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77:反抗。

 人々の避難が進むルーフ村。

 次々と馬車が走り、体力のある者たちは徒歩で家路に着く。


 順調に人は減っているが、しかし避難は前日の夜から始まり、日を跨ぎ太陽が昇って、そして日が沈みかけ夕刻となった現在もまだ終わらない。

 沈む夕陽を背に、面倒だと呟きつつだらだらと歩いてきたアルガントムは、そんな村の防壁に目をやると。



「ゴミ溜めか、自分の世界には不要なものだ」



 体の一部を黒で歪めたアルガントム、彼が手に取ったのは地裂の杖。

 村を谷底に叩き落として処理する、そう考えて魔力を投じようとして。


 次の瞬間、杖を持つ手に黒い槍が突き刺さった。


 痛いと首を傾げつつ、それをした相手の姿を見る。

 ドレスを着た、黒と赤の虫人の女。


 くすくすと笑う彼女を少しでも可愛らしいと思うのはゴミの感性だ、アルガントムにとっては見るに耐えない醜悪な存在。

 この世に存在を許される綺麗なものなど本来の自分の体だけ。



「いちおう聞くけど、あなたアルガントム?」



 いらないものと交わす言葉はない。

 そもそもこの世には本来言葉なんてものすら不要なのだ、他者など不要、静寂を乱す、やかましい。


 だから応じず、アルガントムは共有された知識から相手の対策を考える。

 スコロペンドラ、スカラ、名前はどうでもいい。


 斧や槍を投げてくる、能力は格下。

 道端の石みたいな存在だ、尖っているのを踏んだら怪我をしそうだが、その程度。


 アルガントムは槍の直撃で取り落とした杖を再び手に取ろうとする。

 だが、そこを狙って回転する黒の剣が飛んできた。


 わずらわしいと身をずらして回避。

 杖をアイテムストレージに収納し、尖った石ころを睨みつける。



「人間って汚物はどうしてこうも邪魔なのか。自分たちで勝手に殺し合い滅亡する程度の簡単なことも出来ないゴミのくせに」



 その言葉に、スカラはくすくす、くすくすと笑いを強める。



「なるほどね、どう考えても、もうアルガントムじゃないわね。ボロボロで戻ってきたラトリナたちの言ってた通り」



 そして、スカラの笑顔は一転。

 不快だと顔を歪めて、アイテムストレージから取り出した黒の刃を自分の周囲の地面に落とし。



「しかもムカつく、いいわ決定ぶっ殺す。お前とやるのはアイツとやった楽しい命がけの勝負じゃない、殺害前提のキルダンスだ」



 アルガントムの顔の左半分、黒い泥がぐちゃりと歪む。

 他者には理解できないが、そいつなりに笑顔ってものを浮かべているのだ。



「ゴミが吼えたぞ傑作だ、おぞましい」

「黙って死んでろきぐるみ野郎ッ!」



 スカラが斧を投擲した。

 異界の虫人の体を持つ二人、その戦いの開始の合図。





 爆破杖インフェルノ、アルガントムの体を乗っ取ったそいつが足元にそれを突き刺して発生させた爆発。

 ラトリナがその爆発から逃れられたのは、ゼタが咄嗟に彼女を空へと運んでくれたからだ。


 ただしその破壊力でゼタは翼の右側二本と右腕、右足を焼失。

 ラトリナを抱えてどうにかルーフ村まで戻り、集会所まで運んだところでバランスを崩し転倒。


 飛ぶも立つも中々に上手くいかず、今は壁に半壊した体を預けつつ、動くための練習中。


 一方、無残に砕かれた天使の姿を見て、いまだ村に残る人々はことの異常に気がついたらしい。

 天使すら敗北させる何かが脅威として迫っているのだ、と。


 パニックとならなかったのはリザイアをはじめとした十三の領主の落ち着いた態度と言葉によるところが大きい。

 上の人間が落ち着いているのだから、なんとかなる勝算があるのだろうという安心。


 結果的には避難がより早く進むようになった。

 日が暮れて、夜もしばらくすれば避難は完了するだろう。


 それまでにこの地に敵が到達しなければ、の話だが。


 グリムは防壁の上から遠くを眺めていた。

 地平の向こうで二人のインセクタが戦う姿、それを確認し、舌打ち。



「加勢にいきてえが、足手まといか」



 スカラという少女、彼女がアルガントムに近い力を持っている程度の話は聞かされている。

 ラトリナに頼まれ足止めに動き、現在交戦の真っ最中。


 確かに、アルガントムと互角以上に戦えているように見える。

 つまりは彼女も規格外。


 グリムが手を貸そうと規格外の戦いに加勢したところで、一瞬でひき肉にされるだけだろう。

 アルガントムの力を知っているからこそわかる、余計な手出しは足手まとい。


 そんな無力が忌々しい。


