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07:知識が全て正しいものとは限らない。

 ラトリナは語る。



「……空を飛ぶというのは、はっきり言って理解しがたい行為ですね」



 顔は微笑んでいる。

 が、同時に青ざめており、木を背もたれに横になるその姿はいよいよもって死人みたいな状態となっていた。

 その場所は、彼女が目的地としたルーフ村から少し離れた位置にある林。

 トランベインの王都から歩けばだいたい一週間程度はかかる距離を、彼女はゼタという天使の力によって二十分ほどの飛行で制覇していた。


 だがその代償は大きい。

 ラトリナの隣に座って彼女の回復を待つアルガントムは、他人事のように語る。



「首根っこを猫みたいに掴まれてあの速度で上空を飛ぶのはある種の拷問ではあるだろうなと思う」



 凄まじい勢いで流れる風景。

 全身を叩く冷たい風、それによって発生する横揺れ。

 ついでに言うなら常人が落ちたら即死の高さである。


 幸いというかアルガントムの体は人のソレとはだいぶかけ離れているものになっているようで、乗り物酔い的な何かや震え上がるような恐怖は感じなかったが。

 一方で同じ運び方をされた荷物のラトリナは、それら全てのダメージを人の身にもろに受けてしまっていた。



「……揺れる回る寒い高い怖い速い、ろくなものではありません。気持ち悪いです、眩暈がします。鳥とはなぜあれほどの恐怖を受けてまでも空を飛ぶのでしょうか、理解できません。……うぇ」



 大地を這って生きる生物に、鳥の気持ちは理解できないのだ。



「とりあえず王都からは脱出できたな」

「ええ、それどころか私がギブアップしていることにアルガントムたちが気がついてくれるまでだいぶ飛んだ結果、相当に遠くまで来れたようですが」

「いやまさかふと隣を見たら首吊り死体みたいになっているとは思わなくてな。……命は大事にしろ?」

「そのセリフの前に大事なものは丁寧に運ぶようゼタさんにしっかり言い聞かせるべきではないでしょうか」



 笑ったままのラトリナだったが、その額には軽く青筋が浮かんでいる。

 ふむ、とアルガントムは頷いて。



「……さて、そろそろ偵察に行ったゼタが帰ってくるかな」

「……あなたがいい具合に人の苦情を聞き流す技術を持っていると覚えておきます」

「ただいま戻りました」



 ダウンしているラトリナを見なかったことにしているアルガントムの前に、ゼタがふわりと降り立った。

 片膝をついた姿勢になり、見てきたものを報告する。



「周囲は草原、及び多少の木々と生物。大きな脅威は確認できません。そして、北西に砦のような集落を発見しました」

「集落、か。そこがルーフ村だろうか、ラトリナ?」

「……行ってみないことにはわかりませんが。そうだといいですね、そうであると願っています。休みたい」



 ラトリナがよろよろと上半身を起こす。

 と、その腹が音を鳴らした。



「……気分が悪くても空腹にはなるようです、人間というのは」

「みたいだな」



 とは言うものの、アルガントムの状態は普通の人間とは違うそれになっている。

 ここ数日、食欲というものが一切ない。


 例えばラトリナの部屋に兵士が運んできた、最低限王族が食べるには相応しいくらいの料理。

 食べようという気もしないし、食べたいとも思わないし、食べてみようと一応は存在する口の方へとスープを運んでも体が自然と拒んでしまう。

 パンは石に、スープは泥に、そういう食べられないものとしか見えないし思えない状態。

 これで腹が減るという感覚を覚えるなら困ったところだが、そういう気配は微塵もないので、まあいいかと結論しているのだが。


 さて、一方でラトリナはちょっと遠くを見る力などを持ってはいるが、基本的に普通の人間だった。

 生きるうえで食事を欠かすことは出来ない。

 だからアルガントムは考える。



「食事をどうするか」



 当たり前だが、ここには食事をもってくる兵士もいない。

 村につけば食堂でもあるだろうか。

 一応、アイテムストレージの中に金貨は腐るほどあるが使えるかは五分五分だ。


 頭を悩ますアルガントムの隣で、ラトリナは少し自身ありげに笑う。



「ふふ、大丈夫ですよアルガントム。私には、知識だけはありますから」



 アルガントムがその言葉に振り返れば、ラトリナはいつの間にやら手に何かを持っている。

 キノコだ。

 赤と白の水玉模様の、なんというかアルガントムから見るとどう考えてもアレな。



「本で読みました。食べられる草、山菜、キノコ、果実。この知識があれば多少は自然の恵みで食べ繋ぐことができるでしょう」

「……なあ、その本に赤と白の水玉模様のキノコは食べられると書いてあったのか?」

「ええ、少々古いものですから文字はかすれていましたが、食べられるとは書いてありました。丁寧に絵もついて」



 自信満々、間違いなし、とラトリナは目を鋭く輝かせる。

 ここはアルガントムの常識が全て通じるわけではない異世界だ。

 明らかにヤバい見た目でも大丈夫なものはあるのかもしれない。



「いちおう止めておけと警告はしておくが」

「ふふ、恐れすぎて知識が正しいかも確かめられない、それでは知識を得た意味もありません」



 だから世間知らずなお姫様は、そのキノコを恐れもせず口にするのだ。

 一口。

 かじりついた瞬間にラトリナの顔色が真っ青に。

 死人の色だ。



「…………」

「……吐き出した方が」

「………………良薬、口、に、苦し、という、言葉が、あるそうです」



 飲み込む。

 顔色が真っ青を通り越えて夜道で遭遇したら死人でも逃げ出しそうな雰囲気に。

 アルガントムは思うのだ。

 苦い良薬があるなら苦い毒薬もあるんじゃあないかと。



「……あはっ」



 バタン、と。

 微笑んだままラトリナは横に倒れた。



「……ラトリナ? ラトリナ!? ラトリナ――――!?」



 アルガントムの声に彼女は体を痙攣させて答えている。


 さて、ラトリナが口にしたキノコ。

 確かに食べられる。ご丁寧に絵図もついて解説されている。

 本に書いてあった文章を、消えてしまった部分まで正確に読めば。



『このキノコは<塩漬けにして毒素を抜いた上で熱を通せば>食べられる』



 なのだが。

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