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59:平穏結構ご堪能。

 土地の名前の話だ。

 二人の姫がトランベインから独立させた村、及びその周辺地域。

 もはやトランベイン王国ではないその場所の地名をなんとするか。


 誰かが提案したリザイア国やラトリナ国、なんて名前は本人たちに拒否された。

 自分の名前が地名として後世に残るのは小恥ずかしいというのが彼女らの主張。


 なおアルガントム国という名前もあの世でクソジジイが喜びそうだからと却下が出た。


 では無難にルーフ国。

 誰かが言った、国というほどご立派なものでもないだろう、と。

 そこそこの規模の村が一つにいくつかの集落、国と名乗るには少々名前負けしている、という意見には頷くものが大多数。


 さてさて名前一つを決めるとなっても中々に決まらない。

 そんな中、トランベイン王国時代にその地を管理してきた貴族、アルドナート家が提案してきた。

 ルーフ独立自治領、なんてのはどうか。


 独立して暮らす領地を自分たちで治める。

 悪くない。

 殆ど反対意見も出なかったので二人の姫も承認し、世界に対して宣言した。

 我らルーフ独立自治領、と。


 あるいは旧アルドナート領とも呼ばれるようになるその土地の名前の決定までの話。


 その独立自治領の一角、冬の空の下でも変わらずそびえる立派な屋敷と周辺の耕作地。

 耕作地を歩いていけば人の住む家があり、冬が終われば今年も変わらず畑に種を撒く農民たちの姿を見ることができるだろう。


 ゆるやかで静かな土地に存在する屋敷は、アルドナート家の所有物。

 トランベイン王国が崩れて消えて、貴族からただの金持ちにランクダウンした一族、その屋敷がそれでも民衆に襲撃されない理由は日頃の行いだ。


 現在の当主である老人は、暇な時には鍛錬ついでにと民の農作業を手伝い、農民と共に昼食を取って語り合うような温厚な人物。

 税の取り立ても決して厳しいものではなく、働き手の病や不作で生活が苦しい時には何かと融通を利かせてくれたりもした、この土地の人々にとっては支配者というよりも恩人に近い。


