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81:白金の虫はそれに応える。

 羽間銀四郎の邸宅。

 葬儀も終わり、和風の広間で顔を付き合わせた親族一同は遺産相続に関して言葉をぶつけあっている。


 未成年の子供には割り込む余地のない議論。

 いるだけ無駄と抜け出して、ダイブゲーム用のカチューシャみたいなコンソールを装着して、祖父に託された遺言通りにゲームの世界でその死を報告して。



「……む?」



 エンシェントからログアウトすると同時、布団の上で眠りから目覚めるようゆっくりと両目を開いたその少年、羽間キョウジは自らの手に違和感を覚えた。

 人の五本指。中学生男子の手。


 まだまだ頼りない手だ。

 多少は祖父に鍛えられたとはいえ、所詮は子供の手。


 いや、そうではないか。

 甲殻に覆われた銀色の指と比較して、だ。



「……夢だった、と」



 ラトリナという少女と出会った世界の話。

 エンシェントと似て非なる異世界で過ごした時間。


 あれがログアウトの最中、電子の挟間で見た夢と。



「……そんなわけがないだろうが」



 理由はない。なんとなくそう信じている。

 そしてあんな終わり方でゲームオーバー、そんな結末をキョウジは認めない。


 まだやることがあるのだと、即座に意識を切り替えた。

 一瞬だけ、自分を迷わせた敵の言葉を思い出す。


 自分の目的、理想、幸福。あの世界に戻ってそれがあるか。

 答えは一つだ、どうでもいい。


 目的だの理想だの幸福だの、そんな言葉はどうでもいい。


 もっと単純に生きてきた、そしてこれからもそうするだけだ。

 気に入らんヤツはぶっ潰す。


 そうやって生きてそうやって死ぬだろう。

 それでいい、くだらん悩みで意識を持ってかれた自分が恥ずかしくなってくる。


 必要以上に考えるのは止めだと、キョウジは再び布団に横になった。


 遊んでる最中は現実の肉体に意識がなくなるダイブゲーム、それを安全に遊ぶための使用上の注意だ。

 カチューシャ型のコンソール、その即頭部にあるスイッチを推す。


 電気信号が脳と繋がり、意識を仮想の世界へ送り出す準備を整えた。

 遊ぶゲーム――世界を選択。エンシェントオンライン。


 使用するプレイヤーID。

 手続きの末に譲渡された祖父のものを選び、教えられていたパスワードを入力。


 データがありません、と。


 そこにあるはずのアバターデータがなくなっていた。

 アルガントムの名を持つ銀色の虫人。金の力で大人気なく強化された、キョウジにとっては倒すべきライバルでもあったし共に戦う友人でもあったその存在。


 消去した覚えはない、一つのIDに登録できるアバターは一体までなので、祖父のIDで別のアバターを作るつもりならそうしただろうが。

 夢の中での出来事を思い出す。


 アルガントムは頭を砕かれて死んだ、と。

 忌々しい。その後にどうなったのかは知らないが、どうせろくなことにはなっていないだろう。


 ともかく、アルガントムは使えない。

 不都合といえば、不都合だったが。



「……この機会は好都合、かもしれんな」



 『アルガントム』という大人気ないライバルと決着をつける、ちょうどいい機会。

 ならば、と。


 キョウジは画面を一つ戻し、使用するプレイヤーIDを変更する。

 本来の自分のものに。


 そちらのアバターデータはちゃんと残っていた。


 キョウジの名をそのまま名前とした、白い甲殻の要所要所に金色が飾られる白と金の虫人。

 『キョウジ』の体にキョウジの意識が乗り移る。


 ログイン。

 ロード中、幻想的な光の通路が左右に流れる演出。


 やがて通路が終われば、そこにあるのはエンシェントの世界だ。

 チャット機能は切っておく、チームメンバーから挨拶などがあるかもしれないが、今は少し集中したいのだ。


 ステータス画面を開く。開け、と念じれば視界に出現する。

 記憶の中の『アルガントム』のそれと比べて、キョウジのそれはどうか。



「……低いな」



 レベルだけならアルガントムと同じ50。

 しかし課金によるステータスの底上げというシステムがあるゲームでは、レベルのみでは正しい強さを測れない。


 また、アイテムストレージ。

 『アルガントム』と比べてどうか。



「……こんなものか」



 リジェネレイト、セイヴァー、ドレッドノート、あとは捨てたり売ったりするのが面倒で放置してあった有象無象のゴミアイテム。


 補助魔法三種は揃えてある。

 最低限だが合格だ。


 ただMPが少ない。

 五十万程度。


