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55:二人の姫の決定を。

 正直に言えば、その男にはどちらが正しいのかわからないのだ。

 国からルーフ村を守れと、衛兵としてこの地に配置された。

 その村を国が潰すと、あるいは村を守ってくれた者たちを反逆者として差し出せと。


 任務以上に、彼はこの地が嫌いではない。

 感謝の言葉と差し入れを持ってきてくれる世話焼きのご婦人がいる。

 酒場の店主は気まぐれに、村を守ってくれている礼だと料理を一品オマケしてくれたりもする。

 子供たちは衛兵の姿をかっこいいと、将来は自分も村を守りたいと尊敬の眼差しを送ってくれる。


 セントクルスの侵攻で多くの兵士が我先にと逃げ出した事実があり、あるいは七十三の強大な守護者が存在する、それでも、それとは別だと衛兵を労ってくれる優しい人々が暮らす場所。

 だからこそ、この村を守らなければと衛兵は思う。


 そしてそのための最善がどちらなのか。

 リザイアに従い王国からの独立を選ぶか、あるいは現国王とその使者の言葉に従うか。


 個人としては前者を選びたい。村に火を放てなどと賊のようなことを口にする王の代弁者に従いたくはない。

 だが、王国を敵に回す、それで村を守れるのか。


 答えは出ない。

 ただ、とにかく今は王の使者が出した命令を撤回させねば。

 彼がぶん殴ってでもそいつを止めようとしていた、ちょうどその時だ。



「人などいくらでも代わりがいる。なるほど、それはあなたもですか?」



 夜空を照らす輝き。

 皆が見上げれば、そこには六本羽の天使がいた。

 人々の多くは、ゼタという彼女の名を知っている。


 そして彼女が腕に抱く少女。

 暖かい毛皮は小屋に置いてきて、自らの体の刺青を見せつけるような薄着。

 申し訳程度に羽織ったローブを翻しつつ、彼女は天使の腕から離れ、すとんと地面に着地した。



「ラトリナ・トランベイン。リザイア・トランベインと共に独立の旗を振ることにしました。使者の方にはそれを現国王に伝えて頂きたく」



 王の使者は天使の姿を見て怯え、わずかに後ずさったが、それでも背後にいる王の権力に支えられてどうにかその場に踏みとどまる。



「ラトリナ、王族の名を騙る魔女。アルガントムの一味か! そんな者の言葉を王に伝える必要などない!」

「ふふ、そうですか。伝言すらも満足に出来ないと」

「無礼であるぞ魔女風情が! 私は――」

「どこかの貴族の家のナントカ、王の信頼を得てこの地に来た王の使者、そんなところでしょう?」



 ラトリナは彼の言葉を奪い取り、セリフを失って口をぱくぱくとさせる使者の姿を見て笑う。



「王の言葉を伝える、なるほど大層なお役目をご苦労様ですと言いたいところですが……伝言係なんて子供にもできる。ふふふ」



 笑いが彼女の表情を変えていく。

 口の端を吊り上げて、敵対者を嘲笑する魔の笑顔へと。



「なるほどそこらの子供で十分ならば、お前の代わりなどいくらでもいるな!」

「黙れ魔女が!」



 男は激昂し、拳を振り上げ彼女を黙らせようと足早に歩むが。



「それ以上の接近は許可できません」



 ふわりと降り立ったゼタが、盾として立ち塞がった。

 天使に殴りかかるほど無謀ではないらしい。

 本能的に脅威に恐怖し後ずさる。


 ラトリナは、守護のために降りてきてくれたゼタの隣に歩み出て。



「ふふ、代わりなどいくらでもいる。しかしせっかくこうして来てくれた、ならばせっかくだ、お前に伝言を任せよう」



 怯えた相手の顔に微笑みかけて、一息。

 天に向かってその名を叫ぶ。



「アルガントム!」



 呼べば彼はそこにいる。

 屋根の上から飛び降りて、ラトリナとゼタの前方、そして王の使者の目の前に降り立った。

 ラトリナは、その銀色に命じるのだ。



「力を示してあげなさい」

「了解した」



 頷くと共に、銀色は両手を左右に広げる。



「さて、さっきは金の心配をしていたな?」



 恐怖で固まる王の使者。

 彼が口にしていた言葉を思い出しつつ、アルガントムはアイテムストレージからそれを取り出す。


 MP、金貨。

 所持するうちのほんの一部を開放する。


 次の瞬間、人々が目にしたのは洪水だ。

 アルガントムの両手から滝のように零れ落ちる金貨の洪水。


 何の魔法か、幻覚か、人々は口々にその正体を予想する。

 零れた金貨の一枚を、民衆の一人、商人が手にしてその重さと輝きを確認し呟く。本物だ、と。


 二つの小山が出来上がり、その中心には呆然とした表情で腰まで金に浸かる王の使者の姿。

 アルガントムは喉を鳴らす。



「くくっ、心配ご無用だ、単純な金ならご覧の通り」



 また、銀色は樹海の中にいる配下に声を飛ばす。



「ユグドラシル! お前の力を貸せ!」



 届くか?

