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60:剣と魔法より銃と機械を目指すものと一方その頃穴の中。

 ホムンクルス。

 金属製の機械的で巨大な手足に支えられたフラスコ、その中に浮かぶ巨大な赤ん坊という異様な見た目は不気味の一言。

 その上に。



「つまり、この世界には石炭などの燃料の類は存在しているのだな」

「あるにはあるが、金や銀、鉄の方の鉱脈が優先されてるな」

「ふむ。硬貨作りはどうやっているのだ、強い火の熱が必要だろう」

「どこの国も魔法使いが扱う炎の熱で金属を溶かして型に流し込んで、ってやってるらしい」

「金銀を溶かすために金銀を使う……ああ、宝石も魔力となるんだったか。しかし、そんなことをやっていればいずれ鉱脈も枯れるだろう」

「それは……そうだな、言われてみれば」



 ルーフ村の壁の外、大人の鍛冶師や魔法使いたちに囲まれたホムンクルス。

 大人相手に巨大な赤子が質問して、答えを貰えばさらにその先を考えてまた問いかける。


 赤ん坊の見た目にあるまじき知性も持ち合わせている、やはりちぐはぐな存在だ。


 戦後処理で色々と忙しいところを姉に任せ、別のことを進めるために集会所からこっそり抜け出したラトリナは、気分転換にそんなホムンクルスと大人たちの会話を聞いていた。

 金銀宝石、あるいは鉄鉱石など、鉱物資源に関する話らしい。


 魔法を使うための単位の一つとして金貨や銀貨があり、それを作って持ち運びやすい魔力を確保するために金銀を掘る。

 または剣やつるはしなどの道具を作るために鉄や、その他の鉱物を。


 ラトリナも本で読んで多少の知識は持っている。

 だからホムンクルスの話はなんとなく理解できた。


 なるほど確かに、金銀宝石が無限にこの世界に埋まっているという保証はどこにもない。

 資源の枯渇という問題を提示され、頷くものも多かった。

 特に金属加工を専門に火と共に生きる鍛冶師にとっては深刻な問題かもしれない。


 大人が首を傾げる中でホムンクルスが問うたのだ、石炭なんかはこの世界にはあるのかと。

 あるにはある、金銀のように地下から採掘される燃える石。


 木材よりもよく燃えるために鍛冶師に重宝されてはいるが、一方で採掘中の事故が多い。

 例えば何らかの原因で火がつき炭鉱そのものが燃え始めた、とか。


 ゆえに採掘でメインとされるのはやはり金銀だ。

 見た目が美しく火属性魔法の供物として燃料にも使えるのだから。


 話を聞きつつホムンクルスは、フラスコの中で巨大な頭を揺らす。

 何を考えているのか、しばし黙想して。



「――例えばだが、土属性の魔法を利用しつつ穴を掘り進める、そういう手段はどうだ?」

「どっかの魔法使いが試したこともあるがあまり効率がよくない。金貨の消費的にな」

「魔法ではコストに見合わぬか。ならやはり魔法を使わぬ手段での採掘法が必須」



 考え込む巨大な赤子にふと問うのは一人の若い魔法使い。



「あのー、なぜホムンクルスさんはそこまで石炭にこだわるのでしょうか?」

「こだわりというほどでもないのだが……」



 その疑問は正しいとラトリナは思う。

 金銀宝石の枯渇、問題と言われればそうなのだが、果たしてそれはどれほど未来の話になるかわからない。


 セントクルスの領土ほどではないとはいえ、トランベインにもまだまだ枯れぬ鉱山が存在しているのだ。

 現状で事足りる、というのがこの場の多くの意見でもある。


 対して、ホムンクルスは頭部に対して小さな手足をもぞもぞと動かし考えをまとめ、言葉に。



「現状、この世界の技術は魔法という便利な力があるから停滞しているが――例えば、水流操作の魔法がなくとも家まで水脈から水を持ってこれる、そんな世界があるといえば信じるか?」

