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78:優勢。

 ルーフ村の上空を舞う飛竜。

 ジズの名を持つそれは、かつてこの地の上空で人々を手伝ったそれとは別の個体。


 リザイアは天を見上げ、それと視線を合わせてしまう。


 敵意すらない、ただあるのはリザイアたちを殺そうという目的だけ。

 また壁の外からは巨獣が迫っていたし、同時に津波も押し寄せる。


 その脅威を防ぐ力がこの場にあるか。

 否。


 それらが到達する前に、リザイアは、彼女の守るべき人々は、上空を舞う飛竜にあっさりと潰されるだろう。



「……それでも!」



 守るのだ、と。

 彼我の戦力差が絶望的であろうと、果たさねばならない責務がある。


 リザイアは揺らめく刀身の剣を抜き、構えた。

 震える足には気合を入れる。


 だが圧倒的力の前にはそんな勇気など無意味で無力。

 彼女含めた無数の命を叩き潰そうと、巨体は怯みもせずに大地を踏みつけようとした。


 その、直前。



「空に私は二匹も要らぬ!」



 その降下を阻み、横から突撃して自分と同じ姿の相手を吹っ飛ばした存在。

 言葉を喋り、意思を持ち、リザイアたちと共に暮らした、七十二の守護の側の飛竜。


 敵とも同じ名を持つ彼の名を、リザイアは呼ぶ。



「ジズさん!」



 人を踏まぬよう注意して大地に降り立つ飛竜。

 彼がこの土壇場において加勢に来たその理由。



「まあ、念のためにな。敵に我らを操る術がないのを確認するまで動かぬつもりだったのだが」



 ルーフ村の家屋のいくつかを薙ぎ倒しながら大地を転がり、壁に激突して停止した自分と同じ姿の相手。

 ジズはそれを睨みつけ、一方でリザイアに言う。



「我らを操らず、我らと同じものを呼び出した、ということは――つまり敵は我らを不要と判断したわけだ。操られる心配もないであろうし」



 何よりも、と。

 ジズが口にしたのは主の口癖。



「我らが主の体で好き勝手する輩も、我と同じ姿の馬鹿も、気に入らんのでな。ゆえにこの場は任せろ、敵の我らは我らが殺す」



 言葉を残して、ジズはもう一人の自分に突撃していく。

 二匹の竜は互いに噛み付き、引っかき、血を流しながらも空を舞う。


 他の場所でも同様、強大な存在が自分自身と戦う光景が繰り広げられていた。


 巨獣と殴りあう巨獣。

 海魔と争う海魔。


 同じ存在同士で殴りあう、鏡の戦い。

 ただ一つ、片方の陣営の者たちは、敵対者に対して明確な敵意を示していた。


 こいつらは気に入らない、と。


 大地が大きく揺れる。

 その振動で地面に倒れた老人に冒険者たちが肩を貸して避難を進める一方、リザイアが北を見れば岩の巨人が立っている。


 かつてリザイアが掌に乗せてもらったヒュージバトルゴーレム。

 それを上半身とした岩巨人であり、下半身にもう一体の岩巨人。


 そして右腕には赤い砲を、左腕には青い刃を、両足には黄色の靴を、背中には緑の翼の形に変形した小さなゴーレムたち四体を付随させる。


 アルティメットヒュージバトルゴーレム、かつてアルガントムに聞いた名前を思い出す。

 敵陣営にそれが現れたということは。



「合体、完了。お、オオッ!」



 ズン、と。

 地を揺らし樹海から立ち上がるもう一体のアルティメットヒュージバトルゴーレム。


 敵にそいつがいるということは、味方にもいるということなのだ。

 二体の超巨人は自らと同じ相手に向けて走り出すと、右腕からは炎の弾を連射して牽制、左腕の刃を殴るようにして互いに突き刺し、片方が転倒すれば振動する足で踏みつけようとして、翼が発する風で地面を滑り回避して、と。


