覚醒
「おいで、『勇者』」
「……! おおおおおお!」
大地を蹴り、レイに迫る。
「随分と速い。かなりレベルを上げたみたいだね」
「はあ!」
必死に剣を振るう光輝に対し、すべてを躱してゆくレイ。
あくまで、光輝が挑戦者でレイは受けるだけといった構図だ。
「ほら、どうしたの?そんなものかい?」
「躱すだけか……!?」
「その躱すだけの相手に四苦八苦しているのはどこの誰かな?」
「くっ!」
そこらの強者では目で追うのも難しい連撃だが、全てを紙一重で躱していく。
「足りない、全くもって足りないよ『勇者』。それで何が守れる? その程度で何が──何が守れる!?」
剣を振るい、光輝を吹き飛ばす。
「ああ、足りない……その程度でよくも、よくも……!」
「……レイ?」
追撃せずに頭を抑えるレイに訝しげな視線を送る。
それはまるで、暴れる感情を抑え込むかのようで──
「──『感情の揺れ幅が規定値を超えました。回帰します』」
表情から感情が消失し、無機質な声と共に顔を上げる。
「ああ、良くない、良くないな。全く、まだ人としての……いや、今は不要だ。今は君とのぶつかり合いが重要だ」
トントン、と地面をつま先で蹴ると地面を突き破って鉄の剣先が現れる。
「【生命無樹】」
枝分かれし、光輝目掛けて襲いかかる。
「くっ!?」
「踊れ、踊れ。誰のものかも知らぬ掌の上で。無知蒙昧な『勇者』よ。己が無力に打ちひしがれろ」
光の盾を足場にし、天すら駆ける光輝を枝分かれし、ホーミングして追い縋る。
「──【光一閃】!」
「それは悪手だよ」
一閃が光を引いて鉄の刃を砕くが、一瞬動きが止まった所を囲むように刃が迫る。
「チェックメイトだ、【勇者】くん。君はこの程度でしかない。何も守れやしない」
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「ここ、は──」
「──やあ、光輝くん」
何も無い真っな世界の中かけられた声に驚いて振り向く。
「レイ、くん?」
「あはは、警戒してるみたいだけど、うん……なんだ、やっぱり僕に負けそうになっているのか」
「そうだ、僕は──!」
ここに来る前の出来事を思い出し、慌てる光輝。
「落ち着いて。ここは君の精神世界。外の時間軸とも異なる世界だから、ゆっくりしてくれて構わないよ」
そう言って何処からともなくテーブルとティーセットを取り出した。
「ほら、座って。いろいろと話したいこともあるんだ。ここでしかできない話とかもね」
「……それって」
「聞かれたくない話ってやつだよ。僕にとっても、君にとっても」
「まず聞きたいんだけど、どうして僕の精神世界にレイくんが?」
「キミに渡した黒い魔剣があるでしょ? そこにあらかじめ僕の分霊を仕込んでおいたんだ。こういったもしもの時のためにね」
「分霊?」
「分御霊、の方がわかりにくいか。自分の精神を分けて閉じ込めておいたって感じかな」
あっけらかんと言い放つレイだが、並大抵の能力ではできない行為である。
「さて、じゃあ僕からも質問させてもらおうかな。剣として君と過ごしてきたけど、君は何のためにチカラを求めたの?」
「それは……」
即答できず、少し考えこむ。
「最初は、君を探すためだったんだ。迷宮の底に落ちてしまった君を探すために、力を欲した」
一つずつ順番に自分をたどることでその本質を探してゆく。
「その次は多分、君の期待に応えるためだと思う。迷宮の底で僕たちに武器をくれたでしょ? 多分、その期待に応えるためだった」
「それで、今は?」
「『精霊の森』でレイと戦った時、君と話すべきだと思ったんだ。お互いに抱えるモノについて」
佇まいを直し、まっすぐにレイを見据える。
「僕は自分のしたいことと倫理観を照らし合わせて『正義』を定義しているんだと思う。そしてそれを成すために、僕は力を求めているんだ」
「……それが君の答えなんだね」
「身勝手な正義。これが僕の『本質』だよ」
どこか恥ずかしそうに告げる光輝にレイは慈愛を込めて笑いかける。
「恥じることはないよ。得てして『正義』ってものはそういうものだ。結局個人の主義主観でしかないからね」
そう言って笑うそこには果てしない慈愛があった。
