最悪の準備は整った
自粛ですしお昼あげです
さて、ここからクライマックスまで頑張りますか
私の魔眼は【全魔眼】。
全てを見通し、見た事象を改編する。
全ては私の見たい世界のためにこの眼を使う──
「『勇者』、走って」
「わかった。この命、預けるよ!」
走り出した『勇者』を目で追いながら、問題のソレに目を向ける。
どこか霧のようなソレは、本質を持たない何かのチカラで、言語化するならば『無』。
存在しないはずの存在は、私の目ですら見ることは叶わない。
認識できているのは偏に、それに触れたものを『無』に還すという性質ゆえになにもない空間が見えているだけだ。
だから無が勇者に迫った瞬間、僅かに【転移】させる。
「気にしないで、走り続けて!」
「わかった!」
驚いた勇者を走らせ、目を凝らす。
無自体はせいぎゃされたモノではなく、唯々レイから漏れ出しているだけだ。
予想外の動きをしないが触れるだけで無に帰すそれを慎重に【転移】で回避させていく。
そこら辺の石を使って無を超える【転移】を試したが、超えることはできずに無に還ってしまった。
だから無に囲まれる前に【転移】させて逃がす。
逃がして、逃がして逃がして逃がして逃がす。
たった一度のミスさえ許されない。
一つのミスで全てが終わる──
「──あと、すこし、なのに!」
ミスはなかった。
それでも、進路も退路も断たれてしまった。
「──大丈夫、今気づいたんだ。私にこの祭杖を渡したのはこの時のためだったんだって」
勇者と一緒にいた少女が杖を掲げると、先端にあった*が消え去る。
それと同時に、勇者を囲んでいた『無』が前面だけ消える。
「もらい物のチカラだから、一瞬だけだけど──」
「十分──【転移】!」
勇者がレイに辿り着き、その剣を突き刺す。
他単に拡散していた『無』がレイに還っていく──
【転移眼】はクールタイムで間に合わない。
ここで、私がするべき選択は一つしかなかった。
「【置換の魔眼】」
【転移眼】を酷使したせいで片目は魔眼を変えられない。
だから見るために使っていた眼を一番出の速い魔眼へと変えた。
景色が変わる。
目の前にはレイの姿。
遠くからシリウナの声が聞こえた気がしたけど、周囲を『無』に覆われた今、届くはずはない。
私は残されたわずかな時間で、伝えたいことを伝える──
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「……ここ、は」
柔らかい感触を背に、憶えの無い天井を見上げる。
「……知らない天井だ」
僕は知らない光景だけど、この天井を知っていた存在の記録を知っている。
ここは召喚された『エリヒド王国』。
短い間ではあるけれど、寝泊まりしていた場所だ。
「──お寝覚めになりましたか、レイ様」
「おはよう、リーシャさん」
彼が読んでいたその呼び方で、自分に声をかkて来た女性に挨拶をする。
「皆さん、心配していましたよ」
「だれも、何も言っていなかった?」
「起きたらたくさん言いたいことがある、と口をそろえていっていましたよ」
その言葉と、どこか安心したような表情に違和感を覚えた。
「そっか。僕はどれくらいこうしてた? みんなは何処にいるかわかる?」
「意識がなかったのは三日ほどです。今はお昼時なので食堂の方にいらっしゃいます」
「ありがとう、行ってくるよ」
どこか言いようのない違和感を感じながら、ベッドから出て歩き始める。
「確か、こっちだったはず」
記録をあさりながら道を進めば、食堂につながる大きな扉に辿り着く。
「……あったら謝ろう。いろいろと迷惑もかけただろうし。隆静のこともある。みんな怖がるかもしれないけど、その時はその時。受け入れられなくても仕方ない」
どうにか自分を諭して重く感じる扉を開く。
パンパンッ! とないかが弾ける音が一斉に響く。
「「「おかえりなさい!!」」」
打ち鳴らされた数多のクラッカーと、帰還を喜ぶいくつもの声。
あっけにとられていると僕の手を引いて彼らの中に引き込まれる。
「みんな、どうして──」
「どうしてって、レイちゃんが無事帰ってきたんだから、お祝いだよ!」
鈴がそう言って、みんなを盛り上げ始める。
そんな中、違和感を感じたのか光輝が声をかけてくる。
「どうしたのレイくん」
「どうしたって、隆静のことが……」
「ごめん、誰って?」
「だから、隆静のことだよ。僕が、僕が──」
「聞こえなかったんじゃないんだ。えっと、その『リュウセイ』って、誰?」
その言葉を聞いた瞬間、心のどこかで察してしまった。
それでも、信じたくなかった。
「誰って、今まで一緒に冒険してきたじゃないか! 迷宮都市が襲われた時だって……!」
「そんなこともあったね。あの時は確か【光盾】を使えるようになって、それを足場に初めて空を走ったんだ」
