祝勝会ー1
「一体今度は何だ――緊急緊急と、この街は何回緊急を繰り返すんだ?」
横で寝がえりを打つフェリスにそっと布団を被せベッドから立ち上がり、廊下に出る。
何やら下の食堂が騒がしい。
「緊急! 緊急!」
俺は頭をボリボリ掻きながら欠伸交じりに階段を下りていく。
そして中央のテーブルに立っている受付嬢へと視線を向ける。
受付嬢も俺を見て「やっと来た!」という顔をしてくる。
俺待ちだったのか――
「貴族様方からの緊急依頼です。「王の剣」の詳細を希望されています。素性を調べあげた者に金貨三百枚だそうですよ! これは公式のクエストとして受理されました。どうか皆様、振るってご参加下さい!」
「おおおぉぉぉ」
「えええぇぇぇ」
その場にいた冒険者の感嘆の声とは真逆に俺は悲鳴をあげる。
街の噂位にはなるとは思っていた……。
だが、まさか貴族達が公式にクエストとして冒険者組合に依頼するなんて……。
俺はすぐさま、その事をまーちゃんに知らせに部屋に戻る。
まーちゃんの体を大きく揺すりながら俺は下で聞いたクエストの内容を伝える。
まだ寝ぼけているまーちゃんは目を擦りながら答える。
「いいんじゃない? 私達だってばらせば……」
「よくねぇよ、お前人間と結婚したいのか?」
「嫌よ、何回も言わせないで」
「なら――」
「知らないわよ、とにかく寝かせないさいよ」
「くそ! 使えねぇ!」
俺は仕方なく食堂に行き朝食を頼む。
頭をスッキリさせたいので今日はリンゴジュースではなくサイダーだ。
サイダーの炭酸が喉を刺激し何か閃くんじゃないかと期待したのだ。
しかし何も思い浮かばない……。
食堂や外で「王の剣」は誰だ! と盛り上がっているのがわかる。
まさに血眼で探しているのだ。
そんな中、後ろから声がかかる。
「あの――よろしいでしょうか?」
「今忙しい」
リスティか? と俺は思い振り返らずに返事をする。
「いえ、その――勇者様……」
「ん? 勇者様?」
リスティなら「ゆーくん」と呼ぶはずだ。
一体誰だろうと疑問に思い後ろを向く。
すると受付嬢が背後霊の様に俺の後ろに立っていた。
「すいません、お話が――」
「厄介な事か?」
「いえ、ただ少し時間を頂けると……」
「わかった」
こんな歯切れの悪い受付嬢は初めてだ。
何か聞かれたら不味い事だろうか?
俺は渋々受付嬢について行く。
受付嬢はクエストを受け付けるカウンターの扉を開け奥へと進む。
何処に連れていかれるんだろうか?
チラリとこちらを一瞬だけ見た受付嬢に警戒し、更に奥へと進む受付嬢についていく。
まるで死刑宣告を受け、これから死刑執行される気分だ。
「着きました。私の部屋です」
「ああ……」
なぜここに? という疑問はあるが、適当にあった椅子に座る。
「そのですね……クエストの件なんですが」
「三百枚か――」
「どうやら貴族達……王様も「王の剣」に会いたいらしいですよ?」
「あんな嘘ついたのに会えるかよ」
「で、ですが――」
「面倒事は御免だと言ってるだろ」
「せめて貴族たちの祝勝会だけでも……」
「御免だね、俺はこの宿の代金が免除された。食事も出る。もうクエストにもいかねぇんだよ!」
「そ、そんなぁ……」
俺はこれ以上受付嬢の話を聞く気もないので席を立ちドアを出る。
受付嬢が咄嗟に俺の腰に腕を回し抱きついてくるが、俺は無視してドアを開けて受付嬢をズルズルと腰に巻いたまま食堂に戻る。
「お願いします! お願いします!」
「うるせぇ! 何度言われても行かねぇよ!」
「ゆーくん何やってるの?」
まーちゃんは朝食を食べながら白い目を向けてくる。
フェリスはぷくっと可愛らしく頬を膨らましている――すぐにでも指でつつきたいくらいだ。
「これは――色々あるんだよ!」
俺は言葉を濁す。
そして受付嬢がすっと立ち上がりまーちゃんの方に駆けていく。
返答は決まっているさ――そんな祝勝会なんて出るわけがない。
なにせ人間との婚姻話なんて出た日には怒りでこの街に「隕石落下」を降らしかねないのだから……。
「行きましょう! 祝勝会!」
あれ? なんで? まーちゃん洗脳魔法でもかけられた?
