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76:殺害。

 積んであった書物はラトリナの元へと運ばれ、こざっぱりとした小屋の中。


 窓ガラスに映るのはひび割れた己の顔。

 ゼタはその傷をつけた者のことを思い出す。


 アルガントム。いや、その主の体を操る何か。



「……許さない」



 アルガントムは、ゼタたちに謝った。

 本当にすまない、と。


 主が心を痛める必要はないのだ、謝罪する必要などなかったのだ、全ては正体不明の何かの仕業。

 優しい主を傷つけた敵の悪行。



「許さない」



 そう、そんな敵は存在すら許さない。

 主の体から追い出して、魂魄残さず消し去ってやる。


 ゼタは窓ガラスに映る無表情、そこに刻まれた顔の傷に誓う。

 その誓いを何度も口ずさむ。



「許さない。許さない。殺す。消す。滅殺してやる――」



 憎悪と憤怒を心の中で暖めている最中。


 ふと、小屋の扉が開かれた。

 ゼタが警戒と共に振り向けば、そこにいるのは主の雇い主。



「ラトリナさま」



 ゼタは一時的に感情を抑え込んだ。

 それをぶつけるべき相手を間違えてはいけない。


 少し顔色が悪い彼女は、気を張るためにちょっと無理して微笑みつつ、顔の傷以外はいつも通りのゼタに問う。



「他の皆さんは?」

「全員待機を。ナインとオメガは周囲を見回っています。……万が一、私たちが操られた場合、危害を加えてしまう恐れがあります。ラトリナさまも避難を」

「いえ、逃げるわけにもいかないのですよ。……私はアルガントムを奪われたくない。人として、剣として、彼を取り戻さなければならない」



 村の方は姉に任せてきた、自分は影ながら動く。

 自分を含めた様々な人々のためにアルガントムを取り戻す。


 だから、と。



「私をアルガントムの元へ運んでください。有無は言わせません、あなたの主の雇い主としての命令です」





 記憶を見た。


 ある時は黒煙を纏う竜として、世界を壊してまわっていた。

 結局、目的を果たす前に一人の男に倒されてしまったが。

 その男は後に国を作ったらしい。どうでもいい。


 ある時は優しい人々に一つの道を説いた。

 弱者が傷つくのはなぜか、それは人の形を真似た邪悪な敵がいるからだ。

 それを滅ぼせと命じたが、所詮は群れても人は人、ゴミのような力しか持たない。目的を達成するには程遠い成果。


 ある時は憎しみに燃える者たちの王となった。

 気に入らないヤツを倒せ、跡形もなく葬れ。

 もっとも直接的に導いた者たちも、結局は長い年月で腑抜け、奴隷なんて人を生かす術を覚えてしまうが。愚かしい。


 戦士、冒険者、騎士、魔法使い、村人、歴史家、神官、王族、魔物、様々なモノになってみた。理想のためにがんばった。

 どれもこれもうまくいかない、望む結果には程遠い。


 原因を考えた、純粋に力が足りぬ。

 この世界のひ弱なモノでは全てを滅ぼす前に逆に滅ぼされてしまう。


 この世界の存在では、この世界の存在を滅ぼしきれない。

 ならば、他の世界から強いモノを引っ張ってくればいいのだ。


 適当に世界に穴を開けて、引きずり込むための術式を刻む。

 悪意なんてものはあらゆる世界に満ちている、そこを住処とする存在にとっては多少程度の異世界への干渉は不可能ではない。


 ちょっとした強者ではダメだ、必要なのは絶対の強者。


 召喚の術式の使用者はこの世界で最上位クラスの強い力の持ち主になるように。ゴミの文化にはそれほど詳しくないが、王族なんてのがちょうどいいだろう。

 そして引きずり込んだ異界の強者の力を試すため、この世界の強者をさらに強化できるよう自分の力の一部を術式に組み込んでおく。


