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72:理想にはまだ届かない。

 終わりを始める。


 理想の達成による、長い地獄の終焉を。


 それは地の底を這いあがる。





 少し時は巻き戻る。

 リザイアたちがトランベイン王国を相手としていた時期。


 三大国家の一角、レグレス征覇帝国は、トランベインとの戦いで多くの兵を失い弱体化したセントクルスに攻め込んでいた。

 その軍勢はレグレスの兵力の殆どを投入した大規模なもの。この機会に世界に決着をつけるという、レグレスという国の意思の体現。


 大地に存在する村や町を片っ端から飲み込み焼き払っていく波のような軍勢。

 そこにいる兵士は大きく分けて五の種族。


 レグレスの民の多くは亜人、あるいは魔人である。


 亜人種は、例えば獣と人の混血、獣人ルガル。鋭い爪や毛皮を持つ人。

 あるいは虫と人の混血、虫人インセクタ。虫の甲殻で全身を固めた人。

 もしくは竜と人の混血、竜人ドラゴニュート。肌を鱗で覆われた人。


 そのルーツは人と魔物が交わった結果、この世に生まれた人の亜種と言われている。

 魔物側の特徴を色濃く反映したような能力を持っており、ルガルは強くインセクタは硬くドラゴニュートは生命力が高い、と。


 一方で手足にまで魔物の特徴が色濃いせいで、道具を扱うのは苦手だ。

 長い爪と硬質な手で上手く剣は握れない。


 そして魔人種、こちらは人の形をした魔物と言われている。

 大きく分類すると地上に暮らすエルフと、地下で生活するドワーフの二種類。


 前者は森の多いレグレスの地でも木々の間を軽快に動き回れる機動性を得るため、長い手足と軽い体重を得た細身の種族。

 後者は狭い穴での行動を容易にするため、傍からは子供にすら見える小さな体躯へと進化して、一方で大地を掘るための腕力も兼ね備えた屈強な者たち。


 亜人との違いは、まず人と魔物が交わった結果そうなったのではなく、最初からそういう存在として誕生したという言い伝え。

 そして何より魔物の特徴である大気等からの魔力の吸収を行えるという能力だ。


 常人や亜人は魔法を使うための魔力を自力で集められない、だから金銀などの供物を頼る。

 一方で魔人は、ある程度までは供物がなくとも自力で魔力を集め、魔法を使うことができるのだ。


 ただしその身に溜めておける魔力量はそれほど多くはなく、個人差はあるが供物なしで扱えるのは一級の簡単な魔法程度。

 せいぜいで一日数回二級魔法を撃てるかどうか。


 考え方次第、例えば三級魔法を金貨10枚必要なところを体内魔力とあわせて半分の5枚の消費で撃てるとか、そう表現すれば便利な能力でもある。

 ただ魔人種は金貨や銀貨ではなく、宝石を供物に使うものが多いのだが。


 常人や亜人の基準で魔法を使いやすいよう作られた硬貨単位は、魔人種にはあまり意味がない。

 そしてレグレスで産出量が多いのは金銀よりも宝石、ゆえに多くはそちらを供物として扱う。魔人種の文化の一つ。


 ともかく。

 肉体的能力に優れた亜人種、そして自力での魔力の収集を行える魔人種。


 両者とも個の生物としては常人よりも優れている、そんな連中が戦士として集まった軍勢。

 弱いわけがない。


 しかし、それでもトランベインやセントクルスを滅ぼせなかった理由。

 それはレグレスの人口の少なさ、根本的な戦力の不足が原因である。


 世界の人口比は常人が7、亜人が2、魔人が1と言われるほど、世界は常人支配だ。


 そして古の話、数では劣るが自分たちよりも優れている存在を常人たちは忌み嫌った。

 迫害し、異端を国の果てに追い出して、常人だけが残った地にトランベインとセントクルスという二つの国の土台が出来上がったのだ。


 トランベインに亜人魔人が少ないのも、セントクルスではそもそも邪悪な存在の一つとされているのも、そんな歴史の延長線。


 一方で、追い出された亜人や魔人も地の果てで国を作り上げる。

 それがレグレスという国の基。


 だが、太古のレグレスには国家として大きな欠点があった。


 ルガル、インセクタ、ドラゴニュート、エルフ、ドワーフ、大きく五つ、その亜種も含めれば多数の種族の暮らす土地。

 彼ら自身、自分と違う外見と力を持つ存在を受け入れられなかったのだ。常人に迫害された経験から来る他種族恐怖とでも言うべきか。


 結果、国は纏まらない。常人に対抗するどころか、亜人魔人で殺しあう凄惨な歴史が続く。

 その悲劇に終止符を打ったのが、レグレスの初代帝王と伝えられている。


 どのように悲劇を終わらせたか。

 曰く、力で捻じ伏せた。


 他の種族の最も強い者たちの首を取り、それを掲げて我に従えと宣言したと。

 反乱勢力も力で潰し、絶対の帝王が全ての種族を支配する帝国を作り上げたのだ。


