『ハズレ』といわれた生産職
この回は『ハズレと言われた生産職は我が道を行く』の内容が若干含まれます。
どうしてこうなったのかが語られる場面でもありますので、良ければお読みください。
恐らく次回で最終回です。
「──こうして『ハズレといわれた生産職』である彼は人の道をハズレ、我が道を行き、『理不尽』を否定したのちに、彼を受け入れてくれる者たちのもとに帰ってきたのであった」
黒い装丁の本が閉じられる。
「敵対する『理不尽』を倒し、裏で暗躍する【邪神】を退けて、待つ者のもとに返ってきた主人公──うん、実にいい……ハッピーエンドなんじゃないかな?」
どこか楽し気に、黒い装いのソレは笑う、嗤う。
「いやー、それにしても、まいったまいった」
なにもない空間で黒い装いの男はどことなく呟く。
「まさか、【無貌殺し】の手段を用意しているとは思わなかった」
身体に刺さった七本の槍を眺めながらソイツは笑う。
「【顔亡き者】たる側面を持つワタシが顔孔をあけられたら、流石に退かざるを得ないよね」
何が楽しいのか、クツクツと笑みをこらえながら言葉を紡ぎ続ける。
「さて──」
もう一度、黒い装丁の本が開かれる。
「──『理不尽』を喰らい続け、己がチカラにし続けた彼は、本当に彼のままで居られているのだろうか? いくつもの、本来なら同時に存在しえないそれらを一心に背負う彼の【混沌】とした性質はどこかワタシと同じものではないのだろうか」
昏い笑みを浮かべて、筆を執る。
──そんな姿を見下ろしながら、僕は湧き上がる感情を赤褐色の剣に変える。
「【宇宙的恐怖】、君が私でない証明など、誰もできないのだから──」
「──いいや、できるよ。僕がしてあげる」
誰もいないはずの空間に、声が響く。
「──あ゛?」
此れにはソレも驚いたのか、驚愕の声を上げる。
その位の反応をしてもらわ無ければ困る。
僕がこのために、どれだけの準備をしてきたと思っているのだろう。
「ないものをなきすことはできないが、ある物ならなくすことだってできる。無貌に穴をあけられ、存在する『貌』を作られた今の君ならね」
身躯体がほどけるようにして宙に消えてゆく。
声がした方へと視線を向ければ、そこにいたのは白い髪の、少女のような者。
「お前──」
「いつまでも傍観者でいられると思うなよ、ナイ。いや、あえて『ナイアルラトホテップ』と呼ぼうか?
とりあえず、君がこの物語に関わるのはもう、お終いにしないとね」
今の自分のものでは無い感情ではあるけど、ぶつけるべき感情を全て叩き付ける。
「……そうか、まあこういった終わり方も悪くはない。はは、ハハハハハ」
「……全く、消える最後まで楽しそうに笑ってるなんてね。僕にもアレを完全に消すことはできない。【矛盾】とか【混沌】とか、そう言うものがあればそこに奴はいるものだからね」
呟いた言葉は、誰かに向けたものか、はたまた自分に向けたものか。
どこか悔し気だが、彼はやり遂げたのだ。
「とはいえ、憂さ晴らしと意趣返しにはなったか」
そんな言葉を残して、僕はこの場から消失する。
「──さて、どうするかな」
自分に残っていた存在も、過去に繰り返してきた自分という残骸も全て使い果たしてしまった。
今呟いた言葉だって意味のない、意思のない言葉だ。
ふと、内界に目を向ける。
楽し気な彼らを、自分とは異なる選択をした自分に視線を向ける。
「どちらにせよ。これから先、君が『アレ』と同じような『理不尽』な存在になるのか、それ以外になるのかはキミシダイだよ──『カミノレイト』くん」
『──ああ、わかってるさ』
まさか、外界から呟いた言葉に返事が帰ってくるとは思わなかったが。
「いや、外界にいる上にほとんど消えかかっている僕を見返してる? もしかすれば、あの僕なら……」
何かを感じ取ったレイは眠りにつく。
もしかしたらあり得るかもしれなった、彼らとの理想を夢見ながら──
「──おい、なに寝てんだ」
ゲシリと頭を蹴られて目が覚める。
そこにいたのはどこか自分に似た顔立ちの、黒い髪の少年だ。
『夢を、見ていたんだ』
「へぇ、どんな?」
『とても幸せな夢だったんだ。とても、とても。皆が笑ってた。楽しそうに』
とても届かないものだとはわかっているけれど、夢でくらい見ても許されるだろう。
『それで、どうして君はここに来たの?』
