51:世界に変化は必要かという思いつき。
深まる夜。
闇の中、アルガントムは空から降りてきた天使を見る。
「ご主人さま! 敵は全て排除されました!」
「そうか」
手にしていた新鮮な敵の骸を放り捨てつつ、アルガントムは息を吐く。
聞くべきは賊を何人くらい殺した、なんてどうでもいいことではない。
「……村の人たちに被害は?」
ナインは表情を暗くする。
「正確な数は把握できていませんが……少なくとも、百人以上は」
「……そうか」
百人も死んだのか。
アルガントムは素直に勝利を喜べない。
賊如きに、自分が気に入っている土地を壊された。
死んだ百人の中に、例えばカーティナやグリム、あるいはギルドで出会った冒険者、彼らや彼らの友がいるかもしれない。
知った顔がいなくなる、縁を繋いだ相手を失う。
老衰という自然の流れによってそれが起きた時は耐えることもできた。
だがどうでもいいような敵が命を無意味に奪っていく、そんなのは気に入らない。
そう明確に意識したのはいつからだったか。
きっとあの時だ、セントクルスの大軍にルーフ村が襲われた時だ。
ラトリナに、この地を守れと命じさせた日。
それを自らの目的とした瞬間。
自分は、この地を守れているのだろうか。
いまは否だと、アルガントムは首を横に振る。
「気に入らないな、本当に」
月を見上げて考える。
色々なことを。
「なあ、ナイン」
「なんですか?」
「俺がこの世界を変える、なんて言ったらどうする?」
「この身が朽ちるその瞬間まで、ご主人さまの力となります」
即答だ。
彼女たちはどこまでも自分に仕えると言ってくれる。
ありがたいと感謝しつつも、アルガントムは苦笑した。
「今はまだ冗談だ、自分を大切にしろ」
「はい!」
そう、今はまだ冗談でいい。
アルガントムは頭を振って思考を消して、ナインに行くぞと声をかける。
「今夜も忙しかったが、この先トランベインを相手にしなきゃならないんだ。さらに忙しくなる。力を借りるぞ」
「わかっています、ご主人さま!」
快諾する天使の声が、戦いの後の夜空に響いた。
★
王の仕事は簡単だ。
情報を聞き、指示を出し、あとは下の者たちに任せておけばいい。
よく働く愚弟たちも便利な駒の一つだ。
下々に王のために働くという役目を与えてやる存在。
それが王というものだ。
トランベイン十六世――パゴルス・トランベインは頬杖をつきながら玉座に座し、その日も取るに足らない報告の数々に耳を傾けていた。
「陛下、レグレスの軍勢が地割れを越えてセントクルスに侵攻した、との情報が」
「捨ておけ、国力の衰えた狂信者どもを見て蛮族が襲い掛かった、それだけのことだ」
地割れを越えた手段は見当がつく。
レグレスは飛竜なる魔物を馬の代わりに使っていると聞いたことがある。
それを使えば現在の割られた国境を越えるのも容易いのだろう。
その脅威が自分たちに向く、という考えはない。
未だ強大なトランベインに対し、異国の野蛮人が少々の兵力を送ったところで何が出来るというのだろうか。
ゆえに放っておけと切り捨てた。
報告を持ってきた家臣は異議を唱えることもない。
「では、次の報告ですが……エルガル様とリザイア様が銀色のインセクタ――アルガントム、でしたか。あちらに自らの助命を求めて寝返ったと」
兄弟姉妹が国家の敵に命乞いをして裏切った、それを聞いてもパゴルスは、動じた様子もなく答える。
「そうか。どうせ父上が酔いの勢いで抱いた下級貴族の子供だ、取るに足らない存在である」
「はい。ただ、二人に続こうと国を裏切る勢力も一部で発生しているようでして。また前国王のご息女を含めて城から出る家臣もわずかばかり」
「その数は、アルガントム討伐に支障をきたすほどのものか?」
