銀狐とレイ
今週も少なくて申し訳ございません。
どうぞ
──どうして、こんな事になっちゃったのかな。
鎖で繋がれている中、ふとそんなことを思う。
しかしながら、それと同時にこの状況も長くは続か無いのだろうとも感じている。
目には見えていないのだが、確かにそこに何かがいて、確実に自分らを蝕んでいるのだ。
見えなくともわかるのは、恐らく自分の持つ『技能』の影響なのだろうが、この状況ではどうしようもない。
などと、どこか他人ごとのように思いながらも、一つ、ため息をつく。
──『踊り子』として売られてから、『主人』を殺してでも逃げてしまおうと考えていたのに、それすらできそうに無いですね。
そんなことを考えていた時だった。
ナニカが、流れる。
肌に、触れる。
質量を伴わない、『魔力』ですらないその『ナニカ』が、部屋の壁など、それどころか遮るものは何も無いと言わんばかりに通り過ぎる。
── ?自分は今、どうして悲観的になっていた? それは、どうしてだった?
そんな疑問が脳裏を過ぎる。
──そうだ、目に見えないなにかが自分を蝕んでいたからだ。
しかし、改めて感覚を研ぎ澄ませてみれば、そこには何もいない。
カラダの不調も無くなっている。
──まるで、最初から何も『無かった』かのように……
──それがわかった時、尾や耳の毛が逆立った。
『無かったこと』にされかけたのだ。
それも恐らく、何者かの手によって、意図的に。
理解できなかった。
なぜ?どうして?何の意味があって、こんなことを?
思考を巡らせるが、答えは出なかった。
──どれだけ思考に没頭していたのか、気が付けば扉から声が聞こえ、そこにふたつの『気配』があった。
片方はこの『奴隷商』の商人、片方は知らない『気配』なので、恐らく客だろう。
──いや、ふたつだけじゃない!?
『気配』とは、本人から滲み出、溢れた『生命力』だ。
『溢れ出る』、すなわち自分の『生命力』が外界へと影響を及ぼしているのだ。
そして、ふたつ『気配』があった事で気付けた。
──そのふたつの間に、不自然なくらいに何も無い空間があった。
扉が開き、その向こうが顕になる。
そこに居たのは、腰まで伸びた白い髪の人物。
──ダメだ、コレはコロセナイ。
本能が、警鐘を鳴らす。
一見すればか弱な少女の様だが、本能が見た目に騙されるなと叫ぶ。
そして、纏っている雰囲気を見て、気が付く。
見えない何かを消し去った『ナニカ』を起こしたのは、この存在だ。
気が付けばそれは、銀色の瞳で自分を射抜いていた。
できるだけ目立たないように息を潜める。
しかしそれとは対照的に、身体は恐怖に震え始める。
会話は聞こえないが、『気配』でわかった。
──私は、この存在に買われてしまった!
それは当たっていたようで、手を引かれ、連れて行かれる。
──コレはコロセナイ。
──いや、『殺せる』『殺せない』、以前の問題だ。
『本能』と『理性』の意見が合致した時、私の意識は遠のいて行った。
------------------------------------------------------------
(……あれ、ここは──っ!?)
