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79:絶望なんて持続しない。

 少し状況がマシになった。

 敵の三大天使を味方の三大天使が引き受けてくれたから、スカラはアルガントムに集中できる。


 一方、アルガントムは夜の中、苛立たしげに夜闇そのもののような顔面左の黒の泥ぐちゃぐちゃとかき回す。



「ああ、クソ、ゴミの作ったものもゴミか、ろくに働けもしないのか、使えない使えない使えない」



 その姿を見て、スカラはくすりと。



「形勢逆転? 悔しいかしら? あっはっはっは、ざまあみろクソッタレっ!」


 

 嘲笑する、馬鹿にする。

 だがアルガントムは聞いている様子もなく、ただ地団駄を踏み、自分の顔の銀色を卵の殻を剥ぐ様にガリガリとかきむしって。



「なんだ、力はあるのに何が足りない、なにがいけない、なにが」



 ふと、その動きが止まった。



「……そうか、俺がこの場で足止めされているのが悪いのか」

「ようやく気づいてくれやがったのお馬鹿さん?」



 敵と視線を交え、スカラは呆れたとため息を吐く。



「そうよ私がいる限り、お前はどこにも行けはしない、何の魔法も使わせない、無駄に時間を費やすだけ」



 くすくすと、傷の痛みを堪えつつ、いつもの調子で笑ってやる。

 くるくると斧を片手で回し、その刃をアルガントムへと向けて。



「わかったなら遊んでよクソ野郎?」



 挑発に乗ったわけではない。

 ただ邪魔だから排除する、そんな理由でアルガントムは目の前の女と対峙する。



「醜悪な上に邪魔なんて、なんて害悪なゴミなんだ」



 そいつが気だるそうに呟くと同時、その姿はスカラの視界から消えうせた。



「早ッ!?」



 スカラは以前のアルガントムとの交戦を覚えている。

 敵はあの時の彼の覚醒状態並みの速度で動いており。



「本当なら触りたくもないんだ、自分は」

「がっ!?」



 加速の勢いを乗せて背後から放たれたハイキックが、スカラの首を刈り取るように彼女の頭に打撃を与えた。

 頭部に体を引っ張られるようにして、スカラの小柄が地面すれすれを吹っ飛ぶ。


 頭から地面に落ちて、勢いのまま二度三度と跳ねて、地面の上を転がってようやく止まった。

 痛い、なんて言っている暇はない。


 スカラの頭を踏み潰そうと、振り下ろされようとする銀色の足。

 視認すると同時、跳ね起きてそれを回避して、跳躍により距離を取る。


 休む暇を与えてくれない、敵はすぐに迫り来て、拳を振りかぶっていた。

 スカラは激痛の中、心の中でくすくす笑う。



(あ、っはっは、ヤバっ。クソ強い。このままじゃダメだわ)



