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57:そして終わりは呆気なく。

 妹たちの言葉を聞いて、エルガルは呟く。



「少し予定外だ」

「何がですかな?」

「演説の台本、ほとんどは僕が考えたものと似たようなものなんだけどね。妹たちはあれを自分のものとしている。自らの心をそのまま語っている」



 ただ台本を読み上げるだけではない、真実の言葉。

 ゆえにそれは人々の心によく届く。


 二人の声を聞きながら、エルガルは苦笑する。



「彼女たちは僕の予定よりも遥かに成長しているらしい」

「ほう」

「まったく、妹たちは優秀だ。ことが終わったら僕は隠居してても問題ないかもしれないね」

「お二人にすべて任せてしまうと?」

「保身しか考えてない僕よりも、彼女らの方が統治者に相応しいと思うよ。さすがに全て任すのはいささか不安だ、知恵くらいは貸すけれど」



 まあ、先の話だ。

 今はこの場に集中しようと、エルガルは密かに命ずる。



「さあ、そろそろ逃げ出す準備だ。派手に臆病者になりにいこうか」





「恐れるな! あの程度、見掛け倒しだ!」



 それは軍勢の総大将の言葉。

 トランベイン現国王、パゴルス・トランベインの命令。


 二十万のほとんどには戦う理由などはない。


 王国で生きるために王に従わなければならない、だから逆らえず。

 しかし目の前の巨大な怪物に対する恐怖、それがあるから前にも進めず。


 二つの恐怖の板ばさみ。



「ならば片方を消してやればいい」



 烏合の衆、立ちすくむ軍勢を見ながら、アルガントムは言葉を待っていた。

 リザイアとラトリナの大軍勢を崩壊させるための演説、そのシメの言葉を待っていた。



「王たる資格なき者を王族として我らが断罪し! トランベインに対する恐怖を消してやる!」



 そろそろだ。


 アルガントムは大地を割った力を再び人々に見せて、姫の剣たる威力を示さなければならない。

 それがこの世界で得た自分の役目なのだ。


 選ぶ杖は地裂の魔法。

 金貨を食わせて発動の態勢。


 一方で、テンサンの掌の上、リザイアはラトリナに目配せをしていた。

 我らの意思で、彼にあの命令を、と。


 ラトリナは息を吸い込み大声で、それをアルガントムたちに命じるのだ。



「ラトリナ・トランベインの名の下に、我が七十三の配下に命じます! 王に恐怖する人々に知らしめなさい、王よりも恐ろしい存在がこの世には存在すると!」



 予定通り。

 アルガントムは叫ぶ。



「了解した!」



 右手に持つ杖、その振動を感じつつ、アルガントムは樹海の中から躍り出て、地を駆けた。

 大軍勢の敵意と恐怖の視線をその身に受けつつも怯むことはない。

 背後に付き従う三体の天使に問う。



「敵の指揮官の姿、見えるか?」

「もっとも目立つもの、ということなら」

「一番バカそうなヤツということなら!」

「護られるに最善の位置にいる者ということならば」



 三体は一点を指差す。

 派手に飾られた陣地。

 大軍勢のど真ん中。


 あの場所以外のどこに指揮官を配置しろというのか。

 とりあえずはこの場の頭を潰すという予定だったが、王の使者の口ぶりからするにどうにも国王自らが出陣しているらしい。


 色々な手間が省ける。

 手にした杖を、上手い具合に握りつつ。



「ならば狙うは一点だ。地裂杖テンチカイビャク! ヤツを確実に――」



 振りかぶり、気合と共に。



「仕留めろッ!」



 投擲。

 アルガントムの身体能力から放たれた杖は軍勢の頭上を跳び越して、狙った地点に確実に落ちる。


 恐れるな、王の命令だ、そう叫んでいた王の足元。

 杖の先端が地面に触れると。



「な」



 何が起きたと王が言い終える前に、王はその場に発生した地の底へと落ちていった。

 真っ逆さまに、ひたすら続く闇を落下し続ける恐怖の悲鳴は地上には届かない。


 その周囲、王の側近たる者たちも同様の末路だ。


 国境を割った時と比べれば小さい規模だが、確かに銀色のインセクタが持つ力によって発生した天変地異。

 それが一瞬で国王を、トランベイン王国最大の権力と恐怖の象徴をこの世から消した。


 見れば理解するだろう、彼にはその力があるということを。

 見れば信じるしかないだろう、アルガントムがセントクルスを撃退したという事実を。


 同時、樹海の中から様々な怪物が姿を見せる。

 天を舞う七つ、巨体で大地を揺らす七つ、波と共に進撃する海魔、等々。


 ラトリナが吼える。



「これが王よりも恐ろしいもの! 我が七十三の配下の力、そのほんの一端なり! さあ、どうする! 王は死んだぞあっけなく! それでも未だ王国に命を捧げる者はいるか!」



 次の瞬間、軍勢の一角から声が響く。



「撤退せよ! 命を無駄にするな! この戦に勝ち目なし!」



 それはとある下級貴族の率いる部隊。

 真っ先に逃げ出した彼らを見て、そして目の前の怪物たちを見て、王を飲み込んだ地割れを見て。


 人々は思うのだ、こんな負け戦を続ける必要がどこにある。

 逃げ出した貴族の言葉を思い出す、命を無駄にするな。



「に、逃げろ! 潰される前に!」

「この国はもうおしまいだ!」



 あとは語るまでもない。

 民兵や命が惜しい貴族は真っ先に逃げ出し、王の権力をそれでも信じるものたちは七十三の脅威のいずれかに粉砕された。


 死んだのは、総大将たるトランベイン十六世をはじめ、その側近や一部貴族、その兵士等、王国の存続を求めた者たち。

 数えたところで千人ほど。前哨戦で処理された二千人を含めれば三千か。


 二十万の軍勢を恐怖によって瓦解させ、二人の姫が率いる勢力は敵に最低限の被害を与えて勝利する。

 軍の侵攻を許した際の備えとしてルーフ村で待機していた冒険者や衛兵、あるいは住民には一人の犠牲も出ていない。


 全てはいつかエルガルが提案した作戦通り。ただ一つ違うのは、彼が想定していた以上に人の命が失われなかったということだけだ。

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