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66:大悪党に相応しく。

 アルガントムがキュウビに連れられ向かった施設。

 ルーフ村、壁の内の端、住民がいなくなり家も壊れて空いていた土地に、少し大きめの建造物。


 イメージとしては教会に近い。


 十字架なんかは掲げられていないが、なんとなくの雰囲気だ。

 敷地の中では子供たちがわいわいと遊んでいる。


 戦いなんかで親を失った孤児、彼ら彼女らを保護するための施設。

 ラトリナの発案で建造されたものだ。いまは三十人ほどの子供が寝起きしている。


 子供たちはアルガントムの姿を見つけると、わいやわいやと寄って来て、手を引く揺らすと好き放題。



「あ、銀ピカのにいちゃんだ!」

「今日はヴァンおねえちゃんたちはきてないのー?」

「さっきオルトロスが来たけどすぐ帰っちゃった」



 好かれておるの主殿、キュウビの言葉に好きで好かれているわけではないと心の中で声を返しつつ、アルガントムは子供たちの包囲をするりと抜ける。



「銀ピカと言うな、ヴァンは墓場の手入れだ、オルロトスはあんまり犬扱いすると泣くからほどほどにな、ちびっ子はちびっ子で遊んでいろまったく。……ちょっと今日は用事でな。シスターはいるか?」

「ミリアム先生なら奥にいるよー、新しく入ってきた子と話してるみたい」

「そうか。よし、聞きたいことは聞き終えた。そこの九本尻尾のふさふさ女で遊んでよし!」

「ちょ、主殿よ!?」



 子供は珍しいものが好きだ。

 九本の尻尾を持つ変わった衣装の女性。


 キュウビの化けた形態を見慣れてはいる子供たちだが、いまだ彼女の姿は幼い好奇心をひきつける。


 彼女が子供の波に飲まれる悲鳴を背後に残し、囮の任務ご苦労と心の中で敬礼しつつアルガントムは孤児院の扉を潜る。

 中に入ると最初に広がる一室は広間。テーブルと椅子が並ぶ、食堂としての役目もある。


 今は誰もいないそこを通過して、向かうのは奥の部屋。

 扉をノックすると、澄んだ声が返ってくる。



「はい、どなたでしょうか?」

「アルガントムだ。うちの獣連中に話を聞いて来た。入っても構わんか?」

「ああ、はい。どうぞ」



 失礼すると、ドアノブを回す。

 扉の向こうにあるのはこざっぱりとした一室だ。


 中央のテーブル、対面して座るための椅子が二つ。

 部屋の隅には子供たちの落書きだの、あるいは花をちょんと飾った花瓶といった、質素な装飾品。


 子供たちの間では悪さをした時のお説教部屋と影で呼ばれている室内、そこにいた人物は二人。


 片方はミリアムという女性。

 落ち着いた、そして優しそうな印象を相手に与える垂れ目気味の女。


 服装は黒と紫の中間のような質素な色の、露出の少ない法衣だ。

 セントクルスの下っ端修道女のものだという。自分の元居た世界の方の修道女もだいたいこんな感じだったというのはアルガントムの感想。


 見た目通り、ミリアムは宗教関係者である。

 この世界においては神を信仰する宗教というものがセントクルスにしか存在しないのだから、必然セントクルスの宗教関係者。元はセントクルスの地に暮らしていた者。


 ただ彼女の信仰は、国家からは異端の烙印を押されたものだ。


 弱者に救いを、強者に導きを、その教義はセントクルスの国教と変わらない。

 ただミリアムの信じるそれには異端という概念もエヌクレアシェンという主神の名もなく、相手が敵であろうと亜人や魔人であろうと、傷ついたものがいれば救いの手を差し伸べよ、と。


 どこかの名もなき優しい誰かを神の称号で称え、その言葉を唯一の信仰とする異端教徒。

 本来はミリアムたちの信仰が先にあり、その派生としてエヌクレアシェンなる主神を崇め明確な敵を定める現在のセントクルスの国教が発生した、そんな説もあるとか。


 まあどちらが先とかそんなことはどうでもよく、ミリアムは家族や集落の仲間と共に戦場で傷ついた他国の兵士や亜人、魔人をまとめて治療しかくまっていたらしい。自分たちの信じる教えの通りに。

