レコード
「普通の人間相手にどこまで話せばいいのかわからないですが……『世界の記録』と言ってわかりますか?」
レイに強い縁のあるもの達を集めたウェルシュはまず初めにそう問いかける。
「『過去』『現在』『未来』全ての事象が記されているという……まさか、本当に?」
「あら、知っているのですね。他の者は知らないようですが……そうですね。アクセス権限にもよりますが、この世界には『地』『海』『空』の三つのアクセス権限があります。呼応した情報に関する権限が用いられます。そして、『精霊の森』には『地の記録』の半分に関する権限があり、それを用いてレイさんは『世界の記録』にアクセスしたのです」
その言葉を正しく理解しているのはこの場に鈴しかいない。
むしろそれで良かったのかもしれない。
正しく理解できるのが彼女だけであるならば、その異常に気づくのもまた、彼女だけなのだから。
「待って、レイちゃんは『干渉権限』を持っているの?」
「ええ、元々【精霊】はこの世界を構成する自然の要素が意志を持ったモノですから。この世界の根幹に関わるものであるが故に、大小の差はあれど皆が持っています」
「……レイちゃんは、どこまで見れるの?」
「これは私の推測でしかありませんが、『誰にも見えない所まで』かと。【精霊帝】という種族の頂点にありながら、【無属性】の【原初】。それこそ、やろうと思えば開闢の時より、終焉の末まで」
「何を、見たの?」
「何も見えなかったと」
「理由は?」
「同じく」
「それは、大変だね」
「ええ、だからこそレイさんは慌てたのです。未来がないということは、途中で世界が終わるということ。そして、この世界の記録から原因が読み取れなかったのは──」
「部外者、つまり──私たちのような、【異世界人】」
「若しくは【外なるモノ】の干渉か……」
「【アウトサイダー】? まさか、【邪神】って──!?」
それはわかるモノにはわかる、絶望的な話。
「わかりません。【邪神】の目的は何なのかすら……私が【外なるモノ】を認識した時から、行動に一貫性は無く……」
「目的なんて元から無いのかもしれない。ない、かも……『ナイ』? まさか、最初から、遊びだった……?」
自分の言葉でありながら、信じられないそれに気が付く。
もし、その【外なるモノ】が、元の世界にあった、創作物としか思っていなかった『ソレ』と同種だったら──
「もし、そうなら、アイツは傍観者を気取りながらどこかでかかわりに来ているはず……?どこだ、どこに──」
記憶をあさる。
誰かと共にではなく、ただ一人で、つかみどころのない、印象に残らない人物で、胡散臭く、脈絡もなくいなくなる。
ありがちなのであれば、破滅的な科学者であったり、宗教的な集団でそこそこな立ち位置の──
「……いた。【光神教会大司祭】、『ニアラ』。くそ、言葉遊びか!」
思わず、テーブルに拳を叩き付ける。
「どうしたの、鈴。えっと、誰だっけひと? なんかあったっけ?」
「もしかしたらってだけだけどね。たぶん、今調べたらそんな人はもういないんじゃないかな。失踪扱いになってたりとかでね」
「……リンの言う通りだ。この前、【光神教会】からニアラ大司祭が行方不明だと連絡があった」
「当たり、か。なら、気づいた時には手遅れって訳ね。それでも、こうして私たちを集めて話をするってことは何かあるんでしょ? 【精霊王】ウェルシュ」
いつものように楽しげな色は無く、事実を確認する鈴はどこか確信を感じているようだった。
「ええ、はい。先程話したように『世界の記録』へのアクセス端末は3つあります。恐らくレイさんは残りの二つを手に入れようとするでしょう」
「……理由は?」
「【地】【空】【海】の三つの記録を参照でき、それに干渉するチカラがあるとしたら……どうなると思いますか?」
「……過去現在未来のデータを閲覧しての改変。即ち、事象編纂」
レイのしようとしていることに勘づいた鈴が答える。
しかしてそれは、到底信じられないもので
「でも、それはレイちゃんがそんなチカラを持っていたらの話で……」
「レイさんは持っているのです。そしてそのチカラは恐らく……いえ、私は確信を持って言いましょう」
ひとつ間を置き、決心して告げる。
「レイさんのチカラは万物万象、遍く全てを【無】に還すチカラです」
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「──ごめんね、こんなふうに突然お邪魔しちゃってさ」
「いや、構わんよ。何か動きがあったのじゃろう?」
場所は獣王国が一村。
主に狐の獣人が住む村の中でも一等地に建てられた建物でクヴィホはレイと対峙していた。
「で、何があったのじゃ?」
「最悪の事態だよ。この世界の構成要素の王が4つ潰えた」
「……何を言っておるのだ? 元々【水】を除いた四属性は儂が代理担当することで成り立っておる筈じゃぞ?」
「代理って、誰の?」
「そりゃ、【王位精霊】の……」
「いつから? なんのために? そもそもじゃあどうして【世界】は【王位精霊】を生み出さない?」
その問いかけは一つ一つ、言い訳を潰していくかのような問だった。
そうして彼女は【空】の記録を閲覧し──目を剥いた。
「なんじゃ、これは……一体なにが起きておる!?」
「よかった、まだ【空】にはデータが残っていたか」
動揺するクヴィホに対してレイは安心したように手をさしだす。
「クヴィホ、【空】の記録の干渉権限を僕に渡すんだ」
「なにを、いや、まさかこんな……存在を無かったことにするチカラなんぞ、まさか、お前が……!?」
「うん、そうなんだ。そしてもう、あまり時間が残されていない。僕にも、この世界にも。だから早く、渡して」
淡々と告げるその言葉に感情は欠片も無い。
「この感じ、この前の『レイ』では無いな」
「元々、『レイ』なんて存在しなかったんだよ。僕は『』だ。それ以上でも、それ以下でも無い」
「そうか、【外側】へと至ったのか。そして、この世界に牙を向けるというのなら容赦はできない」
邸宅が爆ぜ、吹き飛んだ。
「交渉決裂か。なら、力強くで奪い取る」
「させると、思うか?」
隠していた尾を露わにする。
燃える様な金色の尻尾の数は、九つ。
「 『権能』【アルターエゴ】起動」
「『万象は無が有るという矛盾した混沌より生ず』」
世界が歪み、そこに無数の剣が浮かぶ。
「覚悟せよ、理より外れ牙向く獣よ」
「『還れ』」
強大なる二つの、現象がぶつかり合う──
我が道の方では無かったクヴィホとの戦闘、こっちではやりますよー!
彼女の秘密なんかも明かしていく予定なのでお楽しみに。