71:終わりの戦。
広場の噴水を中央に囲み、等間隔の輪として並んだ十三のお立ち台。
それぞれ式典に挑むに相応しい豪華な礼服で着飾った者たちが、噴水を背に群集を見渡す形でその壇上に立つ。
十三の領地、その領主たち。
リザイアもその中の一人として、そこに立っている。
白と赤と金、三色の鎧。
お姫さまっぽい服よりもこちらの方が彼女らしいと鍛冶屋が用意したものを勧められた式典用の装備。
他の十二の者たちと比べると少し趣は異なるが、そこに並んでも決して劣らぬ、むしろ雄々しき佇まい。
武人であり統治者でもあり、そして旧国家の王族にして新国家の顔役でもある彼女は、この場の主役を任されていた。
人前が得意かというと否、土壇場で頭を空っぽにすればどうにかなるのだが、普段はそうでもない。
可能ならば他の誰かに任せたかったが、この役目は人々に人気のあるリザイアがやるべきというのが大勢の意見だった。
任された以上はやってやる、と。
静寂の中、少し緊張しつつ、リザイアは口を開く。
「かつて、トランベインという国があった」
誰もが知る、少し前まで存在し、今はもうない国の名前。
「竜殺しの英雄によって建国され、栄華を極めた王国は、長い時と共に朽ちていった。朽ちて崩れて、それでもなお生き残ろうと、王国の王族は人々を犠牲に存在し続けた」
リザイアはこの場で再び口にする。
「そんな国に価値はなく、そんな王に資格なし」
断固として亡国を否定して、自らの行動の理由と語り。
「ゆえに、私、リザイア・トランベインが、王族の一人の責務としてトランベインを滅ぼした。まずはそれにより失われた命に鎮魂の言葉を捧げたい」
リザイアは目を伏せる。本来、守るべき民を死なせてしまった王国の罪。
あるいは国を滅ぼした後の混乱の時期に失われた命に対する哀悼。
古き時代に言葉を残し、リザイアは再び顔を上げた。
凛とした表情で、この場に集った人々に語りかける。
「そして私は! 私と、私の愛する人々と、我らに賛同してくれた十二の領地の同胞たちに誓う! かつてよりも良き世界、良き時代の到来を!」
今日は良き時代の第一歩。
この祭典は良き世界の第一幕。
リザイアは高らかに、その誓いの名を謳いあげる。
「私、ルーフ独立自治領領主、リザイア・トランベインは! ここに十三領地による『銀腕同盟』の発足を宣言する!」
十二の領主も自らの名と領地の名を口にして、彼女に続き宣言した。
冬の終わる日、春の始まる日。
新たなカタチの国家の誕生に、人々の歓声が響き渡る。
★
王国というものがなくなっても、エルガル・トランベインはエルガル・トランベインであり、リザイアたちはその妹だ。
妹の晴れ舞台、見届けてやるのも兄の務め。
エルガルは派手すぎぬよう、しかし女性の目を引くには十分な程度に着飾った遊び人の如き姿で群集の中に混じり、リザイアの宣言を聞き届けていた。
父が死んだ後、それを口実にただ闇雲に剣を振るえる場所を探していたリザイアはもういない。
ここにいるのは一人の統治者。
きっと世界を良い方向に導いてくれるであろう存在だ。
「いやはや本当に成長したものだ、リザイアも、そして君も」
エルガルは隣りに立つ、つま先から頭までローブで隠した少女に語りかける。
彼女は笑う。
「色々なものを見て、色々なものを知りましたから、私もお姉さまも。そして一つ、望む世界のカタチが見えた」
「その世界を作るため、成長せずにはいられない、となるか。まあなんにしろいいことだよ。……しかし君は舞台に上がらないのかい、ラトリナ?」
「十三領主なのに十四人いても余計でしょうし、それにこの地を統べるのはお姉さまなのです。あくまで私は影で良い、守護のために剣と共に存在する影で」
本音を言うと、敵を威圧する演技は得意でも人を導く演説がラトリナは苦手なのだ。
トランベインの軍を撃退する前、ルーフ村で姉と共にやってみてわかった。これはちょっと自分にあわぬと。
表舞台と書類仕事は姉に任せて、自分は影で手を回す、それがラトリナの選ぶ道。
まあとっくに月影姫なんて妙な異名つきで存在を知られてしまっているが、別に構わない。
良き世界のために影で蠢く女と七十三の強大な存在がいると、敵対的な勢力を牽制できる。
結局、力と恐怖も世界にはある程度は必要なのだ。その加減をどうするかという話で。
「そういえばラトリナ」
「なんですかお兄さま」
「君の銀色の剣はどこにいったんだい?」
「アルガントムなら、今は剣の役目を果たしに」
なるほどとエルガルは軽く頷く。
「せっかくだから聞いてみたかったんだけどね」
「何をです?」
「銀腕同盟、なんて明らかに彼を意識しているだろう」
「彼の手を借りねば成し得なかった世界ですから。功労者のことを語るような名前が相応しいと満場一致で」
