50:最強と万能の違いというもの。
グリムの目の前をとんでもないものが駆けていく。
かぼちゃだ。
かぼちゃにコミカルな顔を描いたような、そんなヘルムを頭に被り、腰巻一枚の姿で敵を追い回す筋骨隆々大男。
血のついたナタを振り回し、口から火を吐き次々に敵を処理していく。
ルーフ村の内部に突如として湧いた襲撃者。
連中から村を守って戦っていたら、いきなりそいつがやってきて、敵を追い回し始めたのだ。
呆然とするグリムと、共に戦っていた冒険者たち。
「すいません、彼ちょっと畑を耕している最中に襲ってこられたものでだいぶ頭にきているようです」
そこにやってくるのは戦場に打ち捨てられているような朽ち欠けの装備を身に纏う首なし騎士。
デュラハン。アルガントムの配下の一人。
その場にいる者の一部にとっては初対面となる異形だが、グリムは何度か会っている。
顔がないが、なんとなく顔があると想定して、グリムはデュラハンと目を合わせつつ。
「またお前らの仲間なのか」
「ええ、はい。私同様、以前のセントクルスを相手にした戦いの時も参加はしていたのですが――彼、ジャックオランタンのジェイソンは、しっかりしたかぼちゃを被ってないと人前に出られない恥ずかしがり屋で」
「ああ、それで見覚えがなかったのか」
「最近ようやく満足いくかぼちゃが出来たようでして、こうして表に出てきたわけです、彼。大丈夫、ちょっと変わった外見ですが味方です」
「はっ、もう変わった外見の味方にも慣れた」
なら結構と、デュラハンはない顔で笑った。
そしてボロボロの剣と盾を構えると、前進しながら彼は言う。
「敵もだいぶ片付いてきました。もう少しです、共に頑張りましょう」
その言葉に、グリムと冒険者たちはそれぞれ武器を構える。
自分たちの暮す村、守られてばかりじゃ格好がつかない。
★
冒険者ギルドの方は安全。
その認識で人々が集まってくるのを見越した賊が、その付近に潜伏していた。
突如として剣を抜き、襲い掛かってきたならず者。
カーティナも本来ならその刃に貫かれていたのだろうが。
「こいつら、あっちこっちにいるようよの。まったく油断も隙もないのう」
一瞬、怯えて目を閉じたカーティナが、次に世界を見た時、そこには凍り付いた賊の姿と、それを成した女の白い肌がある。
アルガントムに並ぶほどの長身の女。
彼女が青白い肌に纏う肌蹴た白の衣服は異世界のとある国の民族衣装、そんなことまではカーティナは知らないが。
「ユキさん! 来てくれたんっすね!」
「うむ。我が主が小回りの利く配下をご所望だったのでな。こうして駆けつけた次第よ」
ユキオンナのユキ、と。
たまに酒場に現れて、カーティナと一緒に酒を飲む変わった姿の女性は、さて、と一息。
「はぁッ!」
裏拳で、氷像と化した賊を粉々に粉砕する。
水属性の凍結技で相手の動きを止め物理属性を叩き込む、それが彼女の以前いた世界から続く戦闘スタイルだ。
砕けた残骸を一瞥し、また一息。
「汚い氷よの、酒を冷やすにも使えぬわ」
一方で、ユキに始末された男と同様、この場を襲った賊。
ある者は鉄の金棒で吹っ飛ばされた。それはもう夜空高くに、星になる勢いで。
それを手にする女はオーガと呼ばれている、角を持った小柄な少女。ユキと似たような衣装だが、その色は赤だ。
「飛んだ飛んだ! 飛距離は――きっと新記録! あは!」
頬についた返り血をゴシゴシと拭いつつ、オーガは楽しそうに笑っている。
またある賊は、突如として吹いた暴風で建造物の壁面に叩きつけられ血を吐いた。
その風を吹かせたものは、ギルドの建物、屋根の上に片膝立てて腰をおろしている。
軽くくつろぎつつ、唇を動かす。
「優雅じゃない、雅じゃないねえ、やれやれ」
武器も持たない相手を襲うという敵の行動を、呆れたものだと評価した。
頭に引っ掛けた鼻の長い奇人のお面――天狗の面で、そこそこ整った顔を隠す、名前もそのままテング。
その男は次へ向かうかと下駄を鳴らしつつ屋根から屋根へと飛び移っていく。
