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65:この世の者でもわからない。

「正体不明の何か、ですか」



 ルーフ村の集会所、執務室。

 いま室内にいるのはアルガントムとラトリナの二人だけだ。


 リザイアは気分転換にと、外の空気を吸いにいっている最中。


 二人きりの部屋の中、アルガントムは壁によりかかりつつ、ついさっき戦った相手のことを主に報告していた。

 ナインのレイディアントレギオンを乗っ取った何か。


 地割れの底から出てきたそれに心当たりはあるか、聞かれてラトリナは首を横に振る。



「他者を乗っ取る魔物、あるいは魔法、そんなものがあるとは思えません」

「存在すら否定か」

「だってそんな便利なものがあったなら、真っ先に権力者が民衆に使うでしょう。あるいは魔物なら、それこそ地割れの底どころか世界のどこかを支配する、とか」



 ラトリナの意見はアルガントムと同様。

 この世界出身の人間の言葉と見解は異世界の者と変わらない。


 

「ただ、あくまで私の現知識では存在するかわからない、という話でして。魔法ならば魔法使いの方にでも少し聞いてみるとしますし」



 そして、もしそんな強大な力を持つ魔物の類ならば何らかの伝承の一つや二つは残っているはず。

 ラトリナはそう語り、ちょうどいい物が先ほど届いた、と。



「いい物?」

「ええ。トランベイン王城に保管されていた書物ですね。今現在の王都の革命の熱狂の中では民衆に燃やされてしまうかもしれぬからと、持ち出されたものが先ほど届きました」



 あとでそれにちょっとずつ目を通し、伝承なんかを確認してみるとのこと。

 すでにアルガントムが討ち倒した後とはいえ、念のために対策は必要だ。



「ところでその本なのですが、結構な数になるので置き場所に困りまして」

「ふむ、なら俺が寝泊りしてるあの小屋に少し運び込めばいい」

「実はすでにそうしたあとなのですが」



 ちょっとラトリナは申し訳なさそうに目を逸らす。

 嫌な予感がする、と。



「どの程度に持ち込んだ?」

「ざっと数百、というか本をベッドにして寝れる程度には」



 後々、図書館でも建てなければと、そう語るラトリナにアルガントムとしては一言物申しておきたい。



「……最近ようやく片付いてきたというのに」

「ふふ、まあ――司書もついでにお願いしますね?」

「仕事が増えるなまったく。悪くはないが」



 忙しくさせてくれる主だと、アルガントムはため息を吐く。

 その姿にラトリナはならばと提案。



「あるいは、あなたも向こうは誰かに任せてこちらで寝泊りすればよいのです。防音も整っており、中々に暮らしやすいですよ。お姉さまもいますし」

「なぜそこでリザイアの存在をチラつかせるのかは聞かんぞ。……しかし、引越しか」



 アルガントムは眠らないし疲れない。

 疲労感みたいなものを感じることはあるが、気分的なものだ。


 極端な話、野宿でも十分ではある。

 文明人としてそれはどうかという気もするが。


 少し考え、結論は。



「まあ、考えてはおく。今は例の小屋で構わんさ」



 保留だ。

 あの地は結構落ち着けるのだ。

 それに七十二体に何かあった時、すぐ報告に誰かが来れるという環境も大きい。


 今のところはあちらで構わない。

 その答えを聞いて、ラトリナは少し残念そうだった。



「そうですか。お姉さまにもそう伝えておきましょう」

「だからなぜリザイアの名前がここで出るのか、これがわからないんだが」



 ラトリナは適当に微笑んで聞き流す。この女。

 さて、それはそれとして、と。


 そろそろアルガントムは問うべきかと考えた。



「ところでラトリナ、頭のコブはなんだ」

「……書類仕事を押し付けて外の視察に行っていたら帰宅早々お姉さまにお仕置きされました」

「そうか。……自業自得だ、諦めろ」

「むー。私の部下なんだから味方してくれてもいいじゃないですか」

「くくっ、主の失態を諌めるのも部下ってもんじゃあないか?」



 むくれるラトリナの頬をアルガントムがつっつくと、ぷすーとその唇から空気が漏れた。



「くくっ」

「ふふふ」



 アルガントムは喉を鳴らして軽く笑い、ラリトナもいつものように微笑む。

 世界は色々と変わったが、二人の関係は相も変わらずそんなんだ。


 と、コンコンという、ノックの音。

 執務室に来訪者。珍しいことではない。


 ラトリナはアルガントムに目配せし、構わんという許諾を得れば、どうぞと外にいる者を招き入れる。



「失礼するぞ、ラトリナ様。主殿はここにいると天使たちに聞いてきたのだがの」



 扉を開けて入って来たのは、暖色の色の髪を持つ、和服を着た美女。

 揺れる九本の尻尾を見れば、まあ常人ではないのは一目瞭然だ。


 人に化けるという技を持つ十霊獣。

 アルガントムは彼女の名と共に問う。



「キュウビか。わざわざどうした?」

「おお、主殿。いや、例の任務の最中、少々厄介なものを拾ってしまってな」



 例の任務。

 森林の奥地に陣取った兵士崩れの賊の排除。


 キュウビたち十霊獣の力でも苦戦する何かがあった、というわけではないらしい。

 厄介な拾いもの、とは。



「何を拾った?」

「……見てもらった方が早いのだ、歩きながら話をするゆえ、ついてきて貰えるかの」

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