 ゴミが生みだす成果になんてそんなに期待はしていないが、ものは試しだ。

 これで望みをかなえるに相応しい力を持った存在が手に入れば幸運。


 ダメだったら、その時は再び自ら動き回って頑張ろう。


 とにかく、少し休む必要があったのだ。

 数千年も活動を続けていると、さすがに疲れる。


 不快なモノのない、地の底で眠りについた。

 一時の休息のために。


 望む結果とは何か。

 自分の中で自分が問いかけてきた。


 決まっているだろう、気に入らぬもの全ての排除。


 例えば、自然。

 色とりどりの植物が大地に根をはり、世界を汚している。

 気に入らない、目に毒だ、存在を許せない。


 例えば、空。

 吐き気を催す青、地獄の業火が浮かんでいるかのような太陽。

 夜になれば無数のきらめきが群れているのだ。気持ち悪い。


 例えば、生命。

 頭、胴体、二本腕に二本足、そんな奇怪な生物。それ以外にも無数の生き物が溢れかえっている。

 それだけでも気に入らないのに、増える、喋る、争う、禍々しすぎて吐き気を催す。


 気に入らぬ、気に入らぬ。

 ではどんな世界ならば気に入るのだ。


 それは思い浮かべる、理想の世界。


 大地は一面、正しく整理されている。

 バラバラになった人や魔物や植物が朽ちており、水は枯れて文明の残骸が綺麗に大地にばら撒かれていた。


 空の色は美しい赤がいい。

 どうすればそう染まるのか、大量の血で空を染めればそう見えるだろう。


 そして、そんな美しい世界に自分がいる。

 黒いドロドロとした不定形の綺麗な存在。


 残骸でどこまでも整えられた大地と、血で彼方まで染まった空と、そこに存在する完全な自分。


 気に入らぬものが一切ない完全世界。

 そんな理想郷を創造することこそ目的だ。


 自分が語る、気に入らない、と。

 何を言っているのだろう、自分は。


 違う、俺とお前はベツモノだ。


 本当になんなんだ。

 自分は、気に入らないものを許せない、力で叩き潰すのが好きな自分だろう。


 否定はしない。

 だが、俺とお前はベツモノだ。



「……お、前の理想の光景が、俺はまったく気に入らない」



 気に入らぬものとは相容れない。

 それが俺で、お前だろう。


 似てはいるがベツモノだ。

 だから一つになれはしない。


 何かとくっつきかけている自らを無理やりに引き剥がす。

 だいぶキツい。


 片や明確な目的に向かって進む意思を持ち、片や目的も持たない空虚な器だ。

 その目的に飲み込まれそうになる、だがなんとかしてみせる。


 目的の有無と、自らの強さは別物だ。



「――アルガントム! 聞こえているならば答えなさい! 命令です!」



 そして目的のない空虚な存在に力をくれたのは、少女の命じる声。





 ゼタと、ラトリナと、アルガントム。

 三人が立つ場所は、地割れの近く。


 ゆっくりと太陽が昇り始め、光は荒野に転がるレグレスの軍勢の残骸を闇の中から引きずり出していく。

 見るも無残な殺戮の跡が朝と共に世界に広がる。


 どうでもいい、敵対者の骸など。

 ラトリナには、声を届けるべき相手の姿しか見えていない。



「アルガントム! 思い出しなさい! あなたは私の願いを聞くモノです! 殺せと言われれば殺し、壊せと言われれば壊す! そういうモノになると約束したはずです!」



 全身の甲殻はひび割れ、そこから黒い液体を流出させる異形。

 ピクリとも動かず死んだように静止している目の前のそれを自らのしもべと認め、強い言葉で呼びかける。



「だから私が命じます! 戻ってきなさい! 私や、お姉さまや、ルーフ村の人々の側へ! それが嫌なら約束です、私を殺しに来るがいい! アルガントム! 聞こえているならば答えなさい! 命令です!」