 超巨体同士の激突に揺れる大地。

 さすがにリザイアもふらつく状況、転倒する人々も多い。


 このままでは怪我人が増える。



「急がないと……!」



 仲間たちが、自らの鏡と戦ってくれている間に。

 時間は無駄に出来ない、リザイアは人々の列の中に動けなくなっているものはいないかとそちらを注視した。


 ゆえに、背後から近づく透明な敵の気配に気づかなかった。

 殺意の刃がリザイアの首筋を切り裂こうとした直前。


 キン、と甲高い音が響き、そこで初めてリザイアは振り返る。

 食器をぶつけて鍔迫りあう二人の亡霊メイド。



「ご縁があったので、再びお仕えすることにしました。よろしくおねがいします、リザイア様」

「シルキーさん!」



 前日に別れてからまだ一日と経っていない再開。

 それでもリザイアは彼女と再び会えたことがたまらなく嬉しい。


 シルキーはリザイアと一瞬だけ目を合わせ。



「私の相手は私にお任せください」



 確かな感情を宿す瞳。


 勝てるのか、なんて無粋な問いかけは必要ない。

 自分と同じ力を持つ相手。


 格上ではなく同格ならば、勝つのはこちらに決まっている。


 シルキーにとっては自分の主こそが最高、勝利を捧げるのは当然。

 他の主に仕える自分になど負けるわけがない。



「そして、主のほどよく苦悩する姿に喜びを見出せないような出来損ないメイドに負けるメイドでは――」



 なんだか歪んだ趣味を口にしつつ。



「ございませんッ!」



 シルキーは両手に出現させたフォークとナイフを数本纏めて投げつけた。


 相手も同様にして迎撃、刃同士がぶつかり合う。

 その時点で敵のシルキーもリザイアより先に排除すべき脅威があると認めたらしく、彼女たちは自分との交戦を開始する。


 まあ、メイドの趣味に関しては後で話し合うとして。



「そちらはお任せします! シルキーさん!」



 リザイアは転倒する人々に手を差し伸べ、避難誘導を直接的に手伝い始めた。

 領主たる者には、人々の命を守る役目がある。





 壁の外や上空で戦う大型は、それぞれ同じ姿の相手と殴り合っている。


 多数の蛇が絡み合い噛み付き合う、地を駆ける竜は突撃して頭をぶつけあい、そのまま力比べ。

 二つの水が渦を巻く中で、海魔たちは同じ姿の敵を相手取る。


 そんな神話の世界の出来事のような激突の一方で、町に侵入した小型の敵。

 五魔剣は五魔剣同士、十二死徒は十二死徒同士、十霊獣は十霊獣同士、と。


 基本的にはミラーマッチを行う彼らだが、形成は片方が優勢だ。

 例えば、デュラハン。



「自分の顔を鏡で見たことはありませんが……なんだかお前の顔はいけ好かない!」



 同じ首なし騎士に剣を振るう。

 無言のまま、盾で受け止める相手。


 その隙を狙って。



「ふんっ!」



 グリムが敵側のデュラハンの脚部に剣を振り下ろす。

 刃は通らぬが、首なし騎士は微かにバランスを崩した。



「頂いた隙は逃さない!」



 その体勢が崩れた一瞬に、デュラハンは剣をもう一人の自分の鎧の隙間に突き刺す。

 もがく自分を盾で殴って地面に転がし、その上さらに剣で地面に縫いつけた。


 動きが止まった敵側のデュラハン。



「燃えて!」

「凍って!」

「砕けて!」

「刻まれて!」

「この世から失せるがよいでござる!」



 そこに、五本の魔剣が突き刺さる。

 それぞれが口にした事象通りに敵の首なし騎士の肉体は破壊され、命を失い光となって夜空に消えていく。


 一方、敵にトドメをさしたことで発生する五魔剣の隙。



「させないよっと!」



 そこを狙う敵の五魔剣を、アイアネラの棍をはじめ、冒険者や衛兵たちの持つ柄の長い武器が打つ。


 刃は砕けないが、刀身を揺らされて鈍る切っ先。

 その間に味方の五魔剣が態勢を整えると、もう一振りの自分たちとぶつかり合う。


 同種の金属同士の激突ではいずれ互いに割れるのでは、そう思わせるが。



「レッド!」「ブルー!」「グリーン!」「ピンク!」「イエロー!」「ホワイト!」「ブラック!」「パープル!」「ゴールド!」「シルバー!」「グレー!」



 それぞれの色を音にして発しつつ、敵の魔剣に飛び掛る十一のスライムたち。

 五本の刃を取り込むと、その酸性で溶かしきる。


 一つの勝利と同時にそれぞれは変な形状で並び。



「粘液戦隊! スライムイレブン!」



 自分たちの色という個性をそういう方向で活かすことに決めた彼ら。

 敵にもその十一色がいる。


 敵の粘液塊が人々に襲い掛かろうとすれば、前に出るのは十二死徒の一人、ユキ。



「せいッ!」



 一喝、飛ばした気合が冷気となって不定形を凍らせた。

 


