08:どうにもこの身は目立つらしい。
エンシェントの魔法の使い方。
必要なものは巻物や杖、護符といったアイテムと、それに投入するMP、つまりは金貨だ。
例えば火属性に弱い相手に攻撃魔法を使いたいなら『ファイヤボールの巻物』を用意し、発動に必要なMP分の金貨を絵の部分に流し込むようにして投入。
視覚で目標を設定して発動を念じれば、火の玉がエネミーに襲い掛かる。
細かく言えば常人種・魔人種・亜人種の三つに分けられたプレイヤーアバターの種族ごとの先天性・後天性のスキル、あるいは装備についた効果によって威力の増加や消費MPの減少、同時攻撃数の増加等々、色々とあるのだが。
さて、ともかくエンシェントにおけるそんな魔法の発動の仕方は異世界でも変わらないようだった。
アイテムストレージから、傍から見れば空間から湧いて出てくるかのようにして取り出されたのはアルガントムの持つ魔法発動用のアイテムの一つ。
見た目は短い杖だ。
折り畳み傘のようにぽんと片手に収まるサイズ。
白と金の装飾が神聖な雰囲気を漂わせる。
その杖の先端、輪っかになっている部分にアルガントムがもう片方の手から砂を流し込むように投入しているのは金貨。
発動に必要なMP分が投入されると、アルガントムが目標を設定せずともソレは発動する。
光の壁が杖を中心に周囲へと広がっていく。
アルガントムは元より、ラトリナやゼタを、周囲の木々を飲み込んで、ドーム上の輝く領域へ。
遠くからは巨大な宝石にも見えるだろう。
宝石は時間と共に薄れ、消えていく。
キラキラと粒子が天に昇っていく光景は幻想的ですらある。
その魔法の効果範囲内で、その力を受けたラトリナは。
「……う、く」
呻き声と共に起き上がった。
しばし頭を抑えて、それからはっと、驚いたような顔をしてアルガントムの方を見て。
「し、死ぬかと思いました!」
「マジでいきなり死なれたら俺はどうすればよかったんだ? コレがあったからよかったが」
その杖の名を、リジェネレイトの杖という。
発動する魔法の効果は範囲内の味方の耐久力や状態異常の全回復。
死亡したら即リスポン地点に戻されるという仕様上、蘇生魔法は存在しないエンシェントにおいては最強の回復魔法を発動できるアイテムである。
ちなみにガチャのアタリではなく課金で購入可能。千円だ。
範囲内の味方の攻撃上昇効果を持つセイヴァーの巻物、同じく防御上昇効果のドレッドノートの護符と合わせて三千円で用意できる最強の補助型魔法使い向けアイテム三種の神器である。
三千円あったらそこそこうまいメシが食えるのではないだろうかとアルガントムはいつも思う。
そして最強の回復アイテムは毒キノコの毒くらい当然のようにかき消してくれるらしい。
もしもこれが効かなかったらお手上げだったアルガントムは、ため息と共にアイテムストレージにリジェネレイトの杖を戻す。
「ラトリナ、とりあえず多少は慎重に行動しろ。な?」
言われた側は反省の色と共に俯いた。
「……そうですね。外に出て、少々気分が高揚しすぎていたようです」
王城の外に初めて出たのだ。
その目に映る全てが新鮮なのだろう。全てが興味の対象なのだろう。
だからこそ警告しておかねばならない。
「とりあえず正体不明のものを口に入れるんじゃあない」
「はい。おっしゃるとおりで。心に刻んでおきます。はい」
「よし。……しかし現実問題、君の食事をどうするか」
食事のことを考えて、ふとアルガントムは思い出す。
視線はことのなりゆきをぼーっと見守っていたゼタへと。
「ゼタ、君は食事は必要なのか?」
「不要です。大気中に含まれる魔力で活動可能、大規模な損傷を受けない限りは特別な措置も必要ありません」
そちらは心配しなくていいらしい。
ちなみにエンシェントの法則が適用されているなら、ゼタ・アウルムを召喚者が自分から消す方法はない。
耐久力がなくならない限りはずっとくっついてくる。
だいたいは高難易度ダンジョンのインフレしたエネミー火力ですぐ倒されるのだが、それでも一部のプレイヤーが運営にペットを送還するシステムの実装を希望していたのを思い出す。
「……さすがにゼタ、ナイン、オメガのアウルムシリーズ三体が揃うとなかなか倒れなかったからな」
まあ、一回の召喚に五十万MPが必要なものを無理に帰還させる必要もないだろう、と。
