49:ハロウィンな意思がそうさせる。
戦いにくいと、アルガントムは舌打ちした。
敵と味方が区別しにくい。
まず狙うのは武器を持った相手だが、それでも村を守るために動く人々と、敵対者の二種類がいる。
前者と後者をどう区別するか、アルガントムには難しい。
ゆえに誰かと戦っている相手はそちらに任せることにした。
狙うのはわかりやすい敵、例えば。
「こ、来ないで!」
「そっち行かなきゃ斬れねえだろうおじょうさんよぉ」
幼い子供を守るよううずくまる女性。
剣を片手にそれに近寄る粗暴な男。
わかりやすい、と。
ゆえにアルガントムは躊躇わない。
横への跳躍、つまりは疾走。
その速度のまま、敵と認めた男の頭を右手で掴んで。
「子供の教育に悪いだろうがッ!」
地面に叩きつける。
悲鳴すらも残させはしない。
頭を砕いて一撃で仕留めた死体を、壁の外へ向けて全力で放り投げた。
「まったく。スイカが食えなくなったらどうする」
腕をふるって血を払う。
出現と同時に自らを救ってくれた銀色に、女性は恐る恐ると礼を言って。
「あ、ありがとうございま、す」
アルガントムは、構わん、と。
「その腕の中の命と一緒に早くこの場を離れろ。冒険者ギルドの方に行くといい、あっちの方は安全だ」
「は、はい!」
その背中を見送った後、アルガントムは屋根の上から飛び降りてきた男たちを睨む。
彼らはにやにやと笑い、円の陣形でアルガントムを包囲。
「探したぜえ、銀色。てめえがこの村を守ったせいで俺たぎゃっ!」
何やら喋る男たちを敵だと判断し、拳を打ち込みつつ。
「警告しておくが……逃げるならいまのうちだ――ぞッ!」
まあ、逃げられるものなら逃げてみろ、だ。
一人がセリフを言い終えぬままに吹っ飛ばされて、賊はさすがに動揺していた。
銀色のインセクタ、噂で聞いたその規格外の力に関しては半信半疑だったのだ。
だが実際に目にすれば、それは拳だけで武器ごと人を砕いて吹っ飛ばす怪物。
「隊長からは聞いてねえぞ! マジでこんなバケモンだなんて!」
「こんなの相手にしろってのかよ!」
「やってられっか!」
彼らは彼我の戦力差を見極めると、早々に撤退を開始する。
ある意味で賢いとアルガントムは彼らを評価するが、本当に賢ければ最初から馬鹿な真似をしない。
常人の足で逃げたところで、アルガントムが跳ねれば一瞬の距離だ。
「今の状況から察するに、お前らここらに潜んでいた盗賊か何かだろう」
一人を蹴飛ばし、足蹴にし、そのままボード代わりに地面で削って滑走しつつ。
「逃がせばまた面倒を起こすだろう、よりにもよって村の中で。人々が平和に暮すこの土地で。気に入らん」
続いて一人の首をもぎ取り、それをボール代わりに別の賊へと投げつける。
頭蓋骨同士が激突し、相殺、粉砕。
「ひ、ひいいいい!?」
背後から迫ってくる脅威に、賊は恐怖の声をあげながらも逃げ続けるが。
「だから、逃げろといったが逃がさんぞ。この地を襲えばどうなるか、その身に恐怖と刻んで逃げ続けろ。村の外まで逃げきれたなら、生きて帰れるかもしれんぞ」
そこまで逃げられるかは知らんがな、と。
銀色の死が敵対者を追いかける。
★
子供にとって、敵意と共に近づいてくる大人の存在は恐怖でしかない。
自分よりも長く生き、自分よりも背が高く、自分よりも力が強い。
大人がその気になったのならば、自分の命など一捻り。
それを知っているからこそ、その子供たちは恐怖する。
いきなり始まった争い、暴れまわる凶暴な大人たち。
はぐれてしまった両親の無事、自分たちが助かる術。
色々なことを考えた。
考えるほど救いはない。
