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64:死を他へ。

 地の底から響いた爆発の音。

 腕を組み、三大天使の帰還を待っていたアルガントムは、それに気づいて慌てて地割れを覗き込む。



「ゼタ! ナイン! オメガ!」



 声は届くか。


 届いている。


 六本羽の光、それが三体分。

 高速で昇ってくる三人の姿を認め、安堵する。


 地上に出ると同時、彼女たちは身を翻して主の傍へと着地。

 三人同時、深く息を吐く。まったく仲良く同時のタイミング。


 何が起きたかよりも先に、アルガントムは彼女たちに聞いておく。



「三人とも無事だな?」

「ご覧の通り、健在です。我が主」



 答えたのはオメガ。

 彼女らの姿を見れば、目だった傷はなし。

 ならばいいと、アルガントムは頷いて。



「何があった? 爆発音が聞こえたが」

「何者かに私のレイディアントレギオンを乗っ取られました」



 乗っ取られた。

 ナインの言葉にアルガントムは首を傾げる。



「乗っ取る? アレを? 可能なのか」

「エンシェントでは不可能でした。他プレイヤーやエネミーを操る魔法、技などは存在していませんでしたので」



 言葉で騙して人を操るという手段ならば、相手は中に人間の入っているアバターだ、実際の人間を騙すようにしてそうやれば不可能ではなかった。性格の悪いやり方だが。

 またエネミーは操れない、相手のターゲットをひきつけるなどして動けばある程度は動きを操作することもできるが、それを操るとは言えないだろう。


 召喚という手段は、エネミーを操るというよりはエネミーと同じ外見と能力を持った存在を味方として新たに呼び出す、という方が正しい。

 レイディアントレギオンもその召喚の類だとナインは言う。


 他者の支配、システム的に存在していなかった力だ。

 ゆえに、アルガントムやその配下たちにそういう力はないのだが。



「ただ、こちらの世界の力では可能、なのかもしれません」



 エンシェントとここは近しい法則を持つ異世界、しかし全てが同じというわけでもない。

 プログラムで設定されたものが世界の限界となるゲームと違って、人には未知の領域があってもおかしくはない。

 エンシェントにはない力の存在を否定はできないのだ。


 他者支配の力。

 全ての人間を自由に操れるなら、片っ端から権力者を支配してこの世を簡単に統一できるだろう。


 制限などなければ無敵の力だ、そうならないからには制限があるのだろうが。

 そしてアルガントムが例えその力を持っていたとしても、敵が来たら片っ端から自殺させて迎撃の手間を省くくらいにしか使わないだろうし、まあ世界征服が行われるとも限らないか、と。


