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63:下へ下へ。

 七十二の配下たちは、少しずつこの世界に存在する目的みたいなものを見つけ始めていた。

 例えば、ホムンクルスは剣と魔法の世界を銃と機械の世界に変えてみたいと、好奇心から鍛冶師をはじめとした技術者や魔法使いと共に新たな技術開発に着手している。


 七巨獣他の巨体持ちは現地住民の許可を貰いつつ大規模な土地開発。

 まずは旧トランベイン領内に天然に存在していた川と、オケアノスたちのいる湖を繋げるつもりらしい。

 将来的には船で行き来できる水路がこちらまで繋がるだろうと、リバイアサンに報告を受けた。


 それと七海魔間では巨大タコ型スキュラと八本足のローレライ、巨大イカ型クラーケンと十二本足のセイレーンがどちらが優れているかで口喧嘩したりもしているとか。

 サメ最強派の巨大魚エギルと、どっちでもいいリバイアサンと、水があるならなんでもいいオケアノスは傍観、と。

 どうでもいい情報だ。


 一方、七十二の一部には、新生した冒険者ギルドに相変わらず届く依頼の中の厄介そうなものを受ける者もいる。

 戦いが起こりそうな不穏な土地に行く予定があったらついでに強引にことを解決するよう命じておいた。


 やっぱり酒場で料理を手伝っていたりするイフリートやフェニックス、空を飛んで荷物配達をするハーピー、等々、人の生活に密着している連中も何体か。

 十人十色ならぬ七十二体七十二色。


 良いことだと、アルガントムは思う。

 アルガントムの配下として決められた生き方をする者もいれば、それ以外の生き方を模索する者もいる。


 選択できるのは悪いことではないはずだ。

 万が一にも敵対することになれば悲しいが、その気配もない。


 なので彼らには彼らの役目を任せ、自分は自分でやるべきことを、と。

 アルガントムは目の前を見て、そしてふと思う。



(……この地割れに落ちたらさすがに死ぬだろうな)



 底の見えない暗闇。

 アルガントムがセントクルスを撃退した時に出来た巨大な地割れ。


 三大天使を引き連れて、この場に来たのは調査のためだ。

 大きな理由としては、アルガントム個人のちょっとした疑問。


 セントクルスの軍勢に打ち込んだ一撃と、トランベインの王を狙って打ち込んだ一撃。

 同じ地裂杖テンチカイビャクの力であるのに、方や大地に切れ目を入れた程度、一方でこちらは国境を引き裂く大威力。なぜこうも差があったのか。


 ちなみに対トランベインで使用した時の方がエンシェントでの本来の威力に近かった。

 つまり異常な威力となったのはこちら側。


 ゼタ曰く、元よりこの地はいずれ大地が割れてしまうような土台だった、ということらしいが。

 本来ならば長い時間をかけて引き裂かれるはずの大地にアルガントムの地裂杖の衝撃が加わって、一瞬でこうなったのだろう、という予測。


 まあ想定外とはいえ国境が物理的に引き裂かれたことで他国からの干渉を受けにくくなったのは悪くない。

 ただ、例えばロープか何かで下に降りて、そこから昇りのはしごでもかけて昇ってくるとか、そういうことは可能なのか?


