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61:亡霊メイドと陽光姫。

 ルーフ村の集会所、会議の場のみならず、時には他所からの使者や貴族を迎えたりもする、そんな目的で建てられた施設。

 トランベイン十六世がもしこの地に滞在することになっていたら、その建物の一室、精一杯豪華に作られた貴賓室に案内されていたはずだ。

 王は間違いなくこんな部屋で寝られるかと文句を言うであろう。


 一方、リザイアとしては寝て起きる場として十分だ。

 本当はギルド二階の宿屋の一室でも構わないのだが、ルーフ独立自治領と名乗ることになった土地の最高責任者、つまりは現領主がそれでは流石にマズいと人々のお願いでこちらに泊まっている。



「……う、ん」



 リザイアは、あまり朝に強くない。

 窓から射し込む日の光から逃れるように、ベッドの中に潜り込もうとして。



「――おはようございます」

「うひゃあ!?」



 声に反応しふと目を空けたら、死人みたいな生気のない顔が自分を覗き込んでいるのだ。

 さすがに驚き声にも出して、相手の正体を確認して安堵のため息。



「し、シルキーさんですか。驚かせないでください」

「失礼しました。しかしこの方法がリザイアさまの目覚ましには効果的とわかったので」

「本っ当に驚くのでやめてください」



 考えておきますと、亡霊メイドは目を逸らす。

 そう、メイドだ。


 アルガントムの配下、十二死徒の一人、シルキー。

 彼女は亡霊である前にメイドなのだ。


 ゆえに世話をする相手が欲しかった。

 ラトリナはある程度は自分の世話を自分で出来るようになっていたし、アルガントムに至っては世話が必要な体ですらない。


 j従属欲を満たせず欲求不満に第二墓地にいた彼女に巡ってきた好機。

 世界情勢の変化の中で、リザイアがルーフ村に定住することとなった。


 元よりそうだが未だに身分高し。新たな仕事が忙しく人手を欲している。部屋は放っておくと散らかすタイプ。

 メイドとして仕えるには完璧と目を光らせたシルキーは、本来の主にリザイアの元で働く許可を求めた。


 君がそうしたくて彼女が良いというならば、自分としては何も言うことはない。

 それがアルガントムの答え。


 答えは得たので今度はリザイアにどうかと聞けば、彼女も世話をしてくれるなら嬉しいと。

 そうして働き始めて現在に至る。朝に弱い主を起こすのもメイドの仕事だ。


 シルキーが用意しておいた桶、そこに満ちる透明な水で顔を洗うリザイア。

 驚きすぎて高鳴った心臓も落ち着いてくる。

 布で顔を拭い、一息。



「シルキーさん、今日の予定は」

「書類仕事です。周辺領主との同盟や領地間の交易などに関する条約、新生冒険者ギルドへの依頼、あとは我ら七十二の魔が個々に進める開拓事業の許可など。すでに執務室は準備しております」



 書類仕事。

 苦手である。

 椅子に座って一枚一枚に目を通し判を押してサインする作業。


 こういう作業は兄がやるとリザイアは思っていたのだが、王国を退けた後の土壇場でエルガルは行方をくらませた。

 代わりに残されていた兄直筆の手紙。


 僕より君の方が人々に信頼されているだろう。僕は表舞台から身を引いて情勢を見守ることにしたから統治者の仕事は任せた。美形の兄より。

 追伸、アルガントムとの結婚、もしその気になったら宴の席は任せておけ。


 その手紙はなんかもう色んな感情で顔を真っ赤にして破り捨てた。

 王国時代にこの地を治めていたアルドナート家にいることは調査済み。


 落ち着いたら一発死なない程度に殴りに行こうと心に誓っている。


 とにかく仕事だ、王国からの独立だのなんだのと村を巻き込んでしまった者の責任である。

 リザイアが色々とやらねば人々の生活が停滞してしまう。


 それはいけないと、身支度整え部屋を出て、隣の部屋の扉の前に立つ。

 ラトリナもリザイアと同様――立場としてはリザイアの一つ下の補佐官といったところで――墓地の隣の小屋からこちらに引っ越してきており、いまは村で寝泊りしていた。

 自分が陽光姫と呼ばれるのに対し、妹は月影姫なんて二つ名をつけられている。思い出すと小恥ずかしい。


 とにかく彼女も責任者で、仕事を手伝う義務がある。

 ノックの音に扉が開く。

 中から出てきたのはまだまだ寒い季節だというのに薄着のラトリナだ。


 彼女は眠そうな仕草で目をこすりつつ。



「あ、おはようございます、お姉ちゃん」



 その一言にリザイアは真顔で言葉を返す。



「ペルゲさんですね」

「今回も一発でばれた!? なぜ!?」



 ラトリナの姿をしていた者はぽんっと音を立て煙に変わり、煙の後には人魂がふよふよ浮いている。

 十二死徒、ドッペルゲンガーのペルゲ。


 特技は人の姿を真似ることらしいが。



「ラトリナは私を呼ぶ時はお姉さま呼びですから」

「初歩的ミスッ!」



 ガーンっとショックを受ける人魂は、口調や性格までは完全コピーとはいかないらしい。

 ついでに言うなら、この手を使われるのはもう何度目かもわからない。


 リザイアは額に手を当てため息を吐く。



「ペルゲさんを身代わりにしているということは……ラトリナは逃げましたね?」

「ラトリナさまは自らの目で世界を確かめると……」

「ようは書類仕事から逃げたんですね!?」



 そうですと、頷くような動きをする人魂。

 リザイアは頭を抱えてうずくまる。まったく困った妹め、あとでまたお説教だ。

 そんな主の肩を優しく叩くシルキー。


 リザイアが顔を上げると、そこには生気はないけど穏やかかつ母性に満ち溢れたメイドの表情。

 その笑顔に安堵感を覚えて。



「――主が苦労してくださるとメイドのしがいもあります」



 物凄く満足そうなその言葉はもう安心させたいのか泣かせたいのかどっちなのかと問いたくなる。

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