「いいえ。所詮は陛下に楯突く愚か者、いてもいなくても結果は変わらぬかと」
そうであろうと頷いて、ならばよいのだと放置した。
自分に反抗的な勢力などこの世界に不要である。
エルガルという弟はパゴルスが王位を継承してからは相応の態度と貢物を持ってくるようになったが、それ以前は兄に反対意見を飛ばしてくるような愚か者だった。
本質は変わらぬのだろう、ここに来てまた兄に――王に歯向かう愚弟の中の愚弟。
そのうち処刑しようと思っていた相手が勝手に敵に回ってくれたのだ。
手間が省けた、アルガントムを葬るついでにエルガルとそちらに従う勢力もみせしめに叩き潰すだけだ。
「それよりも、アルガントム討伐の軍勢は編成できたのか?」
「はい。可能な限り兵を集めよとの命令でしたので――民兵含めて二十万ほど、すでにルーフ村の南に続々と集結を開始しております」
それを聞き、パゴルスが満足げに笑顔を見せた。
「そうかそうか、素晴らしい。我が権威を示すには十分だ」
「その通りです、陛下。ただ村々から男を集めたので、損害が出た場合は例えば農作物などの生産に影響が出る可能性が」
民を徴兵し戦力とする、その代償。
パゴルスは言う。
「城には十分な蓄えがある。上のものが食うに困ることはない。そして民がいくら死んだところで問題ではない、オスとメスを一体ずつ残しておけば勝手に増える」
家畜と同じだとパゴルスは例えた。
全滅しないよう注意しつつ生かし食わせておけば、いつまでも国のためにその身を犠牲にしてくれる。
民とはそういうもので、その命を好きに扱える牧場の主が王である、と。
家臣は頷く、とりあえず自分が食うに困ることはなさそうだと確認できたので異論はない。
「なるほど、確かに。では軍勢の集結が完了次第、攻撃を――」
「ああ、待て。今回の戦、私も出陣しよう」
「陛下自ら、ですか?」
その必要はあるのかと家臣は首を傾げるが。
「此度の戦、トランベイン十六世の初陣の場としてはどう思う?」
「なるほど、国家に脅威をもたらす怪物、それを討つために自ら出陣する王」
パゴルスは考える。
自らの名を歴史に刻む好機であると。
竜殺しの伝説を持つ初代トランベイン王のように、国潰しのバケモノを討ったと語り継がれる自らの名。
すばらしいと、パゴルスは笑う。
無論、自分が死んでは意味がない、布陣する位置は守りの中心だが、王自らが出陣するというだけでも名を広めるには十分だ。
二十万が怪物を押し潰す姿、その光景を王に献上できる者たちは幸福である。
ついでに、表面的には従いつつも胸の内では権力への嫉妬心を燃やしているであろうエルガル以外の弟たちにも見せてやらねば。
二十万を従える真の王の姿を。
野望を胸に邪悪に笑いつつ、パゴルスは家臣に命じた。
「さて、出陣の宴をしなければな。準備しろ」
「わかりました」
「ああ、そうだ。メインディッシュは『例の肉』がよい。そのように」
美味を求めるのは人の性の一つだ。
パゴルスとて人、例には漏れず。
各地から色々なものを集めて食してみたのだが、なかなかよいと思えるものに出会えない。
そんな中、上級貴族の者が美味であるとすすめてきた肉がある。
珍しい魔物よりもすぐ近くに存在し、入手も容易。
食せばすぐに美味だとわかるのに、不思議なことに誰も食べようとしない、そんな食材だ。
正直なところパゴルスも最初は口にするに乗り気ではなかった。
まあ珍味というのは最初の一口が難しいもの。
それも同様であったが、しかし騙されたと思って口にすればパゴルスもその味の虜。
出陣前に精力をつけるには、アレがうってつけだろう。
「最近気がついたが、やはり咎を背負ったモノよりそれなりに高貴なメスのモノの方が美味い。頼むぞ」
「わかりました、陛下」
人を外れた領域で、何かが邪悪に微笑んでいた。