テングの風で壁に吹き飛ばされた賊、そいつはギリギリ生きていた。
吐血と鼻血にまみれつつ、拳を握ってなんとか立ち上がろうとして、顔を上げれば。
「苦しいでしょう、良ければ介錯しましょうか」
ズタボロのローブを纏った骸骨。
その手にある命を刈り取るための大鎌を見れば、それが死神と呼ばれる怪異の類と理解する。
恐怖だけで、男の心臓は停止した。
「おやおや、死んでしまいました。デスさん、仕事ができず残念です。畑の草刈を放り出して駆けつけたのですが。骨折り損のなんとかです」
十二死徒の骸骨コンビの片方、デスは残念と次の獲物を探してどこかへ飛び去っていく。
なお骸骨コンビのもう片方ことスケルトンは樹海で居残りだ、巨人の人骨の上半身みたいな彼は今回の戦いには向いていないとの天使の判断である。
いきなり現れいきなり自分たちを救った怪異たち、事情を知らぬものは何が起きたと青ざめた表情をしているが、それをどうにかするのはカーティナの仕事だ。
「皆さん、彼らは味方っすのでご安心をー! そして彼らが手を貸してくれる、ならばもう心配はないですよ!」
★
一通り、目立つ敵は排除したかとアルガントムは周囲を見渡す。
残っているのは屍の山だ。
ただ、その中には武器を持たない、明らかに村の住民のものと思える遺体もある。
刃物で切られただけの傷。
アルガントムが倒したなら、もっとぐちゃぐちゃの肉片に変わっているはずだ。
自分がここに来る前に殺されたのだろうと予想がつく。
そして思い出す、リジェネレイトの杖。
アルガントムが持つ最高の回復魔法。
魔力を得れば光が広がり、癒しの力が味方を治す。
だが死んだ者を蘇らせる力はない。
セントクルスとの戦いの後、倒れた者たちの骸にその力を使ったが、彼らが息を吹き返すことはなかった。
それだけはどうにもならないのだ。
気に入らない、苛立たしい。
ゆえに、アルガントムは守れなかった後悔と共に名も知らぬ誰かの遺体に手を合わせる。
「何もかもを守れるわけではない、か」
ふと、生ぬるい風を感じた。
背後を振り返ればそこに二つの存在。
片方は色白の女性、メイド服を着た慎ましやかな人物。
時折、その姿がかすかに透ける。
生気のない顔とあわせて、まさに亡霊。人の魂の残滓。そんな女性。
またもう一人は、アルガントムだ。
銀色の虫人、インセクタ。
鏡に映ったその姿をそのまま持ってきたような、そんな者。
それが敵ではないとアルガントムは知っている。
「シルキーに、ペルゲか。他のところはどうなっている?」
十二死徒シルキー、メイド服の彼女は見た目通りに慎ましやかな口調で報告。
「敵対勢力は我々十二死徒、及び五魔剣、十霊獣、四精霊、三大天使含めた戦力によってほぼ撃滅致しました」
「ほぼ、ということは、まだ残っているのか」
「はい、少数ですが」
「敵は徹底的にやれ。そしてもうこの地の誰も死なせぬように」
「了解しております。では……」
ふわりと、音もなくその場から消える。
彼女は幽霊らしく他者から姿が見えなくなる技を持つ。敵に回すと鬱陶しいが味方にしてもエネミーには不可視化が通じないとエンシェントでは評判のよろしくない力だった。
ちなみにメイドだからか攻撃方法はナイフやフォークの投擲だ。
またもう一人、ペルゲと呼ばれたアルガントム。
アルガントムはそれに言う。
「……ペルゲ、なんでこの姿を真似してるんだ」
「ドッペルゲンガーとしては一番かっこいい姿を選びたいのですよ」
声まで同じだ。
ドッペルゲンガー、その技は他者の姿のコピー。
敵に回すとパーティメンバーと同じ姿で出てきて紛らわしく、味方にすると敵の姿を真似するがそれはそれで敵と間違えてしまい紛らわしいと、やっぱり微妙な評判の力。
ちなみに時間が経つと元に戻る。本来の姿は浮遊する人魂、変身していないと攻撃能力はないが、変身していても相手の能力はコピーできず微妙な能力は変わらない。