 冷静に考えるとクソジジイ様の大人気なさがよくわかる。

 ガチャのアイテムにしろ、あの0にするのに苦労するようなMPにしろ、いくら突っ込んだのか。


 子供には真似をするのが難しい。

 だが、強くなるための方法をキョウジは知っている。


 それを使って、アレを越えなければならないのだ。


 一つ、画面を開く。課金アイテムのショップ。

 ゲーム内から直接銀行口座に繋いで課金できるのがエンシェントの良いところというか、悪いところというか、金をむしる気満々だ。


 まあ構わない、文句を言うのも今更だ。


 預金残高を見る。

 そこにあるのは、普通の中学生が手にできるような金額ではない。


 そんな子供に扱いきれないはずの金を、キョウジは躊躇なく消費していく。

 必要経費だ。

 ステータスの極限までの底上げと、MP購入に。


 自分は再びあの世界に戻り、敵に奪われたアルガントムを倒さなくてはならない。

 ラトリナに言ったのだ、あの場は退くだけ、と。


 あの世界で死んだら問答無用それで終わり、そんな現実があったら最悪だった。

 しかし、そうはなっていない。


 『アルガントム』のキャラデータは吹っ飛んでいたが、それだけだ。

 まだ終わっていない。


 こんな敗北感を燻らせたまま終わりにしてなるものか。


 迷いない操作で大金をアバターの体につぎ込んでいく。

 もしもあの世界が夢だったならば――というか普通の人間ならば夢だと自分を納得させるのだろうが――これらは無意味に消費された無駄金となるだろう。


 ゲームにここまでの金額をつぎ込むのは馬鹿を通り越し狂っているとすら。

 だがキョウジは、あれは夢ではないと狂気の領域で信じ込んでいる。


 ならば躊躇う必要なし。

 エンシェントからあの世界に召喚された者は、アバターの力がそのまま自らの力となるのだ。


 廃課金アバターが強いのはたとえ異世界でも変わらないということをキョウジは知っている。

 注ぎこむ金はそのまま強さだ。


 あとはあの世界にどう戻るかという課題があるが、それは向こうに任せるしかない。

 ラトリナならばどうにかする。


 してくれねば困る。

 そのくらいの諦めの悪さを持ち合わせていてもらいたい。


 白金の虫人は、仮想の空を見上げて呟く。



「負けて終わるなんて気に入らないだろう、君も」



 次の瞬間、いつか見た暗闇に視界を塗りつぶされて。

 その先にある光は、出口だ。





 白金のインセクタ。

 雑な魔法陣の中央に立つ存在。


 神聖というより、生物としては不気味さを感じさせるような無垢の色。

 それが召喚された者の姿。


 ラトリナは、自らを道具として使用した反動で肉体は血塗れ、体中が焼かれるような激痛に苛まれている。

 そんなものをどうでもいいと意識の外に放り捨て、彼女は目の前の存在に問いかけた。



「彼、なのですね?」



 白金のインセクタは、その問いかけに頷いた。



「ああ、アルガントムという体を使っていた人間だ。――体の名で名乗ると、俺の本名がバレるから、小恥ずかしいんだがな」

「ふふ、命令です。聞かせてください、あなたの本当の名」



 ふむ、と。

 かつてアルガントムがそうしていたように頬をつつき、少しだけ黙り込んでから。



「キョウジ。強、狂、教、凶、あらゆる意味をあわせて『キョウ』の字で、キョウジ」



 それはアバターの体の名であり、同時に自身の名でもある。



「羽間キョウジ。それが、君に仕えていた『アルガントム』の本来の名だ」

「ハザマ、キョウジ。キョウジ。ふふ、覚えました、キョウジ」



 ラトリナの微笑みから、キョウジは目を逸らす。



「やはり小恥ずかしいな、本来の名で呼ばれるのは」



 気分的な問題だ。

 ともかくと、白金の虫人は周辺状況を確認する。



「冒険者ギルド、夜、ルーフ村か。……俺が『アルガントム』を奪われてからどのくらい経過した?」

「まだ、あの日の夜です」

「24時間と経ってないか。……俺がこっちで過ごした数ヶ月も向こうの世界では一瞬だったようだし、時間の流れはめちゃくちゃだな、異世界ってヤツは」



 まあ召喚されたのが『アルガントム』が倒された後の時間でなくてよかったと、キョウジは苦笑した。



「さて、倒しに行くか、『アルガントム』を。そのために戻ることを望んだんだ」

「聞く必要はないのでしょうが、一応は聞きます。キョウジ、あなたに最強を倒せる勝算は?」



 キョウジは何をわかりきったことをと、己の体を親指で示す。



「勝ちの目しか見えていない」

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