 そうして一つの力の下に纏まった後、彼らは次の敵を求めた。

 戦わずにはいられない、優れた力を証明したいと、彼らは復讐ついでに常人の暮らす国、セントクルスやトランベインに攻め込んだ。


 それからの歴史は三大国家の戦いの歴史。

 延々と連鎖する悲劇と怨恨の集積。


 果てに何があるか、少なくともレグレスの者たちにはわからないし、知ったことでもない。

 とりあえずセントクルスがレグレスの兵力を全投入すれば滅ぼせそうなほど急激に弱体化したがゆえに殲滅している、それだけのこと。


 さて、初代帝王が選ばれた際の経緯から、レグレスでは代々の帝王を力で決めてきた。

 現役の帝王に真正面から挑んで殺せるものがいるならばそいつが、帝王が死んだ後なら我こそはという者が覇を唱え、力で他種族を征する。


 現帝王ハルバドゥも、代々の帝王と同じように力を証明して王となった。


 鳥型の魔物の羽や植物の染料で派手に飾った、頑丈な木製鎧を身に着ける蛮族風の姿のドラゴニュート。

 セントクルス侵攻軍を指揮するその竜人の男は、つまり現レグレス最強である。


 帝王を除けば彼の配下だった三戦士が最強であったのだが、すでにセントクルスとの戦で戦死している。

 それをやったのはメスの虫人。


 スコロペンドラというアバターの体を持つ少女なのだが詳細な情報は伝わっていない。

 三戦士を葬った強敵がいる可能性だけは確かであり、そしてどんな強敵が待ち構えていようと、ハルバドゥが考えることは一つだ。



「征せよ! 征せよ! 征せよ!」



 竜人の喉が怒鳴り声で軍勢に命じるそれ、力で敵を捻じ伏せるというのが唯一絶対の思考。

 服従するならばレグレスに暮らす常人種がそうであるように死ぬまで奴隷として扱い、歯向かうものがいるのならば死を与えるのみ。


 彼が率いる一軍は全てが同様の考えで動いている。

 異を唱えるものはとうに死んだか、他国に逃げた。レグレスに臆病者は必要ない。


 魔人種の者たちが使う土魔法、それで作られた橋。

 あるいは魔物を力で服従させ戦の道具として扱う文化の応用、例えば飛竜や怪鳥に戦士を運ばせたり、あるいは肩車をした数十体のゴーレムを向こう岸までの橋とする、など。


 様々な方法を用いて地割れを越えた軍勢はひたすらに突き進む。

 急造の橋の崩落などで結構な数の犠牲が出ているのだが、レグレスの軍勢は怯まない。仲間の死を嘆き悲しむ文化ははるか昔に滅んだのだ。


 帝王の軍勢はひたすらに、主戦力を失ったセントクルスを蹂躙していった。

 そうして、これが自分たちを苦戦させたセントクルスという国なのかと彼ら自身が呆れてしまうほど簡単に、ハルバドゥたちはその首都にまで到達する。


 だが、その地にいるはずの最高権力者の姿がなかった。

 一番上の首を取らねば勝利したことにはならないというのに。肩透かしを食らったレグレスの軍が怒りに任せて数千の命を刈り取る。


 そんな血の宴の最中、神の教えよりも自らの命を選んで服従した原住民が語った。

 最高権力者は神の像と側近の兵を連れて逃げたという。


 逃げるものがいるならば追いかける。


 空を飛ぶ魔物を偵察に出し、戦虫と呼ばれる巨大な甲虫で片っ端から建造物を薙ぎ倒し、敵の姿を探し続けた。

 そうして見つけた、セントクルスで一番の力を。





 聖十字騎士団の全滅、大地を割った天変地異、レグレスの侵攻。

 数々の事態に、大神官は神の言葉を聞いた。



「そうか、そういうことだったのですか! なるほど、この世界に存在する価値なし!」



 神がそう判断したのだ。

 邪悪が大地を埋め尽くす醜い世界、神が差し伸べた手に噛み付く世界。


 もはや救いがたく、存在する価値もない。

 だからセントクルスは敗北したのだ。


 神に見放されたのではなく、いち早く汚れた世界から抜け出せるよう、神は慈悲によってセントクルスの信徒たちに死を与えてくださった。

 神の意思、言葉は絶対。


 ゆえに大神官はそれに従うのみ。

 いずれ来るであろう終末の時に備える。


 とは言っても、そこらの信徒のように終末の時まで祈りを捧げるだけ、その程度の信仰が許される立場ではない。

 大神官ゆえの大信仰、それは果たしてなんなのか。


 大神官は聖堂に飾られた神像を見て、その神の姿を模した神々しい物質を見て、自らの役割に気づくのだ。

 この似姿を邪悪に汚させてはならない。


 邪悪なものたちにはきっと、貴金属製のただの物質と映るだろう。

 分解し、あるいは売り払い、終末の時まで好き好きに弄ぶだろう。



「許してはならないっ! 許してはならないっ!」



 大神官は枯れ木のような細い手で、頭をかきむしりながら叫ぶ。


 これはどんなことがあっても汚してはいけぬものなのだ。

 ゆえに、邪悪の手の届かぬ地に隠さねば。