目が覚めるなり、ガバリと身を起こすと己の身体を確認する。
(よかった、消えて無かった)
「──あ、目が覚めたみたいだね」
安心したのも束の間、声のする方を振り向けば、そこには銀色の双眸があった。
──そして、恐怖が甦った。
「う、あ……」
身体が自分の意志に反して、ガタガタと震え始める。
「……?怯えて、る。レイ、なにか、した?」
「いや、何もして無いけど……うーん、あ、そういうことか」
そう言ってひとつ指を鳴らせば、すでに恐怖心は無くなっていた。
「アレだね。以前のイリスの時と同じだよ」
「ん、理解」
「あれ……どうして……」
気が付けば恐怖心は無くなり、それどころか目の前の存在に対して『恐怖心』そのモノが湧かなくなっていた。
「落ち着いたみたいだし、自己紹介からだね。僕はレイ。『錬成師』で【冒険者】。よろしくね」
「ん、イリス。『魔王』で【冒険者】」
「ああ、これはこれは、どうも……『シリウナ』と言います。……って、えぇぇえええ!?ま、『魔王』!?『魔王』てあの『魔王』ですかっ!?」
二人に続いて名を告げると、大きな声を上げた。
「あの『魔王』ってどの『魔王』のこと?」
「そりゃあ、『魔大陸』で『魔族』を取りまとめていて、近頃こちらの『大陸』にも手を出してきている『魔王』ですよ!ウワサでは暴虐の限りを尽くし、部下であろうと逆らえば見せしめに殺されるという……その『魔王』がこの娘ですか!? んな馬鹿な!?」
「へぇー、やっぱりそういう認知のされ方なんだね」
まくし立てるシリウナだが、それに対して落ち着いた様子で対応する。
「いやいやいや、本来『魔王』って、畏怖の対象ですからね!?……というか、そんなのと普通に一緒にいる貴方は何者ですか! やんごとなき立場の人間ですか!」
「そんなことは無いよ」
【精霊帝】ではあるのでかなりの立場ではあるのだが、これも嘘では無い。
まず、前提として人間ではないからだ。
「まあ、それは置いておいて……君はいま、僕の『奴隷』って事になってるけど……まあ、気にしなくていいや。めんどくさいし」
「……『奴隷』ですよ?あんなことやこんなことをやれと言われれば拒みづらい立場の『奴隷』ですよ?それでいいと言うなら、いいんですが……」
「いんじゃない?一応『常識』を知ってる人を買うつもりだったから」
「『常識』を知るためだけに買ったんですか!?『踊り子』で高い私を!?」
レイのひとこと一言に反応するシリウナであった。
「……この人、ツッコミ役?」
「そうだねぇ、いい買い物だったかもね。それと、『踊り子』じゃないでしょ?」
「……へ?いや、私は『踊り子』で、商会の人も言ってましたよね?」
「でも、違うよね?『無眼』、【情報開示】」
------------------------------------------------------------
シリウナ・フォスオブ LV85【30】 Age18
種族:人間[獣人:狐【変異種】]
職業:暗殺者【踊り子】
称号:【変異種】【族長の娘】【天才】【銀狐】
体力 50000/50000 【5000】
魔力量 50000/50000 【5000】
魔力 55000 【6000】
筋力 600000 【4500】
敏捷 900000 【7000】
耐性 30000 【3000】
魔耐性 20000 【2000】
〈固有技能〉:殺傷本能 気配把握 狐火【蒼炎】
〈技能〉: 暗殺術Lv9 暗器術Lv9 短剣術Lv8 鑑定Lv9 看破Lv8 隠蔽Lv8 気配遮断Lv7 隠形Lv7 偽装Lv8
------------------------------------------------------------
それが現れると同時、空気が冷たく凍りつく。
「──で、それがわかってるなら、どうして買った?本当は買われた後に『主人』を殺して逃げようと思ってたんだけど……そうね、『取引』しない?」
「取引?」
「そう、取引。殺したい相手の一人や二人くらいいるでしょう?どうしても殺せない様な立場でも、それを殺してあげる。その代わり、貴方は私の願いをひとつかなえる。どう?」
それは、悪魔的な『取引』。
もし、誰かしらを殺したくても殺せない様な状況であれば、魅力的な『取引』だが──
「んー、一応聞くけど……望みは?」
「…………そうね。とりあえずは私を解放してくれるだけでいいわ」
「……本当にそれだけでいいの?」
「それだけも何も、重要なことでしょう?」
先程の口調とは打って変わって、冷たさを持った声でそう言う。
「……ふーん。ま、人の望みに口を出すつもりは無いけど、本当に望んでいることは口に出すのが一番だね。それと、とりあえず今そういった人は居ないから、『取引』も無しで。まあ、その代わりある程度自由に過ごしていいよ」
「…………そう?なら自由にさせてもらいますよ? まあ、『殺れ』と言われれば何時でも言ってくださいね?」
冷たい声はどこへやら、最初の口調に戻したシリウナはそう言って座り直す。
「──さて、そういう話は終わりにして、遊びに行こうか!」
「ん、どこに行くの?」
「うーんとね、ここには『温泉』があるらしくてね?今日この時間なら人も少ないだろうし、行こうと思ってさ」
「ん、いく」
「っと言うわけで……ヘイ、シリ!行くよ!」
「……えっと、私ですか?『奴隷』ですよ?」
「関係ない!行こう!」
「ん、はやく、シリ」
「ち、ちょっとまってくださいよぉ!」
そうして二人は彼女の手を引いて、宿を飛び出した。