 個人的に用途を考えるのは後にして、アルガントムがゼタたちに詳しく状況を聞いてみると、操られたのはレイディアントレギオンの一体。

 周囲に何かの姿は認められなかったが、ただ暗闇の中でゼタが何らかの意思を感じた、と。



「意思?」

「はい。私たちの侵入を、あるいは私たちの存在自体を嫌がっているような、友好的ではない意思です」

「意思は感じたが敵の姿は見えず、か。そういう……怨念みたいなもの? を、感じ取る力なんてのを君らは持っていたか?」

「いいえ。……私個人が感じたものです。気のせいかもしれません」



 ナインやオメガに視線を向ければ、彼女らも少し言葉に迷っていた。

 ゼタほどではないが嫌な雰囲気は感じたらしい。


 謎の乗っ取り、気のせいかもしれない何かの意思。



「……流石に、この場では何もわからんな」



 情報不足。

 しかし調査に再びゼタたちを地割れにつっこませる、さすがにそれは危険だろう。


 ゼタたちが操られでもしたら、辛い。

 彼女たちと敵対はしたくない。


 幸い、今のゼタたちに操られている気配はない、いつもの彼女たちだ。

 地割れに深く潜らなければ操られないと、アルガントムはとりあえずの予想を記憶に書き込んでおく。



「……他の飛行可能なヤツらにも立ち入らぬよう教えておかないとな。とにかく、ご苦労だった。君らが無事で何よりだ」



 労いの言葉に、ゼタとオメガは頭を深々と下げて。



「マスターに帰還を所望されたのですから、それに従うのみです」

「勿体無いお言葉です、我が主」



 一方でナインはにぱっと笑い。



「ありがとうございます! ご主人さ――」



 言葉を途切れさせると同時、その笑顔を凍らせた。

 彼女はアルガントムの背後を見ている。


 どうしたと問いつつも、アルガントムは彼女の視線を追って。



「……これは」



 そこに存在するものを見た。

 六本羽、黒く染まった天使のまがい物。


 ナインのレイディアントレギオン、それによって作られるもの。

 ただその状態は異常の領域。


 黒いカビに侵食されているかのような、ざわざわとしたまだら模様。

 ドロドロと溶けた粘性を感じさせる体の一部は地の底へと落ちていく。


 そして何より、歪な二本が増殖した六本羽。

 羽の数を強さの証とするならば、ゼタたちと同格という証明。


 神々しさなんてものは微塵も残っていない腐敗した人形。

 アルガントムが知るレイディアントレギオンの姿とはかけ離れており。



「なん、で生きてやがるッ!?」



 確かに始末したはずと、叫ぶナインも知らぬ形態。

 危険な雰囲気に寒気を覚えつつも、アルガントムはナインに問う。



「確実に仕留められる火力でやったんだよな?」

「はい、間違いなく! アイツを潰すために五体同時に起爆させました!」



 レイディアントレギオンによって作られたデコイ程度、本来ならば同じ存在を一つぶつけて爆破すれば砕け散る。

 それを五つ纏めて食らわせて、散らずに残れる耐久力など持っていないはずだ。


 エンシェントでの常識と照らし合わせ、アルガントムとナインは目の前のものをありえないと判断する。

 ならばアレはこちらの世界の理に取り込まれ、変質したモノ。


 正体不明を前に、アルガントムは平静を保って問いかける。



「お前は何だ?」



 答えは、それが自らの顔の左側をぐちゃぐちゃとかきむしるという奇妙な行為と、そして音声だ。



「意思。理想。世界。目的。排除」

「ぶつ切りで話すな、何を言っているのかわからん」

「嫌悪。拒否。世界。平穏。不要。異物」



 何かは一方的に単語を紡ぎ、こちらの理解など不要とばかりに崩れた人型で戦いの構えを取る。

 五本の指を限界まで開かせて、メキメキという異音と共に変質させて、完成するのは五本の鉤爪。


 光と黒を撒き散らす汚染の刃の切っ先を、アルガントムの方へと向けた。



「……俺たちが先にそっちの領域に侵入したのが悪いのかもしれんが、あやまってもすませてくれる気はなさそうだな」

「拒否。排除。排除。排除」

「クソ、言葉が通じているのかどうなのかもわからん。だが」



 例えこちらに非があったとしても、敵対的な相手にどうぞと命を差し出す気はない。

 ゆえに、攻めて来るなら迎え撃つ。



「ゼタ! ナイン! オメガ! 俺が前衛、君らは援護だ! 敵の正体がわからんゆえに、俺直々に対処する!」



 自分を一番危険な配置に。

 主のその判断に異議を唱えようかと考えたが、いまは言い争う場合ではないと三体は従う。

 ただ。



「気をつけてください、マスター」

「アレは未知数です! 危険と判断したら私たちを囮に!」

「我が主を、守って朽ちるならば我らの生まれた意味もあるというもの!」



 それぞれにかけた言葉の意味は、自らの犠牲も構わぬという覚悟と、アルガントムの身を案じる心配。

 覚悟も心配も無用、と言いたいが。



「わかってる。何だか知らんがあいつはヤバい」



 ゆえに、全力だ。

 アルガントムがアイテムストレージから取り出すのは巻物と護符。


 セイヴァーとドレッドノート、それぞれ攻撃と防御の上昇魔法。

 まず強化しておくのは間違いではないはず、そう考えての行動だったが。



「行動。否定。否定」



 アルガントムがMPを投入するよりも先に、敵が動いた。

 速度は高速、本来のレイディアントレギオンのデコイを上回る。


 だが鉤爪を向けた先にいるアルガントムを狙う、と。

