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外伝:カイマーランド

「皆さーん! 今日は来てくれてありがとうございまーす!」



 テンション高く声を張り上げるのは水の精霊ウンディーネ。

 一応は白金同盟を守護する怪物の一体だ。

 その戦闘能力はかつてセントクルスの軍勢を水の刃で切り刻み、文字通り水で流した強者である。


 そんな強者が、両手から噴水のように水を打ち出す隠し芸を見せて楽しませている一団。

 ただの村人、それも子供だ。


 ウンディーネが引率する集団は、湖のほとりに立っている。

 海魔の生息領域として、川やら地下水やらを引っ張ってきて作られた場所。


 こんなところで何をするか?

 決まっている。



「今日はいーっぱい! 水に潜むものたちと仲良くなりましょうねー!」

「「「はーい!」」」



 元気でよろしい子供たちのお返事に、ウンディーネは笑顔で頷く。


 発端は、七十二の魔の誰かの言葉。

 暇である、と。


 頼まれる仕事、あるにはあるのだ。

 しかしいまいち充実しない。

 なんというか力仕事とか盗賊の退治とか、そういう作業では満足できなくなったのだ。


 もっと特技を活かした、ついでに楽しい仕事がしたい。

 話し合いの結果、一つの案がまとまった。


 テーマパークでもやらないか。


 七十二体全員が主との知識共有で持っていた情報の中に、それに関することがあったのだ。

 人を集めて楽しませる娯楽施設。

 ナントカランドとか、ナントカスタジオとか、そういうの。


 幸い、七十二体には一芸を持つ者が多数いる。

 それを娯楽方面に特化させて見世物とし、一箇所に纏めてテーマパークに。

 ルーフ村の近辺に観光施設としてオープンさせれば人も多く集まり、よい感じなのでは。


 キョウジやリザイアに話を通して許可を貰った。

 ルーフ村近くの土地を使用して、危なくない程度に好きにしろ、と。


 かくして。

 娯楽施設の建築等々進む中、一番最初に活動開始の準備が完了したのが七海魔とウンディーネの水組である。

 貸しボート、釣堀、プール等々、テーマは水と触れ合う場所。


 一番必要な『湖』がとっくに出来上がっているのだ。

 いつの間にか棲みついた危険な水棲生物に対しては七海魔が目を光らせているし、子供が溺れそうになっても即座に救助可能。

 最も準備に時間がかかったのは貸しボート用の小船作りだった。


 早々準備を完了し、勝手に動き始めた水組。

 ウンディーネは主に接客対応担当だ。



「さあさ私の後ろにご注目! 湖に潜む仲間たちもみんなを歓迎していますよ!」



 湖面が揺らぐ。

 水しぶきと共に姿を現す二体。


 湖に浮かぶ女性の上半身が二つ。

 双子のように似た顔の二人の周囲では、八本と十本、それぞれの下半身たる軟体生物の触手が手を振るようにうねっている。



「ローレライおねえちゃんとセイレーンおねえちゃん!」



 二体のことを知る子供が名を呼ぶと、その通り、とウンディーネが頷く。



「七海魔が半人半水の双璧! ローレライとセイレーン!」

「ねえウンディーネさん?」

「なんですかー?」

「ローレライさんとセイレーンさんなんでお互いを触手で殴り合ってるの?」

「それはですね、イデオロギーの対立ってヤツです! みんなはタコとイカの違いを知っていますかー?」



 問われて、子供たちは考える。

 考えて、答えを出す。



「足の数?」

「そう! タコは八本、イカは十本!」



 その辺はウンディーネたちの知識共有の源、キョウジの元いた世界と変わらぬ分類だった。



「ではでは足八本のローレライと、足十本のセイレーンは同じかな? 違いますよね?」

「半分タコと半分イカで違う!」

「そう! そしてイカは『足が十本あるイカこそが水の覇者に相応しい』って思っているんです!」

「単純だー!」

「そしてタコは『数に頼るのは弱者の証拠』って思っているの!」

「こっちも単純だー!」



 足八本組のローレライとスキュラ、足十本組のセイレーンとクラーケン。

 七海魔の軟体四体全員同じことを言っている。



「だからイカ系生物とタコ系生物はどっちが水の支配者たるか決めるため常日頃軟体同士で殴り合ってるんですよ!」



 ウンディーネはイカタコイデオロギー対立について語ってから、一息。

 にっこり笑って。



「バカですねー! みんなはあんな大人にならないでくださいねー!」

「はーい!」



 そんな仲良く出来ない連中は放っておいて、と。

 アドリブパートを終えて、ウンディーネは台本を思い出す。



「そして! 真の水中の支配者は誰かわかるかなー?」



 子供たちが考える前に、またも湖面に水しぶきが起きる。


 剣のような背びれが波を斬り裂き縦横無尽に動き回り、そして、跳ねた。

 一瞬、湖の上を滑空した巨大魚。



「七海魔エギル! 自称真なる水中の支配者こと鮫さんです!」

「かっこいい!」