「なあなあ、子供さらって売ったら金になるよな?」
「貴族の金持ちが裏で色々するためにガキを買うこともあるらしいぜ。殺すにゃ惜しいし連れてくか、こいつら」
「なあなあ、売る前にあっちの女の子で遊んでもバレねえよな?」
「傷物にすると売値がさがるんじゃないか?」
三人の子供は、凶暴な大人たちに囲まれていた。
相手の手には刃物、その表情は獲物を前に笑う獣のそれ。
殺されると子供たちは思う。それ以上に酷い目にあうという想像にすらたどり着けない年齢だ。
助けてと、叫びは恐怖で押し込められる。
心を言葉に変えられない。
お父さんか、お母さんか、衛兵のおじさんか、あるいは村を守ってくれたお姫さまや、銀色の虫の人。
誰かが来てくれればきっと助かる、そんな希望で恐怖を押し殺す。
子供たちの中でも一番臆病な女の子が、勇気と共にどうにかこうにか言葉を紡いだ。
「た、すけて……」
きっと誰の耳にも聞こえないようなか細い声。
それを聞いた地獄耳、賊の一人はげらげら笑う。
「助けてかぁ、残念! 助けなんてこないんでちゅよーお嬢ちゃん! ギャハハハハハ!」
それに呼応し、周囲の男たちも大声を。
勇気も希望も踏みにじられて、子供たちは絶望に沈み。
「――助けて、と。その声、確かに聞きました。きしし」
そう答える声が、子供たちの耳へと届き希望を繋ぐのだ。
降ってきた嘲笑に、賊は慌てて視線を動かす。
そして屋根の上に見る、月を背景に立つ小柄な人型。
貴族の礼装か、あるいは高貴な者に仕える執事のそれか、小奇麗な男物の黒服。
それを身に纏うのは少女、手には杖を、背にはマントを、そして笑みの中には牙を。
相手は子供、そうは思っても奇妙な外見、その笑顔にぞっとする。
賊の一人は唾を撒き散らしながら彼女に問う。
「な、なんだてめえ! ガキが生意気なんだよ!」
ガキ、子供か。
きししと少女は笑いつつ、そのセリフに答えた。
「ヴァンパイアロード、ヴァン。設定年齢666歳。――勘違いだな、こっちが年上、敬え小僧」
ヴァンがマントを翻し、自らの姿を月ごと隠す。
次に月が姿を見せれば、そこに彼女の姿はなく。
「ぎゃあっ!?」
悲鳴の先、ヴァンは自分をガキと罵った大人の隣に立っている。
その指先は悲鳴を上げた男の喉に突き刺さっていた。
ゆっくりと、彼女が指を引き抜けば、傷をつけてはいけない血管を抉られ大量の出血と共に一人が死んだ。
ヴァンは指についた血を見て、そうそう、と思い出したように語りだす。
「私は吸血鬼だけど血は吸わない。だって耐久力が減ってない時に吸っても回復しないから意味がない。だからこれから死ぬお前らの血は、一滴残さず無駄になる」
きししと、使わぬ牙見せ笑い。
「もしも血を吸ってほしいなら、傷の一つもつけてみなよ、おぼっちゃんたち」
「クソガキがあああ!」
叫んだ男の武器は斧。
軽々と振り回すのは難しい、建造物の扉や兵士の鎧などを粉砕する目的で使われる大斧。
それを両手で振り下ろす、あたれば子供の体など真っ二つ。
だが斧は、男の手からするりと抜けた。
空振りでよろめきつつ、自らの手を呆然と男は見る。
何が起きた、と。
しっかりと両手で掴んでいた。
それなのに、誰かに取り上げられたかのように手の中から抜けてしまった。
「おいおいヴァン、万が一にも傷がついたら笑いものだぞ。この程度の相手、負傷も論外」
その声の主は獣だ。
狼のような鋭い爪を生やす手足、猛獣の尾のように伸びた髪の毛。
それらは獣の特徴で、同時に彼女は人の特徴も持ち合わせる。
凶暴にぎらりと笑う顔、ボロ布まいて一部を隠した女の体。
