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06:彼女は空を飛んでみたい。

 ずっと微笑み続ける少女の顔は、アルガントムの答えを得てどこか明るい雰囲気を宿していた。

 その薄い笑顔に邪気はない。



「ふふ、受けてくださりありがとう」

「俺としても、まあそれなりの時間を過ごすであろうこの世界のことを知ってはおきたいしな」

「利害の一致、というものですね」

「ああ。……さて、目的は決まったが、これからどう動けばいい?」



 とりあえずは王都を離れる。

 一つ、どうやって離れるか。

 一つ、どこへ向かうか。


 ラトリナは二つの質問に対し、部屋の隅の本の山から一枚の紙を引っ張り出して、床に広げる。

 座布団くらいのサイズの黄ばんだ紙には、擦れた黒の線と複数の文字が描かれていた。

 大きく三つに分かれている、世界の形を記したそれは。



「……世界地図か?」

「ええ。少し古いものですけれど。まずは後者について、どこへ向かうか、ですが――」



 ラトリナが指し示したのは地図の下側、南の方角に領土を持つ国の紋章。

 いななく馬のデザイン。



「ここがトランベイン王都、つまりはいま私たちのいる場所です。ここから北西へと向かい」



 言葉と共に、細い指先は地図を左上へとなぞっていく。

 丸に十字の紋章・セントクルスと呼ばれる国の領土には入らない程度。

 国境線から少し離れた位置で指が止まる。



「ここに、ルーフという村があるそうです。そこを目的地としようかと」

「理由を聞いてもいいか?」

「ふふ、なんとなく、です。無理に理由をつけるなら、王都から遠いので国王殺しなんて事件でも詳細が伝わるのに時間がかかりそうだから、と」



 なんとなく、というわりに、彼女なりに考えてはいるらしい。



「ここで適当に暮らして、情報でも集めましょうか。何を目的とするか吟味するための」

「上手くいくか?」

「なるようになれ、と言ったところですね。ふふふ」



 結局は不確かな目標へと向かって動くことになる。

 ラトリナはそれを不安と思わず、逆にどこか楽しんでいる様子だ。



「まあ、俺なりに頑張って手伝おう」

「そうしてください。そして王都からどう抜け出すか、という問いに関してですが」



 ラトリナは、いくつか方法がある、と。



「捕まえに来る兵士を片っ端から潰して逃げる、誰の目にも触れぬよう神経を使ってこそこそと動く、いくらでもあると考えます。私が見た限りアルガントムは多少の無茶を押し通す力を持つと」

「どうだかな。……ふと、今更ながら思ったが、俺が王様を殺したのをどこで見ていたんだ?」



 だいぶ遅い疑問だった。

 当たり前だが窓のないこの部屋から外の様子は見えない。

 外に出た庭園の位置からは、玉座の間を消滅させた光の柱すら直接見ることはできない。

 どこから王を殺す瞬間を見ていたのか、問いかけにラトリナはおかしそうに笑った。



「私の体は見ての通りの外道の秘術に汚染されていまして。知識を頭に詰め込んだ者がこの体を道具として使って魔力を流し込めば異世界と通じる穴を空けることができる、とか様々な用途があるそうですが」



 ラトリナが指差すのは自身の目だ。

 ガラス玉のそれのように、どこか虚ろな少女の瞳。



「私自身がたった一つだけ、魔力も使わず扱える変わった力があるのです。遠くを見る力が」

「遠くを見る?」

「ええ、闇にも壁にも遮られることなく、多少離れた距離にまでこの視界を拡張できます。範囲は……ここからなら王城の中をだいたい見渡せる程度、ですが」



 その力で、あの時の玉座の間の光景をこの場から見ていたという。



「それなりに便利な力です。ただ、使うと頭が痛くなるという副作用もありますが」

「なるほど、理解した。便利だが不便だな」

「ええ、お陰で多少の頭痛と引き換えにあなたのことを……ゲイノルズの魔と剣を受けても傷すらつかない体と、天使を呼ぶ力を持ったつわものだと知ることができましたから。話を戻します」



 疑問の解消により、脱線した話は元へと戻る。

 すなわち王都の脱出法。



「私が見た限り、アルガントムという力は王都の兵力を相手にしてもそう簡単には止まらない、と思っています。ならば門から堂々と出て行くのも一つの方法。ただし面倒です」

「面倒か」

「捕まえに来る数千の兵士をいちいち相手にする。考えるだけで面倒ですし……アルガントムは人が死ぬのを好みますか?」

「相手がよほど気に入らないヤツでもなければ、たぶん否だ」

「なるほど、ではこの手は使わないのが賢明でしょう。気に食わないことを無理にやる必要はありません」



 では隠れてコソコソと王都を出る、土地勘のない場所でこれは現実性がないとラトリナは首を横に振った。

 十中八九、途中で誰かに見つかる。

 協力者に手引きしてもらう、アルガントムが思いついた案を口にすれば。



「私の人望のなさをなめてはいけませんよ? 民衆や兵士のほとんどには知られぬ影の姫ですから。私に味方してくれるものなど胸を張ってこの王都のどこにもいないと断言できます」

「言ってて悲しくならないか」

「少し悲しくなりました。とりあえず私には信頼できる協力者はいません。ですので無理です」

「ふむ、敵陣ど真ん中から犠牲少なく抜け出す方法。あるのだろうか」

「一つだけ思いついてはいるのですが」



 ラトリナは後ろを振り返る。

 余りに暇をもてあましすぎたのか、積んであった本を立てて並べてドミノ倒しのような状態にしている六本羽の天使の姿。

 その指先が本の列の崩壊を引き起こすのを見てから、ラトリナは彼女に問う。



「天使さん……確かゼタさんでしたか。質問なのですが、私とアルガントムを抱えて空を飛ぶことは可能ですか?」



 ゼタはラトリナの方を向いてから、こくりと頷く。



「マスターの体重とあなたの身長等から予想される体重をあわせた数値でならば、搭載した状態でも問題なく航行可能です」

「そうですか、ありがとう。……アルガントム、私、一つやってみたいことがあるのです」

「やってみたいこと?」



 ラトリナはくすくす笑う。



「空を、飛んでみたい」





 その日、人々は見た。

 トランベインの王城の一角――何があるのかを知る者は数少ない庭園の中の建築物の天井を粉砕して――舞い上がる天使の姿を。

 光の軌跡を残して北西方向へと飛び去っていく六本羽の天使。

 それは誰かに何者かと問いかける時間すらも与えずに、すぐに空の彼方へと消えていった。

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