 トランベインの内側が不安定な状況で外部からの干渉はご遠慮願いたいところだ。

 リザイアやラトリナが頑張っているのに、さらに苦労をかけてしまう。


 なんにしろ、情報収集が必要だ。


 大きな敵のいない今の時期にこそ、この地割れの調査を。

 アルガントムの意思。


 ただこのどれほど深いかもわからぬ割れ目に身を投げるのは無謀である。

 そこまで考えなしに動いているわけではないと、アルガントムがアイテムストレージから取り出したのはライトストーン。



「ゼタ、持っていけ」

「はい、マスター」



 掌に収まったそれに金貨を投入し発光させて、ゼタにぽんと手渡す。

 作戦、というほどのものでもないが、アルガントムは天使たちに今一度確認する。



「目的はわかっているな、ナイン」

「勿論です、ご主人様! この地割れの深さ等の調査です!」

「君らを選んだ理由は理解しているな、オメガ」

「無論、飛行能力と戦闘能力で不測の事態に備えるため。我が主の判断は的確です」



 正体不明の穴だ、ゲームか何かなら中に何か潜んでいてもおかしくない。

 まあゲームの世界ではないが、似たような異世界、その可能性も否定はできぬと、飛行が可能で最も戦闘力が高い三大天使に仕事を任せることにした。


 自分が飛行できたなら自分で突入していただろう、エンシェントのアバターが出来るのはジャンプまでなので不可能だが。

 そしてルーフ村の魔法使いに飛行の魔法なんてものはあるかと聞いてみたら、現在世界に存在しないらしい。


 その魔法を開発しようとして過去に落下死した魔法使いの数は数え切れないとか。

 微妙に夢のない魔法の世界である。


 とにかく、と。



「目的は調査だ、何かあったらすぐ戻って来い。君らが万が一にも死ぬのは許可せんぞ」



 アルガントムの言葉に、三人の天使は自分たちの身を案じてくれることに対する感謝と、了解の意を返す。



「了解しました、マスター」

「任せてください! ご主人さま!」

「期待に応えてみせましょう、我が主」





 三体の天使は下へ下へと降りていく。

 日の光から遠ざかり、頼れる灯りはゼタの手にするライトストーンのそれ一つ。


 ふとナインが翼を羽ばたかせる。



「レイディアントレギオン」



 展開する六の天使の模造品。

 わずかな輝きを持つそれら。



「たいまつ代わりにちょっとは使えるでしょ?」



 ナインの言葉に、ゼタとオメガは軽く頷く。

 ナインとしてはもうちょっとお姉ちゃんすごいくらいのリアクションを期待したかったのだが、まあ誰が長女か問題は未だ決着がついていないので仕方ない。


 灯りと共に、深くへ、深くへ。

 暗闇の中へ。


 ひたすらそれを続けていく。

 沈黙も飽きると、ナインがため息混じりに喋りだす。



「……何もないわね。たまに死体が壁に引っかかってるくらいで。そのくせまだまだ下がありそうだけど」



 オメガがふと頭上を見上げれば、もはや空など見えはしない。



「……なんでしょう、この地からは多少の異常を感じます」

「んふふー、オメガもしかして怖いの? 見た目だけは一番年上のくせに」

「ナイン、だから私が見た目だけではなく事実長女のはずです。それと怖いなどとは言っていません。ただ――不気味である、と」



 不気味。

 口ではオメガをからかうナインだが、彼女にも感覚は理解できる。


 延々と続く大地の裂け目。まだまだ底には遠そうな暗闇。

 果たして自分の羽は正常に機能しているのか。


 気づいていないだけで、落ちている、あるいは引きずり込まれている、と。

 そんな錯覚に陥りそうなほどに、この闇には終わりが見えない。


 そのくせ、潜っても潜っても何も起きないのだ。

 こんなにも何かがありそうなのに。



(……ほんと、なんなのよこの場所は。気持ち悪いったらありゃしない)



 早く地上に戻りたい。

 主の待つあの場所へ。


 そんな、ナインの心の声が聞こえたわけでもないだろうが。

 突然、ゼタが降下を止めた。



「ゼタ? どうしたの?」

「何かありましたか?」



 ナインとオメガが問うと、ゼタは返答の代わりに瞳を閉じて、意識の集中。

 感じたものを言葉にする。



「……声、いえ、もっと不確かなもの。意思、でしょうか」

「意思?」

「嫌悪感や苛立ち、拒否、否定、悪意。……そういうものがここに集まっている、そんな感じがします」



 言葉通り、確かに不確かだ。

 目に見えるものでも音に聞こえるものでもない、意思。


 普段なら笑い飛ばしてしまえそうなセリフ、ゼタの感じたというモノ。

 だがナインたちはどうにも否定しきれないのだ、その意思という存在を。


 確証はない、なんとなく。


 この場に満ちる闇が、そう思わせるのだ。

 さて、これ以上、下へと降りるべきか。


 三人は主の命令を思い出し、一つずつ言葉として並べていく。



「目的は調査」

「何かがあったら即時帰還」

「死は許可しない」



 調査は十分か。否。

 ゼタの感じた感覚を非常の事態と呼べるだろうか。否。

 例えば何かの怨念如きで自分たちが死ぬ。ありえない。


 自分たちを止めたければ、我らが主を連れて来い。

 顔を見合わせ、意思を一つに、三人が降下を再開しようとした、その時だ。



「――試験。支配。人形。肉体。取得」



 カタコトだが、明確な声を聞く。

 それを発したのはゼタでもナインでもオメガでもない。


 彼女たちが振り向けば、そこにいるのはナインの操るレイディアントレギオンの一体だ。

 ただ、その輝く体にはどす黒い煙が纏わりついており。



「っ!? 起爆!」



 咄嗟に危険を判断したナインが、指令を飛ばして何らかの影響を受けつつある自分の人形を爆破、消滅させようとしたが。



「……受け付けない!?」



 それはナインに応えない。

 ただ存在し続け、敵意と嫌悪を他者へと向ける。



「侵入。不快。排除。排除」



 闇と共に、光が動いた。

 ナインの支配下を離れたソレは、最も目立つ光を持つ者、ライトストーンを手にしたゼタに狙いを定める。

 最初はゆっくりとした動作で力を溜めて、次の一瞬には翼を羽ばたかせた衝撃による高速を持って、天使の一人を落とそうとして。



「レイディアントレギオン! 防御!」



 人形の突撃を止めたのは、他のナインの人形たち。

 同格にして数に勝る者たちに組み付かれ、黒く染まった何かはその動きを一時的に止められる。


 オメガはナインの意図を察し、ゼタへと目配せ。

 彼女もまた理解した、と。


 三体の天使が上を目指して羽ばたいた。

 異常の発生、脱出のための上昇。


 そしてナインは操られた人形を破壊するため、安全圏まで昇ってから、自分の支配下の人形たちに命令を飛ばす。



「レイディアントレギオン! 起爆!」



 五つのデコイが、一つを粉微塵と砕くために炎を伴い破裂した。



「誰だか知らねえが私の人形奪っておいてタダで済むと思ってんじゃねーぞ! 五倍の暴力だ思い知れッ!」



 追撃とばかりに中指つきたて捨て台詞。

 そんなことを言っているうちに、他の二人から少し遅れていた。


 慌ててナインは上昇速度を速める。

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