「信じがたい話です。例えばルーフ村の広場の噴水のように、魔物を利用して魔法の力を使う、そういう仕組みを作って初めて可能となるものかと」



 魔法使いの意見に頷く一方で、ホムンクルスはこう返す。



「我らのマスター、アルガントムが以前のさらに以前に居た世界の話。私も知識共有で得た知識しかないのだが――その世界にはその技術があったぞ」

「それは魔法を使っての」

「いや、魔法は存在しなかったはずだ。金貨や銀貨に価値はあるとされてはいたが、魔力なんてものは存在しなかった」

「魔法がない世界!? そんな世界で人はどうやって生きるというのですか!?」



 魔法を使って人の生活を支える魔法使いだからこそ、ホムンクルスの言葉が信じられない。

 まさか水を得るのも火を起こすのも穴を掘るのも全てせっせと人力のみ、想像するのはそんな原始的で生き難い世界。


 対してホムンクルスは、知識共有の情報から記憶を引っ張り出しつつ、そんなことはない、と。



「多くの人々は衣食住に不自由することはない。夜も明るく冬も暖かい家の中、清潔な衣服を纏い、肉も野菜も飽きるほど食って生きれる世界だ」

「……信じられません。魔法もなく、どのようにしてそんな世界を」

「いや、あの発展は魔法がないからこそとも言える。例えばさっきの水の話にしても、この世界では水を汲みに行くのが大変ならば魔法を使えばいい」



 では魔法がなければなんとする?

