異世界監査~おっさん会計士の異世界転生(プロトタイプ)
ツイッターで数名から気になると言われたのでやってみました。
26歳でアラサーと呼ばれてから誕生日が怖くなった。
30歳の誕生日はもはや忘れていた。
33歳になった日には父親から『おめでとう』というメールが来たが『うるせえ!』と思ってしまった。
親と仲が悪いわけではない。だから生存報告も兼ねて一応『ありがとう』と返した。
どうも30代半ばに差し掛かった会計士男独身です。
会計士はモテると言われたが、そんなの嘘だと思う。
一番多い質問は「会計士って何ですか?」
一番答えに窮する質問もまた「会計士って何ですか?」
知りたい?
教えてあげる。
公認会計士は、監査及び会計の専門家として、独立した立場において、財務諸表その他の財務に関する情報の信頼性を確保することにより、会社等の公正な事業活動、投資者及び債権者の保護等を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを使命とする。
……だってさ。
わからない?
俺もわからない。
受験勉強でここは散々読み直した部分なんだけどさ、やっぱりわからない。
すっっっっごく噛み砕いて説明すると「粉飾してないかチェックする人」である。
日本の会社の9割以上は粉飾していると思っていい。
誤解しないでほしいが、9割の会社が悪いんじゃなくて、守りきれないほどルールがめんどくさいだけだ。
それをそんじょそこらの一経理マンが完全に把握できるわけがない。
さらに会社はこういう管理部門をなめてるから採用人数も少ない。
よってルールは守られない。
だから、外部からチェックする人が必要なんだよ。
……という説明を女の子にしても「……はい」と冷たくあしらわれるだけである。
金払いは、そんなに悪くない。だけど、『こんなに頑張ったのにたったこんだけですか!?』と問いただしたくなる額。
世間からすればものすごくコスパの良い仕事なので辞めるに辞められない……と思っていたところで最近は行政からの締め付けが厳しく、年々仕事はやりにくくなっている。
同僚が辞める→みんなの仕事が増える→嫌になった別の同僚が辞める→みんなの仕事がますます増える→この不の螺旋から抜け出すにはどうしたらいいのか。
いっそ異世界にでも……ってトラックーーーーーー!!
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異世界に転生する人間の条件というものを考えたことがあるだろうか?
トラックにはねられるの偶発的な事故であるから如何ともしがたい。
だが、神様がワワワワーとあらわれて「いやあすまんすまん君を死なせるつもりはなかったんじゃが、かといって元の世界に戻すわけにもいかん。そこで……」なんて語りだすのは、いくらなんでも意思決定がガバガバすぎるのではないか?
たまたま死なせてしまった無能に『世界を壊しかねない力』を与えた上で異世界に転移させるのは合理的とは程遠い。
リアリティがないと言わざるを得ない。
本来、異世界に誰かを行かせるのであれば、
①転移又は転生させたい人間の条件を列挙
②条件を満たす候補者の選定
③最も適した人間を可能なら複数人の目線で選定する
④より上位の者の承認を経る
⑤転生又は転移の後についてバックテストを実施
これくらいのプロセスを経ないとマズいと思うんだ。
チートやら何やらを与えるならなおさら必要となる。
ここまでの業務プロセスが整備運用されていれば、そこまで変な人選にはなるまい。
少なくとも、俺を選んだのは相当程度合理的といえる。
まあまあ頭が良くて、まあまあ異世界に理解があるからな。
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扉から玉座の麓まで約50メートル。このうんざりするような王の間の広さは一見すると無意味なものに見える。
だが、軍隊を動かすとなったらここで出陣式を行うし、王族の婚礼もまた王の間で行われる。
王の間は無駄に広いようで、王が偉そうにふんぞり返るだけの場所ではない。
全体を見渡す。床は何十年も修繕していない割に傷がほとんどない。日ごろのメンテナンスの賜物だろう。
だがカーペットはいただけない。絹は確かにさわり心地が素晴らしいが摩擦に弱い。つまり大人数が行き来する王の間で使用するのは不適切である。ここは湿度調整機能もあるウールを使うべきだ。