懐かしそうに思い出す光輝だが、そこに隆静との思い出はなかった。
「……ッ! そうだ、イリスの【魔眼】なら過去の光景だって……!」
慌てて周囲を見渡して──その姿が見えないことに気づく。
嫌な予感が脳裏によぎる。
「シリウナ、イリスは何処だい?」
「えっと、誰ですか、それ?」
もう、気が付いていた。
最悪の事態はすでに起こってしまったのだと。
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「ごめんねリーシャさん。こんな時間に呼び出して」
「いえ、お呼びとあらばいつでも、どこへでも」
皆が寝静まった時刻、与えられた自室にて呼び出したリーシャと言葉を交わす。
「キミに聞きたいことがあるんだ。【メイド長】としての君じゃあなくて、『世界の機構』としての君にね」
「お気づきでしたか。『世界の記録』を閲覧したのならお分かりでしょうが、改めて自己紹介しましょうか」
装いがメイド服から赤と黒の礼服に代わる。
「【Sランク冒険者】がひとり【冥土】にして、『世界の機構』所属、『リースェルリナ』。これが私の本来の姿です。そして、あなたは──」
「世界の構成要素が体現たる【精霊】の長。その中でも想像された世界に不要な『』の概念を体現するモノ。君と同じく、この世界の存続を左右するモノであり──【邪神】の敵対者」
「貴方は──」
「聞かせてほしい。この世界は今、どうなっている?」
「──世界要素たる【王位精霊】が三柱が消失。闇と光は邪神の手に。そして……」
「異界因子が一つと、元界因子が一つ、か」
「その通りです。このまま何もしなければ、この世界は一週間と持ちません」
その言葉にレイは頷き、話を進める。
「さあて、ここまで進んでしまったんだ。このまま駆け抜けるしかない」
「どうするつもりですか?」
「僕の責任でもあるんだ。全て僕がどうにかする。君は手出ししなくていいよ。光輝たちを気にかけてくれればいい」
「それは──」
リーシャが言葉を続ける前にレイは立ち上がり、歩き出す。
それは何かを拒絶するようで。
「さようなら」
そうして、レイは姿を消した。
瞬間、駆けだす。
彼を止められる可能性のある、彼のもとへ──
「『勇者』様! 急いで、急いでレイ様を!!」
悲鳴じみたその声が響き渡る。
常に冷静さを失わなかったリーシャの声だとわかると、聞いたもの達が何者かと視線を向ける。
「一体何が……リーシャさん?」
「レイ様が、レイ様が──!」
「っ!?」
その声に駆け出す。
周囲の目も、何かにぶつかりよろめこうと、走り続ける。
予感はあった。
祝賀会をしているときに違和感を感じた。
それはどこか不安定というか、あやふやというか。
眼を放すべきではなかった。
そばにいてあげるべきだった。
ひとりにすべきではなかった──
そんなことを思いながら走った。
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「何故だ、【精霊帝】」
胸を貫かれた国王が、息も絶え絶えに紡ぐ。
「必要だったんだ。救うためにはこの犠牲が欠かせない」
「キミは、そうか……君も【ギセイシャ】か。人が負うには重すぎる業ぞ」
「国王、僕の業は君の考えている以上に重さがある。それにもう、人じゃないんだ。でも謝っておくよ。ごめんね、僕の都合で殺してしまって」
「これで国が、ひいては世界が救えるなら安いものだ。それに、我が娘は優秀でな」
「そっか。さようなら、国と世界を思い、未来に託した立派な王よ」
「任せたぞ、埒外の業を背負いし【精霊帝】よ」
「大丈夫、次に目が覚めた時は、救われているはずだ」
貫いていた手を引き抜き、倒れる国王をゆっくりと横たえる。
「──レイ!」
「早かったね、光輝くん。でも、遅れてくるヒーローじゃあ、話にならない」
「なんで、なんで王様を……」
「一つ欲しい称号があってね。【王殺し】って言うんだ」
「その、ために? そんなことのためだけに……?」
「そんなこと、ね。君は無知が過ぎる。いや、僕が知りすぎただけ、か? まあいい」
手を振るい、壁を吹き飛ばす。
そこから照す月明かりは、まるで世界がレイを祝福しているかのようで──
「これで準備は整った。後は【邪神】を滅すればこの世界は僕の思うがままだ。さよなら」
その穴から飛び降りる。
直後、何事もなかったかのように穴は塞がり、これ以上追えなくなる。
「くっそおおおおおおおおおお!!!」
想いは届かず、慟哭だけが響く。
「レイさんは行ってしまいましたか。コウキさん、あなた達に話さなければならないことがあります。レイさんがなぜ、このようなことをしているのかを」
そして知ることとなる。
悲惨な理由と、至るべき最悪の結末を──