「ベル、わざわざ助けに来たんですか。きしし」
女は今さっき奪った大斧の柄を片手の握力のみでへし折りつつ、獣のように喉を鳴らす。
「助けてと私を呼ぶ声が聞こえたんだ、来ないわけにはいかないだろう。ぐるる」
「いやいや呼ばれたのは私です。獣くさい女はお呼びじゃないと思います」
「ぶん殴るぞ妖怪血吸いコウモリ」
「コウモリじゃねー! 吸血鬼! しかも王! このふさふさ! 毛皮!」
呆然とする賊を他所に、口喧嘩をする彼女たち。
その裏で、もう一人はひっそりと働いていた。
「救出ー」
間延びしたのんきな声。
声の主は両手に二人を抱え、肩車して乗せもう一人と、賊の注意が逸れている間に三人まとめて救出していた。
やはり少女だ。
わりと小柄なくせに不自然なまでに抜群なスタイル。
ただぼさぼさの髪の隙間から覗く巨大なボルトは頭に刺さっているし、あるいは全身の皮膚はつぎはぎされた痕だらけと、完璧というのは難しい美少女だが。
「もう、大丈夫だからー、ね」
つぎはぎ少女は子供たちを地面に降ろす。
そこからまっすぐ走れば冒険者ギルドがあり、そこまでの道はすでに掃除済みだとつけたして。
「それでもー、なにかあったら、助けをよんでー、きっと誰かが駆けつけるー」
ありがとうとそれぞれに感謝を述べ、震える足を叱咤し走り去っていく三人の子供たち。
その背にひらひらと手を振る彼女に。
「フラン! お前一番いい役目を持っていってるんじゃない!」
「そうですよこのボサボサ! 変なネジ!」
「……ダメ、だったー?」
フランと呼ばれた彼女はぎこちなく首を傾げる。
いつもの調子だ、普段のノリだ。
だからヴァンもベルも諦めてため息を吐く。
そんな三人に恐怖と共に問いかける言葉。
「な、ななな、なんなんだお前ら!」
気づけば賊を三角形に囲む形で展開していた三人は、今までの緊張感のない表情から一点、冷たい眼差しで彼らを見つめる。
「十二死徒、ヴァンパイアロードのヴァン。きしし」
「十二死徒のベルセルクワーウルフ、ベルだ。ぐるる」
「十二死徒ー、フランケンモンスター、フラン。がおー」
それぞれに自らが属する一団の総称と共に名乗り。
「夜は我らの狩場なり」
そしてそれぞれに動き出す。
緩慢な動きでフランは前進し、一番近くに立っていた男をたかいたかいと持ち上げる。
「う、うわ、うわああああ!?」
つぎはぎだらけの肌には、彼の刃は通じない。
そのまま、フランは唇を少し動かして。
「放電ー」
同時、彼女の体から閃光と電流が発せられた。
それは彼女に掴まれた男を一瞬で焼き殺し、黒コゲの死体に変える。
放電の後、フランに傷は一つもない。
ただ口から白い煙を吐き出しつつ、けほんとかわいく咳き込んだ。
また彼女の雷撃に恐怖する男たちとは別に、ベルに襲われている者もいる。
壁を床を屋根の上を、自由自在と狼のように走り回って、
「げぇっ!?」
隙あらば爪で喉笛を切り裂き、あるいは手足に噛み付き引きちぎる。
獲物で遊ぶ残虐な半獣は、動きを止めずに楽しそうに吼えた。
「脆いぞ人間、我らがマスターを見習ったらどうだ!」
ヴァンは呟く、マスターに並べと、そんなの彼らには無理だろうと。
子供を囲んでいたぶるしかできない連中である。
子供は怖がらせ、脅かすものだ。ハロウィンな意思がそうさせる。
だが傷つける相手じゃない、ましてや殺すなどもってのほか。
子供をいじめる悪い子のような大人には、教えてあげねばならない。
「悪いことをすると、もっと悪いものに餌食にされると。きしししし」
ヴァンの爪は、血を吸うことなく敵の命を吸っていく。