 今のアルガントムは、以前の彼の覚醒状態並みに肉体性能を強化されているらしい。

 理由は知らない、そういうものなのだ、きっと。


 ならばと、痛みを意思で押さえ込み、回避に専念しつつ。



「……なら、奥の手しかないわよね」



 その手に握られていたのは、赤い液体で満たされた試験管。

 覚醒鮮血ハイパーブラッド。


 命がけで格上すら超える力を引き出せる切り札。

 前回、アルガントムと戦った時にも使用した。


 ただし今回は前回とは違う。

 勝負なんて生易しいものではなく、本気の殺し合い。


 ゆえに、生き残れる気がしない、というか死ぬだろう。

 構うものか。


 現実で負けて、ゲームの世界でようやく気に入らないヤツを足蹴に出来る強さを手にしたのに、結局また負け犬なんて。



「そんなの死ぬより気に入らないわッ!」



 隙を見て、魔力を投じ、噛み砕く。

 覚醒の力がスカラの体を変質させた。


 刺々しく開いた甲殻、赤い輝き、四つの目。

 覚醒状態。


 敵の姿を睨みつけ、スカラは咆哮と共に飛び掛る。



「こっチが死ぬ前にぶっ殺すゥうウッ!」



 急激な変質とそれによる肉体強化。

 それに対応しきれずに、アルガントムは彼女の拳を真正面から顔面に受けた。



「がっ」



 そのまま吹っ飛んで衝撃を殺す、なんて真似はさせない。

 銀色と黒が混じったアルガントムの首を凶暴に尖った手で掴むと、そのままスカラは空いてる側の手で拳を作り、さらに顔に一発。


 反撃が来る前に、自分よりも巨大な相手を力ずくで地面に叩きつける。

 立ち上がらせはしない、逃がしもしない。


 胴体に馬乗りになり、両の手を大きく左右に開く。

 鋭く尖った片手五本、両手で十本の黒の凶器。


 それで銀色の胴体を思いきり抉った。



「どの程度までヤれば死ぬかハ知らないけドさァ! とにかく死ぬほどダメージ受けりゃあ死ぬでしょウッ!」



 スカラは、純粋な破壊に勝ちの目を見出している。


 甲殻が剥がれた、中身が見えた、心臓があったので潰した、背骨には拳を叩き付ける、顔面は原型がなくなるまで殴打。

 絶対に殺すという意思を持って、哄笑を響かせながら攻撃し続ける。


 傍から見ればまさしく惨劇だ、目を覆いたくなるような残酷だ。

 本来ならば強者を踏み潰す楽しい楽しい時間となっていたはず。


 だが、アルガントムは死んでいない。



「ぐっ、がっ」



 どれだけズタボロにされても申し訳程度の悲鳴を流し続けるし、また破壊した体の部位は黒い泥で補完されていく。

 潰しても潰しても湧いてくる、殺しても殺しても死なない。


 そんな敵の能力を前にすると、さすがにスカラも笑う余裕がなくなってきた。

 限界が近い、体が悲鳴を上げている。



(っく、っそ。自己回復、なんてアリ。こちとらジリ貧だってのに)



 相手は回復し続けて、こちらは疲弊し続ける。

 相手の回復力を上回れない限り、自分が力尽きて終わるだけの負け戦だ。


 絶対の力の差を前に、体が揺らぐ、意識が遠のく。

 それでも攻撃の手は休めない。止まってしまったら先がない。


 どうにかと力を込めて、拳を握って叩きつける。

 ずぶりと、その手の先が黒の泥に飲まれた。



「……あ、れ」



 抜けない。引き抜けない。

 敵の捕縛から抜け出すための力が入らない。


 もはや肉体のほとんどが泥と化したアルガントムは、スカラの手首を体に刺したまま、ゆっくりと立ち上がった。

 ぶら下がる女の手首に、手刀を振り下ろす。


 切断。


 痛いとは感じたが、スカラに悲鳴を上げるだけの力は残っていない。

 その体が地に落ちる前、アルガントムは彼女の頭を鷲づかむ。


 力なく垂れ下がる少女の体を見て。



「弱い、醜い、汚い、反吐が出る。やはり気に入らん」



 ゴミを投げ捨てるようにして、彼女をぽいと放り投げた。

 勝利ではない、処理。


 当然だ、この体は最強だ。この世界で負けはない。

 そして、体の傷もいずれ治る。


 リジェネレイトなる魔法もあるらしいが、時間をかければ治るものにわざわざ使う必要もないだろう。

 邪魔だったゴミを片付けて、ようやく理想に近づけるとアルガントムは世界を見て。



「同感だ、弱い醜い汚い反吐が出る気に入らん」



 声。

 アルガントムと同様の、虫人の声。

 振り返れば、そのセリフを発した存在が、傷ついたスカラに青い液体を飲ませ、またリジェネレイトの魔法を発動させて彼女の傷を治していた。


 白い甲殻、ところどころを金色で飾られた、白金のインセクタ。

 彼は自らのセリフに、大事な一言を付け足すのだ。



「……スカラではなく、お前のことだがな。現アルガントム」

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