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74:抵抗。

 気に入らない、気に入らない、気に入らない。

 自分の楽しみを奪った天使どもが。


 いや、違う。

 気に入らないのはこの世界そのものだ。


 善良な人々に目的を奪われる。

 敵がいなくなって、殺す楽しみもなくなって、死んだように生きるしかなくなる。


 いや、待て。

 敵ならいるじゃないか。


 この世界という、気に入らないものが。

 つまり次に戦うべきはそれだ、自分が気に入った人々こそ、気に入らないヤツらなのだ。


 新たな敵を殺すことを目的とし、新たな戦いを始めよう。

 そのための第一歩に、目の前の天使を血祭りにあげて楽しもう。


 普段は無感情な天使、彼女のひび割れた顔に悲しみの色を見る。

 子供っぽさと残虐さを併せ持つ天使、腹を押さえて嗚咽を漏らす。

 真面目な天使の細い首、力を込めれば苦悶の表情も死で消えるだろう。


 彼女たちの絶望を、喜ばしく思いつつ。

 思い、つつ。



(……違う、これは違う)



 空虚な自分にだって微かな感情くらいはあるはずだ。

 気に入ったヤツの悲しむ顔なんて見たくはない。失いたくなんてない。


 それは確かに、アルガントムの感情だ。

 ゼタもナインもオメガも、果ては全ての人々をも殺すなんて行為、気に入らないすら通り越しありえない。


 敵を倒すのが好きだ、だがそれは目的ではない。

 それを目的になんてするつもりはない。


 まともな幸福なんて求める努力もしないような自分は、きっとどこまでいっても目的なんて大それたものを得られないのだ。


 だから理解する、明確な目的を持つこれは自分の感情ではない。

 いや、自分の持つ感情の一つではあるが、何かに影響され、人為的に悪意だけが増幅されたものだ。


 自分の中に何かいる。

 自分が何かと混じっている。


 疑うなよ、命じられるがままに生きるのが楽だろう?



「ぐっ、……黙って」



 アルガントムの指先から力が抜け、オメガが解放された。

 よろよろと、銀色は後ろに退き膝を突く。


 自分の中から湧き上がってくる安楽への誘いの手を、振り払うために。



「黙っていろよ悪意風情がぎゃあぎゃあとッ!」



 アルガントムは叫ぶと共に、自らの顔面に拳を打ち込んだ。

 その行動に、三人の天使の絶望は困惑へと変わった。



「ま、スター」

「ご主人、さま」

「わが、主」



 敵意も殺意もなくなって、代わりに自らの顔を握り潰さんばかりに押さえつけ苦しむ銀色の虫人。

 激痛で自らの意識を引きずり出したアルガントムは、混濁する意識といまいちままならない体をどうにか操作して、ゼタたちに謝罪する。



「す、まん。君らに、酷いことを、した。謝って、済むとは思わぬが、謝らせてくれ」



 自らの握力でひび割れさせた顔。

 それを三人に向け、言葉を紡ぐ。



「本当、に、すまなかった」



 そのセリフは、いつものアルガントムのものだ。

 ゼタたちを一つの個として認めてくれる、優しい優しい主人の言葉だ。


 主の性質を理解しているからこそ、三人の天使はその言葉に状況を悟る。

 表情をそれぞれに引き締め気合を入れて、主に声を届けた。



「マスター! なんらかの攻撃を受けているのですね!?」

「ご主人さまを操ろうとする何かの存在、理解しました!」

「いま救います、我が主!」



 酷いことをされたのに、まだ主と認めてくれている。

 その言葉をありがたいと思うからこそ、アルガントムは命じた。



「ダ、めだ。近寄る、な。いますぐ、この場を、離れろ」

「できません、マスター!」

「いいから! 言うとおりにシろ! ……くそ、ああ、たぶんこレは、あレだ。以前、ナインの、レイディアんとれぎオンを、乗っ取った」



 以前、この地で戦った相手。

 討ち滅ぼしたはずの、他者を乗っ取る何者か。


 迂闊だった、戦いの中で失念していた。

 そんなよくわからない相手がいることを。


 相手の正体がわからない、ゆえに対処法なんてあるはずもない。



「……なア、あれを倒す以外の方法で消ス方法、思いツくか?」

「……あり、ません! それでも!」



 なんとしても救いたい、と。

 本当に、自分にはもったいない部下だとアルガントムは思う。


 だからこそ、だ。



「……正直、マズ、い。からだが、思うヨうに動かせない。気を抜クト、また君らを襲う、可能性が、高い」

「構いません! この命と引き換えにしてでも救います!」

「ダ、めだ。たとえば君らヲ、死なせて、どうにか、なっても、そんな結末を俺は気に入らん。そシて現状、君らがどう動いテも、俺に敵わず無駄死にすルだろう?」



 絶対に駄目なのだ、彼女たちを無駄死にさせるなんてことは。

 力があるとか、主としてとか、そんなことではなく、自分自身の感情がその結末を否定しているのだ。


 だから伝える。



「この場は、退ケ、命令だ。そして、この正体不明から俺を救ってくれるなら、それこそ策を探してくれ」

「……マスター!」

「絶対に従え! 命令だ! その命を使いたいというのなら! 俺を救うに最善と思える方法を探せ! 無駄死には俺が許さん!」



 精一杯の力と共にアルガントムは叫び、ゼタたちは肩を震わせた。

 ある意味では脅迫にすら近い、強い命令の言葉。


 ゼタたちは、そこに込められた愛情を無視したくはない。



「……了解しました、マスター」

「必ず救います、ご主人さま!」

「誓って。我が主」



 ゼタは主に背を向け、飛行のために翼を広げた。ナイン、オメガも同様に。


 その背を見て、アルガントムはありがたいと少し脱力しつつ、一つ命令しておく。



「……次ニ君らの前に俺が現れたら、そいつは俺でハないかもしれん。だカら、以後、俺の命令に従うナ。自分で考え最善を選び動イてくれ。俺を殺すことすら許可スル。七十二体全員へノ、最後の命令だ」



 確かに聞き届け、三体の天使は空を駆ける。

 アルガントムはそれを見届け、さて、これからどうするか、と。


 内で聞こえた声。気に入らんヤツを殺しに行こう。

 内で返した答え。黙っていろ。

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