 その動く方向がわかっていたのだ。



「させねえよ! レイディアントレギオン! 防御!」



 ナインが再展開したその六体をアルガントムの前方に防御の姿勢で待機させる。

 乗っ取られたものはもはや別物としてカウントされているらしい、この場にいるのは合計七体のレイディアントレギオン。


 敵に乗っ取られた異形の一体以外は味方。

 数の優位がある、はずだった。



「同格。否定。無力。脆弱」

「んなっ!?」



 馬鹿なと、ナインは思わず叫んだ。

 六体全てが一瞬で切り裂かれ、無へと帰す。


 外見同様に能力も変質しているのだろうが、想像以上にその火力は高い。

 デコイ程度では盾にもならない。


 アルガントムとしても、その敵の速度と威力は想定の外だ。



「チッ」



 巻物にも護符にも魔力を投じる暇はなく、アイテムストレージに収納しながら慌てて後ろに跳んだ。


 回避の直後、勢いをそのままに敵が地面に着弾する。

 大地の破片をばら撒き、土煙を巻き起こして封じられる視界。



「邪魔。不要」



 わずらわしいと、ソレが言葉と共に翼を動かして起こした風。

 煙を吹き飛ばしてクリアになった視界の先、それが見たのは輝く翼。



「レイストーム収束砲、照射」



 ゼタの六本羽から放たれる光の奔流。

 彼女の持つ最高火力の一撃に飲み込まれる腐敗天使。


 無属性、防げぬ一撃。

 アルガントムだってこれを食らえば甲殻が少し融解し、間違いなくそこそこのダメージを受ける。


 この世界に防げるものなどいるはずはない。


 だが、そんな一撃をまともに受けた上で、敵の天使は健在なのだ。

 光線が消えた後、その外見は肉が削げ落ちた骨の如く崩れてはいるが、それでも存在し続ける。



「危険。認識。否定。脅威。肉体。損傷。軽微。許容」



 どろりと、黒い泥のようなものがそいつの失った肉を補完していく。


 それを見て、アルガントムはゼタとナインにさらに退けと命じた。

 アレの体は火力も耐久も想定以上だ。


 ならば、その力をそのまま返せば。

 アルガントムが両手を開き、大の字で立って挑発。



「吼えるならば斬りに来い!」



 腐敗天使は、まっすぐに突進。愚直。

 その腐敗の突撃の前に、オメガが盾と立ち塞がった。



「カウンターフォース!」



 五本の爪を受け止めると同時、その力をそのまま返す。

 腐敗の天使の体に傷がついた。


 胴体に四、そして一つは攻撃に使った片腕の切断という形で現れる。

 これは効くらしい。よろよろと、バランスを失い後退、転倒。


 もしカウンターフォースを貫通されていたら即座にリジェネレイトを発動させオメガを回復させねばならなかったが、杞憂だった。

 ならばと、アルガントムは彼女が作った敵の隙に追撃を叩き込むべく即座に動く。


 跳躍しオメガを飛び越えながら、右手には杖、左手からは金貨を散らせつつ魔力として流し込む。


 発動準備は着地の前に終わらせる。

 地に足が着くと同時、敵の頭を左手で掴んだ。


 じたばたと暴れつつ、腐敗天使は残った片腕でひっかいてくる。

 アルガントムの体に明確な傷がつく。五本の刃で刻まれた傷跡。



「マスター!」

「ご主人さま!?」

「我が主!」



 心配する彼女らに問題ないと答えつつ、内心ではめちゃくちゃ痛いと吐き捨てて。



「倍にして返す!」



 体を回転させ勢いをつけると、砲丸投げのように腐敗天使を上空へと投げた。

 必要なことだ、破壊の範囲の内に誰も巻き込まないように。



「爆破杖インフェルノ!」



 右手に持っていた火属性の杖、熱を纏うそれを槍の如く投擲。

 直撃と共に閃光、爆発。


 煙と共に腐敗天使が下へと落ちる。

 爆発によって生じた風の中でも動じず、アルガントムは敵に追撃を投げつけた。



「雷撃杖インドラ!」



 命中、落雷。

 連続した雷撃に腐敗天使がズタボロに切り裂かれていき。



「零度杖コキュートス!」



 続き水属性の杖をぶつければ、歪な人型は一瞬で凍りつく。

 凍結し、浮力を失いさらに下へ。


 地割れに向かって落ちていくそれに、トドメとばかりに投げるのは。



「流星杖ッ、コフェルス!」



 星を降らせる杖。

 空から落ちてきた巨岩が凍った天使を打ち砕き、さらに地の底へと押し込んでいく。


 着弾の衝撃はいつまで経っても襲ってこない。

 どれだけ深い穴なのかとアルガントムは呆れつつ。



「四属性全部くれてやったんだ、最低どれかを食らっただろう」



 相手が火に強かろうが水に強かろうが風に強かろうが土に強かろうが、関係ない。

 全部ぶつけてやればいい、アルガントム自身のように全属性を無効化でもできなければどれかで死ぬはず。


 それでもダメなら、ひたすらゼタやナインの持つ無属性の攻撃を、敵が削りきれるまでぶち込むまで。

 陽動はアルガントム、防御はオメガが担当する。


 しかし、しばらく待っても敵が戻ってくる気配はない。



「討ち滅ぼした、か」



 主の言葉にゼタたちは羽をたたみ、一方で一応の警戒で地割れを睨みつけている。

 ナインはぺたんと地面に座り込んでいた。


 想定外で想定以上の強敵といきなりぶつかったのだ、肉体はともかく精神的には疲弊する。

 アルガントムは敵につけられた傷を指でなぞり、僅かな恐怖を覚えつつも改めて考えるのだ。


 なんだったのだ、アレは、と。

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