伽藍洞の器
今回内容難しめです。
概念的な何かが苦手な人は辛いかも
「僕は思うんだ。圧倒的な力を持つ者が戦った場合、二つのどちらかになると思ってるんだ」
「『死せよ』!」
黒い靄がレイに襲い掛かるが、触れる直前に消え失せる。
「大きな力を持つ者同士が争った場合、一瞬でつぶれるか、永遠に決着がつかないか」
「何を……いったい何をした!?」
「怨念怨霊の類は僕に効かないよ。精神支配の類もね」
「馬鹿な、生きている者が、思考するものが、感情を持つ者が、抵抗ではなく、無効化などできるはずがない……!」
「それはそうだ。僕はもう空っぽ。自ら思考しているわけでもないし、この身体はもはや生物でもない。記憶もなく、ただ記録を読み漁り、元から組まれていたプログラムに従うだけの機械のような存在だからね」
「伽藍の洞というわけか。なら──『奪い取れ、憎悪に身を任せよ』【憑依転生】」
男にそそのかされた怨霊魂魄たちがレイに群がる。
「大丈夫、君たちも今度は幸せになれるかもしれないよ。もちろん、全てが終わった後にね」
レイに吸い込まれ、消えていく。
レイにはなんの変化もないまま、その存在だけが大きくなったように感じられた。
「調伏したのか、あの数の怨霊を……!」
「彼らも結局は救いを求めているだけなんだ。僕は救われる道筋を示しただけ。これも彼らの選択だ。それより、奥の手を隠しているなら早く使った方がいい。あまり待たせると、終わらせてしまうぞ」
その言葉に感情はこもらない。
自分の在り方を教えた後なのだから、人として取り繕う必要もなくなった。
だからこれから至るであろう、自分の概念へと寄っていく。
「まだ不完全だがやむ負えまい。【光神】と【闇神】のチカラ。完全に我がものとしたわけではないが、7,8割は扱える。【光と闇】は対消滅を起こすのだ!」
その言葉と共に濁流のような光と闇がレイへと襲い掛かる──
「──ああ、これを待っていた」
レイに触れた瞬間、光と闇がレイに吸い込まれていく。
「な、なんだ!? 一体、何が!?」
「消滅って言うのはさ、結局のところ消して滅して無くすことなんだよ。言ってしまえば、消す為の概念。僕が今一番欲しかったものだ」
「なにが、しかも、待っていた……? なら、お前は【光神】と【闇神】を捕え、力を奪っていたことを知っていて、それを奪いに来たというのか!?」
「正解。だから、君が気負う必要なんてない。僕に委ねてしまえ」
光と闇を素手で掴み取り、引っ張る。
「ぐ、おおおおお!? 我が、数百年もかけて奪ってきたチカラが、力がァァァァ!!?」
「大丈夫、【真なる邪神】にはしっかりと報復する。だから、おやすみなさい」
目の前の男が苦悶の声を上げながらやつれ、萎れ、塵となって消えていく。
「俺は、そうだ……助けたかった、だけ、だった……」
「それはもっと早く、リーシャさんに言ってあげるべきだったね」
「ああ、頼む……彼女を、世界、を……!」
「ああ、任されたよ」
目の前の男が消え去る。
彼もまた、とある存在によって弄ばれた一人だったのだ。
「それでも、放っておくことはできなかった。このままだと君は世界を敵に回し、破滅を齎すために戦争を始めることになっていた」
それではヤツの思いどおりになってしまう。
「だから僕が背負うよ。君の背負うはずだった業も、成すはずだった罪も。君がかつての世界で、僕に願ったように」
レイの身体が白く輝く。
「始めよう。終わらせよう。行くよ、ムゥ──いや、かつての僕たち」
その言葉に込められたのは自身の感情ではなく、かつての繰り返しの中にいた自分の記録で感じていた感情。
「『唱をくべて、言葉をくべて』」
それは贄をささげる唱。
火に薪をくべるように、己が中の『』にくべていく。