「はァッ!」



 それと同時、ユキは掌を真下からぶつけ衝撃を与え、一体の敵を粉々に砕く。

 さらに、デスの鎌が切り裂く、ベルの飛び蹴りが炸裂、フランの鈍い動作ながら威力のある拳が粉砕、と。


 粉微塵になった敵の破片は、テングが暴風を巻き起こし、遥か彼方へと吹き飛ばす。



「再生されると困るからねぇ、めんどうだねぇ」



 敵のゲンブの甲羅を棍棒で叩き割るオーガ、相手のヘラクレスを顎で切り裂くアンタイオス、逆に相手のアンタイオスを角で貫くヘラクレス。

 それぞれがそれぞれに、冒険者や衛兵たちと協力し、相性のいい相手を倒していく。


 例え相手が自分たちと同じものでも、こちらには人々や仲間との縁、そして何より相手を倒そうという明確な敵意がある。

 負けるはずがない。感情において勝っているのだ。


 そして勝利を前提に、よりすばやく物事を片付けようと、壁の外で動いていた一つの金属塊。

 本来は鉱山などで鉱石を運ぶトロッコのための線路、それを改良したモノの上を動く黒き機械。


 鍛冶師が操作し、魔法使いの魔法と石炭の火の熱を動力として動かすそれを汽車という。

 そこに連結された車両の上、堂々そびえる巨大な筒は列車砲。


 冬の間のわずかな時間、新技術開発の過程で出来上がっていた新たな移動手段の試作品。

 それと追加の副産物。


 その隣りを歩行し、ホムンクルスはちょっと調子に乗りすぎて変なものを作ったと反省する。

 多くの人々に素早く移動できる手段を提供しようと機械を試作したところまではいい。


 ついでに兵器まで作ってしまった。

 今はまだ使用に魔法の力を借りねばならないが、完成すれば子供でも説明書を読めば扱える殺戮兵器となりかねないもの。


 さて、それは失敗か。



「……この場においては有用であるし」



 構わないと、ホムンクルスは結論した。


 道具なんて扱うもの次第だ、自分が管理できる間は正しいと思ったことにしか使わせない。

 自分がいなくなった未来の時代がどうなるかは知ったことではない。


 だからこの場に、正しい力として兵器を引っ張り出してきたのだ。

 ホムンクルスは迷いを放り捨てて、操作を手伝う者たちに指示を送る。



「狙いそのまま、敵は前方、アルティメットヒュージバトルゴーレム」



 交戦する超巨人の敵サイドが、射線上に入るのを待って。



「放て」



 ホムンクルスが人と作った技術の結晶、その砲身が火を噴いた。

 今は量が足りない火薬の代わりに魔法も使って射出された鉄の砲弾、それは敵の超巨人の上半身と下半身の接続部を粉砕する。


 この開発に時を必要とした技術を敵は持っていない、圧倒的優位。

 それによって互角が崩れた二体の超巨人の戦い。


 いまだ巨体を保つ超巨人は地に落ちた敵の上半身に片腕の砲をコツンとぶつけ、一発二発三発と、三連続で火力を打ち込み爆砕。

 小さな残骸を振動する足で踏み潰し、また下半身部分には刃を突き刺しトドメを刺す


 ひとまずアルガントムを除いた最大規模の脅威の撃破。

 優勢だ、ひたすらに。ぽっと出の敵に負けるわけがない。


 有利な戦いで戦士は人々と、そして自分たちを守り続けていた。


 そんな戦場の上空を、ふと光が駆け抜ける。


 流れ星のように飛ぶ三体の天使。

 彼女らの向かう先にいるのは、やはりもう一人の自分たち。


 スカラを包囲する敵を視界に捉える。

 交戦に入る前、ナインは念のためにと右半身に損傷を受けているゼタに問う。



「大丈夫なんでしょうね!? たぶん手は貸せないわよ!」

「問題ありません。損傷した機能は怒りで補えます」