食料の心配もする必要がないならばとそう結論して、アルガントムはラトリナをどう食べさせていくかという思案に戻る。
金ならばある。エンシェントのMP、異世界の金貨。
ただ、単なる通貨として使うには勿体無い価値がある。
可能ならこの世界の金を得て、この世界の経済に合わせて食料を調達したい。
「ラトリナ、仕事のアテはあるか?」
世界を知らぬという彼女に聞いても無意味か、そう思ったが、答えは意外なものだった。
「はい。ありますよ」
「……本当か?」
「私の知識が正しければ、ですが」
心の中でアテにならなさそうと考えつつも、一応は聞いてみる。
「冒険者ギルド、というものがあるそうです。元は流浪の旅人がお互いの情報交換や仕事の依頼の共有などのために組織したモノらしいですが、いまは国家の介入で少々性質が変わったと」
確か、とラトリナは額に指を当て、知識を探る。
「主君を失った兵士や、生活に困った農民が、アテもなく野盗になったりしないよう、仕事を紹介する場になっている、とか」
「仕事の内容は?」
「農業の手伝い、荷物の運搬、魔物退治、戦争への参加、色々とあるそうです。とりあえず所属して仕事をこなしておけば、最低限生活できる程度のものは手に入ると」
荷物運びや魔物の退治。
アルガントムはお使いクエストという言葉を思い浮かべる。
戦争への参加というのはどうにも不安要素ではあるが。
「どうすれば所属できる?」
「ギルドの支部で登録すれば誰でもなれるそうです。私たちが目指すルーフ村にもあったはず」
アルガントムは、ふむ、と頬を指先で突っつきながら考える。
組織の後ろ盾、そういうものがあるのは心強い。
ふらふらと根無し草の生活を自分とゼタとラトリナの三人で続けられるか。
答えは否であり、それならば。
「ラトリナ、その冒険者ギルドとやらに所属するべきだと思う。異論はあるか?」
「いえ、私もそれが最善だと思います。ただ問題は……一つ、銀色のインセクタが国王殺しの犯人、その情報が流れたら、一応は王国に属するギルドはそれに該当するあなたをどうするかわからない、ということ」
「やはりマズイか?」
「ええ、さすがに悪名高い犯罪者は受け入れてもらえるか。そして同じ理由でゼタさんも目立ちすぎますね」
ラトリナの視線はゼタへと移る。
当人は何の話かと首を傾げていた。
「国王殺しの犯人は六本羽の天使を連れている、その情報もついてくるはずです。私の知識では六本羽の天使という存在は世界に数多く存在するものではないはず、ですから……そうですね、とりあえず外見からどうにか誤魔化さないとならないでしょう」
「ふむ……」
と、おずおずと言った風にゼタが手を上げ発言許可を求める。
「あの……」
「どうした、ゼタ?」
「羽ならば、格納できますが」
言うと共に、ゼタが背を丸めた。
次の瞬間、そこから生える六本羽がズズズ、と背中に飲み込まれるようにして体内に収まっていく。
しばらくすれば後も残さず、そこにあるのは露出の多い装備から除くたたの女の白い背中だ。
エンシェントでは見られなかった能力に、アルガントムはわずかに驚く。
「出し入れは自在なのか」
「はい。この状態では飛行や『レイストーム』の使用は不可能となりますが」
ゼタ・アウルムの強さを支える技と飛行の封印。
引き換えに外見は、だいぶ浮世離れしているがただの少女と言えるだけのものとなる。
六本羽の天使、という犯罪者の姿を隠すことは可能ということだ。
「と、なると問題は俺か」
銀色のインセクタ。虫人。
「この姿はどのくらい目立つ?」
「まずインセクタ自体がトランベインにはあまりいないそうですからその時点で。さらに虫人の外見は基本的に黒や緑になるそうですから」
「銀色、というのはどうしようもなく目立つのか」
この世界の常識からして珍しい存在。
それがアルガントムの外見らしい。
これではギルドとやらに所属するのも難しいのでは。
いっそゼタとラトリナに任せて自分は森の中にでも潜むべきか、そういう方法すら考えたが。
「一応、考えはあります」
そこそこに自身はありそうなラトリナの言葉。
「……大丈夫だろうな?」
「私の口がどの程度に嘘がうまいか、それによりけりですが。まあ失敗したらその時に考えましょう。――さて、まず用意すべきものですが」