イツキ伯爵を、ロームズ領の領主に任命する。

 領主として納税の義務を負い、住民を統治すること。また、建設中のレガート国立医学大学の運営を任せるものとする。

 必要な人材に爵位を与え、統治の手伝いをさせることを許す。


 【ルバ】の辺境伯位を与え、キアフ・ルバ・イツキ・ロームズ 又は、キアフ・ルバ・ロームズと名乗ることを認めるものなり。なお、レガート国において辺境伯は、領主の侯爵位と同等位である。


 1098年6月3日 レガート国王 バルファー・レガート




 任命書を見たランカー家の親子は固まった。任命書をじっと見たまま完全に固まり微動だにしない。

 ふと見ると、トロイの顔色が真っ青だった。


「トロイ息をして!息を吐いて、吸って!あっ!ランカーさんまで、みんなしっかりして!」


 3分後、やっと普通に戻った3人は「ご領主様、大変失礼いたしました」と言って深々と頭を下げた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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[良い点] 話の組み立てが丁寧で、驚くに値するところでは驚いて、迷うところでは迷って、それでいて文章は知的に格をしっかり描き切っていて良かった。 [気になる点] ここから読んでも主人公が手を焼いてる事…
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