このカーペットの素材について意思決定プロセスはどうなっていたのだろう。
きちんと各素材のメリットデメリットの検討がなされたのか。専門家の意見を聞き入れた上での決定なのか。
充分な検討の上で絹を選択したというのならば、俺から言うことは何もない。
だが王の独断で決まったという事ならばこの国の内部統制に不備があると言わざるを得ない。
重要性に鑑みてパスできるレベルではあるが、後で指摘する必要がありそうだ。どうでもいい事だって「俺は見ているぞ」という牽制に意味がある。
「勇者よ。これから旅立つお前に軍資金を授ける」
玉座から俺を見下ろし、王が言った。
この男、普段はろくに身体を使わないのだろう。
まん丸と太った醜いボディ。突き出た腹は「妊婦か!」とツッコミを入れたくなる。
そんなお腹の上まで伸びた真っ白な髭も伸ばしているのではなく、剃るのがめんどくさいだけなんじゃないかと思わせられる。
だが、見た目だけで組織のトップを疑ってはならない。
先入観で物事を見るのは二流である。
「ありがたき幸せ」
片膝をつき、深々と頭を垂れる。
組織を引っ張る者ほど、意外と礼儀にうるさい。
この場合「ありがたき幸せ」って合ってるのかな? 今ひとつ自信ないが、失礼と言うことはないだろう。
「おい、持って参れ」
王が促すと背後からジャラジャラと硬貨のこすれる音。
兵士が2人、かなり大きな宝箱を持ってきた。その大きさは人が1人スッポリおさまりそうなほど。
これは大金が入っていそうだ。
期待に胸が膨らむ。
兵士たちが宝箱を置くと、重く低い音がこだまする。
「開けてみるがよい」
今度は俺が王に促され、宝箱を開いてみると中には500円玉サイズの硬貨が2つ。
1つ手に取ってみると表には"100"という文字、裏には王の貫禄のある横顔が描かれている。
2つの硬貨をポケットに入れ、宝箱の底をくまなく点検する。
金庫が二重底になっていて、中に簿外資産が隠れていることもあるからだ。
軍資金を入れる宝箱に二重底はさすがに有り得ないだろうが、懐疑心は常に保持していなければならない。
「大丈夫だろう」ではなく「大丈夫じゃないかもしれない」という心構えが大事なのである。
ふむ、二重底ではないようだ。
という事は俺に与えられた軍資金は200ゴールドという事になる。
この世界の相場として宿屋は1泊30ゴールド、鋼の剣は確か300ゴールドだったか。
200ゴールドという事は、この最初の街で1週間寝泊りできず、さらにこの街最高級の武器を買うには100ゴールド足りない事になる。
俺を相手にこのようなディスカウントをやらかすとは……随分となめられたものだ。
「国王殿」
意を決して俺は顔を上げた。
「なんじゃ?」
王は表情を変えずにこちらを見下ろしている。「何か問題でも?」と言わんばかり。
「200ゴールドが私の旅の軍資金として充分であるという根拠をいただけますか?」
「なに?」
王の眉がピクリと動いた気がした。
だが、ここで引くわけにはいかない。
経営者というか組織のトップは「都合の悪いところを突かれると圧力かけて誤魔化す」ところがある。
大手家電メーカーの粉飾は様々な背景があったが、経営者の圧力もその要因の1つだった。
俺たちはこいつらのせいで酷い目にあった。ああ思い出すだけでも不愉快。1ヶ月ホテルに缶詰だったんだぞコラ。
「過去の勇者たちが魔王を討伐するまでにかかった総費用はいくらだったのでしょうか?」
今回の魔王討伐にかかると予想される総費用をいただかない事には旅立てない。
「そんなもん知らん」
「知らんという事はないでしょう?」
国家の命を受けて旅立つのであるから費用の負担を個人に課してはならない。必要な経費を負担しないのは搾取である。
また、必要経費がわからないというのであれば必要額の見積もりを行うのは当然のこと。
俺が初めての勇者という事ならフェルミ推定せざるを得ないが、どうやらこの世界では過去に何人も勇者がいたらしい。
ならば過去の統計からある程度確からしい推定値は算定できるはずだ。
過去の勇者の平均討伐日数と野宿日数から宿代はおよそ推定できる。
各町を旅するというのであれば各地で最も高い装備品を購入する事になる。過去の勇者たちはそうしてきたはずだ。
アイテムも道具屋の在庫管理表を過去から精査すればわかるはず。それを怠ってきたというのであれば怠慢と言うしかない。
少なくとも……200ゴールドは合理的とは言いがたい。
俺の予算をかけた戦いがここに始まる!
ありがとうございます。