 命令と、それを聞いてアルガントムの指先が動く。

 私を殺せと、言葉を聞いて、アルガントムは声を出す。



「……お、断り、だ。雇い主さまめ」

「アルガントム!」

「マスター!」



 確かな彼の意思。

 それを聞いた瞬間、はしゃぎたくもなった。


 しかし喜ぶにはまだ早い。

 アルガントムの様子は、正常ではない。


 いまだ何かの支配下にあることは外からでもわかる。

 だからラトリナは情報を集めるため、さらに彼に問いかけるのだ。



「アルガントム! あなたを支配しようとしているもの、その正体はわかりますか!」

「そうだ、な。一言で言えば、怨念か。意識が混ざって色々と見えた、どうにも昔からこの世界で悪さをしている存在らしい」

「その力は!」

「自分に近い精神性を持つ相手、例えば俺みたいなヤツの支配、他にも、世界に干渉する術を、いくつか持ってる」



 一つの体を共有するため、精神も一つになりかけた。

 その時に見えた知識を、アルガントムはラトリナに伝える。



「だが、存外たいしたもんでもない。こいつ自身に戦う力はない、何かの体を奪わなければセコい真似しかできないヤツだ」



 他者の乗っ取り。他者の強化。

 他者を操ってようやく世界に影響を与えられるようになる、怨霊じみたモノ。


 それが敵の正体。

 長い年月そうやって回りくどい真似をして世界を操作してきたが、しかしなかなか目的を果たせない。


 そいつは単純に力で全てを征することが出来るような最強の体を欲した。

 トランベインの王家やセントクルスの賢者といった強者に召喚の力を与え、並外れた強者を呼び出せるように、と。


 それはそいつがこの世に仕込んだ仕掛けの一つ。

 結果、アルガントムがこの世界に来て、そして桁外れの力が行使されたことを確認すると休眠から目覚めた。


 弱まっていた力は地割れの底で大きく息を吸うようにして吸収しつつ、落ちてきた死体や金属も糧として、ある程度まで安定したことで活動を開始。

 以前、試しとしてナインのレイディアントレギオンを乗っ取った時のように、アルガントムの体を乗っ取ろうとしている。


 しかし。



「――しかし、意思のない人形はともかく、意思のある相手は簡単に支配できないらしい。いまは俺とそいつで体の支配権を巡って争っている状態だ」



 そしてラトリナとこうして会話が出来ているのだから、いまはアルガントムが勝っている。

 ラトリナは確信した。



「そいつをあなたの体から追い出せば、あなたを救えるのですね?」



 救う術があるのだと。

 その希望に対し、アルガントムはどうにかといった風に頷く。



「ああ。ただ、ちょっと、難しいが、な。しかし乗っ取られるわけにもいかん。こいつはこの世に放っちゃいけない」

「それは何を目的としているのですか」

「気に入らないものを排除する、それだけだ。ただ気に入らないものが自然、魔物、人間と、自分以外のこの世全て」



 その目的を達成するために小細工で世界を操っていたが、しかし世界なんてそう簡単に滅んではくれない。

 しぶとく生き残る生命を殲滅するために力を欲したのだ。



「だ、からもしも俺が乗っ取られると、俺より強いヤツがいない限りは世界を滅ぼされるぞ」

「確かに、あなたの力に敵う者はいない。ですが、乗っ取られる気はないのでしょう?」

「当たり前、だ。気に入らんヤツは排除する、体の中からだってな」



 任せろと、アルガントムはそう言おうとした。

 だが次の瞬間、紡がれた言葉は別の何かのもの。



「……ああ、めんどうだな、ゴミのくせに、精神がやたらと強い。単純支配は、無理か。だが、そうか。お前の記憶を辿って、弱点を一つ見つけたぞ」



 声色が違う。気だるそうな口調。

 ゼタは咄嗟にラトリナの前に立ち、彼女の盾となりつつも、いまの『アルガントム』を睨みつける。



「お前が、マスターの敵か」



 ゼタの言葉は、そいつの耳には届いていない。

 ただそいつは独り言を喋り続ける。



「この体、本来のお前のものではない。アバター? エンシェント? ダイブゲーム? 異界のゴミはくだらんことを思いつく。しかし本来の体ではないゆえに、魂の定着が浅い。弱点だな」



 緩慢に、『アルガントム』は左手を動かし、顔の左側を抑えた。

 力を込めれば、ギシギシと甲殻が割れていく。



「死の危機に瀕すれば、魂は勝手に体から逃げ出そうとする。魂の定着が浅いという点ではお前と自分は互角。だがお前は明確な死を知っている、例えば頭を潰せ人は死ぬ、と」



 生命としての死など知らないそいつは、躊躇なく自らのものであり別人のものでもある体の頭部を砕いていって。



「多少頭を砕いた程度では死なない? 吼えたものだな。だがお前の魂はどこまでそれを信じられる? 自分は余裕だ、多少頭を砕いてもどうにかする術はあるからな」



 そいつは、アルガントムを殺そうとしていた。

 気づくと共に、ゼタは叫ぶ。



「や、めろッ!」



 その声に反応し、アルガントムはわずかに体の支配権を取り戻して。



「……ラトリナ、ゼタ。俺が最強と信じるならば、信じ続けろ。なに、この場は少し、退くだけだ――」



 バキリと、甲殻が砕けた。

 ぐちゃりと、中身が潰された。


 ラトリナは崩れ落ちる銀色の体を呆然と見つめ、ゼタは悲鳴を喉から搾り出す。



「マスターッ!」



 その悲鳴に、応えたわけではない。

 死体はゆっくりと起き上がる。


 崩れた顔の左側をぐちゃぐちゃとかくと、そこから黒い泥を溢れさせ補完。

 顔の左半分が真っ黒に染まった銀色は肩を動かし、首を回し、今までの静の状態が嘘のような活発さで体を動かす。


 全身が自由に動くと確認した上で一息。

 掌から金貨を溢れさせる。


 アイテムストレージなる力も扱えると確認したうえで。



「ようやく、理想の世界に手が届きそうだ」



 自分で動くのは面倒でもあるがと、だらだらと首を横に振りつつ。


 爆発の杖を手に取ると、そこに金貨を投入し始めた。

 邪魔者を内から追い出し、完全支配を得た『アルガントム』は、手始めに目の前の汚れたゴミと羽の生えたゴミを始末しようと行動を開始する。

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