「『心をくべて、思いをくべて──かつての僕らの記録をくべる』」
虚空から現れたムゥが解けて消える。
詠うたびにレイの中から大切な『ナニカ』が消滅していく。
──その唱は彼らにも届いていた。
「なんだ、この歌は」
「光輝、なんで泣いて……」
「わからない、勝手に涙が溢れて……っ、レイ!?」
何かを察した光輝が走り出そうとするが、大量のアンデッドが行く手を阻む。
「く、こんな時に! 彩!」
「この量じゃ、浄化が間に合わない!」
「このままじゃ、レイちゃんが!」
『【精霊王】、貴様はレイのために、彼らのために命をかけれるか』
悲痛な叫びをあげる彼らを見ながら、【龍神】は【精霊王】に語り掛ける。
「ええ、レイさんのためなら私はこの存在をかけたっていい」
『そうか。なら我に合わせよ。やり方は貴様がよく知っているはずだ』
浮かべた水球をウェルシュにたたきつける。
「いったい何を──っ!?」
『記録の持越しは我らの手で編み上げたものだ。今回が最後になるのなら、貴様だけ仲間外れも気分がよくないのでな』
「ええ、思い出しました。ああ、私たちは、レイさんは、レイさんは……!」
一滴、涙をこぼす。
涙が地面に触れた瞬間、大瀑布が巻き起こる。
「怨霊は強い生命の気配に惹かれる。そうでしたね、レイさん──【生命の大瀑布】」
『そして我が形を与えよう。【水龍再臨】』
【龍神】の身体が水に解け──大瀑布が龍を象った。
「【龍神】様!?」
『先に行け、勇者たちよ。後悔したくないのなら、お前らのすべてをぶつけてこい』
「レイさんのことは任せます。だから、悔いのないように……!」
アンデッドが水の龍へと群がっていく。
「行くよ、光輝、彩ちゃん。もう無駄にできる時間なんてない」
「バフを駆けるから、最速で行くよ!」
「もうレイ君を一人になんてさせない!」
親友のために彼らは駆ける。
「──遅かったね。正義のミカタさん」
「ごめん、待たせた」
どこか複雑そうな光輝にレイは笑いかける。
「さて、どうする? 世界を滅ぼす悪として、正義執行といくかい?」
「……【龍神】様から聞いたんだ」
「そっか。全く、おしゃべりな旧友だ。ああ、気にしないでいいよ。どっちにしろ僕以外にこの役目はできない。誰かに任せることも出来ないしね」
「君は、本当に……消えてしまうのか?」
「うん、消えるよ」
「なんで、こんな事に……」
「僕達が召喚された理由がこれなんだ。この行き詰まり、繰り返しているこの世界はとある【邪神】によって用意された玩具箱なんだ。鈴なら何となく察しが着いてるでしょ?」
その言葉にコクリと頷く鈴。
「ふふ、君は好きだったもんねこういうの」
「でも、自分たちが体験するとやっぱり、辛いよ」
「……ごめんね。僕はもう悲しむこともできないんだ。実を言うとさ、とっくに僕は君たちの知っている僕じゃないんだ。感情もなにも、自分の記憶さえ無に還ってしまった。空っぽなんだ」
「……知ってたよ。私の【回復】がもし効くならって何回思ったことか」
彩が涙ながらに訴える様を見て、ふと気付く。
「まさか、白瀬さん。繰り返した世界の記憶を【回復】で復元したのかい? 無茶苦茶なことをするね」
「なんで突然できたかなんて分からないけど、一つだけわかったことがあるの。どの世界でも、私はレイくんを助けたくて、助けたくて……!」
「君が記憶を辿れたのは繰り返しが確かに存在したからだ。残念だけど、『無』にくべられた僕の、僕らの記憶は帰ってこない」
「でも……!」
「無理なものは無理なんだ──『そして私の存在をくべる』」
レイが纏う光がより一層激しくなる。
その光はレイそのもの。
彼の存在が燐光のように最後の輝きを放っては消えていく。
「さようなら、みんな」
難解なところは感想で質問送ってもらえればできる限り解説します。