「さて、僕の話もしないと行けないんだけど……そうだな。先ずはこれを見てもらった方がいいか。『ステータス』【簡易表示】」
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「」 LVー Age-
種族:
職業:練成師
称号:【超越者】【無純】【新生】【存在しない存在】【原初】【理外】【A/'0の卵】【1/0】【】【邪神の玩具】
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そこに羅列されているのは、どれも光輝には理解し難い【称号】ばかりであったが、数少ない理解できるもののひとつにおかしなものがあった。
「【邪神の玩具】……」
「そう、『鑑定』で見てみるといいよ。僕の渡した魔剣を持つ君なら見れるはずだよ」
「……『鑑定』を強化する能力」
「そう! だからさ、見えても先ずは感情を抑えてね」
「わかった──『鑑定』」
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【邪神の玩具】
文字通り、【邪神】にとっての玩具であるものに贈られる称号。
これを持つものは本人の自覚が無いままに時間の檻に囚われ、同じ世界の中で一生を永遠と繰り返す。
その生を終える直前にのみ、今まで繰り返してきた全ての記憶を思い出し、称号の持ち主を絶望の底にたたき落とす悪辣な効果を持っている。
しかして繰り返せば繰り返す程にその魂は摩耗し、狂気に侵されていくことになる。
この称号をどうにかして無効化した場合、その無効化した存在にこの称号が移ることになる。
──精々、足掻いてもがいて暴れて私を楽しませてくれたまえ。
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「なんだ、これは……!」
「ほら、落ち着いて。お茶でも飲む?」
感情を露わにする光輝とは異なり、落ち着いた様子で茶を注ぐレイ。
「これが、落ち着いて──!」
「うん、僕にはこうして代わりに怒ってくれる友達がいたんだよね」
「……レイ?」
何処か此処では無い、遠くを見ながら呟くレイち首を傾げる。
「ああ、ごめんね。少し感傷に浸ってしまった」
「でも、なんでこんな……レイばかり辛い思いを……」
『錬成師』というハズレの生産職であったことに始まり、迷宮に行った時には罠に嵌り、強敵の目の前に晒され──そして深くまで落ちた。
この世界に来てからの、そんな苦難に思いを馳せる。
「不平等だ、不公平だこんなもの……理不尽じゃないか……!」
「僕はさ。今までの人生で『理不尽』が降り掛かっても、『そういうものだ』って受け入れて、その中で自由に生きてきたんだ」
光輝の言葉を遮ってレイは騙る。
彼自身は『カミノレイト』ではなく、『レイ』の分霊であるが故に。
それはただの記録にしか過ぎないが故に、騙る。
「でも、そこは少しも窮屈じゃなかったんだ。代わりにこうして悲しんでくれて、怒ってくれる人がいたから」
そこに込めるは万感。
今まで『カミノレイト』が彼らに感じていたハズの感謝。
「ありがとう。そしてもし、君の『正義』がこの世全ての清濁さえ併せ飲むものならば──」
そして紡ぐは、初めて彼らに向ける言葉。
「──僕を、彼を助けて欲しい」
「わかった」
光輝は立ち上がり、差し出された手を取る。
そこには既にレイの姿は無く、手には魔剣が握られていた。
「待っててね、レイ。僕は──」
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「──ああ、これだから『勇者』とかいう選ばれた者は」
包み込んだ【生命無樹】から光が溢れ、弾ける。
そこから現れたのは、光を湛えた『勇者』の姿。
「──【極光】」
「ピンチになったら覚醒ね。いいよ、実に『勇者』らしいじゃないか」
「レイ君、君を縛る全ての柵を僕が『否定』しよう」
「これしかもう、僕らとこの世界を救う方法はない。時間ももうギリギリなんだ。そうそうに終わらせてもらうよ」
己の成すべきことをなすために、互いに譲れぬもののために。
2人はぶつかり合う。
次回、決着──!!