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80:幸運な姫は彼に命じる。

 ラトリナは影で動いていた。


 避難誘導はリザイアたちが行っている。

 戦いは、それをできる人々が。


 この状況において、自分に出来ることは、そう考えて辿りついた答え。



「……火事場泥棒、とは。情けない話ですが」



 ラトリナはあちこちを回って、金貨や銀貨、宝石をかき集めていた。

 その行為を一言で表現すると、火事場泥棒、そうなるだろう。


 構わない、汚名の一つや二つ。

 彼女は自分の部屋から一冊の本も持ち出しつつ、こそこそと、影から影へと隠れて移動する。


 誰かに見つかると面倒だ、説明している時間が勿体無い。

 アルガントムという己の剣――敵となった最大脅威は着実に世界を破壊し始めている。


 誰かの命が失われる前に、慌てず、けれど迅速に。


 目指す先は、冒険者ギルド。

 ラトリナが辿りついた時、すでにその建物はもぬけの殻だった。


 人はいなくても問題ない、むしろ集中するためには他者の期待の眼差しなどがない方がやりやすいというもの。


 ここを目指した理由は二つ、一つはまだ金銀が残されていそうだったから。

 そしてもう一つ、何かを描くための道具が転がっているはず。


 前者も後者も予想通り。


 前者、持ち出しきれなかったらしい冒険者たちの金貨銀貨。

 後者、筆やペン、墨。ついでに酒場の奥にあったソースの類も絵の具の変わりにできるだろう。


 これで足りるか。

 足りるはず。



「そうでなければ私と彼が困る」



 ラトリナは、今のこの世界にアルガントムを止められる存在はいないと確信している。

 最強だと信じていた相手だ、その力は絶対であるはずだ。


 ならば、最強の敵を倒すためには、ちょっとした力と奇跡が必要となる。

 論理的な説明もそれっぽい理屈も確実な勝算もない、空に手を伸ばして星を掴むような奇跡が。



「――奇跡の一つや二つ、必然として起こしてみせましょう」



 誰に言うでもなく、自分を鼓舞するために呟いた。

 本を開く。トランベイン王城の蔵書、召喚の秘術を記した古い書物。


 ありがたいことに、馬鹿にでもわかるように書かれている。

 どういう仕組みでそれが起きるかは伏せられ、ただ行うのに必要なものとそれに関する少々の説明。


 これの通りに儀式が行われ、召喚の秘術が発動し、アルガントムはこの世界にやって来た。

 ラトリナはその事象をなぞるだけだ。


 まず準備するのは召喚した対象の出現場所を決める下図、つまり規定の魔法陣。

 円の中に複数の図形を描き、それらしく。


 筆とインクとソースで、図面通りに。


 少し歪ではあるが、どうにか床の上にそれを書き終えた。

 傍からはわけのわからない落書きに見えるだろう。


 歪な陣でもどうにかなるかなんてわからない、世界の法則や魔法の知識なんてものはろくに持ち合わせていない。

 それでも、どうにかなってもらわねば困る。都合が悪い。


 不器用な自分でも練習なしでそれっぽく描けたのがすでにある種の奇跡であると、ラトリナは額の汗を拭いつつ、次、と。


 用意するのは魔法の使用者と、道具。

 後者は遥か彼方、異世界を観測するための目を持った人間のこと。


 つまりはここにいる。

 全身に刻まれた紋様により体の機能を狂わされて、特別な目を得たラトリナ・トランベインという人間が。


 魔法を使うもの、これはトランベインの血を持つ者ならば誰でもいいらしい。 

 ならば資格はあるはずだ。


 自らを道具として、自らこの魔法を使用する。

 さてできるか、魔法の知識なんてろくに持っていない女が、儀式の場なんてものも用意せず、酒場の片隅で召喚の秘術を行使するのだ。


 できるはずだ、可能なはずだ。

 不可能だなんて『常識』は捨て、虫のエサにでもしてしまえ。


 目を瞑り、暗闇から意識を外へと広げていく。


 大地の彼方、空の果て、星の向こう、どこまでも遠く。

 酒場の内部、目の前の魔法陣、自らの隣り、限りなく近しい位置。


 目が痛い、だが止めはしない。

 そうして少しずつ見えてきた。


 もやがかかった風景、異世界の光景。

 無数の人型――アバターとやらが行き交う街。


 観測した、だが召喚する対象、その目標は定まらないし選べない。

 選ぶ必要などない、手を伸ばせば向こうから握り返してくれるだろう。


 頭痛に耐え、血の涙を流しつつ、ここまでは上手くいっている、と。

 ラトリナは笑いながら周囲を手探り、そこにあるモノを拾い集める。


 自分を囲むようばらまいておいた金銀宝石。

 魔力を得るための供物だ。


 きっと誰かが大切にしていたものであろう。


 その価値を知るがゆえに、ごめんなさいと口ずさみ、ラトリナは金貨や銀貨を魔力へと変えていく。

 赤や緑、様々な色の宝石を握り、それも魔力へ。


 金額にすると屋敷が買えるような金の力が、体内に魔の力として満ちていく。


 準備は出来た、召喚の秘術を行う準備。

 ここから先、必要な奇跡は二つだ。



「魔力の消費は莫大、この地にもう供物はない、ゆえに一発勝負。召喚の秘術を練習もなしのはじめてで成功させるという、奇跡」



 そしてもう一つ。



「まだアルガントムが――その体の中にいた彼が生きていて、異世界で敵を倒す準備を整え私を待っていてくれて、そんな彼を召喚一発で引き寄せるという、……ふふ、奇跡どころか夢物語」



 金の力でも、武の力でもない、もっとどうにもならない、あるかどうかもわからない力。

 人はそれを運という。


 そして自分は運が良い。


 ラトリナは、ありもしない力を自分が持っていると狂気の領域で信じていた。



「あの日、運良くあなたと出会えた。あなたと旅をして、運良く素敵な村にたどり着いて、運良く迫る脅威を全て跳ね返して――きっと私は持っている。素敵に奇跡を起こせる幸運を、私は絶対持っている」



 ラトリナの全身、黒の刺青が薄く紫の光を放った。

 あふれ出す魔力の光。


 幸運を持つと信じる姫は、その力を呼び声へと変えて。



「命令です! 私の元に戻ってきなさい! 負けてはいないと証明するためにッ!」



 秘術が発動し、黒の輝きが世界を包む。

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