70:馬鹿みたいに騒いでる。
カーティナは、新生冒険者ギルドの長となった同僚と、青空の下で酒を酌み交わす。
腰掛けるのは壁の中の一角、立ち並ぶ屋台の店先に設置された横長の簡易椅子だ。
「いやはや酒場で飲む酒もいいっすけど空の下で飲むのもまた悪くないっすねー! うめー!」
一方で責任者としての立場に収まったため、他の冒険者ギルドとの打ち合わせ等々、やっぱり忙しく走り回っていた彼女の同僚、エルアズハ。
酒などどこで飲んでも同じ味、と前置きしつつ。
「さすがにあの苦労の日々の後ともなればうまいと言わずにはいられんな」
「いやはやおつかれーっす! お陰で私も仕事を失わず今までどおりに冒険者さんのお手伝い業務!」
「お前はクビにした方がいい気もしたがな。……まあトランベインの支援がなくなっても、結局この世界に冒険者という存在は必要だったということだ」
リザイア立会いの交渉の下、各地のギルドの監督と財政面での支援はトランベイン王国の代わりに、十三領地それぞれの領主が行ってくれるということになった。
新生したとは言っても、今までと大して変わらない。
適当な組織は適当に生きる冒険者と共に適当に世界をお手伝いする、それだけだ。
エルアズハとしてはもう少し真面目に改革したい気もするが。とりあえず隣りにいる女の意識改革辺りから。
「カーティナ、それ私が注文したつまみだ勝手に食うな」
「隙あらば食らうのみ!」
「お前減給」
「すいませんでしたお許しくださいギルド長様ー!」
権力、便利。
平伏する部下を尻目に、なんとなくエルアズハは群集の方を見る。
見知った冒険者や住民が手を振ったり笑顔をくれる、それに軽く答えつつ。
「最近は盗賊退治とかの物騒な依頼も減ってきたな」
ふと、呟くように話を振る。
カーティナはぱっと頭を上げると、元通り酒を飲み始め。
「そうっすねー、王国がなくなった後にそっちの道に走った人らはだいたい退治されたんじゃないかなーっと。おもにお姫さまのところの皆さんの力で」
「人の害がなくなって、これからの時期は畑仕事と、魔物退治くらいか。国境も割れて戦争もそう起きないだろうしな」
「平和っすけどさすがに冒険者さんへの依頼はちょっと減りそうっすねー」
そんなことを話していると、その冒険者さんが二人ほど、彼女らの隣に座るのだ。
「平和で結構じゃねえか。依頼がねえってことは困ってるやつらがいないってことだ」
そう語る男はグリム。祭りの日にも相変わらず物騒な片刃剣を担いでいるが、いざという時の備えとか色々とあるのだ。
またもう一人、こちらは刃のついていない槍のような、長い棍棒を手にする女、アイアネラ。
「でも仕事がなくなるのは困るね、再就職先なんて思いつかないよ」
なんだか珍しい組み合わせだとカーティナは心の中で呟きつつ、適当に考え答えを返す。
「いざとなったら結婚しちゃえばいいんすよー、可能ならば金持ちと」
「あっはっは、お嫁さんって柄でもないからね、私は」
「いやいやアイアネラさん美人だしいけますってー、それに元冒険者って経歴持ちなら料理も護衛も大丈夫! つまり貴族、ああ今は元貴族の殿方に受けもヨシ!」
そこまで言ってカーティナは表情を一変させ落ち込む。
「うらやましい……私も結婚に使える武器が欲しい……」
「ギルド職員なら冒険者の野郎どもとくっつけばいいんだよ」
「えー冒険者さんの男性って基本的に人生設計適当じゃないですかー結婚相手とするには不安が」
「冒険者の男性の一人がいる横で随分と好き勝手に言いやがる」
間違っちゃいないがと、グリムはつけたす。
自分にしたって先々の目標なんてないその日暮だ。
「商人とか、明確な目標を持ってるヤツがいいんじゃねえのか。そういえば話したか、シャトーが店を出したっての」
「あー聞きましたっす聞きましたっす! 村の中に小さな商店を構えたそうで大変おめでとうございますっす」
「俺に言うな本人に言え」
「いやーグリムさんなんかシャトーさんの専属みたいなイメージあるんで」
「勘違いだな。あいつはそこそこ自立した、もう俺が手を貸すまでもないだろう。次はまた成り立ての商人か、新人の冒険者にでも手を貸すさ」
ふとグリムは考える、なんで自分はこんなことをしているのか。
思い出すのは一つの教えだ。
(弱者に救いを、か)
セントクルスという、かつて自分が所属していた邪神教徒どもの国の教え。
連中は嫌いだが、その教えの全てが間違っていたわけではないと思う。
弱いものを助ける、正しいことだろう。
ただ狂信的な連中とは守るべきものが一致しなかったが。
国を抜けても結局やりたいことは変わらない。
守るために剣を振るう、これから先もそれ一つ。
まあ、やはり出番は減るのだろうが。
困惑の色が混じった群集のざわめきにグリムが目を向ければ、その原因の二人が歩いてくる。
片方はかぼちゃをヘルムにした半裸の大男。手にはナタ。
もう片方は、首のない騎士。首がないところを除けば騎士たるに相応しい堂々とした立ち振る舞いだ。
ジャックオランタンのジェイソン、そして首なし騎士デュラハン。
冒険者の物騒な仕事の多くを代わりにこなしてくれる、頼もしき存在。
デュラハンはグリムやカーティナたちの姿を見つけると、その強い力からすると少々不相応なくらい低姿勢に、そして気さくに話しかけてくる。
「どうも、楽しんでいますか」
「おかげさまでお楽しみっすよー!」
「それはよかった。祭りの準備、お手伝いさせていただいた甲斐があるというものです」
「孤児院の子供たちも頑張っていたしな。楽しんでやらねばならないだろう」
「ええ、ぜひ。――子供たちが怪我をしないよう見守っていたら育児疲れを起こしたオルトロスのためにも」
今もお疲れの状態ながら子供たちを引率しているであろう面倒見のいい仲間の顔を思い出す首なし騎士。
さて、実に紳士的に言葉を紡ぐデュラハンを一方として、特に何も語らぬジェイソン。
デュラハンがカーティナたちと会話する間、手持ち無沙汰と待っている彼にグリムは声をかけてみる。
「見回りか?」
「あ、は、はい。喧嘩の仲裁とか、良からぬことを考えている人がいた時のために」
「ご苦労なことだな」
「い、いいえ、僕らの役目ですから」
以上、会話終わり。
デュラハンと違って口数が少ない。なんとなくグリムとしては親近感を覚えるところだ。
妙な沈黙に、アイアネラが気まずいと唇を動かす。
「……ねえ、広場で領主の人らが式典やるって言ってたよね。もうそろそろ?」
「あ、は、はい。たぶんそろそろだと思います」
「そっか、みんなで一緒に見に行く? カーティナたちもさ!」
「いいっすねー! リジーさんたちの晴れ舞台! 見届けてやるっすよー!」
デュラハンも、ない首を頷かせつつ。
「我々もそろそろ向かおうかと思っていたところです。一緒に行きますか」
「おうともさーっす!」
「あ、あの、デュラハン。ちょっと待って」
ジェイソンがおどおどと待ったをかけると、全員揃ってかぼちゃ頭を見る。
彼は凶悪な外見でこんなことを言う。
「じょ、女性の方と一緒に歩くのは僕にはハードルが高いというか」
見た目のわりに、シャイなのだ。