 魔法使いの代わり、鍛冶師の一人が冗談交じりにこう答えた。



「新しい道具でも作るか? こう、家から川まで届く長い管を作ってだな、すする感じで思いっきり吸い込めば水が飲めるだろ」

「はっはっは、そりゃー息が続かねえだろ!」



 魔法の使えぬ凡人なりに考えた一つの方法。

 周囲はそれを馬鹿と笑うが、ホムンクルスはゆらりと頷く。



「息が続かぬ代わり、空気を吸い込む道具を使えばどうだ?」

「空気を吸い込む道具?」

「不思議に思ったことはないか、人間の体はなぜ魔法も使わず風を操る術を持つのか――息を吐き、吸い込めるのかと」

「そりゃあ、心の臓が動いてるから、だったよな? なんかの学者さまの話だと」

「つまり心臓と同じ仕組みを持つ道具を作れば、魔法なくとも家まで水を汲むのは理論上は不可能ではない、ということだろう?」



 世界にはそれを可能とする物理法則がある。

 ならばあとは技術と知恵だとホムンクルスが語った。



「今のケースではそれを成すための知恵は出た。あとは心臓と同じ仕組みの道具と川まで届く長い管、それを作る技術があれば魔法なくとも魔法のような夢物語は現実となる」



 ホムンクルスにとっても、ほとんど知識共有で得ただけの記憶、夢物語ではあるのだが。

 それを聞いて魔法使いは、合点が言ったと。



「その世界の人々は魔法が使えぬゆえに魔法がなくとも生活を豊かにする方法を編み出した、そういうことなのですね?」

「そうだ。そしてこの世界でも、恐らく魔法を使わぬ技術の発展は不可能ではないと私は考える」



 何の力も働かなければ、水は低いところに流れ、落とした石は下に落ちる、と。

 この世界の物理法則というものが、かつて自分の主のいた世界のそれとまったく異なるものではないと、ホムンクルスは認識していた。


 ゆえに夢を現実とすることも不可能ではない。

 ホムンクルスはその場の人々にはっきりと宣言する。



「魔法を使えぬ者でも、魔法のような力で楽に暮らせる世界。それは素晴らしいものだとは思わないか」



 その言葉に、魔法使いですら頷いた。

 魔法を使えるがゆえにその取得に必要な苦労を知っており、また全ての人間が必ず行使できるようになるとは限らない力であるとも理解している。


 選ばれたものにしか使えない力、それは特権ではあるし、だから魔法使いにしか出来ぬ仕事があり、魔法使いとして食っていくことも可能。

 だが稀に考えるのだ、例えば自分の子供が魔法を使えない側の人間だったら、と。


 本来、選ばれた人間にしか使えぬような力。

 それを万人が使えるようになる、それは素晴らしいことのはず。


 火を起こせず冬場に凍え死ぬ者は減り、水が得られず乾きに苦しむ者はいなくなる。

 そして鍛冶師たちも魔法を技術で凌駕できる、そんな奇跡を提示されれば技術者として奮い立たないわけがない。



「なるほど、やれるかわからんがやってみる価値はありそうだな!」

「完成すれば山の方の集落のジジババやガキどもも楽をできるぞ!」

「魔法を使わぬ技術の開発に魔法使いが協力する、そんなのはおかしいのかもしれませんが、それでもぜひ協力させてください!」



 意見が一致し盛り上がっているところ申し訳ないが、ラトリナとしては問わずにいられなかった。

 はい、と手を挙げ発言する。



「魔法に代わる技術の発展を目的とするのは理解しました。しかし、それがなぜ石炭にこだわる理由に?」

「ああ、ラトリナ様。それはだな……提案しておいてなんだが、私もマスターの世界がどのように発展していったのか、その技術を正確に把握しているわけではなく」



 だから手探りに、この世界の技術を進化させてみようと思った。

 世界の進化に興味があったのだ。


 ただ闇雲ではダメだろうと、知識の中から世界の発展の際に必要とされたものを思い出していって。



「産業革命、だったか。それの時に燃料として石炭が活躍したという知識があるからで……つまり必要になる気がするから欲しているのだ」



 大きな夢を掲げたわりに、ちょっと自信がなさげな巨大赤子のセリフを聞いて、人々が苦笑した。

 笑うことはないだろう、興味があるのだからやってみたいのだと、言い訳っぽく口にしてフラスコの中の巨体は子供らしく拗ねる。





「ふーんふふふんふーんふふーん」



 地面の下、誰にも聞こえぬ鼻歌響かせ、ひたすらに大地を掘り進む存在がいた。


 四精霊の土担当、ノーム。

 モグラみたいな外見通り、モグラみたいに土の中を掘り進むのが趣味であり特技であり生きがいである。


 まあたまに魔法の力で大量の土を退かすようなモグラにあるまじきズルもするが、その辺は気分や時と場合だ。

 楽をして土を掘りたい気分な時もあるし、地上で土を盛ったりする時は魔法を使った方が早い。


 今日も今日とて趣味の穴掘り。

 副産物として拾うこともある宝石やら金属は地上に持ち帰って商人に売り払い、金貨にしてルーフ村の財政の足しにしている。


 金のために穴を掘るのではない、穴を掘るために穴を掘るのだ。手段がどうの、目的をどうの、なんて低レベルな次元の話ではない。全ては己の魂の赴くがままに。

 土関係の仕事を依頼されれば趣味とは別に喜んで引き受けるが。


 掘り進むうちに何かが輝く。

 土に埋もれたそれは赤い宝石の原石だ。大きさは人の掌にちょんと乗る程度。



「ふんふふーんふーん、こ、れ、はー、……普通ですね」



 ノームからするとよく見つけるサイズと品質だ。人が採取しようとするときちんとした採掘設備がなければ見つからないだろうが。

 魔力的な価値とすると三級魔法の行使に必要な程度、金貨10枚分くらい。


 ただ宝石は金銀よりも希少だ、珍しく、そして装飾品にすれば美しい。

 魔力的なものではなく純粋な美しさへの価値として、これなら原石の段階でも金貨10枚以上の値がつくだろう。


 その先の加工やらなにやらは完全に専門外、職人の技術料なんかが追加されて最終的には金貨千枚とかそういう価値になるかもしれないし、ならないかもしれない。

 何にしろノームには興味のない世界の話だ、リュックのように背負った袋に原石を放り込みつつ、再び穴掘りを再開する。



「ふんふんふふふーんふふーん」



 地上で真面目に未来を語る人々がいる一方で、ノンキに暮らすヤツもいるのだ。

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