 その声は、いつも平静を保っていた彼女のものにしては珍しく、言葉通り怒りの色を滲ませていた。



「マスターの、敵。絶対に許さない」



 そのひび割れた顔を見て、ナインは苦笑。



「敵の粗悪品ども、一番怒らせちゃいけない相手を怒らせている気がしない? オメガ」

「ゼタが怒ったところを見たことはないので答えにくいところですが……確実に、私ならば恐れて逃げ出すところです」



 ともかく、肉体的には不利でも精神的には有利。

 ならばもう一人の劣化品如きに負けることはない。


 敵の天使が首をこちら側へ向けたところで、三人は停止すると。



「レイストーム収束砲、照射!」

「レイディアントレギオン! 突撃!」

「カウンターフォース! 何が来ようと受けて返すのみ!」



 自分たちとの交戦を開始した。


 三大天使には相性が存在する。

 ゼタはナインに強く、ナインはオメガに強く、オメガはゼタに強い。さんすくみ。


 同じ三対三ならば、有利な相手とぶつかるべきだ。

 能力的には同一ゆえに、同じことを考える計六体の天使。


 互いに互いが相性有利の前に出ようと考える、と。

 そんなことを続けていたら、永遠にぐるぐる回るだけだ。



「そんなお遊びつきあってられるか!」



 叫んでそれを否定したナイン、彼女が選択した相手は自分と同じ『ナイン・アウルム』だ。

 レイディアントレギオン六体を敵に向けて突撃させた。


 相手も同じように六体で迎え撃つ。


 どちらかが起爆を命ずれば、組み合った十二体は爆発と共にこの世から消える。

 同時に両者、自らの人形を再展開。それらを激突させると共に、自分たちも同じ顔の相手に拳を打ち込み合う。



「ご主人さまの体を使って好き勝手するクソ野郎をぶっ飛ばさなきゃならねえんだッ! さっさと退けよ粗悪品っ!」



 表情なく淡々と戦う自分に対し、激情と共にぶつかるナイン。

 背後を取られて翼をもがれる、ならばと自分も体術を用い組み付いて同じことを仕返す。



「多少の傷など必要経費!」



 そう唱えるオメガは、敵方の自分と左の盾同士を激突させていた。

 同じ威力を反射させる盾、延々と続く跳ね返しの連鎖。


 やがてギシギシと互いの左腕と盾が異音を発し始める。

 最強の盾同士が壊れるよりも先に、二体のオメガの体が限界を超えた。


 互いの左腕、それどころか左側の翼までも衝撃ではじけ飛ぶ。

 無機質に状況を理解しようとする敵方に対し、現象の分析など後回しとオメガは暴走する感情のままに右足で蹴りを叩き込んだ。


 一方、無傷だった二人と違い、すでに損傷していたゼタにとって同一存在との戦いは不利となるはずだった。

 だが現実は、損傷していた側のゼタが、無傷だった敵を圧倒している。



「私は私に負けるわけにはいかない……!」



 有利とか不利とか、そんな計算は関係ない。

 目の前の自分に屈するということは、自分の忠誠がそいつよりも劣っているということだ。


 自身に向かって発射されるレイストームの光、それを何発か受けつつも接近し、残っていた左腕を拳として自分と同じ顔に叩き込みつつ、ゼタはそんなことはありえないと証明する。



「私のマスターに対する想いが、私如きに負けるものか!」



 ただ戦うだけの相手と、怒りと共に力を振り回す自分たち。

 感情の分、勝っているのはこちら側。


 確実に傷を受けつつ、しかし相手を確かに上回っている。

 三体の天使は自分たちの主のまがいものに、それが呼び出したニセモノなどに、一切負けるつもりはない。

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