まあつまり化けてないと戦闘ができないわけで、せっかく化けるならと選ばれたのがアルガントムの姿。
余計なことをやらかさないよう祈りつつ、アルガントムはペルゲに聞く。
「それで、お前も何かの報告か?」
「いえ、いちおうはシルキーの護衛に。能力的に必要かは知りませんけどね」
「……シルキー、もうどっか行ったぞ」
「……あっ」
アルガントムの姿をしたペルゲは、待ってーと声をあげてもうどこかに行った彼女を追いかけていった。
何をやってるんだとため息一つ。
「さて、俺も残党掃除にもう一頑張り、か」
気に入らないものは受け入れない。
失った命は取り戻せずとも、弔いに連中の死で償わせてやる。
苛立ちと共に、銀色は夜を駆けた。
★
護衛の兵士たちが向かってくる敵を剣で防ぎ、弾き返す。
弾かれ、体勢を崩した敵に対し。
「はッ!」
リザイアが気合の声と共に一突き。
揺らめく刃が突き刺されば、その傷口から炎が広がり、風が刻み、そして凍って砕かれる。
四属性を宿した剣と共に戦場を駆けるリザイアの姿は戦の女神、人々を守る光の姫。
我が妹ながらやるものだと、エルガルは素直に感心しつつ、周囲を見渡し敵のことを考える。
(ただの盗賊と思いたいが、それにしてはやることが派手だね)
ルーフ村は時には砦としても機能するような場所だ。
防壁、衛兵、冒険者、攻め込まれても相応の守備戦力がある。
セントクルスの侵攻によってその守りはだいぶ削がれているが、それでも盗賊の群れを少々蹴散らす程度は容易い。
この地を攻めるくらいなら周辺の集落を襲って目先の食料を手に入れる、それが盗賊らしいやり方だ。
それを理解していないならただの馬鹿の集団。
そうでないなら次の可能性。
目的は物ではなく人。
この地や住民に恨みがあって、殺して回っている。
(……これだな、狙いは人だ)
さてさて、そこで自らに問う。
この地を恨む存在とは。
(セントクルスの残党、かな)
まだまだトランベインの領内に潜伏しているであろう連中。
彼らが金で人を雇って憂さ晴らしに暴れている。
連中が邪悪と呼ぶ連中と手を組むか。否と断ずることはできない。
(ならばなぜこのタイミングで?)
お忍びとはいえ、よりにもよって王族が訪れている時期、護衛の兵士も増えているのに。
いや、逆だな、と。
王族が来ているから敵が動いた、エルガルはそう考える。
王城にいる王族を討つのと、わずかな護衛と共に国境付近の村に滞在している王族、後者を奇襲で討つ方が楽だ。
ではつまり、そういうことなのだろう。
「ラトリナ、敵はあとどれくらい残っている?」
エルガルの隣、渡された短剣を申し訳程度に護身の武器として扱うラトリナは、問われて即座に両目を閉ざす。
「……ッ、だいたいは、片付いたようです」
血涙を拭きつつ答える彼女にご苦労と声をかけてから、エルガルはさらに問う。
「残った敵はどこにいる」
「この周辺に展開しようとしていますが……、もしや狙いはお兄さまたちでは?」
「はは、たぶんは恐らく、間違いなく」
敵の首魁、その狙いは自分たちだ、と。
エルガルが答えると、ラトリナは少し慌てて言葉を返す。
「よ、余裕という態度で答えないでください!? 下がった方が」
「僕らが下がれば敵の面倒な連中もついて来る。王族が、賊を恐れて逃げる姿なんて無様だ、民に見せるわけにはいかないさ」
エルガルが退かぬ理由を言い終わると同時、それが出現した。
「邪悪の王族! その命、神の名の下に浄化する!」
屋根の上、円に十字の紋章の、少し汚れた旗を掲げる兵士たち。
傷だらけのセントクルスの鎧が彼らの正体の証明だ。
上を取られて包囲されている、さてさて少々面倒くさい。
エルガルは、まず命ずる。
「各員、魔法の使用を許可する!」
「了解!」
護衛の兵士たちはそれぞれ金貨を取り出すと、その手の中で魔力と変える。
自らの体内に吸収したそれを彼らは胸へと移動させ、咆哮と共に吐き出した。
「ウィンドブレスッ!」
圧縮された風の弾丸。