「みんな知ってるかなー? 鮫って実は空を飛べるし陸でも活動できるんですよ!」

「そうなの!?」

「竜巻で水ごと巻き上げられて空から降って来たり、陸の上を歩き回ったり、砂漠を泳いだりする鮫もいるんです!」

「すごーい!」

「だからどこにいても鮫には気をつけなきゃダメですよ! エギルは大丈夫だけど世界には怖い鮫もいるんです!」



 鮫たるエギルが書いた台本のセリフである。

 自分が嫌われるかもしれないことを恐れず鮫への注意を喚起する、そんな高潔な精神の賜物、らしい。

 鮫が空を飛んだり陸を歩いたりするのが本当なのか、はてさて。


 疑問はぶん投げて、クライマックスだ。



「さあさ、そしていよいよ登場するのは七海魔の長!」



 そして、すごく地味に。

 死んだウナギみたいにぷかーっと湖面に浮かんでくる蛇のような竜。



「海竜リバイアサン!」

「死んでるー!?」

「死んではいないんですよー? ただすっごく疲れてるんです!」

「なんでー?」

「それはですねー?」



 続いて、やっぱりぷかーっと浮いてくる巨体が二つ。

 苔のような体色、緑色の球状。

 八本足の巨大タコはスキュラ。


 青白い体色、槍の穂先のような形状。

 十本足の巨大イカはクラーケン。



「やっぱり仲が悪いスキュラとクラーケンの喧嘩を止めるために三怪獣水中大決戦してたからです!」

「苦労人だー!」

「むしろ苦労魚ですねリバイアサンー! みんなは喧嘩して偉い人を困らせる大人になっちゃダメですよー!」

「はーい!」

「元気でよろしい! それじゃ七海魔の紹介も終わったところで、浅瀬で水辺のものたちと遊びにいきますよー!」

「わーい!」



 ウンディーネに率いられ、ゾロゾロ歩いていく子供たち。

 湖面にはやたら素早く動く背びれと、喧嘩する半人半水二人と、浮かぶ三馬鹿が残される。

 そんな中、湖そのものがそーっと喋る。



「……紹介されてない気がする?」



 七海魔最後の一体、オケアノス。

 最近の悩みは湖そのものとして溶け込みすぎて存在を忘れ去られることである。





 ウンディーネと七海魔が活動を始めるとのことで視察に来たキョウジとラトリナ。

 少し離れたところで様子を見た後、キョウジが呟く。



「……大丈夫なのか、アレで」

「大丈夫ですよ、たぶん。目標達成です」



 ラトリナが想定していた、水と触れ合う湖の裏目標。

 子供たちに、水の中のものについて興味を持ってもらうこと。


 この世界の教育水準の話だ。

 まず学校や塾のような教育施設が普及していない。


 平民は畑の耕し方や山の掘り方や鉄の叩き方を知っていれば良かったのだ。

 知識を身に着けるのは貴族の嗜み、と。


 実際のところ農村などで畑を耕し一生を終える人間が大半であり、それで良いと言ってしまえばその通り。

 知識なんて身に着けたところで役に立たずに終わる――かもしれない。


 知識が将来まったく役に立たないで終わるかというと、そうとも限らないのだ。


 例えば農村で作物が不作、このままでは飢えて死んでしまうという時、魚を獲るという選択肢を持っているだけで生き残れる確立が上がる。

 食べられる魚と毒があって食べられない魚を見分ける知識があればなお良い。


 さらに、魚以外に貝や水草なんかの『食べられる水産物』について知っていれば、餓死という結末は高確率で回避できるだろう。

 そういう知識を知る者が周囲に広めれば、集落や国全体の生活がより安定する。


 あるいは、食べられないとされてきた魚の毒を持つ部位を取り除き、食用可能とする知識を研究発見する者が出てくるかもしれない。

 食べられるものが増えるという、文明の進歩だ。


 将来役に立つかわからない知識も含め、全体への教育とは大切だ。

 国全体の発展のために。



「……でも、いきなり教育施設は用意できません。まず正しい知識を教えられる学者が殆どいないのですから」

「川や池を詳しく知る者がいない、と?」

「漁師ならあるいは、と言ったところですね。でもそちらは魚を獲るという仕事がある、やはり欲しいのは知識の探求を第一とした学者さま」



 学者の卵を育てるにはどうするか?

 知識を探求するために、まずはそのものについて興味を持ってもらわねばならない。



「水辺を知る学者を育成するには、水に興味を持って貰わなければ」

「そのための、水との遊び場、か。……それにしたって間違った知識を教えすぎだぞあいつらは」

「そうなんですか?」

「少なくとも俺の元居た世界では、空から降ってきた鮫が人を襲いはしない」

「なるほど。……まあ、今は間違った知識でもいいんですよ。将来、あの子供たちのうちの誰かが学者になって、正しい答えを見つけて間違いを正してくれれば」



 そしてきっと、将来正解を見つけた学者は子供の頃にこの地で聞いた話を思い出して、こう呟くのだ。

 あの水産物どもすごいバカだったんだな、と。

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