68:馬鹿みたいに騒ぎたい。
冬が終わり、春が来る、そのちょっぴり前の時期。
それは人々が一年で一番ゆっくりできる期間だ。
例えば農家は、冬の間の少々の土の手入れも終わり、季節が移り変われば種まきなどで忙しく働き始めなければならない。
それから収穫の日までは毎日が畑仕事、次にゆっくり休めるのはまた一年後、そんな隙間に存在する休息の時間。
あるいは猟師、多くの魔物は冬眠するか、あるいは冬になると死ぬ。
そして冬場に活動する魔物は寒さにも負けぬ強靭な体を持った脅威度の高いものが殆ど。個人で相手にしていられない。
必然、冬が来る前に大忙しで猟をして干し肉などの保存食を蓄える。
それから冬の時期は大人しく過ごして、春が近づくまでは節制に勤めて静かに暮らす。
食料がいつなくなるか、それを考えると精神的に休めないが、春も近づけばその不安は解消されて心に余裕もできてくる。
仕事を始める前に英気を養わねばと、本当の意味での休息を求めることが可能となるのだ。
人々が休んでいる時期にこそ働くのが冒険者や商人、とも限らない。
彼らも結局は人間だ、冬場に動き回る危険性を知っている。
確かに儲け話も多いこの時期にこそ積極的に働く者もいるが、全員ではない。
多くは休む。次の一年の備えて。
冬から春に変わる季節の一時、多くの人々にとっては休息の時期。
それは元お姫さま、現ルーフ独立自治領領主も同様だった。
「……やーっっっっと! 元トランベイン王国領内も落ち着いてきましたね! つかれたー!」
ぐでーっと執務室の机の上に突っ伏し、たまりに溜まった鬱憤を声にして吐き出すリザイア。他人の前では見せられないだらしなさ。
傍に控えるシルキーがお疲れ様ですと苦労を労う。
同様、執務室、秘書のために用意された少々質素な机、そちらを使用しているのはラトリナだ。
ぼけーっと呆けるその表情、口からは魂が抜けているように見えるが死んでない。
「……国を潰した後片付け、冬の間に終わりましたね、お姉さま」
「ええ、なんとか、大きな問題は」
大きな問題とは、主に領地の話だ。
王国なき後、王から与えられていた貴族たちの爵位は力を失った。元子爵とか、そういう肩書きとしての使い道くらいはあるが。
となると王国から支配を任されていた領地に関しての権利とか、法律とか、そういうものもだいたい白紙に戻る。
だが土地に統治者は必要だ、白紙に戻してはい終わりというわけにもいかない。
例えば盗みや殺しを働いたものを罰する偉い人がいなければ無法地帯の出来上がりとなる。
この世にいるのはルールがない状況でも自分を律することのできる人間ばかりではない。
リザイアはアルドナート家に滞在しているエルガルに、新たな王が必要ではと問いもした。
答えは否定だった、以前同様に権力を集中させたとして、支配する領地全てに目を行き届かせ、正しく統治できる能力が自分たちにあるか。
頷けるほどリザイアは自信過剰ではない、自分の手が守れる範囲には限界があると知っている。
そこで提案されたのが領地の分割統治。
ルーフ独立自治領をリザイアが領主として統治するように、旧王国領の他の土地も小さな複数の領地に分けて、それぞれをそれぞれの領主が統治する、という方法。
こうすれば各地の領主は自分の領地の発展に集中できる。
その上で領地同士の関係は従属等ではなく同盟、人の行き来や交易も基本的には自由、何らかの問題があれば話し合いで解決。権力の分散だ。
エルガル曰く、現状の疲弊した国内を効率よく建て直すにはこの体制が一番だろうとのこと。
対案のないリザイアとしては反対する理由もなく、その方向で動き始めた。
しかし一方で出てくる出てくる諸問題。
例えば自分が新たな国を作ろうと名乗りを上げて戦争を仕掛ける元貴族とか。あるいは王国時代に不仲だった者たちの対立なんかも。
幸い前者は力で解決できた。
アルガントムと彼の配下という、ラトリナの剣が各地で働き野心家の戦意を削いでいき、それでも戦を望む者がいれば弱者の代わりに守りを引き受け叩き潰すことで。
後者に関しては根の深い問題で、解決にはリザイア自身が仲裁に赴いたり、あるいは仲良くなってくれたら少々のお礼として金銭を提供すると物欲に訴えかけてみたり。
表面的にでも手を取り合ってくれるなら、今はそれでいい。
そうして問題を整理解決して行き、話し合いを重ねて、同盟以外に新生冒険者ギルドの扱いやらなにやらの法なんかも整備していって。
かつてトランベイン王国と呼ばれた土地は、ルーフ独立自治領含めて十三に分けられた領地を十三の領主が統治するという形に落ち着く。
先ほどリザイアがサインした書類がその十三の領地の同盟契約書であり、ひとまずこの場での仕事はそれで終わりと相成った。
冬のはじめに潰えた王国は、冬の終わり際に別の形に作り変えられる。
後の世にこれを語るのはどこかの歴史家の仕事だ。
歴史の当事者たるリザイアとしては、今はとにかく疲れたという感想しか出てこない。
「馬鹿みたいに騒いで遊んでその後に死人の如く眠りたいです……」
やけくそ気味に呟く領主さま。
その呟きに、ラトリナは口の中に魂を入れなおすとにこりと笑う。
「では騒ぎましょうか」
「……また酒場ですか? 若いうちから酒を飲むのは体に良くないと聞きますよ」
「いえいえ、そんな小さな騒ぎ方ではなく」
ラトリナが口にする言葉は。
「お祭です」