 そして、無力を呪っていられるうちは幸せなのだ。



「……来たか!」



 天に描かれる黄金の魔法陣。

 アルガントムの持つ召喚の力の発動。


 数は三、大地に降り立つ六本羽の天使。

 うちの一体は、六体のデコイを翼から呼び出す。


 質を伴う数の力、それがスカラの足止めを掻い潜りルーフ村を襲った時、守るのはグリムたち冒険者や衛兵の役目。

 その戦いはきっと、勝てるかではなく、何秒足を止められるか、その次元の話となる。


 三体の天使はスカラがどうにか迎撃する一方。

 再び、魔法陣が輝く。


 敵は本来のアルガントム同様、七十二全てを呼び出すつもりらしい。

 さすがに全てをスカラ一人では防げぬだろう。



「覚悟を決めろ、ってか」





 戦いは一見、スカラの有利だ。

 跳ねながら次々と刀剣を投擲する彼女に対し、アルガントムは緩慢な動作で回避、あるいは防御。


 打撃戦を挑みはせず、杖を取り出し魔法を発動させようとして、そこにスカラが短剣を投げることによって阻止、と。

 そんなことの繰り返しだった。


 スカラは苛立ち、怒声を飛ばす。



「どこまでも見下してッ!」



 本来のアルガントムと戦っているスカラからすれば、目の前の敵が本気でないことなど一目瞭然だ。

 脅威ではない相手、だから対処など適当でいい。


 適当に対処したら予想外に奮戦しているが、それでもどうでもいい相手。

 アルガントムのそれは、どこまでも見下した強者の態度。


 スカラの最も気に入らないものの一つだ。


 だが怒りに任せてこちらが切り札――覚醒鮮血を使うと、あちらも使って恐らく負ける。

 結局、こちらから仕掛けられる勝ちの目はなく、ひたすら無意味な攻防を続けるしかない。


 足止めという役目としては、正しいのだが。



「ああ、もうっ!」



 苛立ちと共に投げた斧を、アルガントムは軽々と回避する。

 そして、ふと思い出したように。



「……そうか、この体ならゴミ掃除の道具を使えるんだよな。召喚とかいう手段で」



 マズい。

 七十二の召喚、それを展開されると足止めしきれない。


 スカラは槍を手に、阻止をしようと投擲の準備をするが。



「こうすれば、阻止はされない」



 見透かしたような態度で、アルガントムはそれを行った。



「なっ」



 数十万、いや数百万枚の金貨を無から出現させ、上空に向けて放出する。

 自らの姿を金色のカーテンで隠すように。


 慌ててスカラはアルガントムのいたはずの場所に槍を投げたが、金貨のカーテンに穴を空けた先、それは地面に突き刺さるのみ。

 目くらましと共に位置を変えたアルガントムは、召喚のためのアイテムを使用し地面に魔法陣を出現させた。


 自由落下で自然とそこに飲み込まれる金貨。

 輝く魔法陣は三つ。


 それは必要な魔力を満たすと地から消え、代わりに天に巨大な図を描く。

 重なった三つの魔法陣、そこから飛び出してくるのは三体の天使。


 しかしスカラの知るものと違い、彼女らに表情らしい色はない。

 感情なんてものは必要ないと心の底から道具になるよう念ずるものに呼び出された結果だ。



「ゼタ、ナイン、オメガ、か。適当にゴミを掃除しろ」



 応答もなく、天使はそれぞれに動き出す。


 ゼタの翼から放たれる光の刃。

 ナインの放つレイディアントレギオンの集団攻撃。

 攻撃しようとしても、オメガが盾を構えて反射の力と共に守りに入る。



「厄介っ!」



 無属性の攻撃に少しずつ傷をつけられつつも、スカラはどうにか立ち回れていた。

 ただし、自分の身を守るので精一杯だったが。


 一方でアルガントムは他の魔法陣からも召喚を行う。


 空から舞い降りる七天魔。

 地から現れる七巨獣。

 海そのものたる魔物の身を借りて泳ぐ七海魔。


 続々と出現する敵の召喚。

 スカラの手に負えない数だ。


 だがしかし、逃げるというわけにも行かない。



「数も力も上の相手! ぶっ潰しがいがあるってもんよ!」



 この身はこの手の相手を倒すための力、強い自分のカタチなのだ。

 なのに退いたら格好がつかない。


 だから戦う、弱者なりに激しい感情を燃料として。

 ただ意思だけでは、自らの横を通り過ぎていく七十二の殆どは止められないのだが。


 投擲した短剣をオメガの盾に反射され、危うく直撃しそうなところを黒の斧の刃を壁に防ぎつつ。

 スカラは叫ぶしか出来ない。



「忌々しいわねクソッタレ!」

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