 そうしていたら邪悪に味方する異端と呼ばれ、セントクルスという自分たち同様に何かを信じる者たちの手で家族も友人も殺された。


 ただ一人、命からがらトランベインに逃げ延びたミリアムはルーフ村の冒険者ギルドに加入し、畑仕事なんかを手伝いつつ日々の生活の糧を得て暮らしていたという。

 そしてラトリナが孤児院を作るという計画を持ってきた際、金銭以外の例えば家事などで子供たちの世話をする者が必要ということになった時、手を上げたのが彼女。


 子供たちを正しく導くためにかつて着ていた修道女の服を引っ張り出し、優しくあれという道徳を教えつつ、三十人の面倒を見ている。

 邪悪だの異端だのと口にすることはなく、冒険者として働いていた時代の真面目な姿も評価されて、セントクルスの宗教家として彼女を見て罵るものはほとんどいない。


 というかミリアムに悪口を言うとか孤児院に嫌がらせとか、そういうことをすると冒険者連中が怒ってそいつをぶん殴りに行くので、よく思っていない者でも不干渉が一番と理解しているらしい。

 影ながら活動しているという『ファンクラブ』の戦力を侮ってはいけない、とはカーティナに聞かされた話。


 さて、アルガントムはそんな孤児院のお母さんことミリアムのことは知っている。

 だが彼女と対面して座るもう一人、微かに震えながら俯く小さな女の子のことを見るのは初めてだ。


 アルガントムはミリアムに問う。



「シスター、彼女か?」

「……はい」



 キュウビに聞いた話を思い出す。

 子供を拾った。


 兵士崩れの賊退治の後、その陣地を念のためにと見て回っていたら女の子が隠れていた。

 賊にさらわれた子供ならば連れて帰って親探しとそれだけの話だったのだが、彼女は十霊獣が始末した賊の骸の一つを恐る恐ると触れると、こう口にしたという。


 お父さん、と。


 その死を確認すると悲鳴を上げて錯乱する彼女は、つまりは自分たちが殺した賊の娘。

 損得だけを考えるならば親を殺された彼女が憎悪を持って敵対する前に殺しておいた方が良い、というのが十霊獣の、アルガントムの従者としての判断。


 だが感情が、子供を簡単に殺すのはどうかと待ったをかけた。

 命令だけをひたすらに実行する機械に彼らはなりきれない。


 そうして十霊獣が泣きつかれて眠った彼女を連れ帰り、主たるアルガントムに後の処分を託した。

 個人的な偽善で主君を煩わせた罰は覚悟しているというのがキュウビが代弁した十霊獣の総意。


 返した言葉は、構わん許す。


 アルガントムだって自分が同じ状況に立ったら同じことをしただろうと思うのだ。

 年端も行かぬ幼子を惨殺するのは、なんだかとても気に入らない。何万と殺しておいて今更だが、兵士と子供じゃ命が違う。


 しかし生かすなら生かすで何もせずに放置するというのも無責任。

 今の少女の姿を見ればさらにそう思う。なんとかしてやらねば、と。


 とにかく必要なのは、言葉だ。

 アルガントムはかがんで彼女と目線をあわせ、できるだけ優しい声色で問う。



「君。名はなんという?」



 答えない。

 急かす必要はない、じっと見つめ、待つだけだ。


 その二人の様子を見てミリアムがおろおろとするのを一方として、しばらく。



「……ソー、ナ」



 震える声で少女はそう名乗る。



「ソーナか。覚えた」

「……ねぇ。私のお父さんは? 一緒に遊んでくれたお父さんの友達のおじさんたちは?」

「君の、父親は」



 アルガントムは考える。



(……きっと、全て正直に話すというのが正解なんだろうな)