岩壁に向かって打ち込めば、風圧でそれを抉るような一撃だ。
対するセントクルスの兵士、彼らの行動はある者は回避。
あるいは硬貨を手にして魔力へ変えて、かざした右手に集中させて。
「ファイヤボール!」
赤い炎の球体。
それを風へとぶつけて相殺する。
同級の魔法をぶつけての迎撃。
敵にも魔法を使える者がいるということ。
ならばとエルガルは、彼らに向かって宣言する。
「君らの使える魔法は二級が限界か!? こちらも同じだ、ならばわかるだろう!」
エルガルがローブの下に隠していたそれを見せる
腰に下げた布袋、金貨をギッシリと詰め込んだものが六つ。
「こちらは最低でも百枚の金貨が入った袋が六つ! そちらの財政事情はどうだ!? 延々と撃ちあって先に力尽きるのはどちらかな!」
財力は、そのまま魔力だ。
同じ等級の魔法を撃ちあえば、財力がない方が先に力尽きる。
さて連中はどれほど硬貨を持っているのか。
どうせ殆どは賊を雇って数を合わせるのに使ってしまっただろう、足元見られて相当持っていかれているはず、一人辺りが金貨十枚を持っていれば多い方と判断する。
単純に魔法を撃ちあえばこちらが勝つぞ、エルガルの言葉はそういう意味だ。
「チッ! 魔法使いは援護しろ! 王族の首を取る!」
火球を飛ばせる者を屋根の上に残し、敵は次々に飛び降りてくる。
この場の相手の戦力は、だいたい理解した。
「敵と同数、魔法を迎撃! 残りは向かってくる連中を相手にしろ! リザイア、行けるな!」
「わかっています、エルガル兄さん!」
魔法と魔法、歩兵と歩兵で激突。
飛んでくる火球は風に打ち消され、突撃してくる敵はリザイアと彼女をカバーしながら戦う護衛の兵たちが返り討ち。
状況は有利、エルガルはそう判断するが。
「退けえええッ!」
敵の一人が守りを抜けて、剣の切っ先をエルガルへ向けて突撃してくる。
リザイアが、しまった、と。
「エルガル兄さん!」
またラトリナは、兄を守ろうと持ちなれない短剣に力を込めていた。
「覚悟おおおッ!」
絶叫と共に走ってくる相手の顔を見て、エルガルはふと呟く。
「――醜いな」
次の瞬間、エルガルの左手から黄金の輝きが飛んだ。
「がっ」
それが顔面に直撃し、怯んだ敵に隙が出来る。
エルガルは身を翻して突撃を回避すると、ラトリナが手にしていた短剣を流れるような動きで自らの手の中に納め。
「人生を楽しめていないと見えたよ。妄信だけで動くその顔は醜くて、美形の僕には見るに耐えん」
踊るように、刃を敵のうなじに突き刺した。
「ギャアハッ!?」
潰れた声をあげて地に倒れる死体。
エルガルは短剣を引き抜きつつ、返り血を浴びぬよう飛びずさる。
鮮やかな戦いぶりに、屋根の上から魔法を撃っていた敵が思わず叫んだ。
「な、なぜ王族が戦術を!」
エルガルは地面に落ちている金貨――先ほど敵の目を潰すために、親指で弾いて打ち出した金色の弾を拾いつつ、答える。
「逆に、なぜ王族が戦いの技術を身に着けていないと思った? 護衛の兵士に囲まれて、震えて縮こまっているのが王族というものだと思っていたのか?」
アルガントムの魔法で力が強化されている、そんな自覚もあるが。
そして言葉にして気づく。
父や、自分以外の男兄弟はそちら側だったよな、と。
まあ、自分が変わりものということでいい。
「王族というのは自分の身くらいは自分で守る、その程度の力を身につけているものだよ。神の教えだけを守っていればいい君らと違って、こっちは民も守らなければならないんだ。察してくれよ、苦労をさ」
当然だろうと、金貨を指で弾き、短剣を手の中で踊らせる。
そんなエルガルの姿を見たリザイアが。
「エルガル兄さんってただのナルシストじゃなかったんですか!?」
あるいは護衛の兵士の一人。
「自分もエルガル様は見た目通り顔と頭だけの軟弱者かと思ってました!」
「左に同じく!」
敵兵をあらかた切り倒した彼女ら彼らが思わず発した言葉に、エルガルは笑顔で答えるのだ。
「給料とか減らすぞ君ら」