 それはどこだ、セントクルス国内ではいずれ見つかってしまう可能性が高い。

 絶対の安全圏、そこで大神官は天変地異の話を思い出す。


 どこまでも底の見えぬ地割れ。

 果たしてそれがこの時期、この世界に出現したのは偶然か。


 見えた、神の意思。

 聞こえた、神の言葉。



「かの地に、誰の手も届かぬよう投げ込めと、そういうことなのですねっ!?」



 大地を割るなど神の奇跡以外にありえない。

 神が奇跡を起こした理由、真の信徒ゆえに理解した。


 ならば即座に行動しなければならない。

 大神官は残った兵たちをかき集め、神像を聖堂から運び出した。


 エヌクレアシェンと、それを守護する十二体、合計十三の神像を積んだ荷車が信仰を果たすために走り出す。

 道の途中、逃げるならば我々も連れて行け、などという人々に遭遇した。


 逃げる、何を言うのか、これは神から与えられた使命なのだ。

 それを理解できぬ、必死の形相の彼らを大神官や兵たちはこう判断する。


 神を忘れ、邪悪に堕ちた哀れなものたち。

 その命を慈悲深く刈り取りつつ、その一団は地割れへと向かう。


 レグレスの軍勢を避けつつ進み、やがて辿りついた先はセントクルス、トランベイン、レグレス三カ国の中心。

 三つの国境線の分岐地点。


 この地に神像を投げ込めば、自分たちの使命は終わる。

 救いを確信し、道中で血や土で汚れてしまった神像に祈りを捧げていた、その最中。



「見つけたぞッ! 見つけたぞッ! 禍々しい常人どもッ!」



 それらが彼らに追いついた。

 羽飾りと目に毒々しい色彩の防具で身を固めた亜人、魔人、邪悪の軍勢。


 大神官は兵たちには作業を命じて、自らは神像の盾となるよう軍勢の前に立ち塞がる。

 法衣から取り出した、そして兵たちからも受け取った大量の金貨を魔力としつつ、叫ぶ。



「近寄るな邪悪ども! ジャッジメント!」



 次の瞬間、天から軍勢の中心に落ちる一本の雷。

 その雷撃は地面に到達すると、放射状に広がり邪悪の軍勢を次々と感電死させていく。


 大神官が信仰の末に会得した裁きのための四級魔法。

 風を操り、雷雲を招来し、聖なる雷で敵軍を討つ。


 雷一つ、狙った地点に落とすなどまさしく奇跡の力。

 これを使えるのは世界広しと言えど大神官と、十三賢者のうちの数名程度だ。


 しかし四級魔法ともなると、その魔力消費を補うため金貨千枚は供物として必要となる。

 残金では放つことができても残り一撃。


 金属製の神像を供物とすれば莫大な量の魔力が得られる、大神官は一瞬でもそんな考えに至った己を恥じた。

 人の手で汚すなど許されない、ましてや魔力に変えてこの世から偉大な神の似姿を消失させるなど。汚れた世界であろうとも、やってはならぬことがある。


 眼前、雷撃にも怯まず突撃してくる軍勢。

 その最前列を駆ける存在の名をハルバドゥ、敵軍の総大将だが大神官はそれを知らない。



「力の前に! 平伏せ! 弱者ども!」



 一方でハルバドゥも敵の名などどうでもいい。


 セントクルスの最強を征するのみと、両手を広げ爪を光らせ突撃する。

 大軍が彼と共に駆ける先、一方でセントクルスの兵たちの手によって神像は谷底に落とされた。


 使命、果たせり。


 兵たちは神像をどこまでも守ろうと、共に地割れに飛び降りる。

 大神官は、ハルバドゥの爪に腹を抉られ血反吐を吐きつつ、邪悪を抱きしめ最期の信仰を紡ぐのだ。



「神の前に平伏せ邪悪ども!」



 自らを中心としての雷撃落とし。


 二人の総大将を中心に、聖なる雷が大地を打つ。

 黒コゲになった死体が二体、その場に崩れ落ちる。


 続き、雷撃の衝撃でひび割れた大地の一角が崩落。

 二つの国の最高権力者もろともに、地割れは大量の命を飲み込んだ。





 命を、金を、万物を魔力として飲み込み、漠然とした意思としてその地に残留していたものは、真の己を思い出す。

 日の光も届かぬ大地の奥に、黒い霧として漂っていたもの。


 力を消費しすぎたから少し休んでいた、夢現を彷徨っていた。

 だがそれはその瞬間、様々なものを取り戻すと共に、目を覚ます。



(……ああ、そうだ、理想にはまだ届いていない)



 自らの残した仕掛けが動作して目覚めたらしいが、つまりそれはどういうことかと、遥か上の地上の世界に意識を向ける。

 結局、あれらは頼りにならない。


 自分たちも自分たちで掃除できぬようなゴミクズだ。

 だから、明確な目的へと向かい、自分で動かなければならない。


 渋々とそれは動き出す。

 理想の世界を作るため、自らの意思と力を無意識のうちにばら撒き世界を狂化で強化しながら、ずるずると断崖を這いあがる。

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