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56:戦いは日の出と共に。

 そろそろ夜明けかと、エルガルはため息を吐く。



「やれやれ、結局一晩中野郎どもと星を見上げ続ける羽目になった」

「戦の辛いところですな。ああ、そうそう」



 アルドナートは先ほど来た伝令を思い出す。



「王の使者が陣に帰還したと」

「リザイアたちの首を持って、かい?」

「いえ、アルガントムが無から出現させたという金貨を袖の下から溢れさせて。彼の力は本物だと王に進言したそうです」

「使者はどうなった?」

「金に釣られ王を裏切った、と。そう断じられ首を跳ねられたとか」



 その言葉に、リザイアたちはうまくやったのだろうという答えと、王は止まる気はないらしいという事実をエルガルは確認する。



「夜明けと共に攻撃命令かな」

「恐らくは」

「はは、ならば恐らくアルガントムたちが動くのが先だ。見えるだろう、あの樹海」



 エルガルが指差すのは、王国軍から見て北側、ルーフ村からは南に、街道を少し避けるようにして存在する巨木の森。

 アルガントムたちがそこに潜むという情報を王国側は得ている。


 ゆえに工作兵を送って火を放とうとしたのだが、どうにも何も起こらない。

 火属性魔法を使える魔法使いに命じて火球をぶつけよう、そんな話も持ち上がっている。王は金を極力ケチりたいらしく、まだ意見は纏まっていないようだが。


 そして、エルガルたちは見る。

 樹海から火の手よりも、そして太陽よりも先に昇る存在が、薄暗がりの中にある。


 巨大な腕だ。





 森の中に鎮座する巨大な石の掌。

 苔や草の根に覆われたそれは何かの遺跡のようにも見える。

 リザイアとラトリナは、その遺跡の上に立つ。


 アルガントムは巨大な石の塊、その掌の持ち主――ヒュージバトルゴーレム天型に、改めて言っておく。



「くれぐれも落とすなよ。俺と違ってただの人だ、落ちたらたぶん死ぬぞ」



 石が音を返す。



「大丈夫、テンサン、器用」

「器用な手には見えんがな……」

「安心、安全、テンサン、モットー」



 テンサン、とは天型だからか。

 まあアルガントムとしてはヒュージバトルゴーレム天型、といちいち呼ぶのは大変なので略称でいいならそれに越したことはない。

 そして落ちたら死ぬと聞いたリザイアが、泣きそうな顔でアルガントムの方を見る。



「だ、大丈夫なんですよね?」

「一番派手に動けるのは外見的にこいつか七天魔だが……」



 七天魔。飛行する者。

 ラトリナが青い顔で首を横に振る。



「お姉さま、空を飛ぶのは本当にダメです。人間は大地と共に生きるものです」

「そ、そうなのですかラトリナ」

「そうです。というわけでこちらを信じましょう」



 二人の姫の悲壮な覚悟。

 上に立つ人間は大変だなと同情しつつ、アルガントムはテンサンに命令する。



「テンサン、まずは軽く連中をビビらせる。恐らくお前が適任だ、頼むぞ」

「了解、マスター。テンサン、起動」



 同時、大地が揺れた。

 まずテンサンが動かしたのは、ラトリナたちが乗っていない方の腕。

 巨体を覆っていた木々を大地から引き剥がし、塔の如き拳を天へと突き出す。


 森が破壊されたことに関してユグドラシルが不満の声をあげた。すまないとしかいえない。


 そしてその手を大地に突き、テンサンは己の片腕に力を込める。

 上半身しかないという体の構成上、起き上がるのは少々手間だ。


 もう片方の腕に乗った二人の姫を落とさないよう、握り潰さないよう注意しつつ。



「お、おオオオオッ」



 気合の声と共に、岩巨人が起き上がる。

 もはやその身は樹海の木々でも隠しきれない。

 巨大な上半身は片腕と胴体だけでうまくバランスを取りつつ巨体を安定させると、ラトリナたちを乗せた拳をゆっくりと前へと突き出す。


 本気で生命の危機を感じて恐怖するレベルの足元の大振動に抱き合って震えていた姉妹は、一本一本が巨大な柱のテンサンの指が開かれていくと。



「……これは」

「……わ、ぁ」



 恐怖が消し飛ぶ。思わずもれた感嘆の声。

 どこまでも広がる空と大地。

 地平の彼方から昇ってくる太陽が見える。


 美しい、いま思うのはそれ一つ。


 ずっとこの光景を見ていたい、そんな誘惑を振り払う。

 いまはやるべきことがあると、姉妹は視線を下へと向ける。


 大軍勢だ。

 トランベインの旗を掲げた、千や万ではすまないほどの大軍が、平原に布陣していた。


 テンサンの巨体を前に、軍勢には動揺の動きが見える。

 リザイアは口にする、これでいい、と。

 ラトリナは呟く、もっと恐れろ、と。


 そして声を張り上げる。あの昇る太陽にまで届くようにと。



「トランベイン王国! 前第七王妃が娘! リザイア・トランベインである!」

「我が名はラトリナ! トランベイン前国王が影の娘、ラトリナ・トランベイン!」



 トランベインと、その名を持つ王国の軍勢に対し、二人の姫がその名を轟かせる。

 広がる動揺は、主に民兵からだ。



「呆けるな! 反逆者が姿を現したぞ! 兵は進め! やつらを討ち取れ!」



 突撃を命じるそれは、彼らの王の言葉。

 だが眼前の巨人の威容を前にして、前衛の兵たちは誰もその命令に従えない。

 あんなものと、人を殺す程度の威力しか持たない槍で戦えるか。


 意気揚々とこの場に集ったはずの貴族たちも同様だ。

 敵は強大だと聞いてはいたが、いざ目にすれば二十万そこらの兵力でも勝てる気がしない。

 投石器や破城槌も用意しては来たが、果たして通じるか。


 ざわめくが、金縛りにあったかのように動けない大軍。

 そこに声を響かせるのはリザイアだ。



「トランベイン王国の兵士諸君に問う! 諸君らの大将、パゴルス・トランベインは果たして王か!」



 返ってくる言葉はない。



「諸君らが命を賭けて守るに値する存在であるかと聞いている! そうであるならば挑んで来い! 我らの臣下が相手をしよう!」



 パゴルスが、あの女を黙らせろと叫ぼうとしたが。



「オオオオオオォッ」



 それを止めたのは咆哮だ。

 リザイアを掌に乗せた岩巨人、それが発した大音量。

 空気の振動を浴びた軍勢がすくみあがる。


 直近でその音を聞いて耳が痛いと、二人の姫も少しだけ怯みつつ。

 音が完全に収まるのを待ってから、リザイアは言葉を続ける。



「違うのならばこの地を去れ! 我らは敵ではない者の命を奪うつもりはない! だが、それでも望まず退けないと、諸君らが動けぬ理由も理解している!」



 リザイアは指差す。

 その先は軍勢の中心であり、大将がいると一目でわかる豪華な造りの陣地がある。



「諸君らの王がそれを許さぬからだ! セントクルスの脅威より諸君らを守った者の力を王の権力を脅かす存在と認識し! 諸君らにこの死地に赴くことを強制した王に対する恐怖があるからだ!」



 ならば、と。



「王たる資格なき者を王族として我らが断罪し! トランベインに対する恐怖を消してやる!」

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