FH-√003i
投稿が……どんどん遅れていく……
そう言いながら金色の斬撃を受け流そうとして──流し損ねた。
「──ッ!?」
慌てて飛び退いた【精霊帝】は思わずよろめき、地に膝を着いて額を抑える。
(なんだ、今の……アタマが、視界が、揺れる……?)
今の現象に考えを巡らそうとするが、思考は乱れ定まらない。
(まて、今、何を考えようとした?──待て、落ち着け。まだ呑まれるのには早すぎるハズだ。自己確認……そうだ、先ずは自身の『名』を……僕の名前は『レ──)
どうにか思考するが、ふと気がつけば目の前に金色の斬撃が迫り──
「──ッ!『我は其れを望まず』【無効化】!」
『魔力』を纏った腕で触れれば、初めから無かったかのように消え失せる。
が──
(──ッ!?『名前』が、思い出せない!?)
──それと同時に、大切なモノまで失ってしまっていた。
「はぁぁあああ!!」
そんなことを知る由もなく、怒りと殺意を宿した刃が振るわれる。
(避け、無いと──)
しかしながら既に、『』は彼に──そのモノに侵蝕し過ぎていた。
(アレ……避けるって、どうするんだっけ……?)
不自然に体勢を崩した身体の目の前を斬撃が通る。
幸い刃そのものが身体に触れることは無かったが──余波でその仮面が切り裂かれた。
「……レ、イ……くん?」
その素顔を見て思わず動きを止める。
「……頼む、その『レイ』は、誰?僕?私?俺?……お願いだ、教えてくれ……それは、誰?自分は、ナニモノだ?」
ただ縋るように、目の前にある可能性に手を伸ばすが──
「レイ君は、もう居ないんだ。その姿で、皆の、僕の大切な人の姿で……どれだけッ!!」
──それに対する返答は、剣だった。
(自分は、イナイ?何処にも、此処にも、居場所が無いなら、居ないも同じ──)
一筋、涙が零れる。
今まで抱えていたハズの悩みが、思いが気持ちが
抑えていたものが溢れ出る。
虚無感に、空虚感に呑み込まれる。
──抑えていた『ソレ』が、溢れ出る。
「あ──」
目の前に迫っていた剣が、消失した。
「まって──」
距離を取った光輝が何かを言いながら【魔法】を放ち続ける。
互いの声は、何故だか互いに届かない。
【魔法】は当たる直前で次々に消失していく。
──まるで、最初から無かったかのように。
「お願い──」
気がつけば先程まであったハズの距離は無くなっており、目の前に居る光輝へと手を伸ばす。
「自分、は──」
「う、うわぁぁあああ!!」
光輝は反射的に!その腕を振り払おうとその腕に触れ──消え去った。
跡形も無く、まるで、最初から、存在し無かった、かのように。
「あ──」
呆然と、虚空に手を伸ばしたまま硬直する。
「誰か……そうだ、シリなら……唯一の、繋がり……此処じゃ無い、彼女の所へ──」
そう呟いた瞬間、光景が一変する。
そして、目の前には──
──傷つき、倒れているシリウナの姿があった。
「シリ……!」
名を呼び、腕に抱える。
それで、わかってしまった。
──シリウナは既に、こと切れたあとだった。
無くなったハズの哀しみが溢れ出ては、消える。
何時しかそこは戦場と化しており、そこかしこで戦闘が起こっているが、そんなことは関係無かった。
哀しみは次第に怒りへと変わるが、それも溢れ出しては、消える。
そして、そういった激情が消される度に、消していたチカラは大きくなっていく。
──そのココロを蝕み続けて。
「あぁ……ぁぁあああああああああ!!」
そして、唯一の繋がりが消えたことによって──遂に決壊した。
抑えていたソレが、まるでダムが崩壊するかの如く溢れ出て、拡がる。
眼には見えないが、ソレは確実に拡がっていく。
------------------------------------------------------------
何もかもが無くなった世界に、独り残された。
──その中で、気がつけばヒトカゲがひとつあった。
「なかなか、なかなか、なかなかにオモシロイことになっているじゃないか」
「キミ、は……会った事が、あったっけ……」
「さあ?会った事があるかも知れないし、無かったかも知れないな。もしかしたら、会っていたけれどそこに僕は居なかったかも……ま、そんなことはどうだっていいんだ」
そう言いながら、黒ローブのヒトカゲは歩み寄り、手を差し伸べる。
「『ナキモノ』、私と『取り引き』をしないか?」
「とり、ひき……?」
「そう。キミの『器』は限界だろう?『魂』は無事かもしれないが……このまま行けば、無限に『無』を吐き出すだけの『現象』になるだけだ。──しかし、それじゃあオモシロクナイ」
そう言いながらクツクツと笑う。
「だから、機会を上げよう、チャンスを上げよう。ボクが、オレが、ワタシが飽くまで、何度でも、何度でも。……とは言っても、僕はキミの手助けを今を除いてするつもりは無い。それを成すのは君の『チカラ』だ」
そう言う口元はニタリと笑う。
「さぁ──この手を取れ」
差し伸べられた手に触れようとして、躊躇う。
「大丈夫、その手でワタシが消えることは無い」
その言葉に──遂に手を取った。
「コレで『取り引き』──『契約』は成り立った。願うといい。今までの全てを『否定』し、無かったことに、『無』に還すがいい。キミの、思うように」
その言葉に意思が定まったのか、チカラを込めて、紡ぐ。
「──【全ては零より再始する】」
紡ぎ終えると同時、身体が解け、宙に舞う。
「チャンスを、ありがとう」
「感情の伴わない礼は要らないよ。取り戻してからまた、言うといい」
「──覚えてないかも知れないけど、また」
その言葉を最後に、宙に解けて消えていった。
「──さて、新しい玩具が手に入ったのは嬉しいが、流石に予想外だったな」
誰も居ない空間で独り、呟く。
「『神材発掘計画』でまさか、『理解者』が現れるとは……いや、あそこまで行くともう、『理外存在』か。全く、この世界の神々も予想外だっただろうな」
クツクツと笑い、面白そうに言う。
「──さて、どうせ見ているんだろう?キミだよ、キミ。まあ、俺自身誰かは知らないが……さっきの君かも知れないし、そうじゃないかも知れない。ま、そんなことはいいんだ。ま、これで最後だ、とだけ言っておくよ」
そう言い残して、どこかへと消えてしまった。
そこはもう、鈍色の世界しか存在していなかった。