 届く、連中の忠誠を侮るな。


 噴水広場の一角、その地面が盛り上がる。

 床を砕き、大地に根を張ると同時に一瞬で成長したそれは一つの木。


 あっという間に緑が生い茂り、その枝には果実が実る。

 アルガントムはその真っ赤な果実を一つもぎ取って、手の上で転がし、使者へと手渡す。



「ついでに食料もある。偏食でもなければ食うには困らん、案ずるな。さて、使者殿の心配事は他になんだったか」



 銀色の顔を、呆けた顔に近づけて、アルガントムは口を開いて安心させるために笑顔を見せてやる。それを笑顔と認識できる人間は早々いない邪悪なツラだが。


 殺される、と。

 王の使者はその顔を前に我を取り戻し、自らの中の感情を排除するため大声で叫ぶ。



「そ、外の連中を呼べ! アルガントムだ! 反逆者が姿を現したぞ! 攻撃を!」



 彼はその二千人がとっくにアルガントムの配下によって処理されていることを知らない。

 代わりに、二人の天使が空から降りた。



「ご主人さまー! お掃除完了です!」

「次の命令があるならば、即座に」



 ナインとオメガ。

 待機と命じられた二人はゼタと共にラトリナの周囲に降りる。



「そうそう、力の心配だったな。俺のところのヤツらがセントクルスの連中を追い払ったと聞いているか? あれは嘘じゃあないぞ? なんならその身で力を受けてみるか?」



 その言葉に、反応したのは三体の六本羽。

 一人は無表情のままに翼を広げ、一人は幼い容姿に似合わぬ魔の笑顔を浮かべ、一人は無言で拳を握る。


 セントクルスの大軍を退けたというその力、真実であるなどとは考えなかった。

 なんらかのハッタリであろう、と。


 では今はどう思うか。

 無から金を生み出し、強大な魔を使役する、目の前の銀色。

 彼のすべてがハッタリと、思えなかった。



「ひ、ひいいぃ!?」



 状況を理解すると共に、王の使者は一目散に逃走を選ぶ。

 その逃げ足は中々だとアルガントムは評価する。

 逃亡に関しては確かに早々代わりのいない人材だろう。


 アルガントムが彼を見送る一方で、人々が怒声をその背中にぶつけた。



「逃げやがったあの野郎!」

「捕まえてぶん殴っちまえ!」



 血の気の多く物騒なセリフ。

 それを収めるのは。



「待ちなさい!」



 リザイアの言葉であり。



「彼にはいま私たちが見せた力の一部を王に伝えてもらわなければなりません。あえて逃がすのですよ、ふふふ」



 ラトリナの理屈だ。

 二人の姫の言葉で人々の半分は静まり返る。


 一方で、怒りの言葉を並べる者たちもいた。



「な、なんてことしてくれたんだ! これじゃいよいよ王国の軍勢が攻めてくるぞ!」

「お前らに俺たち全員を守れるのか!」



 反論。



「まだ王さまなんかにビビってるのかよ!」

「王の使者!? あんなヒモにあそこまでコケにされて! その上で大人しく従うなんてごめんだぜ!」



 論争。

 この場でずっと続く対立構造。


 治めなければならないと、リザイアとラトリナ、二人の姫が一瞬目を合わせ、互いの考えを理解しあう。

 アルガントムはその姿を確認すると、邪魔にならぬよう自らの居場所をずらす。

 跳んだ先は噴水の頂点、そこに立ち周囲を見渡す。三体の天使は自らの頭上に控えさせて。


 リザイアは、自らに敵対的な人々を正面に。

 ラトリナは、自分たちを認めてくれた人々を正面に。

 背中を合わせて、二人の姫は言葉を紡ぐ。


 最初の言葉はリザイアだ。



「守ってみせよう、この地の人々を! 私と、ラトリナと、彼女に仕える七十三が!」



 一方で、ラトリナが問う。



「ただ護られるだけ? 皆さんは、そんなに臆病ではないでしょう。自らと、自らの家族と、その友人。多くをその手で護れる勇者。私はそんな皆さんの力を信じています。この地の人々の強い力を信じています」



 二人は二つの答えを叫ぶ。



「我らに守られたくないというのならばこの地を去れ! いまなら戦火の及ぶ前! どこかに逃げることもできるだろう!」

「私たちと共に誰かを守りたい! その意思を持つならば、共にこの地を守ってほしい! 誰も守れぬ王国の脅威から!」



 二人は同じわがままを声にする。



「「この地と共に王国から独立する! これは私の決定だ!」」



 賛同する声があり、否定する声もある。

 武器を手に鬨の声をあげる者たちがいる一方で、村を出る準備始めた者たちも。


 ついていけぬと背を向ける者たちを追う気はない。未だ否定の声をあげる者たちを責める気もない。

 彼らに心の中で詫びつつ、それでも。


 呪詛を吐くものたちのご機嫌をとるために、自分たちを支持してくれる人々に背を向けるほど、二人の姫は愚かじゃない。

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