 お前の父親たちは盗賊だ。

 そう生きねばならぬよう、自分がこの国を変えてやった。


 そして気に入らないから死んでもらった。自分が命じた。

 恨むなら恨め、殺したいなら刃を持って挑んで来い。


 真実を話してしまうのが、最も簡単で手軽でスッキリする、後腐れのない解決法だ。


 子供一人に恨まれようと、どうにかなるなんてことはない。

 彼女の復讐の刃がこちらの首を切り裂くまでにどれほどの時間が掛かるだろう、きっと十年二十年ではどうにもならない。


 そして、いつか諦めるとして。


 そのための長い年月を彼女は憎悪と共に過ごすことになるだろう。

 自分が強いと理解しているからこそ、彼女が復讐に生きたところで無駄になると予想がつく。


 他人の生き方や幸せに口出しできるほどアルガントムは完成した人間ではない。

 それどころか、きっとそんな権利のある人間、本来この世に存在しない。


 だが、この場においてはソーナという一人の少女の生き方は、アルガントムの言葉一つで左右されてしまう。


 それならば。



「君の父親は、凶暴な魔物から君を守って亡くなられた。安心しろ、その魔物は俺の仲間が倒しておいたからな」



 アルガントムは嘘を吐いた。

 父が死んだ、その事実を改めて突きつけられて、ソーナはわんわんと声をあげ涙を流す。


 その涙が止まるのを、アルガントムはひたすらに待つ。

 ミリアムが優しくソーナを抱きしめ、ようやく彼女は泣き止んで、そしてまた沈黙。


 しばらくの後。

 仇であるはずの相手に、ソーナは小さく呟いた。



「……助けてくれて、あ、りがとう」



 やめろ、その言葉をこっちに向けるな。

 自分が受け取っていい言葉じゃない。


 罪悪感に左胸の辺りをかきむしりたくなる。そんな感情、まだあったのか。

 それでもと、アルガントムは嘘を吐き通す。



「気にするな。……それで、行くあてはあるか? 家族とか」

「お母さんは、ずっと昔に死んじゃって。他は、しらない」

「一人か。ならばしばらくここの世話になると良い。身寄りのない子供を預かるために作られた施設だ、君のとりあえずの居場所となるだろう」

「……いい、の?」

「構わん」



 そう、構わない。子供一人を養うために必要な環境くらいはどうとでもなる。金と力で解決できる。

 家事とか、そういう世話はミリアムに任せることになるが、彼女はアルガントムの視線を向けられると、問題ないと頷いた。


 自分が死ぬまでこの罪悪感を抱えているだけで、一人の子供が成就しない復讐なんて生き方を逃れられるのならば、それで構わないのだ。



(……人を殺すのは簡単だが、嘘を吐き続ける、ってのはキツそうだな)



 先の困難を予想しつつ、今更こんな人間性がなんになるとは思いつつ。

 嘘を吐きとおすために、アルガントムはソーナに問う。



「それで、ソーナ。一応聞いておきたい。思い出したくないかもしれんが、君の父親を殺した魔物、その姿を見たか?」

「見て、ない。あっちこっち真っ赤で、わからなかった」

「そうか。ならば思い出す必要もないだろう、忘れてしまえ、もうこの世にはいない魔物の姿など」



 十霊獣と接触させることに問題はない。

 彼らには詳細は伝えずなんとかなったと、ただし彼女の家族に関することは話題にも出さぬようにと念を押したうえで、これからも変わらずこの地に居ろと言えるだろう。


 たぶん、アルガントムの吐いた嘘のことを詳しく知ったとすれば、彼らは彼らで気に病む。

 それもそれで、気に入らない。


 全ては命令を出した自分が背負う、それが命を預けてくれる彼らに対する、主人としての責任だ。

 一方で、アルガントムはミリアムに小声で聞く。



「……シスター、彼女のことを詳しく聞いているか」

「いえ、キュウビさんからは戦場で拾った孤児とだけ」

「……そうだな、魔物に襲われていた集落の生き残りだ」



 ミリアムは詳細を知らない。


 ならば、口裏を合わせるための打ち合わせは不要だ。

 魔物に襲われていた集落の生き残り、父親を魔物に殺された少女。


 ソーナはそういう経緯でこの地に来た女の子だ。

 大嘘吐きの大悪党は、彼女に優しく言葉をかける。



「ソーナ、よく生き残ってこの地に来たな。歓迎しよう、心と体をゆっくり癒せ」



 ありがとうと、少女はこの場において初めて微笑んだ。

 その微笑みに胸の内を切り刻まれながらも、アルガントムは真実を語らない。

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