俺は理解できないまま何故か貴族達の祝勝会に強制参加させられる事になった。
その夜、受付嬢から例の仮面と服装を借りた俺達は受付嬢の部屋で借りた服装に身を包む。
自分達の部屋で着替えても良かったが、出る時に見られたら正体がばれてしまうためだ。
そのため受付嬢の部屋に入る時も裏口から入ったくらいだ。
「よし、準備はできたな」
「ゆーくんかっこいいのん!」
「私はどうよ?」
「まーちゃんもかわいいのん!」
「当たり前でしょ!」
そう言いながらまーちゃんはフェリスの頭を撫でる。
なんてできた子なんだろう、フェリスは――
「それにしてもまーちゃん……なんで貴族の祝勝会に行く気になったんだ? 婚姻の話が出ても俺は知らないからな?」
「ふん! そんな話持ちかけて来た貴族には呪いをプレゼントするわ。それにただでいいお酒が飲めるのよ? 今日は飲むわよ! うへへへ」
「涎汚いのん」
「酒が狙いか……」
俺は欲望にまみれたまーちゃんを呆れた目で見る。
当の本人は口から垂れた涎を腕で拭いていた。
「せめてボロはださないでくれよ? 頼むからな」
「ださないわよ。ちゃんと猫かぶればいいんでしょ? いや仮面ね。今上手い事言わなかった? ねぇねぇ言わなかった?」
「うるさいな、こいつ……」
まーちゃんを無視して受付嬢の部屋にある裏口の扉から外に出て、案内を受付嬢に任せる。
到着した貴族の屋敷は俺が想像していたよりもかなり立派なもので庭だけでも相当でかかった。
「なぁ受付嬢よ、この貴族はこの国で相当高い地位なんじゃないか?」
「え? ええ、今回の主催者はこの国でも指折りの大商人であり貴族のドルクス侯爵ですよ?」
もっと小さい宴会的な物かと思ってたんだが甘かった――
庭を抜け屋敷の門へと歩みを進める。
ドアの前には使用人がおり、受付嬢が説明しにいく。
受付嬢と何やら会話をした使用人が「あの御方が……」と言いながらこっちを見る。
その後ドアを開け腰を少し折り、俺達を出迎えてくれた。
俺は襟を直し咳ばらいを一つ、そして重い足を上げる。
「お待ちしておりました」
「ああ、ありがとう。帯剣は――許されているのか?」
「普通ならこちらで預からせてもらうのですが、「王の剣」ならば問題ないかと」
「わかった」
そこは普通預かるものなんじゃないだろうか? まぁ俺が嘘八百を並べて王に仕えてる事になってるから仕方のない事か……。
中に入ると豪華絢爛、まさに貴族社会を絵にかいたような世界が広がっていた。
丸いテーブルが多数ありその上に乗っている料理はどれも見た事のない美味そうな物ばかりだ。
色々な所に花が装飾されており、その甘い匂いが広場にほんのり広がって心を落ち着かせる。
「ねぇ! もう食べていい? 食べていい?」
「まぁ待てよ。まずは主催者に挨拶だ。おい受付嬢、ドルクス侯爵というのはどの人物だ?」
受付嬢がせわしなく辺りを見回す。
少し経った後、受付嬢が一点を見つめる。
「あそこにいる御方です」
受付嬢が指差した人物を見ると貴族らしき人達と談話している最中だった。
本当ならその談話が終わるまで待つべきだろう。
しかし、その前にまーちゃんがテーブルの上の食料に手を付けかねない。
俺はドルクス侯爵の所まで行きお辞儀をする。
それに気づいたのかドルクス侯爵も相槌をうつ。
「今宵はお招きありがとうございます。我は――」
「言わなくていいよ、「王の剣」だろ? 恰好を見ればわかる。よくぞ参られた、今宵は君達の栄光を祝して開いたのだ。ゆっくりしていってほしい」
「はっ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「うむ」
その後は別々に行動する事にした。
フェリスは人見知りという事もあり俺に付いて来るが――
「フェリス、これも美味しいぞ」
「あーん」
「はいはい」
フェリスの両手は皿とフォークで埋まっている。
なのでフェリスの大きく空いた口に俺が料理を運ぶ。
まるで燕の親子みたいだなと思いつつ最低限のマナーは忘れずこの祝勝会を楽しむ。
ただ難点を言えば俺が遠目でずっと見ているまーちゃんだ。
最初はグラスにワインを注ぎ完璧な仕草で飲んでいたのだが、時間が経つにつれ段々と普段のまーちゃんに戻っていくのがわかる……。
挙句の果てに今はボトルを一気飲みしている始末だ。
だが貴族連中からは受けがいいらしく、ボトルを飲み干すと「おおお」と貴族が感嘆の声を上げ、「次はこれを!」「いや、私が持ってきたこの酒を!」と次々に酒を薦められている。
そんな中、受付嬢がこちらに近づいてくる。
「あの……あの人大丈夫なんですか?」
「クエストを何回失敗したと思ってるんだ? そんな奴をお前は信用するのか?」
「で、ですよね……どうします? 先に連れて帰りましょうか?」
「そうだな。ボロを出す前にあの馬鹿を先に連れて帰ってくれないか?」
「わかりました」
受付嬢がまーちゃんの方へと歩いて行く。
そして腕を掴んで連れて帰ろうとした時、意外な言葉が会場に響き渡る。
「ファルス王国第一王女、リスティ王女の御成りです」
その声に会場内の誰もが扉の方に目を向ける。
リスティ? まさかな――と俺は思いながらリンゴ酒を口に含み扉に目線を向ける。
ドアが両方同時に開かれ、そこにはドレスの裾を両手で摘まみ上げお辞儀をするリスティがいた。
それを見た瞬間、俺は驚きのあまり口の中のリンゴ酒を絨毯にぶちまける。
「だ、大丈夫ですか? すぐにお拭き致します」
使用人に胸元を拭かれながら俺は開いた口が塞がらない。
リスティ、何やってんだ? こんな所で……。
今日は元の世界にあった「えいぷりるふぅる」とかいう日なのだろうか?
しかしリスティの佇まいはまさに貴族――いや王女そのものだ。
そしてその右後ろにはクリスがすっと背筋を伸ばし立っている。
まさに王女に仕える従者――いや、騎士だ。
その光景に俺は眩暈を覚え、自然とまーちゃんに目線を向ける。
受付嬢の制止を振り切り、馬鹿みたいに酒を飲んでいるまーちゃんが少し羨ましく思えた。