「つまりは多数決、彼の意見ではないということだね? ならばこそ聞いてみたい、彼は何と言っていた?」
「やめろ小恥ずかしいあの世でクソジジイが喜びやがるだろうし、と」
つまり本人は否定的だったのだ。
その話は、リザイアが潤んだ瞳でダメですかと、無意識に行った乙女の所作にあっさり負けてアルガントムが許可を出したところまででワンセット。
光景を想像し、エルガルは笑う。
「はっはっは、仲良きようでなによりだよ」
★
数万人の人間を集めるのだ、中にはちょっとお姫さまを暗殺しに立ち寄ったヤツだって混じっていたりする。
だが接近しなければならない刀剣類での襲撃ならどうとでもなるのだ。
例えば群集の中からナイフを片手に暴漢が駆けて来たら、壁に立てかけられた武器に混じっている五魔剣辺りが即座に防御行動に動く。
また飛び道具にしたって、弓にしろ魔法にしろ建物の配置から射線を塞がれる位置、あるいは人目につく場所なんかを避けると必然狙撃位置は限られる。
その辺には衛兵が職務として眼を光らせていた。
ちなみにリザイアが新たな体制下で衛兵隊長に指名したのは優秀で真面目で、王国の使者が来た時は村を守るという一心でリザイアと敵対すらしたあの男だ。
当時の情勢を含めて考えても本来ならばみせしめに処刑が妥当、そんな彼を救ったのはリザイア自身。
曰く、村を第一に考える誠実さが気に入ったという。そして王国の兵士としてはあの行動になんら間違いも罪もない、と。
王国の脅威が消えた現在では、そんなリザイアへの恩に報いようとさらに仕事に励んでいる衛兵隊長、そしてその部下たち。
信頼に足る人々だ、その仕事を全て奪うというのも申し訳ない。
ゆえに村や祭りの守りは、彼らと七十二の配下の大多数に任せてきた。
アルガントムが今いる場所は、国境の地割れの付近。
崖の向こうには軍勢があり、空を見上げれば飛竜が翼を広げ舞う。
祭りがあり、人々が集まることを知って、今こそ攻め時と兵を出してきたのだろうか。
国境偵察に出ていたゼタたちが連中を発見し報告してきた。
目的は不明だが、少なくともお友達になりにきた雰囲気ではない、とも。
対処はどうする?
決まっているだろう、直々に迎え撃つと。
敵の旗印は獅子。確か、レグレス征覇帝国。
すでに警告と、そして退けば見逃すという言葉を飛ばしたが、それには答えずただ狂ったように雄叫びを上げる軍団。
虫人含めた亜人、あるいは兵器として利用しているのか魔物の姿もちらほら見える。
巨大な虫、鳥、トカゲ、等々。
どれもこれもエンシェントで見たことのある、だいぶ下位のエネミーにそっくりだ。
エンシェントのエネミーとこの世界の魔物、似た姿のものはだいたい同一程度の存在である。
仮にそれらの法則から外れる遥かに強大な魔物がいたとしよう。
それを使役できているとすれば、天使を呼び出すセントクルスとも、兵数の多いトランベインとも、拮抗状態にはならずレグレスが勝利しているはずだ。
アルガントムが知る限り、この世界の軍団の最大戦力はセントクルスが召喚する四本羽の天使。
あれ以上はいないだろう、いたとしてもゼタたちと同格程度だろう。
すでに壊滅させた二カ国と、その戦力から考えて、レグレスが遥かに強いとは考えられない。
ゆえに目の前の敵勢力、恐れる必要微塵もなし。
世界を三つに分けて争っていた連中、その最後の勢力。
こいつらを倒せば世界は平和になるのだろうか、そんなことを考えた。
違う、そんな大それたことじゃあない。
ただ自分の手の届く範囲だけが平和になればいい、自分は全世界の完全平和を願うような聖人ではない、と。
「祭りの日にここぞとばかりに攻めてこようなんて連中、気に入らん」
そう、気に入ったヤツを助け、気に入らない相手を排除する、それがラトリナという最高の主が、目的のない力に与えた役目。
その期待通りに、アルガントムは役目を果たすだけだ。
祭りの最中の村の方には一歩も通さぬ、戦の気配すら悟らせぬ。
圧倒し、この最終戦争に勝利する。
アルガントムは祭りをそっちのけでついてきた三大天使に命ずる。
もう、荒事は自分一人に任せろとは言わない。
「ゼタ! ナイン! オメガ! 空の奴らは任せる! 煮るなり焼くなりやってよし!」
六本羽の三人、それぞれに天を舞う飛竜に狙いを定めた。
「了解しました。レイストーム――」
「わかりました! レイディアント――」
「お任せください。カウンターフォース」
ゼタの翼が光を連射し、ナインの羽から六体のデコイが展開し、オメガは盾を構え飛竜の群れに突撃。
「拡散砲! 発射!」
「レギオン! 突撃ッ!」
「推して参ります!」
多くの人々の知らぬところで、守護の戦が始まった。