 一方で王国に何かと意見していた一族は王家に疎まれており、もしもトランベインという国が存続すればいずれ破滅を命じられる運命だっただろう。

 だから、トランベイン王国という体制が崩壊するならば都合がよかった、と。



「いやはや我らトランベインも疎まれていたものだね」



 いまは近所の農民たちとの世間話に出かけている屋敷の主に代わり、留守番をしている居候。

 エルガル・トランベインは窓の外のちょっと寂しい冬の風景を眺めながら老貴族の言葉を思い出し苦笑する。


 トランベイン崩壊の引き金となった戦いの際、士気の低下した軍勢をさらに崩壊させるため真っ先に撤退したアルドナート家の部隊と、その中に居たエルガル。

 損害ゼロで帰還した後、エルガルはこの地に留まった。


 一つはやっぱり保身だ。

 トランベインの権威がズタボロの状態で権力争いに引っ張り出されたくはなかった。誰が穴の空いた泥舟の船長を務めようというのだ。

 王都近辺で行われたという王族狩りの話も耳に届いている。


 リザイアとラトリナ、あの二人以外の王族は、元トランベイン王国の領内にいる殆どの民にとってはもはや敵なのだ。

 ただ王族がそれなり以上に恨まれていることは理解していたし、そうなることも想定済み。


 だからエルガルは事前にある程度の居場所を確保しておいた。

 ここアルドナート家をはじめとして、田舎や辺境と蔑まれたような土地、その地を守る民の信頼の厚い貴族の家々。


 権力の後ろ盾を失っても民と落ち着いて話ができる貴族なら、王族をかくまうことにしても人々の納得を得るのは難しくない。

 むしろ信頼する領主様が言うのならと民衆が手を貸してくれたりもする。


 そうやって見つけておいた居場所。

 エルガルの妹連中、トランベイン王国に愛着のない冷遇された彼女たちやその直属の臣下も各地の似たような拠点に隠れ住んでいる。


 王城に残したのは王国もろとも滅びるに相応しいと判断した血縁者だけだ。

 かわいい姉妹を見捨てるほどエルガルは鬼ではない。かわいくない姉妹は見捨てるが。


 さて、そんなエルガルの次の野望。


 権力を欲していたのはトランベイン王国を維持したまま状態を少しずつ改善して保身を図るためだ。

 トランベインが潰れて、落ち着いて暮らせる土地も手に入った今、それは必要ない。


 だが状況は不安定なままだ。

 国が滅びた後なのだからある意味ではチャンスと、生き残った貴族が群雄割拠、新たに国を統べようと一部で争い始めている。


 戦も一つの商売だ。

 戦争という破壊の果てに家が壊れたり剣が折れたりして、そこで建築技術や武器防具を売りつけるチャンスが出てくる、と。


 そういう考えは理解している。

 エルガル自身が理解した上で否定したやり方だから。


 今必要なのは戦争ではない。

 家を立てる、畑を耕す、子を作る、そんな当たり前の生活と、それによって生まれる余裕だ。


 トランベイン王国は民を疲弊させすぎた。

 だからしばらく休ませる必要がある。


 十年か、二十年か、あるいはもっと長期間。

 エルガルが生きているうちに休息期間が終わらない可能性もあるが、とにかく新たに大国を作るにしてもまずはその土台が出来上がるまで待たねばならない。


 トランベイン王国が支配していた世界の南、広い領域、そこに一人の支配者が君臨して東西南北全てに的確な指示を出す、なんてことは難しいだろう。

 複数の支配者がそれぞれの土地を管理して的確に復興発展させていく、権力の分散が現状最善であるとエルガルは考える。


 つまり群雄割拠という状況はそれに近いのだが、ここで出てくる問題が戦で国を支配していこうとする元貴族さまたちだ。

 またトランベイン王国が崩壊して職を失い野盗となった元兵士とか、そういう連中が起こす問題にも対処する必要がある。


 そこで便利な組織がある。

 冒険者ギルド。


 やはり職を失って、しかし盗賊になるほど見下げ果てた性根を持っているわけではない兵士、そんな彼らを冒険者として雇って賊の退治に派遣する。

 あるいは戦を起こそうという勢力がいればその狙う先に守備兵力を派遣して牽制、とか。

 使い方は色々とあるのだ。王国が背後からいなくなっても、変わらず冒険者ギルドは世界に必要である。


 そして王国から独立したことで活動する上でしがらみのない新生冒険者ギルド。

 ルーフ独立自治領の中心に存在しているその組織には何かと顔が利くエルガルだ。


 あの土地には妹たちがおり、また彼女たちの剣たる強大な力を持った異世界の虫人もいるわけで。



(内側の諸問題は、長くても来年までに、短ければ冬のうちにどうにかできるだろう)



 それがエルガルの想定。

 では外側、地割れの向こうにいる敵対国家に関しては?


 レグレス征覇帝国、セントクルス神光国。


 今のところ動きはない、国境を警戒させてはいるが、例え攻めてきてもこちらには最強の剣が控えている。

 火の粉として降りかかるならば払うのみ。

 

 では将来的な話、例えば征服とか侵略をするという可能性。

 先々だ、今のところエルガルにその予定はないし、妹たちも無闇に敵を刺激しようとはしないだろう。


 平穏を求め、得たのだ。

 しばらくはそれを楽しむべき、と。



「あの、エルガル様」



 ノックの後、部屋の扉が開かれた。

 エルガルが思考を中断させて振り向けば、そこには顔をほのかに赤くした一人の女性が立っている。


 この地ののどかな空気と共に育ってきたのであろう、おとなしそうな彼女はアルドナート家の一人娘。

 彼女の年齢とアルドナート家老当主の年齢を考えると何歳の時に産ませたんだと気になるところではあるが。


 おどおどと、彼女はエルガルに問うてくる。



「もしお邪魔でなければ、一緒にお茶など……」



 エルガルは頭を即座に切り替え、白い歯を輝かせながら答えるのだ。



「邪魔などととんでもない、是非ご一緒させていただきましょう」



 美形の野望として、女性とのふれあいは何よりも優先される。

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