「いろいろと聞きたいことがあったんだが……その様子じゃ無理そうか?」
そう問いかけるのも無理はない。
何せ今の僕の身体はところどころ欠け、ぼろぼろになっていた。
『いや、大丈夫。消えるまでまだあるからね』
「そうか。なら最初に訊くが、お前は違う俺ってことでいいんだな?」
『そうだね。本来ならまじわることのない並行世界。何かが異なるゆえに有り得た可能性の世界。いわゆるパラレルワールドってやつだよ』
「なるほどな。なら、俺らがこうして出会っているのは互いに『理の外』にいるから、か」
『そうだね、並行世界の枠から外れたってこと。流石僕、理解が早い』
「やめろ、遠回しな自画自賛に聞こえる」
『確かに』
互いに変な感じがしたのか笑う。
「……それで、だ。俺ら以外にもいるのか?」
『並行世界があるのか、といえばそうだよ。でも、こうして理から外れたのは僕たちだけ』
「【邪神】に弄ばれていた世界は?」
『……ほとんど全て。だけど、今回アイツを『なかったこと』にしたから、僕と君の世界以外では【異世界召喚】そのものがなかったことになっているはずだよ』
すでに確定してしまった僕らの世界は無理だったけど、といいながら笑う。
「そうか、お前は自分の世界だけでなく、すべての世界を救おうとしたのか」
『僕だけじゃあ無理だったよ。君が【邪神】の在り方を『否定』してくれたおかげで消すことができた』
「ああ、なるほど。無貌に貌の穴をあけ、在り方を固定したからか」
簡単な話、無いものは無くせないが、『ある』とされたものは無くせるという話だ。
「なら、俺のことを見ていたのはお前だったったのか」
『【 昏キ底ヨリ嘲笑ウ】だったね。見られてるとわかるんだっけ』
「まあな。でも、どうして俺だったんだ?」
『簡単な話だよ。君は僕にとって理想だった。かつて『理不尽』に抗うこともなく受け入れてしまった僕とは違って、『否定』し続けた君がうらやましかったんだよ』
「受け入れて生きられるなら、そっちの方が楽だろうに。隣の芝生は、ってか?」
『ふふ、そうかもね』
その笑みは儚く、今にも消えてしまいそうで──
「なあ、お前はその夢の続きを見たくないのか?」
『みたいさ、でももう僕は何もない。代償にすべてを失ってしまっている』
「──気に入らないな。ああ、どうにも気に食わない」
どこか苛立った様子で零刀が見下ろす。
「この期に及んで、自分が犠牲になることで世界は救われましたってか? ハッ、綺麗な自己犠牲ってな。反吐が出る」
レイに手を翳し、告げる。
「──巫山戯るな。俺はそれを『否定』する」
『再構成』。
その一言でレイの身体が戻って行く。
「これは、どうして……?」
「有があるから無がある、また逆も然りだ。お前が『無』だと言うのなら、そこら辺にあるだろう『無』から『再構築』できたって不思議じゃないだろ?」
言ってしまえば屁理屈のような理論。
しかし、屁理屈でも理屈は理屈。
というか、理屈を超えた『理不尽』が彼なのだ。
「むしろ、どうして無理だと決めつける? お前はもう、『理不尽《こちら側》』だろう?」
その在り方はレイが実現できなかったもの。
その在り方はきれいなものではないが、レイにはとてもまぶしく見えたのだ。
「でも僕はもう、何も覚えていないんだ」
「それでもお前はアイツらと一緒にいたかったんだろう?なら行けよ。アイツらはその程度のこと気にしないだろ」
湧き上がってくる言い訳を片っ端から『否定』していく零刀。
「キミは『理不尽』だね」
「ああ。お前もそうだろ?」
「確かに。僕らで【邪神】を倒したんだ」
「それ以上に困難なことなんて、日常を送るうえでなかなかないだろ?」
「それもそうだ」
方や、すべてを受け入れるような慈愛の笑みで。
方や、気に入らなければ『否定』せんばかりの獰猛な笑みで。
互いに笑いあう白と黒の姿は鏡写しのようで、反転しているかのようで。
「もう行くよ。本来交わらない僕らが長く一緒にいるのはよくないからね」
「ああ、もう会うこともないだろう」
互いに背を向け、歩き出す。
「僕の背中を押してくれてありがとうね、零刀」
「気にするな。俺も【邪神】を退けるのに力を借りたんだ。お互いさまってやつだ」
そして二人は戻っていく。
方や、我が道を進んだその先へ。
方や、戦った後に残ったその場所へ──